第6話 地下1階 3部屋(その1)

「魔物ガチャを使用するのは良いのですが、こちらから対象を指定できる召喚魔法と違って、ランダムで魔物が召喚されるのですから、まかり間違えると……というか、『レアリティ☆☆☆☆☆以上魔物ガチャ』の場合、かなりの高確率で大型の魔物・精霊などが現れる危険性があります」

 難しい顔で六畳間を見回して懸念を示すヤミ。


「このような粗末な物置小屋に招き入れたら、大抵の高位魔族・精霊は侮蔑されたと見做して気分を害するであろうな。――ま、妾は寛容にして寛大、慈悲深いゆえに、我慢を示すことができるが」

 残っていた菓子パンを綺麗に平らげて、ティーパックの紅茶を飲み干すフィーナ。


「それもありますが、このマスター・ルームに収まり切れない質量の魔物が召喚された場合、安全装置が働いて自動的にキャンセルとなり、せっかくの召喚が無駄になる可能性がございます。この際ですから、ポイントのあるいまのうちにマスター・ルームを拡張して、アカシャ様の私室を別に設けられてはいかがでしょうか?」

「召喚用の部屋を別に増設するわけにはいかないのか?」

「召喚はコア・クリスタルのある場所でないと仕様上不可能ですし、コア・クリスタルは基本的に移動不能オブジェクトですので……」

 マスター・ルームそのものを移動させることは可能ですが、と付け加えるヤミ。


「なるほど。つまりここは召喚専用に無駄を省いた大広間のようにして、同じレイアウトで俺の私室の六畳間を造るってわけか」

「はい、広間というかイメージは謁見の間ですね。現在のポイントはおよそ10,000。でしたらアカシャ様の私室用に5,000ポイント。そして、この部屋の増築分として5,000ポイントを使用してプラス六畳の十二畳相当の部屋にすることができます。ああ、その際にはできるだけ天井も高くしたほうが良いかも知れませんね」


 ふむ、つまりこの椅子はこのままに、正面側に増築分六畳を足す形か。あ、謁見の間ってことは、椅子のあるところは一段高くしたほうがいいな。そのうちポイントが貯まったら、足元に絨毯とか引く形にして、照明はシャンデリアとか……。


「――ん? だったら水回りは必要ないだろう。水道を撤去して、余ったポイントでさらに三畳分をつけ足せば」

「いえ、万一の火災などを警戒して、部屋にはスプリンクラーを設置しておいたほうがよろしいかと」


 奥義書グリモワール――本の化身だけに、火災には人一倍敏感なヤミが懸念を示す。


「それもそうか。火を吐いたり、火炎を司る精霊とか多そうなイメージだからなぁ」

 もっともだと俺も同意したところで、

「おい、ちょっと待ちぃや!」

 なぜかフィーナが不満な顔で待ったをかけてきた。


「ん? ポイントをこの部屋の増設と俺の私室に使うのに不満があるのはわかるけど、一階の増設まではまだ」

「そういうわけではないわい! ――いや、まあ多少の不満はあるが、今回はまあ妾も異存はない」

 妾は寛容じゃからな、とフィーナ的には余程重要なポイントなのか、再三にわたって念を押してから付け加える。

「じゃが、おぬしら何か忘れておらぬか?」

 と、本人的にはさり気なく。傍目にはあからさまに自己顕示しまくるフィーナ。


「「???」」

 ちょっと何を言っているのかわからない状態で首を捻りまくる俺とヤミ。


「なんという血の巡りの悪い連中であることか! おぬしら火事の心配をしておるようじゃが、目の前にいる妾を何と心得る!?」

 そう言われて思い出した。

「……水の神霊?」

「なんで疑問形なのじゃ!?!」


 いや、なんかここ一週間、食っちゃ寝している怠惰な姿しか見ていないから、何となく『食って寝るだけの存在』としか認識してないんだよね。


「とにかく! 妾が居るところ水の加護は完璧じゃ。火事なんぞあっという間に消して見せるわ。ゆえにスプリンクラーなど必要ないわい」

「「う~む……」」


 わはははははははっ! と呵呵大笑かかたいしょうするフィーナだけれど、何だろう……どうにも何かのフラグにしか思えない。

 とは言えここで逆らえる雰囲気ではなかったので、ヤミと相談の上、あきらめてマスター・ルームの水回りは撤去して、浮いたポイントを増築部分に回してトータルで十五畳ほどのガランとした部屋に造り直すことにした。


 で、椅子の真後ろに通路を通して俺の私室として、いままでと同じ六畳間をつけ足して、そこへ家具を全部移した。

 これで10,000ポイントを使ったわけで、残りは22ポイント……晩飯代だけ残して、背水の陣でいよいよ『レアリティ☆☆☆☆☆以上魔物ガチャ』に挑むことになったのである。


「――その前に、と」

 残っていた『レアリティ☆☆☆以上装備ガチャ[初回monster撃退・駆除特典]』を引いておいた。

 これは《小精霊ウンディーネ》たちが、例の《ツノウサギ》を退治した次の日に運営から届いていたもので(どうもステータス等は夜中の0時に自動更新されるらしい。ただし、『Point』に関しては随時使った分が反映される仕様のようだが)、初めてモンスターを斃した報酬らしい。

 強い防具か武器が出ることを期待してガチャを使用した――結果。

「……『身代わり人形』」


 二度目の『身代わり人形』を前にガックリと項垂うなだれる俺の背中を、ヤミが軽く撫でて慰めてくれた。


「よかったではないですか。これで少なくとも二回は死なずに済みますよ」

「…………」

 確かに便利だとは思うよ。けど、さっきのフィーナの台詞と合わせて、どんどんと俺の死亡フラグが林立しているように感じるんだけれど!?


 とは言え、気を取り直して新たに九畳分を増設して十五畳間相当になったマスター・ルームは、可能な限り天井を高くした吹き抜け様式の大広間とした。


「お~~っ、なんか無茶苦茶広く感じるぞ」

「家具もなにもありませんから、余計にそう感じますね」


 体感的にはなんか三角野球ぐらいできそうな、ガランとした部屋の真ん中で、俺とヤミは大きく手を伸ばして、その広さに感動していた。


「……いや、ただの石倉か倉庫にしか思えんのじゃが」

 自身のシンボルである水瓶に腰を下ろして(ある程度大きさは変えられるらしく、今回は小脇に抱えられるサイズになっている)、呆れたようにコメントするフィーナ。


「駆けっこもできそうだな!」

「できますね!」

 関係なくお互いの両手を取って、ウェーイ! と、盛り上がる俺たち。


「ヤミ、そっちの部屋の端まで行ってみそ」

「は~い」

 スキップしながら部屋の角になった端に行くヤミ。

 で、俺はその対角線上になった逆側の端へ行ってヤミと向かい合った。

「ヤッホー! ヤミ~、聞こえるか~っ?!」

「聞こえますよ、ヤッホーっ!!」


「……この程度の何もない部屋で、ここまではしゃぐといっそ哀れじゃのぉ」

 そう言って嘆息をするフィーナがいた。

「というか、盛り上がっているところを興をそぐようじゃが、おぬしら本来の目的を忘れておらんか? この部屋を設えたのは、万が一にも大型の魔物が召喚された際の保険じゃからな。遊び惚けるためではないぞよ」


「「あー……」」

 言われてみればそうだった。

 すっかり念頭から外れていたけど、そういや『レアリティ☆☆☆☆☆以上魔物ガチャ』を引くのが目的だったわ。


 頭を掻きながら俺はこれだけは移動できないダンジョンマスター専用の椅子へと向かった。

 すぐにヤミもやってきて俺の後に続く。

 フィーナの方は一階と地下一階とを結ぶ階段の出入り口付近から動くつもりはないらしい。そのままの姿勢で水瓶に座ったまま腕組みをして、こちらの首尾を見定めようと高みの見物を決め込むようだ。


 ま、フィーナの本領は接近戦ではなくて精霊術らしいので、ある程度距離を置いた方が効果的という意味合いもあるのだろう。

 問題は、咄嗟に俺が適切な反応ができるかどうかだ……けど、ふと背後に付き従うヤミを振り返って見た。


「なんでしょうか、アカシャ様?」

「なあ、もしも……もしもだけど、ヤミの本体である奥義書グリモワールが燃えたりした場合、ダンジョンの魔物と同じくコア・クリスタルさえ無事ならリポップできるのか?」

「いえ、残念ながら奥義書グリモワールは対象外です。ですが、万一の際には『Dungeon Manual』の新版が運営より配布されますので――!?」

 その台詞が終わる前に、俺は右ポケットに入っていた『身代わりの人形』をヤミの手に、半ば強引に握らせた。

「あの……?」

「持っていてくれ。新しい『Dungeon Manual』が来ても、それはヤミとは別な個性パーソナルの相手なんだろう? だったら二個あるうちの一個はヤミが持っていて欲しい」

「で、ですが私たち奥義書グリモワールはあくまで道具であり、消耗品です。それに新しい版の方がより効率的にアップデートがされていますので」

「『でも』はなしだ。それに道具だって使い慣れて愛用している道具にこだわりや愛着が出るのは当然だろう? なら破損しないように保険を掛けても問題ないじゃないか」


 自分でもかなり苦しい論理だと思うけれど、とにかく強引でも詭弁でもいいので、ヤミに『身代わりの人形』を持たせるべく捲し立てる。


「……勿体ないです。これがあれば二回は生命の危機を回避できるのですから」

「いや。こういうものは二回、三回と当てにすると生存本能が鈍って、命の価値に無頓着になる可能性があるからね。常に一発勝負くらいの気構えでいないと堕落しそうだから一個で十分だ」

 それでもなおわだかまりがあるらしいヤミに、こればかりは本心から思うところをかき口説いた。

 だったら万一に備えて『身代わりの人形』なんて持つなって言われそうだけれど、やっぱ命は惜しい。使えるものは使わないと損だろう。


 そんな俺の必死の弁明に納得したのか諦めたのか、軽く嘆息したヤミは「わかりました」と下を向いて頷き、いそいそと『身代わりの人形』をポケットにしまった。

 ――一瞬だけ見えた彼女の頬が赤くなっていたのは多分気のせいだろう。


 これで後顧の憂いがなくなった俺。

 気合を込めて椅子に座ってステータスをオープンさせ、『レアリティ☆☆☆☆☆以上魔物ガチャ(1/1)[初日enemy撃退・駆除特典]』をタップした。


 刹那、これまでと比較にならない複雑かつ巨大な魔法陣が、増設したマスター・ルームの床からはみ出さんばかりの勢いで広がり、

「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?」」」

 と、フィーナも含めて三人が三人とも、零れ落ちんほどに目と口をあんぐり開いて見守る中、巨大な虹色の光が床から天井までを貫通するように立ち上り、そうして魔法陣が消えるのと引き換えに、白銀に輝く巨大な生物がその姿をあらわにする。


 全長は十五メートルほどだろうか。ダイヤモンド色の瞳をして額にハンドボール大のガーネットを第三の目のように象嵌した、鱗の生えた蛇のように長い胴体に鷲の手足を持ち、蝙蝠のような巨大な翼で、窮屈そうにマスター・ルームの上部で身をくねらせホバリングしているソレは、

「ド、ドラゴン!?!」

 見るからに西洋風のドラゴンそのものである。つーか、さんざんフラグ立てまくったし、やっぱり出現しやがったか!! というのが、俺の諦観めいた感想であった。


 だが、素早くヤミがその言葉を訂正する。

「正確には、《ヴイーヴルVouivre》――レアリティ☆☆☆☆☆☆☆のフランス国王の祖先とも言われる、ヨーロッパでは超有名なドラゴンですね」


 なんか無茶苦茶有名なドラゴン――日本で言えば八岐大蛇級を引き当ててしまったらしい。


「と、とにかく、一度話し合おう。あ、そうだ! おい、フィーナ。お前、ご自慢のツラで誑し込むんじゃなかったのか?」


 そう部屋の隅で呆けているフィーナに水を向けると、なぜか居心地悪そうにポリポリと頬の辺りを掻いて一言。

「……あー、それなんじゃがな。《ヴイーヴル》というのはメスしかいない種類の竜種じゃからして」

「色仕掛けは通用しないというわけですね」


 口ごもるフィーナの言い訳をヤミが受けて締め括ったのと同時に、大きく口を開けた《ヴイーヴル》の口蓋から青白い炎がほとばしり、咄嗟にヤミを引っ掴んで椅子に座ったまま身を伏せた俺たち目掛けて放たれた。


 ☆ ★ ☆ ★


「……本気で死んだかと思った」

「あれぇ……!? 生きてる!?!」


 暗闇の中、ようやく息を吐いた俺の心からの安堵を聞いて、ヤミが素っ頓狂な声を張り上げ、それからふと思いついたらしいポケットを探って『身代わりの人形』を取り出して確認をした。


「え?! 壊れてない? だったらどうして助かったんですか? と言うかここどこですか?」

 椅子のある半畳ほどの一角を残して、コロッと床が地面に変わった周囲の様子を透かし見て、ヤミが思いっきり頭の上に疑問符を浮かべて、問いかけを口にする。

 それから椅子に座った俺の膝の上にしどけない体勢で横になっているのに気付いて、慌てて地面に下りて一礼をした。


「妾も気になるのぉ。あの新参者の《ヴイーヴル》めが、妾に挨拶もせんと無作法を働いたかと思うた途端、気が付いたらこの穴倉にいたわけじゃが……」


 どうにも憤懣やるかたないという表情で、水瓶を小脇に抱えたフィーナがこっちにやってきた。

 勝手に場所を移動させた――正確には一歩も動いてはいないのだが――ことに腹を立てているのかと思ったのだが、どうやら怒りの矛先は《ヴイーヴル》の方へあるらしい。


「? もしかして《ヴイーヴル》とは仲が悪いのか?」

「良いも悪いもないわ。ガリア(古代フランスの呼び名)地方の田舎者。まして新興の土着神のことなぞ妾は知らん。じゃが、あ奴が妾に対して礼を逸していたのは確かじゃ。とうてい看過できることではないわな」


 フィーナの言い分に今度は俺が首を傾げた。


「アジアの龍はインドのナーガを祖にした水神系で統一されていますが、ヨーロッパのドラゴンは主に地母神系に属しています。ですが《ヴイーヴル》は井戸を住まいにし、魚やマーメイドのような姿に変ずる逸話などがあるように、ヨーロッパでは珍しい水神系に属しているのです。で、あるならばギリシア・ローマ神話における本家本流の《水の神霊ナ―イアス》をリスペクトすべき……ということなのでは?」

 ヤミの補足を受けて、俺も合点がいった。

「あー、なるほど! つまり若い漫画家が自分の師匠の師匠に当たる漫画家を、知らずに名指しで『クソ』扱いしたようなもんかっ」


 そりゃ激怒するわ。


「あの……納得がいかれたところで、最初の質問の答えを教えていただけないでしょうか?」

「おぉ、そうじゃの。この狭苦しい穴倉はどこじゃ?」


 居心地悪そうに揃って聞かれた俺は、頭の上2mほどの位置にある天井……ではなく床を指さした。


「さっきと同じマスター・ルームさ。ただし『迷宮創作』を使って、床の位置を地面から2mほど上の位置にして、念のために『土魔法・ピット』で穴掘りまくったけど」

 つーか、いまさらだけど魔法で穴を掘った場合、消えた土の質量はどこに消えるんだろう?


「「――はああぁぁぁっ!?!」」

 言っている意味が即座に理解できなかったのか、揃って目を白黒させる(フィーナの場合は白青させる)ふたり。


「いや、だからさ。ダンジョンの壁や床や天井って、基本的に破壊不能オブジェなんだろう?」

「ええ、まあそうですね。特殊な次元を斬るような能力があれば別ですが、単純な物理的な破壊は不可能です」


 ヤミが当然とばかり頷く。


「とはいえダンマスが『迷宮創作』で任意の場所に穴を開けておいて、その下を掘れば普通に地面と接触することができるのは、一階の泉で実証済みだ」

「うむ。そうじゃの。あの水はこの世界にある天然の地下水じゃ」


 その泉を住処にしているフィーナが太鼓判を捺した。


「だから咄嗟に椅子のある位置とフィーナがいた位置。半畳を残して、床全体を盾にする形でせり上げたんだ。四方の壁の位置は変わっていないから、床下の位置でも場所は移動していないわけさ」

「はあ!? いや、待て! 待ちぃや! それなら各々の頭の上に空いた床の穴があるはずであろう? そのようなものはなかったぞよ」


 確かにフィーナが言う通り一見すると床に穴はないようだけど。


「頭の上に穴があったらさっきの炎が吹き込んできて丸焼けだろう? だから穴の位置も移動させておいた。マスター・ルームの端と端……さっき俺とヤミがマーキングしておいた位置へ」

 そう言って部屋の対角線上になる、最も遠い場所を指させば、微かに明かりが漏れている箇所があった。


「――っっっ!!! おぬし、先ほどは遊んでおったわけではないのか!?」

「さすがです、アカシャ様!」


 息を飲んだフィーナの常に俺を見下していた視線に、わずかばかり驚嘆の色が浮かんで、丸みを帯びるのはなかなか気分が良かった。

 ヤミのほうは完全にマンセーしている。


「で、《ヴイーヴル》への対処だけど、後は天井の位置をどんどん下げて――完璧な吊り天井だな――床との間でサンドイッチにすればお終いだ」

 言いながら『迷宮創作』の3Dモデルを展開して、天井の位置をズンドコ下げていく。


『ギイ!? ギウァァァァァァァ!!』

 それに合わせて、《ヴイーヴル》の戸惑ったような咆哮と、無作為に放たれる炎の照り返しが、床の穴から漏れ聞こえてくる。


「現在床と天井の幅5m……結構頑張るな」

「……おぬし、エゲツナイのぉ」

「さすがは『罠師の魔王トラッパーズ・デビル』の面目躍如といったところですね」


 そうこうするうちに3mを切り……2m……。


『グエエエエーッ!! ギャアアアアァァ………!』

 段々と咆哮が切羽詰まって、悲鳴になってきた。


「1m……50㎝……よし、一気に10㎝にするか!」

 さすがにペチャンコに潰れるだろう。そう決めて操作をしようとしたところで、

「……た……たすけてー……!」

 か細い女の子の死にそうなほど切羽詰まった声が、必死に助けを乞うのだった。

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