第10話 地下2階 7部屋(その1)

雨がふるよIl pleut 雨がふるよil pleut娘さんbergere♪ 雨がふるよIl pleut 雨がふるよil pleut娘さんbergere♪」


 降りしきる雨の中、リュジュがダンジョンの出口前でクルクルと楽しそうに踊りながら、素朴な歌を歌っていた。

 それに合わせて気のせいか雨脚が激しくなって、足元の地面もぬかるんできたような気がする。


「ふむ、この調子であれば二月もあれば湖自体は発生するであろうな。その後は水量を調整して、当初の予定の大きさに整えようぞ」

「急に水が増えると周りの生態系への悪影響が懸念されますので、あまり急がずに、もともとの自然にご配慮をお願いいたします」

「ふん。妾を誰と心得る? 異なる世界の自然とはいえ、水と風は変わらぬ。ならば神霊たる妾に手抜かりなどあろうはずもないわ」


 性急に事を運び過ぎて不自然にならないように、一言注意するヤミに向かって、傲然と自信のほどをのぞかせるフィーナ。


「それに、それほど心配であるならこの周囲100mのみならず、もっと手を広げてこの周辺の大地をダンジョンの勢力下に置けば問題ないであろうに?」

 トントン、と軽く地面をつま先で叩く。

 フィーナが言うように、念のためにここダンジョンの出入り口100m四方は、現在はダンジョンの勢力圏――平たく言えばダンジョンの一部という認識になっている。

 そのためこの場所で狩りをしたり、モンスターを斃すなどをしてもポイントが入る仕様になっているのだ。


「それはそれで難しいのですよ。ダンジョン内部の壁や床に不純物を取り込んで浄化する機能が備わっているのと同様に、土地をダンジョン化すると同様の環境保全機能が働いて、その場所に元から存在していた動植物は異物と見なされ、自動的に排除されます。おおよそ三~五日ほどのサイクルで浄化機能は働きますので、動物やモンスターは異変を感じて逃げるでしょうけれど、植物はそうはいきません。種から微生物まで根絶やしになりますので、結果不自然な禿山か砂漠がその一角にできることになり、目立つことこの上ありませんから」

「ん? 普通に草も木も生えておるではないか?」

 怪訝な表情で、ぐるりと周りの広葉樹林と様々な雑草や、シロツメクサなどの可憐な花々を見回すフィーナ。


「ここに生えているのはすべて、地球の南部ヨーロッパ圏内にある植生を再現したものです。素人目には周りの森と変わらないようですが、実態は限定的とはいえ現地人が言うところの『死の森』を生み出したわけですので、見る者が見れば一目瞭然です」

「む――」

 自信満々で自然のスペシャリストを自称した《水の神霊ナ―イアス》が、あっさりと揚げ足を取られて、きまり悪げに咳払いをしてそっぽを向いた。


「ですので、オープン前に隠蔽のしようがない地表部分をダンジョン化するのは、小なりとはいえリスクがあることをご留意ください」

 続く言葉はこの場所をダンジョン化する提案をした俺に対する注意喚起だろう。


「わかっている。とはいえ、万一にも水没しないようにこの場所を堅持するには、他に確実な手はないからね。支払うべきリスクとしてある程度教授するべきだろう」


 ヤミもそのあたりの説明は何度も聞いて、最終的には折れたのだが、やはり万一の際の懸念は払拭できないようだ。


「――まぁ。とは言え俺もまさかダンジョンがそこまで徹底的に、現地の生態系を排除する機能が付いていて、ダンジョン・マスターでも解除不能とは思わなかった。少しばかり計算違いだったな」


 机上の空論とはまさしくこのことだ。やはり何事も実際にテストしてみないと、土壇場で何が問題になるかわかったもんじゃない。

 実際、まさか地表をダンジョン化した瞬間、その区域に生えていた木や草がズブズブと溶けるように――実際にその通りで、多少なりとは言えポイントに還元された――徐々に地面に食われていく・・・・・・姿は、結構傍目にも猟奇的な姿だった。


「とはいえ今回のことで問題になる仕様は分かったので、後で修正を加えておこうと思う」

「と、おっしゃいますと?」

 小首を傾げるヤミに、

「地表を含めてではなく地下3m程度以下からダンジョンの勢力圏とする。上物だけは、どこからか現地の植物を持ってきて植えておけば不自然にはならないだろう?」


 要するに都市部の人工緑地帯だな。

 表面を取り繕ってあたかも天然自然の森のように見せかけるわけだ。


「……おぬしはようもまあ、毎回毎回そういった悪知恵が働くのぉ。参謀向き……いや、どちらかと言えば詐欺師向きじゃ。ある意味感心するわ」

 感心というよりも呆れたようにフィーナが細い首を左右に振った。


 一方、ヤミの方は素直に感心したようで、

「――なるほど。それなら上辺を取り繕うことも可能ですね。問題はそこで人や動物、モンスターを斃してもポイントになるかどうかですが……」

「そんなのは簡単だ。ダンジョンのある層まで穴掘って埋めればいいんだから」

「あ……!」

「……つくづく抜け目がないのぁ」

 盲点という表情で口元に手を当てるヤミと、ほとほと呆れたとばかり嘆息するフィーナ。


「まあ、いちいち穴を掘るのも面倒なので、半殺しにした状態でまとめてダンジョン内に持ってきて放置する……という手もあるけど。ほら、確か結構なポイントを使って荷物とかを、亜空間に収納するスキルがあっただろう?」

 そう水を向けると、ヤミは困ったような表情で、

「スキルの『インベントリ』ですか? 確かに取得すれば、常時荷物を亜空間に収納しておき、収納中は時間経過も何もありませんが、生き物を入れておくことはできません。というか、入れると死にます」


 漫画とか小説ではなぜかそういう設定になっているけど、なんでそんな制限があるんだ?


「ふーん。この場合の生き物の定義は?」

「遺伝子を持っているかどうかです」

「……その理屈だと。肉とか野菜とかの食料品も収納できないってことになるんだけど?」

「いえ、その場合は内部処理を施されて遺伝子が完全に破壊された状態で再現されますので、栄養素などは大丈夫です。逆に言えば、それによって生きた生物はひとたまりもないということです。ちなみに(小)で25,000ポイントが必要ですが、体積2,000㎥、水なら2tまで収納可能です。(中)で600万ポイント、体積25,000㎥、一般的な水道施設の給水タンクかタンカーのホッパー並みですね。(大)で8,000万ポイント、1億㎥で日本国内にあるダムの有効貯水容量に匹敵します」

「ふーん、そのあたりも環境保全のための安全装置の一環ってことか……」

「そうなります」


 運営としては徹底的にこの世界の生物VS異世界の生物で生き残り競争をさせたいらしい。


「じゃあ、まあなるべく外では狩りとかしないようにしよう」

「まあ、死体やモンスターの核でも、討伐ポイントはなくても換金ポイント化はできますので……」

 そう付け加えるヤミに「了承した」と返して、俺は早速地表のダンジョン化を一部変更するために、ダンジョン内部へと踵を返すのだった。


「妾もこの段階では手持無沙汰ゆえ戻るぞよ」


 面倒臭そうに水瓶を抱えてついてくるフィーナへ、ふと思いついて留意事項を伝える。


「ああ、ついでにいま入り口のところにある泉を潰して、新たに地下一階のボス部屋に移すので、《水の小精霊ウンディーネ》ともども引っ越しの準備をしておいてくれ」

「ふむ。では今後は夜間の警護は必要ないというわけであるか?」

「ああ、その代わり《スライム》とかを召喚して、随時ダンジョンの勢力圏内で狩りをさせておくようにするからね。もっとも、《風の小精霊シルフィード》たちには引き続き外部の偵察を頼むので、時々はプレオープン状態にしておくけど」


《スライム》の知能がどの程度かは不明だけれど、何箇所か落とし穴を兼ねた縦穴を開けておいて、そこにゴミを捨てるよう命令しておけばポイントにはなるだろう。


「ふむ。あい分かった。じゃが、次の泉は存分な大きさのものを所望するぞ」

「空間と環境は提供するので、好きなようにレイアウトに拘ればいいさ。今後はどうせダンジョン内部で水を循環させることになるんだし」

 下手に穴を開けて地下水を汲み上げると、そこがウイークポイントになる可能性があるわけで、生きた水源である《水の神霊ナ―イアス》がいる以上、これを有効活用しないのは勿体ないというものだ。


「ほう。では川を造っても良いということであろうか?」

「川でも滝でも底なし沼でも好きにしてくれ」


 俺の承認を得たことで、すっかりその気になったフィーナは、早速入り口のところの泉の《水の小精霊ウンディーネ》たちに号令をかけて、引っ越しのために自分の水瓶に入る様に命じ始めた。


 ☆ ★ ☆ ★


 ダンジョン改築にかかってから三時間後――。

 構想は練っていたものの意外とポイントが掛かるため、いろいろと試行錯誤の末およそ2,000万ポイントを使って、ダンジョンを地下二階構造にすることができた。


 主な変更点は、

① 地上にある出入り口の床の穴を閉じて泉をなくし、出入り口を左右にレバーのついた観音開き式の重厚な鋼鉄の扉にした。ただし左手側のレバーでなければ開かない。右を動かしても何の反応もない飾りに見える。

② そこから地下に下りる階段及び通路は網の目のように入り組んでいて、上下左右斜めと歩き回る構造になっていて、どこを通っても奥にたどり着くまで5㎞は歩かなければならないよう縦横に巡らせた。

③ 通路は黒と灰色の石を縞模様のように交互に配色している。人間のストレスを誘導するためだが、現地人に作用する配色が不明なため、とりあえずデフォルトはこれにして今後変更も視野に入れる。なお、黒は膨張色なため(実際よりも大きく見える)、錯覚を利用してやや段差をつけることで、いざという時の足回りを制限する。

④ 途中に行き止まりの枝道を何本か作って、撒き餌としてたまに宝箱を配置するようにする。

⑤ 地下二階へ降りる階段のあるボス部屋(50畳相当×2)を造って、そこにフィーナの泉を設置した(水は後からフィーナが注ぐ)。ボス部屋は底の見えない断崖で半分に区切られており、普段は跳ね橋が上がっている状態になっている。この橋を下ろすにはボス部屋の前面の区画にいるゴーレム(☆☆☆)を倒して、鍵を入手しなければならない。


 まあ、この巨大迷路とボス部屋にほとんどのポイントを使ったために、地下二階部分はかなりショボく、直径40m深さ200mの円筒型の部屋の壁に沿って、手すりも何もない細い螺旋階段が延々と続いているだけという代物で、そのまま黙々と階段を下りてくれば底に着く。

 ただし、途中で飛行型の魔物が絶え間なく襲ってくる鬼畜仕様だけれど。


 そこまでくれば後はゴールだ。マスター・ルーム(と俺の私室)へ続く扉があって、部外者は手前のレバーと、ダンジョン出入り口にあった右手側の扉を「いっせーのせー」で同時に動かすことで、中に入れることができる。

 ただし一度タイミングがズレると、次は24時間経過しないと開かないので、頑張ってリトライしよう!

 なお、扉を開けるとリュジュの部屋(40畳相当)になっていて、乙女でなおかつオタクの私室に無断で入ってきた侵入者に対して、リュジュが証拠隠滅のため必死の(必殺ではなく)殺意を向けること請け合いだ。


「――と、こんなものか。あとは、とりあえず地球産の植物を取り払って、ダンジョン表面層を地下3m以下にしたので、リュジュの手が空いたらその辺の雑木を適当に引っこ抜いて、植え直すように言っておいてくれ」


 ダンジョンの一番奥に当たるマスター・ルームで、必要な操作を終えた俺は、傍らで膝を折って待機していたヤミにそう声をかけた。


「わかりました。下草の類はよろしいのでしょうか?」

「そっちは自然に生えてくるのを待つほか、別にスケルトンを何体か召喚するので、そいつらにやらせるといい」

「レアリティ☆☆のスケルトン(4P)ですか? いまさらという気もいたしますが……?」

「いや、今回、結構なポイントを使ってダンジョン内部も増築したから、とりあえずテストケースとして地下一階の入り口付近にスライムを、そのあとに続く通路部分にスケルトンを配置する予定だからね」


 意外とオーソドックスな魔物の布陣ですね、と意外そうな顔で頷くヤミ。


「まあ最初から初見殺しのダンジョンでは、所在がバレた場合に危険視されそうだからね。あくまで『不便な場所にあって、さほど見るべきものもないショボいダンジョン』と軽視されるのが狙いなわけ」

「なるほど」

「なのでなるべく奥に進めないように、通路は上下に入り組んでなおかつかなり歩かなければボス部屋にたどり着けないようにする。あと、途中で徐々に湿度を下げてカラカラに乾いた渇水状態にしておきたいので、そういう意味でもスケルトンが有効なんだな」


 ちなみにボス部屋にはゴーレムが控えていて、その背後には砂漠のオアシスのような泉がある。

 当然、そこにはフィーナがいるわけで、必死こいてゴーレムを倒した後、迂闊に水場に近づけば一巻の終わりというわけだ。


「さすがはアカシャ様ですね!」

 平仄がいったとばかり手を叩いて喜ぶヤミとは対照的に、

「なんつーか、邪神や悪魔のほうがマシじゃのぉ……」

 一緒にマスター・ルームに付いてきていた当のフィーナがやりきれない表情で呻いた。


「ははははっ、照れるな」

「褒めとらんわ! ――それよりも、もうダンジョン内部の改築が終わったということは、妾の私室に割り当てられた地下一階の奥部屋まで歩いて行かねばならんのか!?」


 まさかこの妾にそのような足労をかけるつもりではあるまいな! と、言いたげなフィーナに対して、そこまで留意していなかったために言葉に詰まる俺に代わって、ヤミが「大丈夫です」と矢面に立ってくれた。


「今回の改築でアカシャ様のスキル『迷宮創作』がLv2に上達していますので、新たに《ダンジョン投影》《ダンジョン・ムーブ》が使用可能となっています。《ダンジョン投影》はその名の通り、ダンジョン内の様子をマスターのみならず、第三者にも見えるように映像として投影できるもので、《ダンジョン・ムーブ》はダンジョン内であれば、所属する魔物を瞬時に移動させられるものです」

「「ほほう」」

 思わず感嘆する俺とフィーナ。


「便利なものだな。特に《ダンジョン・ムーブ》は」

「そうですね。万が一味方の魔物が斃された場合にも、即座に回収できますから、その後所定のポイントを支払えば復活リポップも可能ですし、現在の我々には関係ありませんが、他のダンジョンの『Soul Crystal』をアカシャ様が制圧した場合、そのダンジョンとも相互に行き来ができるようになります」

「夢が広がるなァ……って、待て待て。俺が外に出る場合には、どうやっても歩かないとダメなのか!?」

「そちらも大丈夫です。《ダンジョン投影》と《ダンジョン・ムーブ》は遠隔操作も可能ですから、ダンジョン内であればどこでも使えます」


 それを聞いてほっと安堵した俺は早速、《ダンジョン投影》を使って増築したダンジョンの各階層を周囲へ投影してみた。

 空中に50インチくらいの画像がいくつも投影できる。

 

「――ふむ。さすがに何もないので閑散としておるのぉ」

 無機質な通路や床が剥き出しのボス部屋などを確認して、フィーナが鼻白んだ様子で呟いた。


「この後に〈スライム〉と〈スケルトン〉を召喚予定ですし、レイアウトについては追々……あら?」

 ヤミが苦笑いをしながらそう取りなしていたところで、通路の一角を動くものに気付いて目を見開く。

 同時にそれに気付いた俺も、その部分を大きく拡大して正面に表示してみれば、

『ふええぇぇぇ……なんでこんなになってるの!? みんなどこ~~~っ?!』

 半べそをかきながら、事情を知らずに置いてけぼりされていたリュジュが、ウロウロと通路を迷っている光景が映し出された。


「「…………」」


 この後、リュジュの存在を忘れていたことについて、

「じゃから、おぬしは片手落ちじゃと言うのじゃ!」

「こっちは三時間ずっと作業してたんだ。暇だったお前が注意を払うべきだろう!」

 俺とフィーナは、めちゃくちゃ罪の擦り付け合いをした。

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