第13話 地下2階 7部屋(その3)

《スードウ・ゴブリン》というのは、身長130㎝ほどで基本素っ裸。

 手製らしい石器のハンマーや槍を持った醜悪な――しわくちゃのグ○ムリンと痩せたジ○゛バザ○ットを足して、紫色に染めたような――小人であった。


 どうやら先にダンジョンの入り口を覗いていたのは一部の斥候だったらしく、一時間ほどしたところで三十匹ほどの群れを率いた本隊がやってきた。

 群れを率いているのは身長160㎝ほどとひと際巨躯の《スードウ・ゴブリン》である。


「……と言っても所詮は《スードウ・ゴブリン》か。持っているのも石器を尖らせたハンマーみたいだし」

 出入り口から100m圏内に入ったため《ダンジョン投影》で確認できた映像をもとに、そう結論を下す俺に対して、ヤミが油断禁物とばかり、

「ですがあのボスらしい個体の持っている石器の材質は黒曜石のようです。加工の仕方にもよりますが、鋭利に尖らせた黒曜石の貫通力は、鉄器をも上回るというデータがございます」

 そう言って注意を促すのだった。


「まあ、そのあたりは元女蛮族アマゾネスである《スケルトンあやつら》の方が詳しいじゃろう。当時は鉄器なんぞ滅多に使えるものではなかったので、もっぱら石が武器の主流であったからのぉ」

 大きくした水瓶に背中を預けるいつもの姿勢でリラックスしながら、フィーナが画像を見上げて事も無げに口にする。


「でも、大丈夫なんですかねー。私たちがここで見ているだけで……。見たところ戦力差は三倍ありますけど~」

 と、リュジュも心配そうに眺めながら、チラチラと俺の方に視線を向けてくる。

 心配はしているけれど、自分が助けに行くのではなく、俺に何とかしてくれという〝察して”攻勢をするところが、リュジュならではだ。


 ――ウザっ!


 まだしも自分に関係ないと超然としているフィーナの方がマシである。

 とりあえず難聴鈍感系主人公になったつもりで、

「まあ、《スケルトンほんにん》たちが、やる気になっているんだ。下手に手出しをしたらプライドを傷つけるだろうし、せっかくの経験値も無駄になるから、できる限り横槍は入れない方向でお手並み拝見と行こう」

 そう言い聞かせる。ちなみにどこの国の軍事教本でも、敵と味方の戦力差が倍になった場合には、戦うよりも逃げることを優先させるのがセオリーであった。


 なお、今回は相手のLvが低いお陰か、《ダンジョン投影》の画面越しでも双方のステータスを確認することができた。

 一例としては――。


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Name:-Nameless-

Rank:Skeleton-Leader

Class:Undead

Level:1

HP:18/18

MP:7/7

Status:

・STR 9

・VIT 8

・DEX 8

・AGI 7

・INT 7

・LUK 10

Skill:『剣技(Lv3)』『騎乗(Lv2)』『統率(Lv2)』『弓術(Lv2)』『槍技(Lv2)』

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 という感じで、飛びぬけてステータスに瞠目するところはないが、非常にバランスの良い骨と言えるだろう。

 他の《スケルトン》たちも召喚したばかりなので、押しなべてLvは1だが、その分スキルと自分の職業に該当するステータスはなかなか高くて達者なのがよくわかる構成だった。

 対する《スードウ・ゴブリン》のステータスだが、


----------------------------------------------------------------------------

Name:Ngaga

Rank:Barbarian

Class:Pseudo-Goblin

Level:6

HP:15/17

MP:1/1

Status:

・STR 12

・VIT 9

・DEX 6

・AGI 5

・INT 2

・LUK 3

Skill:『悪食(Lv3)』

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 こんな感じでだいたい全部が同じくらい。

 数字だけ見ると、単純な能力ではいまのところほぼ同等といったところだが、スキルの差や練度からいって、《スケルトン》たちのほうがやや有利といったところか。ただ、一匹だけいるボス格の《スードウ・ゴブリン》のステータスが他の奴らより倍近く高く、知性INTも10あるところが不確定要素だ。

 下手をすれば、コイツ一匹に情勢をひっくり返されかねない。


 そうこうしているうちに、

「一階の出入り口部屋に《ダンジョン・ムーブ》で転送させましたけれど、どうやら《スードウ・ゴブリン》たちが中に入ってこないように、出入り口を固めて籠城戦を挑むようですね。賢明な判断かと思われます」

 ヤミが配置に着いた《スケルトン》たちを眺めながら、そう現状を分析した感想を口に出した。


「あぁ……一般的に籠城戦の場合は、三倍の兵力まで耐えられるって漫画に描いてありましたからね~」

 リュジュが、自分は博識だぞーというドヤ顔で聞きかじりの知識を口にする。


「ふん。そんなものは机上の空論じゃ。こういう限定された空間では、数が多い方に押し切られると相場が決まっておるわ!」

 阿呆らしいとばかりフィーナが断定したところで、ダンジョンの出口が開いているのに興奮した《スードウ・ゴブリン》たちが、先を争って出入り口に殺到してきた。


「《スードウ・ゴブリン》たちにとって、ダンジョン内部の魔力に満ちた素材は御馳走です。さながら目の前にお菓子の家が建っているようなものですから、目の色を変えるのも当然ですね」

 ヤミが嫌悪感もあらわに吐き捨てる。


 と、先頭の《スードウ・ゴブリン》がダンジョンの入り口20mまで近づいたところで、扉の陰に隠れていた《スケルトン・アーチャー》たち三人が、姿を現すのと同時に一斉に矢を放った。

 放たれた矢は、一発の無駄もなく《スードウ・ゴブリン》の急所を射抜いて即死させる。

 もんどりうって倒れる《スードウ・ゴブリン》たち。後続がそれに足を取られたり、慌てて急制動をかけたところを、さらに追撃の矢を放って、五匹六匹とたちまち十匹もの《スードウ・ゴブリン》を仕留めてみせた。


「やるじゃないですか! これなら――」

 この光景を前に歓声を上げるリュジュだったが、フィーナは面白くもなさそうに鼻を鳴らして、

「いや。これで警戒されたわ。それに矢とて無限にあるわけではなかろう? さりとて、《スードウ・ゴブリン》の死体から回収するわけにもいかぬ――ぬっ。あの手で来おったか!」

 刮目する先では、《スードウ・ゴブリン》のボスの指示に従って、死んだ仲間の死体を盾にして、群れの残りがじりじりと出口へ向かってくる。


 相手が非力な《スケルトン》と見て、多少の犠牲は覚悟の上で、乱戦に持ち込む腹なのだろう。

 その狙いを察して《スケルトン・アーチャー》たちは、重点的にボスを狙うのだが、さすがはボスと言うところか、飛んできた矢を石器で叩き落とし、手足に刺さる程度は無視して、先頭に立って鼓舞する。

 それによって勢いを取り戻した《スードウ・ゴブリン》たちが、ついにダンジョンの出入り口10mの地点まで押し返してきた。


 このままでは突破される。

 そう固唾を飲んで見守っている俺たちが、思わず腰を浮かしかけたところで、盾を構えた《スケルトン・リーダー》を先頭に、槍を構えた《スケルトン・ライダー》が両翼を守り、さらに隣に《スケルトン・ウォーリア》三人が同じく楔型の陣形を取り、後衛に《スケルトン・メイジ》を守る姿勢で《スケルトン・アーチャー》が補助に付いた。


「お、ドイツ軍が生み出した装甲戦術パンツァーカイルだ」


 時代的に彼女たちが知るわけがないので、古代の戦場において自然と会得した戦法だろう。

 思わず感心したところで、《スケルトン》たちが反撃に転じた。


 装甲戦術パンツァーカイル。ドイツ軍が、第二次世界大戦中の東部戦線において編み出した戦車を主体とした戦法である。

 先頭を突っ切る重装備車両。そこを中心に楔形陣形を築く形で、機動力に優れた同伴車両が牽制を行い、敵陣が乱れたところで後方にいる砲兵が安全な位置から攻撃するという寸法だ。


 つまり、今回はこんな感じになった。


《スードウ・ゴブリン》   ←《ライダー》

《スードウ・ゴブリン》 ←《リーダー》       

《スードウ・ゴブリン》   ←《ライダー》     ←《アーチャー》               《スードウ・ゴブリン》   ←《ウォーリア》  ←《アーチャー》←《メイジ》

《スードウ・ゴブリン》 ←《ウォーリア》      ←《アーチャー》

《スードウ・ゴブリン》   ←《ウォーリア》


 ま、実際には《スードウ・ゴブリン》の数が倍であったが、組織的に連携しているわけではなく、てんでバラバラに本能に従って幾つかの集団にまとまって掛かってくるので、これを楔型の陣形を維持したまま、お互いに連携して突破するのは、百戦錬磨の元女蛮族アマゾネスの《スケルトン》にとっては容易なことで、はっきりいえば野良犬の群れを追い散らすのも同然だった。


 何より戦慣れしている彼女たちは、集団戦で1対1で戦うなどという愚は犯さずに、つねに1対多になる形で各個撃破していったのだ。


 手慣れた集団戦闘+楔型陣営の突破力+後衛の援護射撃。


 これにより、最初のひと当てで《スードウ・ゴブリン》の群れは半壊して、三分の一が戦闘不能になり、残りの大半も逃げ腰になった。

 対して《スケルトン》側には目立った損害はなく、多少当たり所が悪かった奴の肋骨が折れたり、大腿骨にヒビが入っている程度で、けろりとしたものである。

 さらには《スケルトン・メイジ》が治癒魔法を使い、折れた骨やヒビにその場で治療を加えるので、損傷もたちどころに癒えるという寸法である。


「――勝ったなガハハハッ!」

 この様子を前にして調子に乗ったリュジュが大口を開けて、高らかに勝利の高笑いを放った。


「「…………」」

 なんでこうフラグを立てるかなぁ……。

 と、その軽薄な哄笑を横目に見ながら、非常に嫌な予感を覚える俺とヤミ。


「……勝てそうな戦いこそ油断がならぬののじゃぞ。劣勢の方は最後の最後まで悪あがきをする。ゆえに勝っている方こそ、最後の一瞬まで気を抜けぬものじゃ」


 フィーナが苦言を呈したところで、まさに油断からか、横合いからの攻撃をもろに受けて、《スケルトン・ウォーリア》のひとりがバラバラに吹き飛んだ。

 逃げようとした仲間の《スードウ・ゴブリン》ごと、死角からボス個体がまとめて粉砕したのだ。


「マズい! 回収する。ヤミ、何か適当なものを!」


 俺は慌てて修復不能なレベルで破壊された《スケルトン・ウォーリア》を、《ダンジョン・ムーブ》で回収すべく座ったまま操作を開始した。


 ちなみにこの《ダンジョン・ムーブ》というのは、ダンジョン内の任意の地点にある物品(魔物を含む)を入れ替える仕様となっているため――下手にXYZ軸の空間指定をした場合、手違いで『壁の中にいる』シナリオが発生する可能性があり、それを防ぐための安全装置としてこうなっているとのこと――とにかく、何でもいいから任意の目標を回収する代わりに、ここにある任意のものを転送しなければならないのだ。


 つまりは、これがダンジョン内で魔物を斃すと、なぜか金貨や薬草がドロップされる仕様の裏側である。

 そのあたり、前もって『剣』とか『薬草』とか、任意のものを転送したり或いはランダムでできるように設定もできるのだが、今回は何を送るのか自動設定をしていなかったので、咄嗟に手動での転送をするしかなかった。


「はい、どうぞ」

ぎゃああああっAaaaah!、やめて~、私のDr○gon B○ll S○perがーっ!?!」

 部屋の隅に放置されていたコミックの三巻あたりを、すかさず手渡してくれるヤミ。

 それを見て、途端に水に浸かった猫みたいな悲鳴をあげるリュジュを無視して、素早く操作を済ませると、バラバラに砕けた《スケルトン・ウォーリア》がマスター・ルームの床に戻ってきて、代わりに漫画のコミックが戦場のただ中に、ドロップ品として放置された。

 当然、誰も興味がないのでそのまま地面に落ちて、踏まれて蹴られてズタボロになる。


 その様子を眺めて真っ白に燃え尽きるリュジュ。


「で、これポイントを払うと復活リポップできるんだよな?」

 バラバラに散乱した《スケルトン・ウォーリア》の成れの果てを指して、念のためヤミに確認する。


「はい、レアリティ☆3ですから8ポイントで復活リポップ可能です。ただし、いったん『Soul Crystal』内部に収納し、24時間のクールタイムを置かないとできませんが」


 基本的にその場で復活させては戦わせてを繰り返す、文字通りのゾンビアタックは不可能というわけか。

 とりあえず俺は《スケルトン・ウォーリア》(そのうち全員に名前つけないとダメだろうな)を復活リポップさせるべく、魔力塊へ変換して『Soul Crystal』内部へ収納後、ポイントを支払った。

 これで所定の時間が経過すれば、自動的に再生される筈だけど……。


 一方、画面の中では調子に乗るボスの《スードウ・ゴブリン》に対して、《スケルトン・リーダー》が一騎打ちを挑んでいた。


「なにやってるんだ? 脅威になるのはアレ一匹なんだから、全員で一斉にタコ殴りにするべきだろうに」

 武人としての矜持とかそーいうもんかねぇ……? と、首を捻る俺に対して、フィーナがやれやれという感じで首を振って答える。

「それをやっては、残りの《スードウ・ゴブリン》の不興を買って、犠牲覚悟の混戦になる可能性が高い。対して大将同士の一騎打ちで勝てば、他の者も委縮するであろう。こちらも犠牲が出た以上、数で劣るいまはこれが最善の方法じゃ」


 なるほど、ボスの猛攻を前にいつ間にか装甲戦術パンツァーカイルの突進力が奪われ、グダグダになりかけているいま、いわばお互いの剣と剣が鍔迫り合いの状態で、微妙な均衡を保っていると言える。

 それならばと、お互いに全力で押し切ろうと勝負を賭けたというわけか。


「――けどそれって、こっちが負けたら返す刀で一刀両断されるパターンじゃね?」

「そうなるのぉ」

 事も無げに首肯するフィーナだけれど、それってかなりヤバいじゃないか。


 見れば、力任せのボスに対して、《スケルトン・リーダー》は流麗な剣術で翻弄しているようだが、もともののステータスの差が顕著なためか、掠っただけでもあちこちの骨にガタが来ているのが目につく。

 こういう時こそ治癒魔法だとおもうのだが、一騎打ちに水を差すという考えからなのか、《スケルトン・メイジ》は魔法の媒体である杖を握ったまま、《スケルトン・リーダー》の戦いっぷりを見守っているだけであった。


「大丈夫なのかな……?」

「大丈夫じゃ。〝肉を切らせて骨を断つ”というが、この場合は逆じゃな。《スケルトン》にとっては骨の一本二本、くれてやってもどうということはないが、相手は生身の肉体じゃ。喉元や心臓を一突きすればそれで事足りる」


 そのフィーナの言葉を証明するかのように、勝負に焦れたボスが思いっきりストーン・ハンマーを大振りして、《スケルトン・リーダー》の円形盾を上腕部ごと粉砕した――刹那、隙だらけになったボスの上半身へ向かって、リーダーの剣先が滑り込んだ。


 ――やった!


 ギリギリ心臓は外したものの、肺を刺し貫かれて緑色の血反吐を吐く《スードウ・ゴブリン》のボス。

 すかさず手首を翻して、剣を戻した《スケルトン・リーダー》が、即座にそっ首を刎ね飛ばそうと横薙ぎに剣を振るった――刹那。


 不意に、どこからともなく飛んできた氷の矢――いや、氷柱つららの矢と言うべき太さの氷――が、何十本となく降り注ぎ、《スケルトン》たちと《スードウ・ゴブリン》たちをまとめて一掃したのだった。


「「「「はあああああああああああああっ!?!」」」」

 コミックが失われたショックで呆然としていたリュジュも正気に戻ったようで、その場の全員がわけもわからず素っ頓狂な声を上げていた。

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