第20話 地下3階 10部屋(その1)
五カ月という時間を掛けて、徐々に広げていった巨大な湖に点在する島のひとつ。
その地下に広がるダンジョンの最奥に、俺を筆頭にして意思の疎通の可能な魔物たちが顔を見合わせ、今日も今日とて会議という名目の食事を楽しんでいた。
その席で菓子パンを齧りながら、
「そろそろダンジョンの名称を決めないとマズいですよ、アカシャ様」
ヤミが割と真剣な表情でそう切り出してきた。
「名称って勝手に決めるもんなのか? 地名とか発見者にちなんで原住民が勝手に決めるものかと思ってたけど……」
新たに増築した俺の部屋の隣にある20畳ほどのダイニングルーム(なお、ここかから分岐して俺の部屋、トワの部屋、レギィの部屋、マスター・ルーム、共同バス・トイレがある)で、リュジュが割と本気を出して作ったテーブルに着いて昼食のサンドウィッチを食べていた俺は、思わずそう首を傾けて…‥ついでに視線を、ガッツリと昼食に大盛りラーメン+カニチャーハンを食べているトワにやる。
「(ズズズズズーッ)――? なによ、やらないわよっ」
ドンブリを持って威嚇するトワ。
これまでの極貧・耐乏生活が長かったせいか、こと食事になると他のことはまったく考えられずに、食欲のみの野生に帰ってそのまま帰ってこないから困ったものだ。
ちなみにいまは『偽装(Lv4)』を解いて〈
まあ、確かに彼女がいままで主食にしていたという《スードウ・ゴブリン》の干し肉。
試しに分けてもらって食べてみたけれど、臭いはクサヤもかくやで歯ごたえはタイヤゴム、味は水に浸した段ボールって感じで、口に入れた分を完食できたのは元
他は全員その場で吐き出して、何度もうがいをした――レギィ曰く「戦場では食えるものは食わないと生きていけないので、美味いマズいは気になりません」とのこと――代物であるので、気持ちはわかるっちゃわかるのだが、もうちっと文明人に戻って欲しい。
なのでもう一度さっきの台詞を繰り返す。
「いやだから、ヤミがそろそろここのダンジョンの名前を決めたらどうかって言ってたんだけど、こういうのって地元民が勝手に『○○のダンジョン』とかって付けるもんじゃないのか?」
「通称はそうだけど、正式名称は自分でつけるもんよ」
当然という口調で言いながらガツガツとカニチャーハンを頬張るトワ。
「ん~、それってつまり学名は『ゴリラゴリラ』だけど通称が『ゴリラ』って感じ?」
「同じじゃ同じ。どこが違うのじゃ!?」
もともと昼食は摂らない派だったフィーナが、昼食代わりのアップルパイをティーパックの紅茶でたしなみながら突っ込みを入れた。
「ん~、ちょっと違いますね。『ゴリラゴリラ』は『ニシゴリラ』のことで、それとは別に『ヒガシゴリラ』もいますけど、こちらの学名は『ゴリラベリンゲイ』です」
「あ、そこ重要な点なんですかあ」
俺と同じサンドウィッチを抓みながら、リュジュがほえ~~という口調で相槌を打った。
「……んなわきゃないでしょう」
椅子に座る関係で下半身を人化させて、ブラウスにプリーツスカートを穿いたシノが、総菜パンを食べながら小さく呟く。
「…………」
聞こえたのは割と席の近かった俺とレギィくらいだろうが、わざわざ火中の栗を拾うことはないので俺は無視して、またレギィも無駄口を叩くことなく黙々とチキンの照り焼きに齧りついているだけだった。
「まあ冗談はさておき。ダンジョンの正式オープンが決まると同時に、各ダンジョン・マスターが持つ『Dungeon Manual』にその名称と概略が伝えられますので、それがこの世界の言葉に翻訳されて正式名称になるのがほとんどですね」
「……ああ、なるほど」
「――へ? なんで原住民に周知できるんですか?」
納得した俺の顔を見て、小首を傾げるリュジュ。
だが、それに答えたのは俺ではなく、あからさまに不機嫌そうなトワだった。
「教皇庁よ。オフィウクスが手下を通じて各国の教会や冒険者ギルドに伝えるのよ。『〈神〉の神託によりどこそこに何んというダンジョンが発生した』ってね」
「あー……同じダンジョン・マスターですから機密も何もないですからねー」
「そういうこった。だが、それならダンジョンなんてできた傍から潰される可能性が高いと思うんだけど、いまだに412個のダンジョンがこの世界に存在しているわけだろう?」
以前、ここにきたばかりの頃にヤミに言われた台詞を思い出してそう確認すると、
「数は変わりませんが、この五カ月の間に二つのダンジョンが攻略されて、新たに四つのダンジョンがオープンし、うち二つが教皇庁によって攻略済ですね」
そう付け加えられた。
「五カ月で四つか。意外とポンポン生まれてるんだな、ダンジョン」
「『活動期』って地元で呼んでいるやつよ。だいたい一年のうちに10個くらいダンジョンが発生して、その後、十年くらい沈静化するわね」
すっかり食べ終えたトワがそう補足する。
「ふーん。でも、新しいダンジョンでも半分の確率で残るわけか……」
そう感心したいのも束の間、
「いや、それ多分、発生した場所が教皇庁と対立するグレート・ルーベランス帝国の領内だったか、中立を標榜するフラーテル自由商業圏のどっかだったからだと思うわ」
爪楊枝でオッサン臭く、シーハーシーハーしながらトワが付け加える。
「グレート・ルーベランス帝国にフラーテル自由商業圏?」
「そう。教皇庁と正面からガップリ四つに対抗できる唯一の超大国グレート・ルーベランス帝国と、どちらにも属さない中小の国で結ばれた同盟のフラーテル自由商業圏。さすがの教皇庁もここにはおいそれとは手出しできないから、たぶんそれで生き残れたのね」
「……もしかして、どっちにも教皇庁を裏で操るダンジョン・マスターに該当する連中がいるんじゃないだろうな?」
「いるわよ。決まっているじゃない」
当然という顔で断言されてしまった。
「フラーテル自由商業圏には〈調停者〉アエテルニってダンジョン・マスターがいて、こいつの配下には150から200くらいのダンジョン・マスターがいるわ。おまけにこいつがある意味、オフィウクス以上の化け物なのよねぇ」
「そんなに強いのか?」
「ん~~? 直接的な戦闘能力ならオフィウクスとは比べ物にならないと思う。けど、こいつの厄介なところは〈調停者〉アエテルニって存在そのものが実体のない精神体というか、200人近いダンジョン・マスターや数万を超える配下の魔物に分散している複合体なので、ひとりふたり斃しても意味がないのよ」
「うえ……。つまりアエテルニの配下になるってことは、そいつの分身になるのと同義ってことか」
「そういうこと。ちなみにここのダンジョンの位置は、フラーテル自由商業圏の外れ、教皇庁とも近いのでどっちにも気を付けたほうが良いわよ」
心躍る情報にげんなりしつつ、
「あー、じゃあグレート・ルーベランス帝国にはどんな化け物がいるんだ?」
そう聞くとトワは難しい顔で考え込んだ。
「グレート・ルーベランス帝国には《列強》と呼ばれる古参のダンジョン・マスターが多数いるけど、怖いのはこいつらではなくて、いまの帝国の皇帝、〈大帝〉ゼノの存在ね。ただのニンゲンのはずなのに、《列強》を従えて教皇庁と明確な対立路線を歩んでいるから」
「ほう。いわゆる覇王という者であるな。たまに人の間にそうした時代を作る者が生まれるものじゃ」
フィーナが興味深そうにそう言って、意味ありげに俺に視線を投げてよこす。
『おぬしもそのくらいの大望を抱いた大器であればのぉ……』
あてつけがましい心の声が聞こえた気がした。
「ちなみに大帝ゼノの下にいるダンジョン・マスターは何人くらいなのでしょう?」
ヤミの問い掛けに、
「あたしが知っている限りだと《列強》クラスが10人、その他のダンジョン・マスターが100ってところね」
「ん? フラーテル自由商業圏が200人として、グレート・ルーベランス帝国に110人。残りの100人強は?」
「何人かがオフィウクスの走狗になっている他は、どこにも属さない独自勢力ね。そういうのはそれができるだけの実力を持ったダンジョン・マスターが多いわね。一般的に《魔王》って呼ばれているわ」
そう言ってトワは、この世界におけるダンジョン・マスターの概要について説明を終えて、勝手に梅昆布茶を煎れて喉を潤す。
「なるほど。そうしますと、アカシャ様と当ダンジョンの今後の方針としましては、独自勢力を保てるまで地道に実力を貯めるか、もしくは〈調停者〉アエテルニ、〈大帝〉ゼノの庇護下に入るかのどちらかですね。わたくしとしましては、得体知れない精神体の一部となるよりも、まだしも〈大帝〉ゼノと協力したほうがマシと思えますが」
「うん。あたしもそう思う」
ヤミの提案に湯呑を傾けながらトワも賛同した。
ここまで聞いたところで、俺はひとつ頷いて今後の方針を口に出す。
「よし、わかった。じゃあ手始めにダンジョンが正式オープンする前に教皇庁へオフィウクスをぶっ殺しに行こう」
「ぶはああああああああああああああああああああああっ!!!」
途端、トワが思いっきり梅昆布茶を噴き出した。
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