第17話 地下2階 7部屋(その6)

 さて、相手は元ダンジョン・マスターらしい。

 現在のステータスや名前(もしかすると見かけも)偽装されている公算が強いが、まず間違いなく俺よりも強くて経験豊富なのは間違いないだろう。

 本来はダンジョン・マスターが、準備期間中のダンジョンに攻めるのは規約違反で、下手をすれば一発でBAN(死亡)する案件らしいのだが、ダンジョンを持たない野良のダンマスに関しては運営でも考慮していなかったらしく、いまだに回答が来なくてヤミがマスター・ルームで呻吟している。


 悩んでいる間にマスター・ルームまで攻め込まれて、『Soul Crystal』を破壊でもされたら俺の方が一巻の終わりである。

 ヤミは『運営』は一種のシステムであると言っていたが、俺の見解としてはそのシステムとやらは人間の意思の延長線上に造られたものではないかと疑っている。

 なんとなく物事の価値観や自己満足なところが、人間特有のエゴに近いものが感じられるのだ。


 つまり、面倒ごとになった場合、結果をもって――この場合は、『Soul Crystal』が破壊されたことで――イレギュラーな事態をナアナアで済ませる。時間稼ぎをしているような気がする。

 要するに、カードゲームを使ったRPGなどで、ゲームマスターがゲームの進行上、著しくバランスが崩れた場合に、即興で勝手にルールを改正するような不合理がまかり通るということだ。

 

 そうならないためには、是が非でもこの場を自力で納めなければならない。

 とはいえ相手の立ち位置が不明である現在、迂闊な手出しもできない状況だ。


 そんなわけで、まずは相手の出方を見るために俺が直接、件のアレッタ・カルヴィーノ(偽名)と対峙することにしたのだ。

 ま、さすがに怖いので、ある程度距離を置けるこの地下一階のボス部屋において、亀裂を挟んでの邂逅となったけれど、相手の手に魔剣〈ノートゥング〉がある以上、ゆめゆめ安心はできない。

 いつでも逃げられるように『ダンジョン・ムーブ』の準備をしながら、俺はなるべく内心のビビりを表に出さないよう。手元のカンペを読みながら、ぶっきらぼうにアレッタに語りかけた。


「――さて。招かれざる客人よ。何故、我が家に土足で足を踏み入れたのか、その理由を聞かせていただけるかな?」


 攻撃の姿勢を見せたら、いつでも逃げられるよう彼女の全身の動きを子細漏らさず注意しながらの問い掛けである。

 一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべたアレッタだが、

「……そう。気が付いているわけね」

 そう流暢な魔族語で返事を寄こした。


 あ、そういえばこの世界の大陸共用語なんてスキルもあったな。普通に魔族語が通じる相手だからよかったけど、今後、現地人と話す機会もあるかも知れないから、そっちのスキルも習得しておく必要があるだろうな。まああ、この場を切り抜けたらの話だけれど。


 それから自分に喝を入れるように、ひと呼吸おいて、

「ならば問答は無用よ! 命が惜しくば、お前の持つ『Soul Crystal』の権利をあたしに譲渡しなさい!」

 そう高らかに宣戦布告してきた。


「『Soul Crystal』の権利? 何のために?」

 というかそんなこと可能なのか?


「あたしがこのダンジョンを有効活用するためよ! あたしはアレ・・とは違うわ。譲渡をされたかといって、あんたを殺すことも、着の身着のままで放り出すこともしない。必要なスキルは与えるし、協力するなら場合によってはこのままダンジョンに置いてやってもいいわ」

 さらにアレッタは、なんか無茶苦茶を言う。

 よくわからんが、もしかしてこいつ居直り強盗……それも一番たちの悪い地上げ屋みたいなもんか?


「……そんな要求が聞けるわけがないだろう」

 常識的に考えて。


「だったら、力ずく……ってことになるわね」

 それこそ望むところだという口ぶりで、〈ノートゥング〉を構えるアレッタ。目付きが尋常じゃない。これは本気だ。


《アイアン・ゴーレム》も、俺の危機を感じたのかファイティングポーズを取って、一歩アレッタの方へ足を踏み出した。


「いや、そもそも準備期間中のダンジョンを他のダンジョン・マスターが攻撃すること自体が規約違反だと知らないのか?」

「いまのあたしはダンジョン・マスターじゃない。一介の冒険者よ!」

「そんなへ理屈が通じるわけがないだろう? 運営に確認をしたが、お前さんは元ダンジョン・マスターとして登録されたままになっている。その能力や武器がその証拠だろう?」

「――っっっ!?!」


 ま、登録はされているけれど、だから今回の事例が規約違反になるとは、いまのところ回答が来てないんだけどね。

 そんな俺の嘘ではないけれど本当の事でもないハッタリブラフを前に、しばし途方に暮れた表情を浮かべるアレッタ。


 うん。運営から回答がないってことは、俺以前に問い合わせた事例もないってことだろうから、アレッタも本当のところは知らない筈。このまま目的を見失って帰ってくれれば……。


「嘘よーっ!! 嘘に決まっているわ!! あたしは『Soul Crystal』を手に入れて、ダンジョン・マスターへ戻るんだから~~っ!!!」


 だが、そうは問屋が卸さなかった。

 現実を受け入れられないアレッタは、駄々っ子のように絶叫をして、手にした〈ノートゥング〉を力任せに、俺目がけて数メートルの距離を隔てながらも振り下ろす。


 刹那、俺の目には〈ノートゥング〉からほとばしる剣線――というか、白線のような光る線――が一直線に向かってくるのが見えた﹅﹅﹅


 右に避けるとわずかに足が引っかかって切り飛ばされる。逃げるなら左だ!

 瞬時にそう本能的に悟った俺は、恥も外聞もなく左へ転がって躱した。


 それと同時に、5mは離れていたはずなのに、さっきまで俺がいた位置の地面がぱっくりと割れて、さらには背後の壁にまで傷が奔っていたほどである。


(やべえっ、ここにいると死ぬ!)

 そう悟った俺は、ほとんど本能的に地下二階へ降りる階段へと転がり落ちて行った。


「あ、待――」

 追いすがろうとしたアレッタの前に、《アイアン・ゴーレム》が立ち塞がるのを視界の隅に留めながら、

(これが俺のAuthority、『真眼:君子危うきに近寄らず』の効果か!)

 そう確信するのだった。


「ヤミ~っ、ヤミさ~ん! 運営から回答きてる?」

 そうして、地下二階へ続く階段の途中で体勢を立て直した俺は、ダメもとで《ダンジョン投影》を使ってヤミに確認を取った。


『いえ、いまだに審議中とのことです』

 目の前にひとつだけ開いた画面の中でヤミが忸怩たる表情で首を横に振る。


「つーか、あいつ俺の『Soul Crystal』の権利を譲渡しろ、とか言ってるんだけど、そんなこと可能なわけ!?」

『そんなことを! ――あ、はい。ダンジョン・マスター同士の合意があれば可能です。ですがそれはあくまで正式にダンジョンが稼働した後、《ダンジョン・バトル》として認められた場合に発生するもので、普通はそこまで行かずにポイントや、任意の物品を賭けに使う《ダンジョン・デュエル》で競う程度が普通です』

「あー、なるほど。経済戦争や圧力外交までが普通で、実際に戦争までするバカはいないってわけか」

『ええ。目下のところ〝教皇庁”という強大かつ共通の敵がいる状況で、いくら不仲とはいえダンジョン・マスター同士で殲滅戦をするなど愚の骨頂というのが共通認識です。まあ、中には力で連中に対抗しようと、無理やり中小のダンジョン・マスターを併合しようとする、アウトローなマスターもいることはいますが……』

「ん~、今回のアレッタは、そういう組織的な動きとは思えんな。なんか場当たり的というか、逼迫して追い詰められた風だったけど」


 先ほどのアレッタとの短いやり取りを思い出して、俺はそう答える。


『とはいえ抜き差しならない状況には変わりありません。ここは無理を承知でリュジュさんにも出撃してもらって、総力戦に出るべきではありませんか?』

「いや、表でさえも危なかったんだ。限定された空間しかないいまのダンジョンじゃあ、狙ってくださいって言うようなものだ。それに――」


 背後で跳ね橋が落ちる音がした。

 どうやら《アイアン・ゴーレム》が斃されて、跳ね橋が下ろされたらしい。

 刹那、細いながらもこちらに到達する剣線が何本もえた。


「――うおっ、危ねえ!」

 牽制の斬撃が飛んでくる前に、俺はその場からジャンプをして、地下二階――シリンダー構造になっている100mの断崖へ身を躍らせる。

「『飛翔フライ』」

 同時に飛行用のスキルを発動――と言っても習熟していない現在は、風船か下手なドローン程度にしか飛べないが――して、ふよふよと落下しながら、いまの地下二階のありさまを眼下に捉えつつヤミに答える。


「どうせこの場所にきても意味はないからな」


 そう話す俺の視界一杯に、直径30m、長さ100mの空洞をびっしりと覆うように張り巡らされた、真っ白い蜘蛛の糸が目に入った。


「――ご主人様、このくらいでよろしいのでしょうか?」


 いつの間にか俺と並行して飛ぶように、《アラクネ》のシノ(時間がなかったので、髪の色からギリシア語の『πράσινοςプラシノス(緑)』⇒『シノ』とした)が、天井から糸を垂らして付随している。


「おう、上等上等。あとは仕上げを御覧じろ……ってところだ」

「はあ。ですが糸をかけただけでよろしいのでしょうか? 私も戦闘に参加するべきではございませんか?」

「いや、あくまでサポートに徹していてくれ。アレッタがどんな奥の手を持っているのかわからないけど、なるべく糸の迷宮をこの形で取っておきたいからね。ぶっ壊されたらすぐに修繕できるようにしておいてくれ」

「……わかりました。ご健闘をお祈りいたします」


 一礼をして、シノは手近な糸をその脚で掴んで、そのまま凄まじい速度でどこかへと姿を隠した。

 一見すると規模こそ大きいが普通の糸に見えるこれも、かなり強靭な代物であることがわかる。


「よし、照明の光も最低に落としているし、あとは――」

 その俺の呟きに応えるように、地下だというのに微風が頬を揺らす。

「《風の小妖精シルフィード》たちも配置についたか。直接アレッタとぶつかる必要はない。手順通りに頼んだぞ」


 それから今頃、ぶつくさ言いながら基底部分に水を張っているだろうフィーナを思って、闇と蜘蛛の糸で遮られて見えない、遥か下に視線をやろうとしたところで――。


「――っ!? な、なによ、これは。く、蜘蛛? 蜘蛛の巣??」


 唖然としたアレッタの声が響いてきた。

 どうやら地下二階の入り口にあたる部分へ到達したらしい。

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