第14話 地下2階 7部屋(その4)

 降りしきる雨の中、一斉になだれ落ちてきた氷柱の雨に貫かれて、バラバラになる《スケルトン》たちと、氷漬けになる《スードウ・ゴブリン》たち。

 確認するまでもなく、敵味方双方ともに全滅である。


「マズい状況です」

 ヤミが張り詰めた表情で、そう事態の深刻さを嘆いた。

「10体の《スケルトン》たちが全滅ということは、復活リポップにトータルで40ポイントが必要ということで、最初に呼び出した際の30ポイントと合わせて70ポイント支払う計算になりますが、思ったほど《スードウ・ゴブリン》を斃していないので、当初予定していたポイントの加入が見込めません」


 コンビニで買い物をしようとして、たまたま知り合いに会って、付き合いでたいして興味もないジェラートを一緒に食べて別れた後、レシートを確認して思いがけなく無駄遣いをしていたことに気付いたJCみたいな、忸怩たる表情でヤミが嘆息をする。


「……とりあえず、《スケルトン》たちを回収する。えーと」

 途端に、部屋の隅に積んであった漫画の山に飛び掛かり、体を張って防御するリュジュ。

 その必死な姿に応えるべく俺は――。

「そーか、さすがは我がダンジョンの最終防衛線。自ら体を張って志願してくれるのかー」

 そう棒読み口調で言って、「――へ?」と目を丸くしたダッ○ワイフみたいな表情になったリュジュを、その下の漫画とまとめて、ダンジョン出口前の広場へ転送した。

 同時に、もはやどれが誰だかわからないほど、パズル化した《スケルトン》たちの部品が、マスター・ルームの床一面に散乱する。


「……えらい猟奇的な光景だな」

 いきなり残機ゼロという頭の痛くなる状況を堪えて、とりあえず《スケルトン》たちを魔力塊に変えて『Soul Crystal』内部へ収納しようとしたところ、比較的原型を留めていた髑髏ドクロのひとつが、何やらカタカタと語りかけてきた。

「――ん?」

 鑑定してみるとどうやら《スケルトン・リーダー》の残骸らしい髑髏。


「〝このような仕儀になり面目次第もございません。”と言っています」

 ヤミがいつものように同時通訳をしてくれる。

「まあしかたない。どうも第三者の不意打ちみたいだからなぁ~」


 《ダンジョン投影》の画面の中では、いきなり戦場へ放り出されて右往左往するリュジュに向かって、次々と氷柱の雨が降り注ぎ、これを必死に回避したリュジュの抱えた腕の中から落ちた漫画が、一瞬にしてカチンコチンに凍り付いて硝子のように砕けた。

『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!』

 あまりのショックに発狂したリュジュが、ついに本性を出して全長十五mを越える《ヴイーヴル》へと変じて、上空に飛び上がると同時に、魔術の発動地点へ向けて青白い炎のブレスを放った。


 ――あ、やべえ。火事になるかも。


 と、一瞬ヒヤリとしたが、

「大丈夫じゃ。念のために《水の小精霊ウンディーネ》と《風の小精霊シルフィード》を外へ待機させておる。延焼はせぬよう消火に努めさせておるわ」

 そう事も無げにフィーナが腕組みをして言い放った。


「ああ、そう……助かる」

「ふふん。妾ならば造作もないことよ」

 うん、気が利いていると褒めるべきなんだろうけど、《水の小精霊ウンディーネ》も《風の小精霊シルフィード》も、もともとは俺の直属なんだよね。なんか上司の頭越しに現場の指揮系統ができているような……。


 とりあえずそのことは棚上げして、

「……ええと、それで。こっちの話だけど、何か他に言いたいことでも?」

 そう《スケルトン・リーダー》へ水を向けると、

「〝初陣においてこのような無様を晒したうえ、おめおめと御屋形様の前に舞い戻り生き恥を晒すのは戦士としてこの上ない恥でございます。”とのこと」

「気にするな。おぬしら女蛮族アマゾネスには負け癖が付いておるのじゃろう。運命さだめだと思うて享受せい」

 ズケズケと文字通りの死体蹴りをするフィーナ。


 一方、生真面目な《スケルトン・リーダー》は辛辣なその発言も真摯に受け止めているようで、

「〝確かにその通りであるやも知れません。ならば、御屋形様。重ね重ねの無礼を承知でお願いいたします。我らをひとつにまとめて生まれ変わらせてくださいませんか!”――ああ、『魔物融合フュージョン』ですね」

「なんだ、そのパチモン臭い悪魔合体システムは!?」

「ええ、まあ……だいたいお察しの通りです。レアリティの低い魔物同士を掛け合わせて、存在進化を促すシステムですね。基本的にレアリティが同じで、同種の魔物でなければ失敗する可能性が高いですが」

 なお、レアリティの高い。特に固有の名前持ち――ウチで言えば『メリュジーヌ』であるリュジュ――の魔物の場合は、存在進化は不可能となる。なぜならその名前自体が神話や伝承に根付いた権能であり、別な存在になるということは、それらのバックボーンを捨てるということで逆に弱体化を促すだけであるからだそうだ。


「ちなみに失敗するとどうなるわけ?」

 わけのわからんキメラが生まれるのか?

「いえ、魔力塊が四散して二度と復活ができなくなるだけです」

 軽く言い切るヤミだけれど、それってかなりリスクが高いんじゃね?

「そうですね。同種とはいえレアリティ☆☆☆の魔物が、一度に10体となると成功率は17%程度ですね」

「やめと」「〝それだけあれば十分です。我ら10人、生まれた時は別でも常に一心同体と誓った身。必ずや御屋形様のために生まれ変わって見せましょう!”とのことです」


 制止しかけた俺の言葉を遮って、《スケルトン・リーダー》がヤミの口を借りて断固とした口調で言い切った。

 同時に床に転がっている他の骨の欠片も賛同するかのように、ガタガタと震えだす。


「やってやったらどうじゃ? それくらいの覚悟を見せねば、こ奴らの面目は立たんじゃろう。このあたりが落としどころじゃぞ」

 フィーナがそう擁護に回り、

「ちなみに使用ポイントは、初回限定で10体まで1000ポイントで済みます。次回から一体増えるごとに5000ポイント加算されますが」

 やるんだったらいまでしょう。とばかりヤミもさり気なく後押ししてくる。

 で、俺の決断待ちだけれど、ここまでお膳立てされた上で、「だが断る!」と、ヒネクれたことを言えるわけもない。


「……オーケー。わかった。やってやろうじゃないかっ」

「うむ、それでこそ男じゃ」


 ま、俺がリスクを負うわけじゃないからいいか。

 そう内心で言い訳しながら、ヤミの指示に従って《スケルトン》たちを魔力塊へ変換して、『Soul Crystal』内部へ収納した。

 これでもともと収納していた《スケルトン・ウォーリア》と合わせて、10体分の《スケルトン》が『魔物融合フュージョン』可能状態となる。


「これで『魔物融合フュージョン』を操作すればレアリティが2、場合によっては3まで一気に存在進化が可能です。ただ、何に変動するかはまったくのランダムですが……」

 ヤミの言葉に、フィーナが小首を傾げ、

「《スケルトン・メイジ》あたりの影響で、《リッチ》あたりになるのではないかのぉ」

「いや、大部分は戦士だったわけだから、《首無し騎士デュラハン》とかの可能性の方が高そうだな」

 俺がそう口にすれば、

「わたくしは腐った体をしているのに超人的な力を持った《ドラウグル》が最も可能性が高いと推測しています」

 ヤミもなんだかんだで興味本位の雑談に興じるのだった。


 まあ、可能性としては失敗する方が圧倒的に高いのだが、なんとなくあいつらなら根性でどうにかできそうな、そんな不思議な安定感があった。


「じゃあ、『魔物融合フュージョン』開始――!」

 ポイントを消費して操作を始めると、『Soul Crystal』を中心に複雑な図形? 文字の羅列? のようなものが帯を成して空中で回転をして、それに合わせて光が集まって……やがて、文字と図形が収束をして、そこに一体の魔物を形作った。


 真紅の長い髪に豊満な肉体をした十八歳ほどの女性。

 くっきりとした顔立ちで躍動感あふれるダイナミックな体形が、粗末な麻の貫頭衣越しにもわかる美女なのだが、対照的に肌の色は病弱なまでに青白かった。


 しばし自分が誰なのか思いつかない……といった混乱した表情で、その場に棒立ちになっていた彼女だが、俺たちの視線に気付いたところで、ハッと我に返った面持ちで、その場へ片膝を突いた。


「御屋形様っ。お待たせいたしました。我ら無事に受肉いたしました。改めまして我ら――いえ、我は御屋形様に忠誠を誓います。さあ、ご命令下され。我らの勝負に横槍を入れた慮外者を、即座に成敗して参れ――と!」

 どうやら《スケルトン》だった当時の記憶もあるらしい。

 新たに生まれ変わったことで、以前よりも遥かに力を増しているのが自分でもわかるのだろう。

 自信満々でそう迎撃の任務を申し出てくれた彼女だが――。


 そのステータスを鑑定した俺は、【レアリティ☆☆☆☆:下級レッサー吸血鬼ヴァンパイア】という種族名称に、非常に嫌な予感を覚えながらヤミに確認を取った。


「あー、あのヤミさんや。《下級レッサー吸血鬼ヴァンパイア》って、太陽の下を歩けるのかな?」

「無理ですね。《上級吸血鬼ヴァンパイアロード》級にならねば、吸血鬼の弱点はすべて網羅しているようなものです。流水も渡れませんから、当然、こんな雨の中出れません」

「……だってさ」


 そうヤミの解説を丸投げすると、意気込んでいた《スケルトン》×10⇒。《下級レッサー吸血鬼ヴァンパイア》は、ショックのあまり片膝どころか全身で地面に五体投地つっぷしたのだった。


「つーか、『魔物融合フュージョン』したら、レアリティが2ランクくらい上がるんじゃなかったのか? ☆一個しか上がってないけど?」

 もしかして失敗じゃね? という含みを持たせてヤミに確認を取る。


「通常ならそうですが、今回は特殊進化の事例ですので、定石には当てはまらなかったものと考えられます」

「と言うと?」

「《吸血鬼ヴァンパイア》という種族そのものがメジャーなために、非常に進化しやすく、進化することで劇的に能力を向上させることが可能な、可能性の塊のようなものですから」


 ヤミの言葉に一筋の光明を見出したような顔を上げる、元女蛮族アマゾネス――いや、単数になったからこの場合は『アマゾン』か。強くてハダカで速い奴! を彷彿とさせるな――の《下級レッサー吸血鬼ヴァンパイア》。


「……まあ可能性の話ではあるわな。いま現在は役立たずも同然じゃ」

 身も蓋もなく言い放つフィーナを前に、再び《下級レッサー吸血鬼ヴァンパイア》の彼女はへこんだ。


「なんで味方の士気を挫くのかなぁ、この《水の神霊ナ―イアス》様は……」

「まあフィーナさんは生粋のギリシア・ローマ系神話の住人ですからね。あそこの神話の住人は基本的に好き嫌いで理由なく略奪をしたり、天罰を加えたりしますから。そのあたり後期キリスト教的価値観である、『善悪』とか『正義』や、そもそも『理由があって人は行動する』という論法が成立しませんので」


 呻く俺に向かってヤミが補足してくれた。

 面倒臭くなると全部まとめて薙ぎ払う『機械仕デウス・掛けの神エクス・マキナ』みたいなものか。


 納得したところで、ふと思い出して《ダンジョン投影》の画面に注目をする。

 画面の中では《ヴイーヴル》が、地上から放たれる氷柱の矢を、炎のブレスを横薙ぎに振るうことで、地上もろとも吹き消していた。


「いまさらだけで、なんで水属性のドラゴンが火を噴くわけ?」

「《ヴイーヴル》はその成り立ちが比較的新しいため、古来の水竜としての属性に豊穣を約束する地母神の属性が加味され、さらにはキリスト教やアーサー王伝説と絡むことで、鋼の属性である炎と鍛冶の能力も併せ持っているからです」

「つまりは節操のないちゃらんぽらんなドラゴンというわけじゃ」


 俺の質問にヤミがいつものように即答して、フィーナが嘆かわしいとばかり付け加える。

 フィーナのような純血に近い神性と違って、いろいろとハイブリッド化している近年の魔物は、軽薄であばずれと言いたげな口調であった。


「んで、相手は誰なんだ? 確認できないのか?」

 つーか、リュジュがいまだに瞬殺できていないのが信じられん。


「どうやら認識を阻害する系統の魔具を使用しているようですね。おまけにこの雨で視界も悪くて――ん? いまちょっと動きましたね。アカシャ様、ここの画像をズームアップしてくださいませんか?」


 ヤミが指さす先の画面を拡大すると、森の下草に隠れて素早く動き回っている雨合羽を着たニンゲンらしい影を捉えることができた。

 結構距離がある上に、遮蔽物が多いので判然とはしないけれど、体の大きさや動きから言って、

「――女か?」

 そう目星を付けたところ、フィーナが「またか」と辟易した表情で一言言い放った。


「いや、別に俺が引き寄せたわけじゃないぞ!? 勝手に原住民がやってきただけであって」

 まさか、この土砂降りの雨の中、原住民が単独で森の中に入ってくるとは想定もしていなかったのは確かだけれど。それも女性が。

「どこにでも変わり者はいるんだなぁ……」

 それともこれがデフォルトなのか? だとすれば、いろいろとダンジョン設計の根底が覆されるわ。


「まあなんでもいいんじゃが、リュジュのヤツめ手古摺っておるようにみえるのぉ」

「そうですね。まるでリュジュさんの挙動が見えているかのように、事前に動いているような反応の速さです」


 確かに。傍目に見た限り、結構本気を出しているように見えるリュジュに対して、闖入者はちょこまか走り回ってかく乱しているように見える。


「――おい。これがこの世界のニンゲンの平均なのか? なんか無茶苦茶体力ある上に、魔法も凄いんだけど?」

 不安になってヤミに確認を取る。


「いえ、いくら何でも強すぎます。これにこの魔術の発動も早すぎます。我々が使うのが文字通り異なる世界の法則を再現する『魔法』であるのに対して、この世界のニンゲンが使うのは、限定された技術である『魔術』であるはずなのですが、どう考えてもその限界を超越しています」

 ヤミも難しい顔で懸念を示す。


「言っておくが、リュジュが斃されるようなら、妾には対抗手段はないぞ。そもそも氷使いが妾の天敵じゃといったのは、おぬしであるからのぉ」

 フィーナが水瓶に背中を預けて、これまた身も蓋もない見通しを口に出すのだった。


「いや、まさか。リュジュさんも攻めあぐねているだけで、相手も決定打を浴びせかけることはできませんから、勝つのは当然として逃げられないように……」

 そうヤミが否定しかけたところで、地上から空中に向かって斬撃が飛び、一撃で翼の片方を斬り落とされたリュジュが、絶叫を放ちながら地上へともんどりうって墜落した。

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