エピローグ
その重みは、そこまで重くはなかった
「‥‥‥なんで寝てんだ俺」
龍崎は枕元に置いてあった携帯電話を手に取り電源を入れた。
が、龍崎は画面を見た瞬間、ガバっと飛び起きた。
『4月23日 火曜日 AM13:23』
「寝過ごしすぎた!」
龍崎は頭を抱える。本日は祝日でもなく休日でもない。そんな日に高校生たるものが、こんな時間までベッドで寝るなど、遅刻以外のなにものでもないのだと。
が、しかし。
「ま、どうせ遅れるんだし。ゆっくりしてから行くか」
龍崎は肩の力を抜きベッドから降りかけた。
が、そこで。
龍崎は枕元にあるメリケンサックを見つける。見つけた瞬間、息を飲んだ。
「
龍崎はベッドから飛び降りた。一刻も早く葵に会わねばならないと。
「―――忙しい人ね。コロコロ表情が変わって」
と澄んだ声がした。
龍崎が顔を向けると、椅子に座っている
「浮舟!‥‥‥葵は。葵はどうなった!?」
龍崎は椅子に座っている涼香に詰め寄る。転びそうになったが関係なかった。
そんな龍崎の姿を見た涼香は苦笑いを浮かべる。
「妹さん、今は学校に行っているわ」
「いや、じゃなくて!葵の『カワイガリ』は‥‥‥」
「……アナタが倒した」
龍崎は息を止めた。数秒止めてから、大きき息を吐きだした。
「‥‥‥そうか」
龍崎はそう言ってから、涼香の元から離れ、よろよろと後退してベッドに座り込んだ。だがすぐに顔を上げる
「あ、いや待て。あの『カワイガリ』はどうした? 潰したのか?」
「アナタが倒れた後で私が『カワイガリ』を潰しておいたわ。で、ヒュドラくんを担いここまで戻ってきたのよ」
「はあ‥‥‥そうか。それは、すまんな」
「ええ、本当に感謝して欲しいところだわ。妹さんもその場に倒れたから一旦家に運んで、それからアナタを運ぼうかと思ったのだけれど……まあ眠たかったから仮眠を取って、それからアナタを家まで運んだわ」
「へー……おい、待て。可笑しいだろ。なんで仮眠を挟んでだ。その間俺はどうなってたんだ!」
「……冗談よ」
涼香は言ってから視線を龍崎から反らした。
(冗談……だよな?)
龍崎はそこでようやく笑みを浮かべることができた。半笑いではあったが。
「まあいい。とにかく、葵になにもないならそれでいい」
龍崎は大きく吐いた。葵の『カワイガリ』を狩れたのであれば、もう問題はない。彼女が将来のどこかで『カワイガリ』の影響で死んでしまう可能性は消えた。だからもう、何も心配することはない。
できれば龍崎は、葵を直接見て色々と確かめたかったが、学校に行っているのであればそれも不可能な話である。
(浮舟の言葉を信じるしか‥‥‥)
龍崎は首を傾げ、涼香を見る。
「つか、なんで葵が学校に行ったこと知ってるんだ? てかなんで俺の部屋にいんの?」
すると涼香は「んー」と顎に手を当てた。
「朝方この家に来て『ヒュドラくん体調悪いらしいから私が看病するね!』と妹さんに言って家に上げてもらったのよ」
涼香は犬被りを合間に挟むようにして説明してくれた。
龍崎はそんな涼香を横目にして「そうか」と呟く。
と、そこで涼香が龍崎をチラリと見た。
「そういえばヒュドラ君。アナタ、ご両親がいらっしゃらないのね」
「……なんで知ってんの?」
龍崎はなぜか苦笑いを浮かべる。色々と話すタイミングはあったかもしれないが、そんなことは一言も言っていないだろうと。
すると涼香は龍崎から眼を反らす。
「ああ、妹さんから聞いたのよ。朝この家に来たときに『私の家、両親がいないんで気にせず使ってくださいね!』って言われたのよ。まあ、それもあるけれど、妹さんとアナタをこの家に運んだときに、気づくわよね。真夜中なのに誰もいないし。ああ、そういう家なのかしらってね」
龍崎は頭の後ろを掻く。あまり言う気もなかったし、言う必要もなかったし、進んで言いたいわけでもなかったからだ。
(……葵。あいつオープンだな)
龍崎は妹に対する評価を改定した。
「まあ、そうだな。いない。理由は……色々だ。別に面白くもない話だし。話したくもねえ」
「へえ、まあアナタが喋りたくないならいいわ。家庭の事情は色々あるものね」
龍崎は涼香と眼が合った。合ってしまったから目を逸らした。
すると涼香はゆっくりと口を開ける。
「でも、だからと言って『大変ね』とか『辛かったわね』なんて言うつもりもないわ。私にはわからないことでしょうし。……そうね、だから代わりに言うなら……大したことねえぞ、ヒュドラ君、てところかしら」
龍崎は、その言葉を聞いて少しだけ笑った。いつだか涼香に対してそんな言葉だ。
が、そんな家族の話題が出たからこそ龍崎は思い出してしまった。そんな家庭の事情からなる問題を。
(‥‥‥葵の悩、根本的には解決してねぇんだよな)
葵の『カワイガリ』の原因は赤椿高校に行けないと。
だが『カワイガリ』を狩ったところで、根本的な解決などしてはいない。結局は葵の問題は解決されないのだ。
と、そこで。
「ああ、ところでヒュドラ君。流れとは言え『スレイヤー』になってしまったわだけれど、そのあたりのことはどう考えているのかしら?」
涼香は小首を傾げた。
そして龍崎は「……あ」と声を出し、思い出す。
「‥‥‥『スレイヤー』……なっちまった」
流れとは言え、なし崩しとは言え、龍崎は『バンカラ』を身にまとい、『カワイガリ』を狩ったのだ。
浮舟は小さく頷き、龍崎の枕元にあったメリケンサックを手に取った。それを手の中かで転がす。
「私がここに来た本当の理由はそれね。私は契約書もなしにアナタを『スレイヤー』にさせてしまったわ。で、そのあたりヒュドラくんはどう思っているのかしら?」
そんな涼香の言葉に龍崎は首を傾げた。
「どうって……あ? なんだ契約書?」
「『スレイヤー』というものは『バンカラ』を身にまとったら最後、引退まで続ける義務が発生するわ。だから本当は『スレイヤー』になる前に契約書と書いてもらうのが普通なの」
「契約書って‥‥‥つか、そのメリケンサックで『バンカラ』を纏えるなら別の誰かに渡せばいいだろ」
「無理ね。アナタが『スレイヤー』の力を失うその日まで‥‥‥まぁ大方18歳ぐらいまでは、別の誰かにこのメリケンサックを渡しても意味はないわ。なにも起こらないのよ。このメリケンサックで『バンカラ』を纏えるのはアナタだけ」
「‥‥‥だから契約書」
「そう。そもそも……まあ私が言うのはおかしいけれど、契約書なしで『スレイヤー』になる人間なんて、まずいないわ。というより完全タブーね」
と、涼香はこめかみに手を当て、小さく溜息を漏らした。
龍崎は腕を組み、考える。ここで一番怖いのはタブーという言葉。
「浮舟。そのタブーだけど。なんかペナルティーとかあんの?」
すると涼香は小首を傾げた。
「どうかしら。まだスレイヤー協会には連絡をしていないし‥‥‥どんな処分が下ることやら。あ、アナタも呼ばれるわ、きっと」
「へえ。なんかちゃんとした組織……‥‥‥は?俺も?」
龍崎と口を半開きにした。協会とやらの組織に属していないにも関わらず、いったい何を処分するのか。
「だってアナタはもう『スレイヤー』なのだから。協会側はありとあらゆる手を使って退路を断ってくるはずよ。怖いのよあの組織」
涼香は言って苦笑いを浮かべ、視線を左上に動かした。
龍崎にはそんな涼香の苦笑いがひどく怖かった。いまなにかを思い出しているのだろうと。
「……スレイヤーの協会。てか、なんなのお前ら? そんな秘密結社みたな話が―――」
「みたい、ではなく秘密結社。大昔から形を変えて脈々と続いている……似非ヒーロー組織」
龍崎は頭を抱える。ようやく葵の件が片付いたと思えば、その結果として得体のしれない組織から、得体の知れない圧力をかけられようとしているのだ。
と、そこで「ところで」と声がして、龍崎が顔を上げると、涼香が鞄の中を弄っていた。
「……コレがあればヒュドラくん。『スレイヤー』をやる気になるかと思うんだけど」
涼香は鞄から茶封筒を取り出し、龍崎に突き出した。
「なにこれ?」
龍崎は涼香をチラリと見てから、茶封筒を受け取り中を見る。
「‥‥‥なんだこの金」
龍崎の手にした茶封筒の中には、何十枚と万札があった。
(いっぱいある)
龍崎は涼香に視線を向ける。コレは、なんですか?という意味を込めて。
すると涼香は軽く咳払いをする。
「昨日話したでしょ?『カワイガリ』を狩ったら報酬がでる、って。で、それは一ノ瀬さんのときの報酬。ま、2で割ってあるけれど」
「はあ‥‥‥こんなに報酬あんのか。俺の一ヵ月のバイト代……と比べ物にならんぞ」
龍崎は苦笑いを浮かべた。こんな大金を眼にしたことなど初めてであったからだ。
と、涼香が龍崎を見据える。
「で?どうかしら? 私と組んで『スレイヤーズ』をやるか、それとも協会から色々と追い込まれて『スレイヤー』になるか。どのみちやる事は同じだけども‥‥‥まあ心持ちは違うわね」
涼香は掌を龍崎に差し出した。その上に乗っかるのはメリケンサック。
龍崎はそのメリケンサックを眺め、そして涼香を眺める。スレイヤー協会が非常に怖い存在であると理解した。怖いことには敏感である。だが大本を辿ってきれば、怖い人達から逃げた結果として、裏社会に生きるような怖い人と関わりを持ってしまったのである。
(やっぱオレ絡まれやすいわ)
龍崎はそんなことを考えながら小さく溜息を漏らした。そして少しだけ考える。
『スレイヤー』をやるメリットはある。というよりも『スレイヤー』として活動すれば、葵の問題は全て解決してしまうのだ。つまりは、金の問題。金以外で解決などできない問題。
だから葵の抱える、それこそ『カワイガリ』の原因になってしまった問題や悩みを、本当に解決するためには、金が必要なのだ。
そしてなにより、怖い人達が怖い。それもある
龍崎はそこまで考えてから、右手をゆっくりと伸ばす。
「まぁ、こっちを選ぶわな」
龍崎は『バンカラ』を身に纏い『スレイヤー』になるための道具を、自ら選び取ることを決意した。
(選ぶ‥‥‥でもねえか)
龍崎は思い直す。選ぶもなにも、こんな事態になったのは、葵の一件を経て『スレイヤー』になってしまったのは、自分達の境遇のせいでもあるのだと。それは選べないものであっただろうと。そして、それを十分に理解したあたりで、自分が何かを諦め、何かを失ってしまったような感覚に陥った。それが、なにであるかはわからない。
そうして龍崎は、メリケンサックを、涼香の手から受け取った。その重みは、そこまで重くはなかった。
すると涼香が笑みを浮かべた。
「ああ、ところでヒュドラ君……」
と、涼香は言葉を区切る。
「パンケーキを作ってもいいかしら。お腹が空いているのよ」
涼香はそう言ってニコリと笑った。
そんな涼香の顔を見て龍崎は半笑いになる。
「……まあいいけどよ。ウチ、マーガリンしかねーぞ」
そして龍崎は涼香に視線を向けた。
「それしか選べないからな」
マーガリンしかないのだと。
我らバンカラ @Yamaki_Tsukumo
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- 帆多 丁いらっしゃいませ、ほた てい! です。 魔法と猫の近代ファンタジー「ヨゾラとひとつの空ゆけば」、右目を相棒とする化け猫娘の怪奇譚「化け猫ユエ」など、コツコツとやっておりますよ。 お気に召されましたら、ハートや星など頂けますと幸いです。 あ、でも読んだふりはやめてくださいね? 安い細工を目にすると、悲しくなるものなのですよ。 ではでは細かな作法もほどほどに、よろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。 ☆★☆★☆★☆★☆★ 作品紹介 兼 広告専用の置き場を作りました。 「作品紹介読むのといっしょに広告のクリック体験もできるのコーナー」 https://kakuyomu.jp/works/1177354054891959815 (2019.10.29) ☆★☆★☆★☆★☆★ - ハートと星の運用について - わりと気軽に応援します。「読んだよ」という事を伝えるために使っています。 「おっ」と思えば星ひとつ 「おお」と思えば星ふたつ 「うお」と思えば星みっつ 今後はこんな感じで行こうかと(2018.03.14)。 完結していない作品は星二つまでにしています。 だって、完結まで読み切ったところで余韻にひたりながら「ポチっ」と行きたいではないですか。 (2018.03.27)
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