第21話 地下3階 10部屋(その2)

 商業都市コキリオ。

 この世界は魔素と呼ばれる魔力の素になる因子が偏在し、それが結実してモンスターと呼ばれる疑似生物と化す。

 またニンゲンの体内には魔臓と呼ばれる器官があり、これと魔素を媒体にして肉体の強化や魔術を行使することが可能となっている。

 なお、モンスターは食事などは摂取する必要はないが、魔素を効率的に吸収するために、好んで魔臓を喰らう傾向にある。いや、傾向というか猫にマタタビも同然らしい。

 そのため、ニンゲンが暮らす街というのは必然的に城塞都市となり、また国家というのは都市国家と同義であった(少なくとも地球のように、土地を差してここまでが国土という概念はない)。


 そうした都市国家のひとつ。フラーテル自由商業圏と呼ばれる中小都市の同盟の一角に、商業都市コキリオも存在していた。

 そんな、人口はおよそ五千人ほどの小都市であるコキリオの壁が見える小高い丘の上に、一見すると冒険者風の若い男女ふたりの姿があった。


「おーっ、あれが原住民の巣か。なかなか立派な造りじゃないか、てっきりシロアリの巣みたいなのかと思ってたけど」

 黒髪の端正な――ただしどことなく軽薄そうな若旦那といった雰囲気の――青年が、10mほどもある石でできた壁を、目を細めて見据えながら、住人が聞いたら激怒しそうなざっくばらんな感想を口にする。


「壁は生命線だからね。石造りで長年にわたって補強しているわよ。あと、ここから見えるのは新市街の壁で、さらに内部には金持ちや貴族の住まいのある旧市街の壁があるわ」

 その傍らにいた17歳ほどのツインテールの少女が、どことなく辟易した顔と口調でそう答える。


「ふーん、あの壁のそとにある掘立小屋の群れは?」

 青年が指さす先、よくよく目を凝らせば、壁の外側にウジャウジャと木や泥で造った、まさに動物の巣といった代物が無数に建っているのが目に入ってくる。


「街に入れない棄民や流れ者が住み着いているスラムよ。どこにでもあるわ。ちなみにあたしたちも市民登録されていないんで、コキリオの街の壁を越えることはできないわ。……まあ、幾ばくかの通行料を払えば制限付きだけど、入ることはできるけど」

「スラム? 一応バリケードみたいなもんと空堀が掘られているみたいだけど、あんな場所にあったらモンスターの襲撃がしょっちゅうじゃないのか?」

「だ・か・ら・よ。街の連中は市民でもないスラムの連中が、モンスターの犠牲になることで街の安全を図っているのよ」


 不快そうに可愛らしい顔をしかめる少女に対して、青年の方は逆に感心した表情で、ポンと手を叩いた。


「なるほど。肉壁ってやつか。上手いことを考えるな~。じゃあ実験のために何人かスラムから攫っても問題ないか。お約束の展開で旅人が盗賊に襲われるイベントでもあれば、遠慮なく捕まえられたのに、結局なーんにもなかったからなぁ」

「――っ! 言っておくけど、スラムは基本的に出入りは自由だけど、余所者には厳しんだからね! あんたが来てすぐに行方不明者が出たとかなったら、絶対に回状が回ってどこのスラムにも行けなくなるから!」


 血相を変えて言い含める少女の剣幕に、青年は「わかったわかった」と軽く肩をすくめて答える。

 その軽い態度に一抹どころではない不安を抱きながら、少女はため息をついて……トボトボと重い足取りでコキリオのスラムへと向かうのだった。


 そうして、二時間ほど歩いたふたりの前に、丸太で乱雑に造られたスラムの出入り口と、番人らしい粗末な槍を構えたふたりの人相の悪い、小柄な男がふたり立ち塞がった。


「止まれ――って、アレッタの嬢ちゃんか?! 生きてたのか! ブランの森に向かったっきり、もう何カ月も帰って来ないから、てっきりおっ死んだもんとばかり思ってたぜ!」

「いやー、よかったよかった! 冒険者ギルドのエマ嬢ちゃんも喜ぶぞ」

「ああ。心配かけてごめんね。ちょっとドジって怪我をしたところで、偶然コイツに助けられてさ。おまけに聞いてみたら同郷だって言うから、しばらく世話になってたんだ」


 顔の割りに性格はいいのか、我が事のように彼女の安否を気遣う門番の男たち。

 そこで初めて気づいた顔で、青年を不審げにジロジロと眺める。


「……街の人間か?」

 明らかにスラムの住人とは一線を画した――洗濯された衣服に垢やフケのない清潔な身だしなみ。ペンよりも重いものを持ったことがなさそうな手――青年の佇まいに、そう警戒の表情を浮かべるふたり。


「あー、ん~、ほら。前に話したっしょ。あたしの住んでいた北の街はモンスターの暴走で壊滅して、こっちまで逃げてきたって。コレもその時は市民だったけど、色々あってさ……いまは訳ありなんだ」

 取って付けたアレッタの説明にも、門番たちの猜疑の視線は揺るがない。

 一方、自分のことが話題になっているというのに、青年の方は興味深げにあっちこっちとせわしなく視線を彷徨わせ、挙句の果ては、

「やあ、どうも。俺は〝クロウ”っていいますよろしくー。つーか、鉄器を使ってるんだね。意外と文明的じゃないか。だけどレベルの割に肉体能力が低いのは、やっぱり栄養バランスや訓練不足なのかね? それとも――」

 馴れ馴れしくふたりの持っている槍や、その体をジロジロと眺めて捲し立てる。

「お、おう」

「俺たちは――」

「ああ、いいっていいって。いちいち野郎の名前なんて覚える気ないから」

 自己紹介しようとするふたりの門番の言葉を遮って、クロウと名乗った青年が何の隔意もなくそう言い切る。

 あまりにも飄々としたその態度に、思わず絶句するふたりに構わず、勝手に歩き出そうとしたクロウの鳩尾に、

「ぐへ……」

「五月蠅いっ! ――ごめんね。コイツ、ちょっと頭の中身がアレだけど、悪い奴じゃない(とは言い切れないわね)……から。入れてもらえないかな?」

 一発、肘を入れて黙らせたアレッタが、取り繕うようにふたりを拝み倒す。


「あ、ああ。まあ、アレッタがそう言うなら(ちょっとどころの変人じゃないと思うが)」

 顔を見合わせたふたりは揃って同意すると、門を開いてふたりを招き入れた。


「ごめんね~」

「いいってことよ。それよりも、なるべく早く冒険者ギルドへ行って報告しておけよ」

「いまの時間ならエマ嬢ちゃんもいるはずだからな」

「ああ、うんどうだね。とりあえず宿を……いつもの『アナモグラ亭』が空いてたら、荷物を置いて行ってみるわ」


 苦笑しながら、いまだに悶絶している青年の襟首を掴んで、逃げるようにそそくさとアレッタは門を潜った。

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