第15話 地下2階 7部屋(その5)
「竜殺しの魔剣〈ノートゥング〉!?」
リュジュの悲痛な咆哮と同時に、ヤミの絶叫がマスター・ルームに響き渡った。
「なぜあれが一介の冒険者の手に!? 一回5,000万ポイントのレアリティ☆6以上の武器ガチャでも、0.07%の確率でしか出ないレアリティ☆8の超レアかつ強力な武器なのに!」
どうやらあり得ない筈の武器が、あり得ない場所で振るわれ、あり得ない結果になったらしい。
「魔剣〈ノートゥング〉というと、確か北欧神話――我らの神話体系から派生した亜流じゃが――で名高い、魔剣〈グラム〉を打ち直して強化した魔剣であったのぉ?」
「そうです。先端を水にさらすと上流から流れてきた一筋の羊毛が絡みつかずに、そこで真っ二つに断たれるほどの切れ味を誇ると言われる名剣ですが。この場合、最悪なのは〈ノートゥング〉が〝竜殺しの魔剣”という特徴を持っていることです。リュジュさんとの相性は最悪と言ってもいいでしょう。――アカシャ様、即座にリュジュさんの回収をお願いします! このままだと手遅れになりかねませんが、リュジュさんを
うろ覚えの知識をもとに小首を傾げて問いかけるフィーナに対して、大いに焦りの表情を浮かべながら早口で答えつつ、俺にリュジュの回収を大至急で促すヤミ。
「――わかった。リュジュを回収するので、フィーナは魔法でリュジュの治療をしてくれ」
いよいよもって全身の姿をさらけ出して、地面に倒れて呻くリュジュに向かって迫ってくる闖入者。
間髪入れずに一撃で斃そうと、上段の構えから――あれ? 剣道の構えのような???――一気に〈ノートゥング〉とかいう魔剣を振り下ろすのとほぼ同時に、寸前でフィーナを回収して、代わりにその場に後で食べる予定だったスイカが一玉ドロップされた。
スパンという小気味良い音とともに一刀両断されたスイカ。
血の代わりに真っ赤な果汁が飛んだ。
「!?!」
唖然としつつも、周囲を見渡し罠を警戒しながら、彼女はスイカを〈ノートゥング〉の剣先でツンツンして――恐ろしいことにそれだけでスイカが食べ頃サイズにカットされる――安全を確認してから、どこか感慨深そうな雰囲気でスイカの断面を眺めていたが、やにわしゃがみ込んでスイカを大事そうに丸ごとどこかへしまい込んだ。
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Name:
Rank:Adventurers(Witcher)
Class:Similia-Hominum
Level:32
HP:173/205
MP:151/266
Status:
・STR 111
・VIT 71
・DEX 85
・AGI 106
・INT 122
・LUK 41
Skill:『剣技(Lv5)』『サバイバル(Lv3)』『氷魔術(Lv6)』
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「痛いですぅ~……」
人化してもすっぱり背中が斬られた形になっているリュジュへ、何やら水薬みたいなのをかけては、呪文を唱えて治癒を施しているフィーナ。
さすがは《
その様子を横目に見ながら、同時に加害者の素性も鑑定してみたのだが、
「このステータスでリュジュを圧倒するものか?」
「……変です。なんだかものすごく変です。もしかするとステータスそののものが偽装されている可能性があります」
俺が口にした相手――アレッタ・カルヴィーノとかいう、
彼女が本来現地人が持ちえない筈の魔剣〈ノートゥング〉を持っていることといい、どうにも想定外の相手であることが確定的な風だ。
「……このまま帰ってくれないかな」
この際、ダンジョンの秘匿性は諦めて、これ以上、オープン前のダンジョンを荒らされないよう祈る俺の希望的観測であったが、アレッタの方はまったくこちらの心境を斟酌することなく、逆に弾む足取りでダンジョンの入り口をあっさりと踏み込んできた。
「……ダメか。せめて途中の通路で諦めてくれるか、最後の扉を開けられなくて途方に暮れるのを期待かな」
「いえ、〈ノートゥング〉クラスの魔剣の前には、最後の扉も力業でどうにでもなると思います」
あっさりとヤミが俺の希望を打ち砕く。
「地下一階のボス部屋の亀裂は? いまのところ番人を置いてないので跳ね橋は……ああ。斬り落とされるか、氷の橋を架けられるか」
「ですねえ」
「とりあえず、無駄な努力をしておこうか……」
切羽詰まった俺は、まずは地下一階ボス部屋に待機させるレアリティ☆☆☆のゴーレムを召喚してみた。
顕われたのは――。
【レアリティ☆☆☆:アイアン・ゴーレム(地属性特殊個体)】
「わー、これは大当たりですね。魔法も使えるゴーレムの中級種です」
「わー、嬉しいな(棒)」
なんでこんな時に大当たりするだろう。どうせやられるのが確定しているのに。
虚しく思いながら、さらに『迷宮創作』で地下二階の大空洞に幾つもの滝を流す。
大瀑布とかになると水道代が死ぬほど大変なので、ちょっとしたスプリンクラー程度ではあるが……。
「回廊で足を滑らせるのを狙ろうておるのか? 無駄な気がするのぉ」
「時間があればお前に滝を流してもらいたかったんだけど、そんな暇はないだろう?」
「リュジュの治癒で手一杯じゃ。さすがに片方の翼を丸ごと飛ばされてはのぉ……」
その割に結構余裕がありそうだけれど、気分屋のフィーナに期待しても仕方がない。
それと急いで俺は『
「『
怪訝な表情を浮かべるヤミに説明するのももどかしく、俺は最後の悪あがきとばかり、いま持っている二種類のガチャ――レアリティ☆☆☆以上装備ガチャ、レアリティ☆☆☆以上魔物ガチャ――を回すのだった。
結果――。
【レアリティ☆☆☆:漆黒のローブ】
【レアリティ☆☆☆☆☆:アラクネ】
漆黒のローブは体全身を覆う真っ黒いローブで、アラクネはエメラルドグリーンの髪をおかっぱ風のボブにして、琥珀色の瞳をした上半身が十代半ばほどの美少女で下半身がでっかい蜘蛛という魔物だった。
「《アラクネ》。名前はございません。召喚により参上いたしました」
どことなく優等生タイプ――けど腹の底が見えない猫をかぶった笑顔――で、折り目正しく一礼をする彼女。
そんな彼女を前にして、
「――まあ娘っ子がひとりが増える程度は、予想の範囲内であったのでどうでもいいが。なんじゃ。
つまらなそうにフィーナが鼻を鳴らしたが、俺としては天の配剤とも言えるこの装備と人事に、狂喜乱舞するのだった。
それから手早く作戦の骨子をその場にいた全員に伝えると、やはり《アラクネ》はこの手のハメ技が得意なのか、興味深そうに「へええー」と蠱惑的な笑みを浮かべ、他の者は一様に「また始まった」とばかり呆れた表情を浮かべた。
◇ ◆ ◇ ◆
ダンジョン内に入ったためか、アレッタ・カルヴィーノと表示されている彼女は紫色の雨合羽を脱いで、全身をさらけ出した。
年齢は17歳ほどだろうか。栗色の髪を動きやすいツインテールにして、いかにも軽戦士という感じの丈の短い革鎧をまとっている。腰には質素な拵えの中剣が一本下がっているが、こちらはあくまで見せかけなのだろう。いま現在は、自分の身長ほどもある真っ黒い剣を手にしていた。
これが話に聞く竜殺しの魔剣〈ノートゥング〉ってヤツか。
顔立ちは……まあ、とび色の大きな瞳をしていてキュートな容姿だが、俺の周りにいる魔物たちが、全員人外の容姿をしているせいか、感銘を受けるほどの美人というわけではない。
逆に平凡過ぎて実家のような安心感……というか、鼻ぺちゃでどこか日本人的な風貌を感じられる顔立ちであった。
「……現地人ってみんなこんな感じなのか?」
鑑定で窺い知れる種族名称『
見た感じホモサピエンスとの違いは、やや耳の形が平べったいくらいで、思ったよりもヒトに近い。
……まあ、実のところ今現在の俺の姿の方がよっぽど人間離れしていて、髪の毛は青紫色になっているわ。瞳は金色と赤の色違いだわ。耳はエルフのように尖っているわで、客観的に見れば確実に魔物の親分そのものであろう。
「う~~~ん。これも偽装臭いですねえ。現地人はもうちょっとコーカソイドに近い感じなのですが……異民族との混血とか言われたら微妙な線ですね」
ヤミの方はやはり偽装を疑っているようだ。
「とりあえず、相手の手の内を晒していけば正体も見えるか……?」
ならば時間稼ぎが一番だな。
そう考えて、まずは《アイアン・ゴーレム》に地下一階のボス部屋の護りと、斃された際に跳ね橋を下ろす鍵をドロップするように設定して、それから《
しばらくして、ボス部屋の所定の位置へポテチの袋が置かれたのを確認して、《ダンジョン・ムーブ》で《アイアン・ゴーレム》と位置を入れ替える。
「ふむ。玉砕覚悟で《アイアン・ゴーレム》をぶつけるのかや?」
床に戻ってきたポテチの袋を勝手に取って、開けて食べながらフィーナが確認をしてきた。
「ああ。下手に小細工をして後の仕掛けがバレるのが怖いからな」
そう言いつつ、ズンドコ地下一階の通路を進んでくるアレッタの足元へ、タイミングを見計らって落とし穴を作ったり、上から天井を落としたりと、プレオープン中でダンジョン内部に侵入者がいても内部構造をいじれる設定なのをいいことに、嫌がらせの数々を行っているのだが、ことごとく無効にされていた。
ある時は超反応で躱され、ある時は氷の柱で動きを止められ、ならばと通路を塞げば〈ノートゥング〉で力任せに、ダンジョンの壁を破壊されるという散々たるありさまである。
「……ダンジョン素材って破壊不能なんじゃなかったのか?」
「本来は別次元に存在する準仮想物質ですので物理的には破壊不能です。ですが、〈ノートゥング〉クラスの『斬る』という概念を存在に組み込まれた
まあ、すぐに修復はしますが……と、付け加えるヤミ。
「堂々巡りになるけれど、なんでそんな御大層な武器が、一介の冒険者の手にあるんだ?」
「不明です。可能性としては、どこかのダンジョン・マスターの持ち物だったものを、あの者が斃して手に入れたのか」
「もとの持ち主はわからないのか? レア装備ならだいたいわかるだろう?」
「個人情報保護の観点から、その手の情報は開示されておりません」
「変なところでお役所仕事だよなぁ、運営」
「あとは……どこぞのダンジョンの先兵という可能性がございます」
「先兵?」
「はい。本来、オープン前で準備期間中のダンジョンに対して、他のダンジョン・マスターが干渉を加えたり、攻撃したりすることは規定で禁止されているのですが、あくまでそれはダンジョン・マスターとそのダンジョンに所属する魔物に関しての罰則規定です」
「ああ、つまりそのへんの抜け道を使って、現地人に武器を渡して、あくまで原住民が勝手にやったことだ――と、言い張ればいいことだな」
「まるでおぬしのような発想じゃのぉ」
絶対に褒めてはいないだろうという口調で、フィーナがしみじみ相槌を打つ。
「そうなると可能性が高いのは教皇庁か?」
「もしくはこの近辺のダンジョン・マスターでしょうね」
さてどっちだ? と思案しながら地下一階の回廊を操作していたが、どうやらアレッタは自分が同じところをグルグル回らされているのに気付いたらしい――密かに回廊の出口を入り口につないだのだ――その場に立って思案していたが、やにわダンジョンの壁に穴を開けて、そこへ右手を突っ込んだ。
なんだ!? このまま壁を修復してしまえば、引っこ抜けなくなるぞ――と思って操作しようとしたのだが……。
「そんな!? 『Soul Crystal』に直接干渉を受けています! すぐにファイアーウォールとデバッグを開始――っ!? 一部優先度の高い安全装置が働いて、いまアカシャ様が手を加えた部分が解除されてしまいました!!」
ヤミの説明を聞くまでもなく、入れ替えた出入り口が元の形状に戻って、こちらの操作を受け付けない状態になってしまっている。
「バカな! こんな裏技を知っているのは、『Soul Crystal』の操作権があるダンジョン・マスターだけのはず!? 重大な規約違反です!」
顔色を変えたヤミが、腹に据えかねた形相でおそらくは運営にQ&Aで抗議し始めたのだろう。
待つことしばし――その表情が唖然としたものに変わった。
「ええええええええええええっ!? 『Soul Crystal』を失った元ダンジョン・マスター?! この行為も規約違反かどうか即座に判断できない。審査中……って、いままさにうちのダンジョンが攻略されているのですよ!」
うわ~、どうやら運営はいまキムチ・パーティー中らしい。
こりゃ、当てにはならないな。
そう覚悟を決めた俺は、全員に予定の配置につくように言って、ガチャで出た『漆黒のローブ』をまとって、廉価で買った大量生産品の鋼の剣を手に椅子から立ち上がった。
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