第24話 地下3階 10部屋(その5)
商業都市コキリオに隣接する
その中にあって比較的手の込んだ大きめの建物が冒険者ギルドの支部だった。
「建物が大きいのは隣接して酒場があるからよ。ま、酒といっても得体の知れない密造酒だし、そもそも
ここまで案内――というか、勝手にズンズン歩いて行くのを追いかけただけだが――してくれてトワが、どことなくげんなりした口調で、建物を指さしながらそう注釈を加えた。
「ふーん……つーか、そもそも『冒険者ギルド』って何をする組織なんだ?」
ファンタジーでお馴染みの冒険者だが、考えてみればどうにも曖昧な存在だ。
モンスターと戦うことを生業としているのなら、それなら兵士になればいいだろう。それがこんなスラムに存在していて、トワのような見た目はうら若い女性が武装して由とするなど、どうにも真っ当な職業とは思えない。だいたいどこのどいつが運営をして、社会的にはどういう位置づけなわけなんだ冒険者って。
「基本的にマトモな職に就けないクズが行き着く掃き溜めよ」
そう肩をすくめて答えるトワ。
「――自虐?」
「事実よ。もともと冒険者ってのは、街に入れない流れ者や訳あり連中が、人がやらない危険な仕事や汚い、キツイ仕事を請け負わざるを得なかった……で、そいつらの仲介をする口入れ屋がギルドの大本、つまりは脛に傷持つ組織の収入源として設立されたわけ」
「戦後のドサクサ紛れに生まれた暴力団みたいなものか……」
「まさにそのままね。無頼漢どもが違法に武装している非公認組織。だけど、必要悪ってことで見逃してもらっているだけ。塀の中に暮らす市民にとってはゴロツキの吹き溜まり。また衛兵にとっては犯罪者予備軍ってところで、何かあったらしょっ引こうと虎視眈々と狙っている……ってところよ」
「なーるほどねえ」
「だからまあ、ギルド内ではさっきみたいに悪ふざけはしないこと。マジで洒落にならないことになるから!」
そう強い口調で念を押されて、俺は「へいへい」と答えて両手を上げて見せた。
そんな俺の態度に、「なーんか怪しいわね」と不信感をあらわにしながら、先に立ってギルドの正面にあるスイングドアを押し開けるトワ。
すぐにその後に続いて中に入った俺の目に飛び込んできたのは、昼間っから飲んだくれてたむろしている、身なりと人相の悪い現地人たち十五、十六人ほどの野郎たちの剣呑な眼光であった。
「――わーおっ」
いまにも噛みついてきそうな、余所者を排斥する眼圧に、思わず板張りの天井を見上げて肩をすくめる俺。
と――。
「アレッタ! アレッタじゃない、本当に無事だったのね!?」
奥の方から喜色満面の華やいだまだ若い女の声が響き渡った。
「ああ、エマ久しぶり。ごめんね、心配かけちゃって」
そう返すトワの視線の先を見れば、酒場と兼用になっているカウンターの中にいた18歳くらいの藍色の髪をした現地人の女性が、身を乗り出して手招きをしている。
そんな彼女の開けっぴろげの好意を前にして、野郎どもも鼻白んだ面持ちで顔を見合わせた。
とりあえず様子を見るか……という感じで、僅かばかり圧力が減じたのを肌で感じながら、親し気な様子でカウンターへ向かうトワの後を追いかけて、俺もテーブルの間を通り抜ける。
「――けっ! 余所者が女の尻に着いてきやがって」
ボソリと誰かがあてつけがましく呟いた。
ので。
「ぎゃああああああああっ!?! 何すんのよ?!」
トワの尻を撫でてみた。
「いや、何か尻に敷かれている風に思われてるから、実際どんな塩梅かと確認してみたんだけど、いまいち肉付きが薄いよな~。もうちょっとふくよかにならないと、むしゃぶりつきたい尻じゃないな」
不用意に撫でて威嚇しまくる野良猫みたいなトワに、そう理由を話すと目を三角にして、
「バカじゃないの!? つーか、バカな真似はするなって言ったわよね?! その舌の根も乾かないうちに、どんだけバカなの、あんた!!?」
怒り狂うのだった。
「――アレッタ? あの……その人は?」
そんなトワに戸惑った面持ちで受付嬢が話しかける。
「ただの馬鹿よ!」
「ははははははっ。照れることはないさ。同じ屋根の下で半年近く
「「――なっ!?!」」
そう告げるとトワと受付嬢が同時に真っ赤になった。ただし、片や怒りで、片や羞恥でと方向性は違うが。
(ふーん。感情の起伏や生理反応は人類とほぼ同じか……)
そんな受付嬢や周りの野郎どもの反応を観察しながら、そう冷静にかつ緻密に分析する俺がいた。
◇ ◆ ◇ ◆
「〈
冒険者ギルドの受付にトワの悲鳴のような絶叫が響き渡った。
なんやかんやあって、エマという受付嬢と近況――「ここ半年近く何をしていたの?」と聞かれて
「そっちはまだ調査中。それよりももっと大変なことが起きたのよ……」
と、声を潜めたエマ嬢の配慮も無視した、トワの素っ頓狂な声が響き渡ったのだ。
「――ちょっ、声が大きいわよアレッタ。……まあ、公然の秘密だからいまさら隠すことでもないのだけれど」
そう一言釘を刺してから、諦めたように嘆息するエマ嬢。
「ご、ごめん。つい……」
窘められた
で、俺はと言えば『念話』を使って、懐の中に忍ばせている
『ヤミ。〈
『この世界におけるモンスターの頂点であり、〝
最後の一言は俺に対するフォローか、ダンジョン・マニュアルとしてのヤミの矜持によるものか、淡々とした念話の口調からはいまいち把握できなかったが。
それはともかく――
『そんなに強いのか、その〈
気になるのは『最大の脅威』というそこの部分だ。
『単純なエネルギー量で言えば、標準的な個体でこの世界の平均的な魔王――運営が把握している範囲でですが――五十万体に相当します』
『ご……!?』
話の流れから魔王より破壊力がありそうなのは予想していたが、それでも想定していた数字とは桁が二つか三つ違った。
思わず絶句する俺に対して、ヤミが必要な情報を付け加える。
『エネルギー形態の違いです。様々な要因により、この惑星上に普遍的に存在する魔素に
魔素という得体の知らないエネルギーの台風ね。
なるほど。
大体のイメージが掴めてきた。
『つーか、消滅ってことは斃すことができるのか?』
『時間が経過すれば魔素が尽きて自然消滅します。エネルギーの凝縮と拡散を繰り返すと言っても、存在する魔素に限界がありますので、十分な魔素を吸収できなかった場合はおよそ二週間から一月ほどで、跡形もなく消え失せるのが常ですね』
ふむ、ますます台風染みているな。
『問題は〈
『なーるほど。そのあたりも教皇庁が幅を利かせる要因ってわけか』
大いに納得した俺たちの会話は勿論他の誰にも聞かれることなく――下手にトワ聞かせると、裏表のないコイツの事だ挙動不審になる可能性が高いため、あくまで俺とヤミとの内緒話に留めている――トワはトワで深刻な表情でエマとカウンター越しに額を突き合わせて呻吟していた。
「……発生したのは、だいたい
一瞬だけチラリと非難めいた視線を俺に向けるトワ。
『トワさんは随分と原住民に感情移入しているのですね。〈
『ま、結構長く現地人に同化していたようだし、こうして話をしてみても人間とほぼ変わらぬ喜怒哀楽があって、コミュニケーションが成立するのだから情が移るのも仕方ないだろう』
そう苦笑するイメージを念話でヤミに伝える。
とは言えトワの心情は理解できるが、俺の場合は生来のものか後天的な処置を施された結果なのかは不明だが、現地人と自分たちとは別なもの――はっきり言えば捕食者と獲物(かつ敵対者)――と明確に区分けして、所詮は相容れない存在と割り切って考えることができるところがトワとの違いだろう。
トワは目の前のエマを友人と誤認――或いは自分が魔族であると知れた途端に相手の態度が豹変する事実から目を背けて――しているが、俺にとっては数多くいる羊の一頭にしか過ぎない。
トワが可愛がっているのなら、手出しするのを止めてもいいかな……程度の違いである。
それからふと思い出した。
フィーナが俺を評して、
「おぬしは獅子の豪胆さも豹の孤高さも大鷲の風格もないが、群れを率いる雄狼としてはまあまあじゃな。個体としての能力はさほどではないが、代わりに狡猾さと周到さ、何より他の者には容赦がないが、家族となった者には惜しみない情愛を注ぐからのォ」
という褒めているんだか小ばかにしているんだか――多分両方だろう――わからない台詞を。
と――。
「――その可能性もあるかとは思うけど、なんとも言えないわね」
我ながら鬼畜な内緒話をしている傍らでは、相変わらずエマ嬢とトワとが深刻な表情で話し合いを続けていた。
「いまのところ亜人や獣人の小さな村や集落が滅ぼされた程度か。問題は今後〈
「ええ。シノ―クス公国方面に行ってくれれば助かるんだけれど、こっちに来られたら多分真っ先に
ちなみにコキリオの街にも『退魔障壁』は設置されているそうだが、当然ながら
つまり現状では飢えた獰猛な獣の前に肉をぶら下げているも同然なのだ。相手に気付かれないうちに、肉を明後日の方角へ放り投げようと思うのは当然だろう(なお、『退魔障壁』はいわば巨大な
『ふーむ……もしかするとこれは天祐かも知れないな』
『と、おっしゃいますと――ああ、なるほど。放逐された原住民を餌にして、〈
こういう時に念話だと話が早いね。
『プラス、先んじて教皇庁――オフィウクスの〈
最強のダンジョン・マスターの一角とはいえ、その50万倍のエネルギーを内包した〈
負けないまでも疲弊したところを背後から撃つか。最悪、こちらに目が向くまでの時間稼ぎができれば十分である。
まあ問題があるとすれば、逆に不自然に思われてこちらの関与を手繰り寄せられる危険性があるという点だけだが……この時は俺はそう気楽に考えていたのだが、現実とはままならぬもの。
この後、内と外から予想外の不確実要因により、計画を大幅に修正せざるを得なくなるとは、この時の俺は考えもしなかった。
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