第16話 淡雪の少女③
僥倖。
まさに奇跡――いや、これこそが運命の出会いというものだろう。
自分のダンジョンとそこに従属するすべてを失ってから幾星霜。『偽装(Lv4)』を使って、現地人のフリをしてステータスと名前を誤魔化し、冒険者アレッタ・カルヴィーノとして臥薪嘗胆……いや、嘗胆ならまだマシだ。
違和感を持たれないよう、栄養にもならない舌にも合わない現地の食事を口にして、宿に戻って全部吐き戻し、代わりに『死の森』と呼ばれる他のダンジョンマスターの領域である地球産の植物が生い茂る森で採ってきた木の実や草を頬張り、《スードウ・ゴブリン》の干し肉を頬張る毎日……。
来る日も来る日も、気の休まる日はなく、自分の境遇の惨めさに死にたくなったことが何度あることか。
だが、それもこれまでだ!
まさかたまたま見つけた《スードウ・ゴブリン》の群れを追いかけて、まだ準備期間中のダンジョンを見つけるなんて――少なくとも、あたしが覚えている限りこのあたりに旧来のダンジョンはなかった――とことん落ちるところまで落ちたあたしの運だが、どうやらここで逆転に転じたらしい。
見たところ地下型のベーシックなダンジョンのようだが、まだ正式稼働前のダンジョンとなれば、せいぜい地下一階か二階がいいところだろう。
防御機構もたかが知れているだろうし、ダンジョン・マスターのLvもたかが知れている筈だ。
あたしはダンジョン・マスターとしての資格ははく奪されているが、それでも本来のステータスは変わらず平均的な中堅ダンジョン・マスターとしての力量を保持している。
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Name:
Rank::Dungeon Master(アカウント凍結中)
Class:Снегурочка
Level:283
HP:30025/30115
MP:37551/42066
Status:
・STR 877
・VIT 591
・DEX 1130
・AGI 698
・INT 1420
・LUK 68
Skill:『迷宮創作(Lv5)』『偽装(Lv4)』『鑑定(Lv4)』『剣道(Lv2)』『体術(Lv3)』『中級火魔法(Lv2)』『中級土魔法(Lv1)』『中級風魔法(Lv3)』『中級水魔法(Lv3)』『気配探知(Lv2)』『熱耐性(Lv5)』『衝撃耐性(Lv3)』『毒耐性(Lv4)』『インベントリ(中)』『自動翻訳(Lv3)』『オートマッピング(Lv3)』
Authority:『氷雪の支配者:熱誘導』
Title:『漂泊たる雪の娘』『復讐者』
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ポイントや使い魔はオフィウクスにすべて奪われたために項目自体が表示されなくなっている。それと、ダンジョン・マスターの基本スキルである『魔物召喚』も、『Soul Crystal』と一体のスキルであるため、現在はなくなっていた。
だが、それもこれももう少しの辛抱だ。
新たな『Soul Crystal』の権限を手に入れたら、往年の力はないにせよ、少なくともオフィウクスに対抗できる最低限の力は取り戻せるのだ。
まあ、ここに生まれたばかりの新たなダンジョン・マスターには少々酷な話かも知れないが、そもそも準備期間中にこんな風に不用意に偽装を解くような無能なマスターでは、早晩他のダンジョン・マスターに潰されるか、冒険者の餌食になるか……最悪な選択として、教皇庁=オフィウクスの配下に収まるという可能性がある。
そうなる前にあたしが『Soul Crystal』の権利を譲渡してもらう方が、ダンジョンにとっても有効と言うものだろう。ここの『Dungeon Manual』だって喜んで従う筈だ。だって、あたしの『Dungeon Manual』の化身は、あんなにもあたしを慕ってくれたのだから……。
そんなことを考えている間に、《スードウ・ゴブリン》の群れに対抗してか、ダンジョン側から《スケルトン》が10体ばかり迎撃に出てきた。
ふふん。やっぱり出来立てのダンジョンね。出せるのはレアリティ☆☆☆の《スケルトン》が限界みたいね。それなりに高品質の《スケルトン》みたいだけれど、所詮は《スケルトン》は《スケルトン》。ちょうど《スードウ・ゴブリン》と一箇所にまとまっているし、まとめて一掃できそうね。
凍った《スードウ・ゴブリン》はそのままインベントリに入れて、暇なときにでも干し肉に……ああ、そうか、ダンジョンを攻略しちゃえば、今後は食事にも事欠かないわよね。
なんだかいままでの極貧生活で、貧乏性が癖になってしまったわ――って、ええええっ。ドラゴン!?
こんなチンケなできたばかりのダンジョンになんで、ドラゴン――絶対にレアリティ☆6以上よね!?――がいるわけ?! もしかして、もともと初期ポイントが潤沢で、なおかつほとんどをコイツに振った一点豪華主義者!?
ともかくも、あたしは『熱誘導』スキルを使って、ドラゴンの動きを読みながら森の中を駆け回る。
あたしの『熱誘導』を十全に使えば、生き物であれば体の筋肉の熱の収縮具合でだいたいの動きが読める。この雨のせいであまり機能しているとは言えないが、今回はドラゴンというのが幸いした。
ドラゴン最大の武器である、ファイアー・ブレスの熱分布が明瞭で、次にどこを狙うのか、どのタイミングで撃つのか手に取る様にわかる。
そしてなにより――。
あたしは『インベントリ』の中に隠していた伝家の宝刀を抜き出した。
竜殺しの魔剣〈ノートゥング〉。
北欧神話で有名な魔剣だ。これを持っているのはあたしくらいだろう。たまたま『インベントリ』に入れっぱなしになっていたお陰で、オフィウクスにも取り上げられなかったあたしの切り札だ。
もっとも魔剣というだけあって、レベル250以上でないと装備できない・北欧神話に連なる伝承の住人でなければ装備できない等と、いろいろと装備条件が厳しいので、仮にオフィウクスが手にしても装備できなかった可能性が高いけど。
あたしはこの漆黒の大剣を構えて、目の前を我が物顔で飛び回るドラゴンへ向けて、渾身の斬撃を放った。
ドラゴンの片方の翼を切断して、地面へ墜落したところへ間髪入れずにとどめを刺した――いや、刺そうと思ったところでドラゴンが回収され、代わりに丸々と大きなスイカが一玉ドロップされた。
「!?!」
ドラゴンの首を斬り飛ばすはずだった〈ノートゥング〉の剣先を止めるも、掠った衝撃でスイカは真っ二つに割れ、鮮血の代わりに赤い果汁を振りまく。
なにこれ!?
ふざけているのか、何かの罠かと思って、軽く二つに割れたスイカを〈ノートゥング〉でツンツンしてみたが、特におかしなことはなくスパスパ切れて、スイカ特有の香りを放つだけ。
お、美味しそう……。
それからいまさらながらにスイカなんて何年も口にしていないのを思い出した。
思わず生唾を飲み込んで、そそくさとその場にうずくまって、これ以上形が崩れないよう、雨に濡れないようにしてから、スイカを『インベントリ(中)』へしまい込む。
そうして改めてあたしは開いたままのダンジョンの扉――観音開きで、なぜか左手側しか開いていない。右手側にあるL字型のハンドルを動かしても何の反応もない――を潜って、おそらくはプレオープン状態になっているダンジョンの中へ足を踏み入れた。
入ったところは石の玄室みたいな狭い部屋で、雨のせいか湿度が高い。
……さっきのドラゴンの回収状況といい、おそらくはここのダンジョン・マスターはリアルタイムでこちらの様子を眺めていることだろう。
ここまで来たら顔を隠している意味もないか。
そう思って羽織っていた雨合羽(レアリティ☆☆の『ギリースーツ』)を脱いで、『インベントリ(中)』へしまう。
さて、ここからはいよいよ本格的な敵地だ。
あたしは用心のために〈ノートゥング〉はそのままに、玄室から下へ通じている石の階段を下りるのだった。
そうして、黒と灰色の目が回りそうな地下一階の回廊を延々と歩くこと一時間余り。
途中でトラップこそあったものの、これといってめぼしい魔物も現れず、延々といつまでも続く回廊の長さに辟易したところで、さすがに違和感を持った。
おかしい。いくらなんでも回廊が長すぎる。こんなの中規模ダンジョンでもあり得ない長さだ。到底、準備期間中のダンジョンの規模ではない。
どういうこと!?
と思ったところで、不意にひらめくものがあった。
まさかいま現在、ダンジョンの構造を変動させている?
普通なら仕様上あり得ない行為だし、あたしがダンジョン・マスターになった時には、冬場で立地の問題もあり、フルオープンまでほぼ完全に
ならば……!
あたしはその可能性を思いつくと同時に、近くの壁に〈ノートゥング〉で穴を開けて、そこへ右手を突っ込んだ。そうして、久方ぶりに『迷宮創作(Lv5)』の魔法を全開にしてみた。
ここのダンジョン・マスターのLvが、あたしと同等ならこんな裏技はできないけれど、おそらくはあたしとはLv2~3は劣るはず。
ならばこちらからコマンドを入力して、ダンジョンの『Soul Crystal』を乗っ取るまではできないまでも、一時的にシステム障害を起こすことはできるはず。
そうなれば、『Soul Crystal』は異物であるあたしのコマンドを排除するため、一時的にダンジョンを初期の状態に戻すはずである。
案の定、他のダンジョン・マスターによる妨害など想定していなかったのだろう。
一時的にクラッキング・コードを挿入して、ダンジョンが初期状態に戻ったのを確認して、あたしは急いで腕を壁の穴から引き戻した。
さすがに相手もこれであたしの正体に、おぼろげにでも気付くだろうし、同じ手は使えないだろう。
あとは時間との勝負だ。
〈ノートゥング〉を手に一気に回廊を走破するあたし。
幸いにも罠の類いは発動せずに――もしかすると、もともと存在しなかった?――通路の行き止まり。明らかにボス部屋らしい広間に出た。
広間は二つに分かれていて、お互いの間には深い溝が刻まれている。向こう側の真ん中あたりに跳ね橋が上がった状態であり、奥にはさらに下へ降りる階段がある。
そして、手前の部屋には黒光りする《アイアン・ゴーレム》が一体いた。
つまりは、この《アイアン・ゴーレム》を斃せば、跳ね橋が下りて向こう側へ渡ることができ、そこから地下二階へ降りることができる……という趣向だろう。
「問題ないわね。《アイアン・ゴーレム》如き」
一刀の下で叩き伏せるつもりで剣を構えたあたしに対抗して、《アイアン・ゴーレム》が拳を構えた――そこへ、ふと、コツコツと階段の下から何者かが上がってくる足音がしてきた。
気になってそちらへ注意を払っていると、《アイアン・ゴーレム》の方も動きを止めて、こちらの様子を窺っている気配がする。
程なく、地下二階の階段を上がって、魔族らしい黒いローブをまとった若い男が現れた。
「――っ!」
一目見てわかった。このダンジョン・マスターだ。
年齢は二十歳くらいに見える。青紫の髪に切れ長の瞳、瞳の色は左右で金色と赤。そこそこ背が高くて端正な顔立ち――とは言えオフィウクスの派手さに比べると地味な印象がある――エルフのように長い耳が特徴で、ちょっと種族の特定は困難だけれど、なんとなくあたしと同じ東洋系……日本人っぽい印象もある。
その彼は、向こう側の亀裂のところで歩いてくると、亀裂を挟んだ反対側にいるあたしの全身を値踏みするように一瞥した後、
「――さて。招かれざる客人よ。何故、我が家に土足で足を踏み入れたのか、その理由を聞かせていただけるかな?」
そう、よく通る声で問いかけてきた。
この世界のニンゲンが使う共用語ではない。魔族が日常的に使う――ダンジョン・マスターとして転生した際に、自動で叩きこまれる――『カオス・ランゲージ』である(いまではあたしも思考そのものが、これに置き換わっているので、日本語や共用語を喋る際には一旦頭の中で翻訳する必要があるくらいだ)。
「っう――!」
予想はしていたものの、やはりあたしの正体に気付いているのかと、思わず唇を噛んだ。
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