罠師の魔王と取説少女のダンジョン経営ハウツー伝
佐崎 一路
第1話 地上1階 1部屋(その1)
目覚めるとそこは知らない天井だった……ついでに壁も知らない、床も同様、窓――はない。扉がひとつあるだけの、要するに見知らぬ部屋だった。
「……なんぞこれ?」
海外の観光地で見かけるような石造りの壁。不揃いの石と岩を切り出して、漆喰で固めたような壁だ四方が固められ、床は四角い石畳っぽい花崗岩(?)の床。
天井も石っぽいけど、それよか石の梁と骨組みが露わでなんかクジラに飲み込まれたピノキオになった気分で落ち着かない。
あと天井からぶら下がる形で、握り拳大の水晶だか石英だかが吊り下げられ、それが煌々とした明かりを放っている。熱は感じないけどLEDの明かりとも何となく違う感じがした。
気のせいか透明な石の中で青白い光が乱舞しているような、どうにも生き物じみた光である。
「拉致監禁? 誰かの悪戯? どっきり?」
状況がサッパリ理解できずに首を捻る俺。
とはいえ、不思議とさほど焦りがない。まあ状況は不明だけれど、いまのところ縛られているわけでも、
それと、いまいる場所に不思議な既視感を覚えるからだ。逆にシックリくるようにすら感じる。
「――はて?」
しばしその理由を考えて、部屋の中を改めて確認したところで「はは~ん」と合点がいった。
似てるんだ。部屋の大きさと間取り高さ、それらが俺がいま住んでいるアパートの部屋(和室で六畳一間、システムキッチン・シャワー・トイレ付)とほぼ同じなのに加え、ベッドや本棚、テーブルの場所、キッチン、照明、出入り口などほぼ同じ位置に配置されているからだろう。
ま、細かい仕様は――ベッドがパイプだったのが木製になっていたり、同じく量販店で買ったテーブルや椅子が、なんか昔の学校なんかにあった粗末な木製に――代わっていたりするけれど、基本的な配置や物の大きさ高さが見慣れた部屋のそれと酷似していたから違和感がないんだ。
ただ見慣れたテレビ、パソコンなどの電化製品がものの見事に撤去され、漫画と雑誌が山積みになっていた本棚もガラーンと何もない状態になっていた。
その代わりというように、部屋のど真ん中にいやに重厚なマホガニー製(? いや、実物を見たことないけどイメージで)の手すりと背もたれ付椅子が鎮座していて、『さあ見ろ! 触れ! 座れ!』というような妙な存在感を発していた。
見慣れた配置の部屋の中にある唯一の不純物のせいか、やたらと目を引く。
というか……より具体的には、背もたれの一番上のところに付いている、握り拳大の半透明な結晶が気になるというか。
俺は首をひねりながらベッドから、のそのそ這い出し、
「……なんじゃこりゃ?」
自分の格好を見て再度、その台詞を口に出した。
寝る前は確か高校の時のジャージをパジャマ代わりに着てたはずが、いまの格好は妙にごわごわの生地で出来た造りの粗い布の服に替わっている。
「わけがわからん。悪戯にしちゃ手が込んでるな……?」
さすがに寝ている間に着替えさせられたら目を覚ますぞ。
つまりなんらかの薬品を嗅がされて前後不覚にさせられたってことか……?
なんらかの犯罪に巻き込まれた――その可能性をほぼ確信しながら、取りあえずキッチンに入って(これだけは普通のシステムキッチンのままだった)蛇口をひねってみた――うん、普通に水は出るな。
コップを探したけどなかったので手で水を飲んで、顔を洗い、タオルも無いようなので袖で拭う。
「――うん。予想してたけど夢じゃないわ」
振り返ってみても部屋の光景は変わらずそのままなので、残念ながらいままで寝ぼけて白昼夢を見ていた……という微かな希望は打ち砕かれた。
このまま現実を見ないふりをしていても無駄なようだ。
いい加減観念をして、あえて後回しにしていた俺的に事態打開のメインイベント、六畳一間には邪魔以外の何物でもない謎の椅子に向き直った。
「どーみてもただの椅子だな」
邪魔なので動かそうとしたのだが、完全に床と一体化しているようでノコギリでも使わないと動かしようがない。
せっかくなので座ってみようかと思ったところで、腰掛の上になにか乗っているのに気付いた。
「――本、か?」
大きさはA4版くらい。一見して百科事典に見える黒塗りの装丁をした、やたら分厚い本だった。
「ふむ――」
ずしりと重いそれを手にとってタイトルを見る。
【Dungeon Manual】
「だんじょんまにゅある?」
適当にパラパラとめくってみた。
『ようこそDungeonへ 2
本書の読み方 4
第一章 Dungeon Masterについて 15
第二章 Dungeon Master Roomについて 45
第三章 Soul Crystalについて 103
第四章 Dungeon Master Pointについて 141
第五章 Dungeonの種類と機能 227
第六章 Dungeonを作成してみよう 289
第七章 もっとDungeonを使いこなそう 366
・
・
・
第二十二章 困ったときのQ&A集 1,732』
「なるほど、まったくわからん」
細かい字でびっしり書いてあるそれを斜め読みしていたが、いい加減手が疲れてきたので、俺は本をテーブルの上に置いて、恐る恐る椅子に座ってみた。
「………」
特にどーということもなく、座り心地が良いというわけでもない、見たまんまの椅子だった。
「ふむ……」
なんの気なしにそのまま目を閉じてみた。途端――
----------------------------------------------------------------------------
Name:????
Rank:Dungeon Master
Class:Der Erlkönig
Level:1
HP:1000/1000
MP:1300/1300
Status:
STR 50
VIT 55
DEX 45
AGI 45
INT 60
LUK 7
Point:9999/10000
Skill:『迷宮創作(Lv1)』『召喚魔法(Lv1)』
Title:『異界の魔人』
Privilege:レアリティ☆☆☆以上魔物ガチャ(1/1)
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いきなり頭の中にわけのわからん文字列が浮かび上がってきた。
「な、なんだこりゃ――って、だ、誰だ?!」
驚いて開いた目が、テーブルの上に正座している女の子の視線とバッチリ合って、俺は一瞬のけ反り、慌てて椅子から飛び起きた。
その女の子――黒のゴスロリ風ワンピースを着た、年齢は13~14歳くらいだろうか? 黒髪黒瞳だが日本人とはどこか違う顔立ち、だが文句なしに絶世の美少女と断言できる――は、テーブルから降りると(どーでもいいけど黒のローファーで土足なんだけどさ)、俺に向かって深々と一礼した。
「はじめましてマイ・マスター。わたくしはマスターが先ほど手にとられた
「……は?」
脳が湧いてるのかこの子?
勝手に人の部屋(でもないか?)に上がりこんできて、電波系の挨拶かましやがって。
宗教か? 宗教の勧誘だな!?
そんな俺のうさん臭さ120%の視線を受けても、少女は表情一つ変えることなくその場に佇んでいた。
「拝見したところマスターはマニュアルを精査することが不得意なご様子。ですので、まことに勝手ながら対話型インターフェイスとしての機能を立ち上げました。――家電製品やゲームなど仕様書を見ないで始められるタイプでしょうか?」
可愛らしく小首をかしげるその女の子。
初対面で勝手に決めつけるな、こら! 図星だけどさ。
「余計なお世話だ、ほっとけ」
別に問題ないだろう、マニュアルなんざ困った時に見ればいいんだよ!
「では改めてダンジョン作成について、口頭でご説明させていただきます。――よろしいでしょうか?」
「よろしくないよろしくない! そーいう話には興味ないんだ、てか親が見たら泣くぞ、こんな朝っぱらから見知らぬ男の部屋で宗教の勧誘なんて。ほら、出てった出てった!」
俺は女の子の言葉を遮ると、その小さくて柔らかい手を掴んで――うっ、女の子の手を握ったなんて何年ぶりだろう。記憶にあるのでは確か高2のキャンプの打ち上げのダンスで……やめよう。これ以上考えると虚しくなる――玄関で靴(これも見慣れない布靴に替わってた)を履いて、玄関ノブをひねってドアを開けた。
「………はァ!?」
この日、朝起きてから何度目になるかわからない、そして最大の間の抜けた声が俺の口から漏れた。
深い森の中、藪の中から
「……ウっソ、だろう……?」
地球上ではありえないその光景に、俺はまず自分の正気を疑い。頬をつねった。
……わからん。痛いような気もするし、気のせいなような感じもする。
だが、鼻と肌で感じるジャングルの臭いと湿った腐葉土の臭いはあまりにも生々しい。
試しに近くにあった雑草の葉を引きちぎって見れば、確かに手の中には千切れた葉と青臭い汁がこびりついている。
現実ではあり得ない光景を前にして、ある
「あの、マスター。そこに立っていると危険かも知れませんよ」
女の子の声に振り返り、さらに彼女が細い指で指差す方向を姿勢を変えて見ると、先ほど逃げたはずの角の生えた兎が戻ってきて、目を血走らせ、角を俺に向けてダッシュする体勢をとっていた。
「――どわああああああっ!?!」
ダッシュするのと同時に、慌てて部屋に戻り、間一髪ドアを閉じかける――とほぼ同時に、ドアがぶち破られるような衝撃が襲ってきて、俺は必死にドアを体で支えながら鍵をかけた。
角兎はしばらく体当たりを繰り返していたが、どうにかドアは保ったようで、やがて音も衝撃もやんだ。
「……た、助かったのか?」
安心すると同時に玄関先にへたり込んだ俺を、困ったような顔で覗き込む女の子。
「だいじょうぶですかマスター? やはり説明を聞いてからダンジョン外に出られた方がよろしいかと思われますが……」
その言葉に俺はのろのろと顔を上げ、ふとまだ彼女の手を握り締めていたことに気が付いて、慌てて手を放した。
「ご、ごめん! つい夢中で!」
「――はあ? よくわかりませんが……それでは説明の方をさせていただいて、よろしいでしょうか?」
まだその設定引っ張ってるのか、と一瞬思ったけど、『説明』という言葉の意味がじわじわ頭に浸透してきて、俺は弾かれたように立ち上がった。
「説明! そうだよ、説明してくれよ、なんだここ!? なんだあの動物!? どーなってんだ俺?!?」
大の男がみっともないとは思うけど、ほとんど取りすがるように何歳も年下の女の子に詰め寄る。
そんな普通だったらドン引きするシチュエーションにも関わらず、どことなく嬉しそうな顔で、女の子は部屋の中へと俺を手招きした。
「それでは説明にうつらせていただきます。その前に、こんなところではなんですので、マスター・ルームの中でお話しましょう」
マスター・ルーム?
「ここですが?」
と言って、当然という顔でこの六畳一間を両手を広げて表す彼女。
「……大仰な名前の割にしょぼいよなあ」
「まあ最初ですから」
思わずぼやいた俺に応えて、女の子がとりなすように俺の肩を叩いた。
嘆息しながら、取りあえず俺は玄関先に靴――というか靴の形をした厚布――を脱いで部屋に戻る。
それを見て、彼女の方も軽く小首をかしげ、履いていたローファーを脱いで、丁寧に玄関先につま先を揃えて並べ、ついでに俺の靴も並べ直してくれた。
「――わ、悪い」
「いえ、わたくしはマスターの所有物ですのでお気になさらずに、マスターは鷹揚に構えていていただいて問題ありません」
淡々と既知の事実を告げる口調で答えるその
「えーと、君――」
「
そーなんだよな。確かに起きたら見知らぬ場所に拉致されていて、なおかつ外には異様な光景が広がり、地球上ではあり得ない動物がいた。これは文句なしにブッチギリで異常事態だと言っていいだろう。
だが、ちょっと待ってもらいたい。
だけどさ、だからと言ってドサクサまぎれにこの
ヒバゴンが発見されたからっていって、UFOに乗った宇宙人の存在を認めるのはまた別だろう。
「……なにか問題でも?」
俺の疑いの眼差しに気が付いたのか、怪訝な表情で尋ね返してくる彼女のその態度とか、さっき触った手の感触は間違いなく生身の女の子のものだった。
「――君、本当に奥義書の精霊なの?」
「お疑いですか?」
「まあ……正直言って、信じられん」
俺の言葉に一瞬考え込むような顔をしてから、彼女は無言でその場でくるりと
――おおっ! ミニのスカートがひるがえって白い下……白いページ?
一瞬にして、女の子の姿は消え、その場には先ほど手に取った黒い装丁の本が、踊るようにクルクルと回り、続いて表紙を開くとパラパラと自動でページを捲り始め、最後のページまで行ったところでパタンと閉じて、今度は逆回転にくるりと
すると本が消えて、さっきまで居なかった女の子が再びその場に現れ、俺に向かって一礼した。
「――これで、いかがでしょうか?」
「………………」
うん。これはもう疑いようがないな。
いや、勿論なんかのトリックで入れ替えしてた可能性もないわけじゃない。けど、俺一人騙すのにそんな大掛かりな真似する理由がないだろう。
それなら彼女も外の異常事態同様、超常現象の一種類だと認めたほうがまだしも納得がいく。
「……すまん。疑って悪かった。君は間違いなく奥義書の精霊で、えーとダンジョンマニュアル――」
「『Dungeon Manual』830083版です」
それって製品番号だよなぁ。かといって『マニュアルさん』とか呼ぶのも変だし。
「呼び名とか愛称とかってないの?」
俺の質問に彼女はゆっくりと首を横に振った。
「パーソナルコードはありません。ご不便なようでしたら、マスターが名称を設定してください」
名前か。それも女の子の名前とか、フリーハンドで咄嗟に出てこないぞ。
せめてネットに繋がる環境でもあれば、候補を並べることができたんだけどなぁ。
名前、名前ねぇ……う――ん、あんまり凝った名前だと俺が呼びづらいし、かといって純日本風の名前は本人のイメージとちょっとズレてるし、中二病的ネーミングは黒歴史的に後からダメージが来そうだし。
「…………」
なんか考えるのが疲れてきた。もっと気楽に、
俺って致命的に名づけのセンスないなー。
とりあえず一時棚上げ……あ、なんか当人が期待して待機の姿勢で俺の返事を待っている。
さすがにあの無垢な瞳を裏切ることはできんわ。えー……くそ、なら830083版だから、『
「名前は『ヤミ』でどうかな?」
「『ヤミ』?」
子供みたいに、一瞬目をぱちくりさせてから、彼女は「ヤミ、ヤミ、ヤミ……」と、うつむいて何回かその語感を確認するかのように、口の中で繰り返していた。
あ、あれ? ひょっとしてハズシたか!?
と、焦った俺を尻目にやおら顔を上げ、
「――ヤミ。良い名前です。これからはわたくしはそう名乗らせていただきます」
にっこり微笑んだ彼女の顔は、出会ってこの方一番可愛かった。
てゆーか、反則級の可愛さだった。
「……あ、ああ。じゃあよろしくヤミ。俺の名は――」
そう自己紹介しかけたところで、「!?」高揚していた俺の気持ちが、急勾配で一気にどん底まで下がった。
「俺って誰だ?! 名前が思い出せ……いや、名前だけじゃない、家族も、生まれも、卒業した学校の名前も、全部思い出せない!?」
他の事――一般常識や有名漫画の内容とか――は普通にわかるのに、肝心の自分を構成する情報だけが思い出せない!
ガラガラと自分の足場が崩れ去ったような絶望的な喪失感に、俺は知らずにその場に前かがみになって床に手を突いていた。
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