第26話 地下3階 10部屋(その7)

 散発的に現われる《スードウ・ゴブリン》の小集団を追って――言うまでもなくトワの『気配探知(Lv2)』と『熱探知』によって特定しつつ――俺たちは群れが湧き出した元凶である(その後のアップデートで修正されたとはいえ)、『崑崙クンルンダンジョン』が見える位置まで移動していた。


 まあ割と近場にあるとはいえ、さすがに普通のニンゲンならいくら健脚でも、乗り物に乗らない限り半日程度ではこれない距離なのだが、そこは仮にも魔族である俺とトワである。結構余裕で赤紫色の木々に覆われた小山……というかなんというか、トワが前に「白アリの巣のように」と表現した通り、二千メートル級の山がそっくりそのままダンジョンと化した山の麓へとたどり着いていた。


「ほ~、これが古参の魔王が支配するダンジョンか」

 遠目に見てもウチのダンジョンとは桁が違う。階層だけでも数百層。部屋数になったら、何万あることやら。

「よくこんなダンジョンを維持するだけのダンジョンポイントを稼げるな~」

 一日当たりコキリオの町ひとつくらい潰さないとやっていけないんじゃないのか? いわば巨大商業施設である。何もしなくても冷暖房費や水道代、魔物の食費だけでも、一般家庭に毛が生えたレベルのウチとはこれまた桁違いだろうに。


「まあ有名なダンジョンだから、このあたりで一獲千金を狙う冒険者や、安定して収入を得たい山師のたぐいは、大抵ここに集まるからね」

 俺の疑問にトワが常識的な答えを返し、併せて人型になって隣に佇むヤミが、

「付け加えますと、『崑崙クンルンダンジョン』内には原住民の言葉で〝山の住人”、ダンジョンマスターの命名によれば〈ドワメーガスdwarfmagus〉の集落コミュニティが複数個存在しており、それらが常にダンジョンポイントを稼ぐもとになっています」

 そう内訳を暴露する。


ドワメーガスドワーフもどき?」

「見た目はほぼファンタジーでお馴染みのドワーフよ。髭面でちんちくりんな」

 実際に遭遇したことがあるらしいトワの端的な答えに、ヤミも頷いて同意した。

「そうですね。あくまで現地人の亜種――ホモサピエンスに対するネアンデルタールみたいなもので、混血も可能ですが、モンスターではなく分類上原住民です。まあ、一般的なニンゲンからは差別されているようですが」

「ニンゲン同士ばっかみたい」

 と、不快そうにつぶやくトワ。


「は~~ん……」

 足元を這いずり回るゴキブリがワモンゴキブリだろうが、チャバネゴキブリだろうが、ダンマスこっちとしては大した違いはないが(どっちも叩き潰すだけ)、ゴキブリ同士棲み分けや確執があるってわけか。


 別に俺としてはどーでもいいんだが、トワの場合は基本的な価値観が性善説というか、誰しも自分と同じ善性や見識、倫理観を持ってるだろうと――友達の友達は友達だ精神(俺の見解では、友達の友達は友達じゃねえ。他人だ……だが)――無意識に同調しては、毎度の失敗に繋がっているのだが、こればっかりは性分なので直すのは難しいだろう。

「しかし、そうするとダンジョンと原住民とが共生関係になってるってことか?」

「そうです」

「……ただ原住民が出入りしただけではダンジョンポイントにならないんじゃないのか?」

 おおもとの疑問に対して、「そこが狡猾なところで」とヤミがしたり顔で解説する。

「〈ドワメーガス〉に紛れる形で、ダンジョン産の〈ドワーフ〉種を『祭祀』とか『山の神の使い』という形で特別待遇に据え置き、捕まえた獲物や冒険者などはそのドワーフがとどめを刺すことでダンジョンポイントへと還元させています。ついでに定期的に年寄りや使えない〈ドワメーガス〉に引導を渡す葬儀屋としての役目も持たせています。文字通り〈ドワメーガス〉を骨の髄まで使い潰す形ですね」


 聞きようによっては――というか、明らかにトワは〈ドワメーガス〉の境遇に義憤を覚えているようだが――ひどい扱いのようだが、

「上手いこと考えているな~。名称からして中華系らしいダンジョンとダンジョンマスターだけど、実に発想がらしいな。利益のみを重視する実利主義者っぽい」

 俺は逆に感心した。


「あんたとは気が合いそうなダンジョンマスターよね」

 皮肉げに唇を尖らせるトワ。

「――いや、絶対に相容れないだろうな」


 お互いに発想が似ていて、比較的近い場所にあるダンジョン同士ってことは、同じパイを切り合う関係ってことだからなぁ。

 俺ならひとりで独占しようと思うし、そう思うと邪魔者は排除するしかない。

 場所的に教皇庁という共通の敵があるので、ダンジョンの正式オープンと同時に潰し合う(まあ、崑崙クンルンダンジョン側からしてみれば、取るに足らない初級ダンジョンだと思っているだろうが)展開にはならないだろうが、敵の敵は味方ではなく、潜在的な敵なので、あちら側から何らかのアクションを起こすのは間違いないところだろう。


「「ああ、なるほど」」

 そういったことを手短に説明すると、ヤミもトワもひどく腑に落ちた表情で納得した。

「一つの国に王はふたりいらないというわけですね」

 うんうんと誇らしげに頷くヤミ。

「あんた無償の善意なんて信用しない卑怯で屈折した性格だもんね」

 俺に蔑みの眼差しを向けながら頷くトワ。


「ははははははっ、照れるなぁ」

「照れるな! 褒めてない!!」

 卑怯とか狡猾とかは俺にとっては誉め言葉ですが、それがなにか?


 まあ、ともあれ古参のダンジョンってことは、裏を返せば大量の情報が出回っているとのことでもあるので、しばらくは冒険者を続けながら、うちのダンジョンとゆかいな仲間たちで対処できるかどうか見極めるつもりでいる。


「……つーか、ダンジョンの強化。教皇庁の対応。〈飢渇する凶竜ウロボロス〉。崑崙クンルンダンジョンの攻略。他にも細々とした用事があるし」

 指折り数える俺の隣で、

「大丈夫です。アカシャ様にはいずれも些事ばかりです」

 絶大な信頼を寄せるヤミ。

 そう言われればそんな気もしてくる。


「それもそうだな。とりあえず昼飯にでもするか」

「軽っ!」

 今現在の急務として、いい加減に腹が減ったので昼食をダンジョンポイントで購入することにして、ヤミのページをめくりながら検索をかけてもらう。

 思わず……といった風にツッコミを入れるトワ。

 こいつはこーいうところに余裕がないから視野狭窄に陥るんだよなぁ……。


 さて、昼食だが面倒なのでインスタントで済ませることにした。

「ズズズズズ……色々とやることが多いのはわかるけどさ、正式オープンまで残り一カ月を切ったいま、できることって限られていると思うんだけど?」

 インスタントの焼きそば(DPダンジョンポイント:15.一食で4000カロリーの超大盛り)を豪快に啜りながら、トワが苦言を呈する。

 仮にも美少女様が、口の周りをソースと青のりで汚しまくって、口いっぱいにモノを頬張りながらしゃべくるとははしたないにも程があるが、こいつに関しては耐乏生活の反動と思えばギリギリ我慢できなくもない。


 そもそもうちのダンジョンに所属している魔物娘たちは――、

・《水の神霊ナ―イアス》☆☆☆☆☆デルフィーナフィーナ(傲岸不遜のデレなしツンデレ)

・《ヴイーヴル》☆☆☆☆☆☆☆メリュジーヌリュジュ(宝石と漫画とゲームをこよなく愛するオタクドラゴン)

・《アラクネ》☆☆☆☆☆シノ(腹黒蜘蛛女)

・《下級レッサー吸血鬼ヴァンパイア》☆☆☆☆レギィ(忠義一辺倒のポンコツ)

 そして目の前にいる元ダンジョンマスターで、現在は俺の配下であるトワ。

・《雪姫Снегурочка》☆番外永遠トワ久遠クオン

 という、見てくれはいいが基本中身が残念な珍獣枠でしかない(他にもゴーレムとか《小精霊ウンディーネ》とかもいるが、こいつらはいざとなれば使い潰すことが前提であるので――復活リポップさせるよりも新しく召喚したほうが安上がりなため――さほど思い入れはない)。


 いずれも個性が強く、なおかつ次代や境遇が違うせいか、いまいち会話が噛み合わなく部分もあり、その点同郷人であるトワなら、基本的な価値観を共有できるかと期待していた。だがしかし――。


「そういえば、トワさんこころなしか太りましたね」

 ペットボトルの紅茶(DP:2×2=4)を片手に、俺と同じコンビニのサンドウィッチ(DP:6×2=12)をチマチマと食べながら、俺が内心で思っていたことを、ずばり直球で口に出すヤミ。


 そーなんだよな。こいつ出合った当時は逆境に耐え、「教皇庁を潰す!」「オフィウクス許すまじ!」と復讐を糧にハングリー精神に燃えていたんだけど、ここ数カ月の衣食住が安定したぬるま湯みたいな生活にどっぷり漬かったせいか、心なしか満ち足りた風情で、最近はフィーナやシノも交えて、やれ「シャ〇ルとディ〇ールの化粧品が欲しい」とか「スキンケア用にオ〇ビスは必須!」とか、バカみたいにDPを消費する嗜好品を要求するようになった。

『衣食足りて礼節を知る』というが、うちの女性陣は『衣食足りて贅沢を知る』ってところだよなぁ。

 とりわけトワは、気のせいかここ二カ月くらいは、復讐の「ふ」の字も口に出していない。怨讐の代わりに心と体にどっぷりと贅肉が付いたような……。


「――うっ……ズズズズズズっ!」

 カップ焼きそばを啜りながら、目を泳がせるトワ。

 当然自覚はあったのだろうが、現実から目を背けまくっている女である(現在進行形)。


「まあ、もともと栄養失調気味で痩せぎすに痩せていたから、いまぐらいが丁度いいんじゃないのか」

「そ、そーよ! 適度な脂肪分がないと女は魅力的じゃないし!」

 女性相手にこの手の話題で後ろからさらに撃つと、一生恨まれるのがわかっているので適当に俺はフォローに回ると、我が意を得たりとばかり胸を張るトワだが、悲しいかな明らかに皮下脂肪は胸を迂回して二の腕や腹回りへと蓄えられているのだった。


『そうなのですか?』

『そういうことにしておけ』

 ヤミからの念話での問いかけに、「深くツッコむな」という含みを持たせた答えを返す。


「あら? モンスターが一匹に……周囲を囲むようにしてニンゲンが三、いえ、四人近づいてくるわね」

 残りの焼きそばを一気に掻っ込んだトワが、『崑崙クンルンダンジョン』がある方角をプラスチックのフォークで指す。

「モンスター? 魔物じゃなくてモンスターの方なのか?」

「ええ、この反応は多分デミ・オークね。冒険者グループが、追い立ててきたんだと思うけど」

「ほう。なら現地人の戦闘を間近で見られるチャンスってことだな」


 俺もサンドイッチを一気に平らげて、ヤミの分のゴミと合わせてイベントリにしまい込み、そのまま『ゴミ箱』へと入れて削除する。

 それに合わせてヤミが奥義書グリモワール形態になって、俺の懐へと入り込む。

 ヤミの格好はどう見ても場違いであるので、人目のある所では人化しないようにしている。同じくフィーナやリュジュも浮世離れした格好に言動なので、迂闊に連れ歩けないので今回の現地視察には連れてこなかったわけである。

 レギィは見た目に関しては美女であること以外に問題はなく、本人も、

「御屋形様の身辺は私が一命にかえてもお守りいたします!」

 とはりきっていたのだが、

「いや、日中歩けないと意味ないし。それとも俺に昔のゲームみたいに棺桶引き摺りながら町まで歩けというのか?」

「…………(汗)」

 ものの見事に意気込みが空回りしていた。

 あとシノがいないと、この連中が何をやるのか、念のために半月分くらい余分に置いておいた食料を無計画に貪らないとも限らないので、お目付け役として置いてきたというわけである。


 同じくこの世界には存在しないプラ製の容器やフォークをイベントリに捨て、トワは代わりにこの世界では一般的である鋳鉄製の剣を取り出した。


「ま、念のためだけどね。このままだと巻き込まれる可能性が高いからこうしておかないと……ま、現地人のことなら任せておいて!」

 そう豪語するトワの口の周りには、この世界にないソースや青のりがべったりと張り付いていた。

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罠師の魔王と取説少女のダンジョン経営ハウツー伝 佐崎 一路 @sasaki_ichiro

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