2章 喋りながら闘う主人公にはワケがある
第1節 指の隙間まで舐めるからよ
それが、昨日に起った事の顛末である。
(なめとんのか)
龍崎には
だが同時に龍崎は「逃げたら学校にチクる」と涼香から脅迫されているため、抵抗すらできない。
現在、六時間の授業中。現代文の時間。
龍崎が所属する教室にいる生徒達は机に向かい、ペンを走らせている。「18歳になった自分への手紙」と題された用紙に、将来の自分へ向けて手紙を書いているのだ。
だが、龍崎としてはそんなことはどうでもよかった。数年後の自分よりも、今の自分のほうが大切だ。だから「18歳になった自分への手紙」と題された課題を放棄し、涼香という女について考えていた。考えていたが、だからといってなにもできなかった。
そうこしているうちに授業の終了を告げるチャイムが鳴る。書き上げることができなかった『18歳になった自分への手紙』は持ち帰りの宿題となり、それからHLを終え、生徒は教室を後にしたり、居残っておしゃべりを興じていた。
そして
そのため龍崎は30分ほど時間を潰してから教室を後にして、下駄箱で靴に履き替え、そのまま校門を目指す。
「……実は嘘でしたとか。ねーかな。ねーかね。ねーんだろーな。クソ」
龍崎はそんなことを言いながら、恐る恐る校門をくぐり、首を巡らせてみると、いた。浮舟涼香が校門横の外壁に背中を預ける姿勢で立っていた。
すると涼香は龍崎の方向に向けて顔を動かす。いったい何を察知したのかはわからない。
「あ! 龍崎くんみっけ! 迎えに来たよ!」
と言って涼香は元気よく龍崎の元へと歩み寄る。
だが龍崎は「へっ」と笑った。
(まだ猫被ってやがる)
すると涼香は首をかしげる。
「あれどうしたの? 龍崎くん。なんかボーっとして! あはは! 変な顔!」
涼香は龍崎の頬をペチペチと叩く。まるで幼子が、悪戯でもしているかのようにして。
「……うぜぇ」
龍崎は涼香の手を払いのけ顔をしかめた。言葉遣いもさることならがら、その言動も、相変わらずの猫かぶりが気に障ったのだ。
「もういいってその喋り方。ホントは『あら。どうしたの? ボーっとして。なにか悪いものでも拾い喰いのかしら。まるで野良犬みたいに』って言いたいんだろ」
「えー……え? なに変なこと言ってるのか意味わかんないよ! それより早く行こうよ!」
と言って涼香は龍崎の腕を掴み、校門から少し離れた細い路地へと引きずり込むと、周囲を見渡した後に一瞬にして表情を一変させた。
「あら。どうしたの?ボーっとして。なにか悪いものでも拾い喰いのかしら。まるで野良犬みたいに」
「なんだお前? アレか? 二重人格なのか?」
「違う。あの喋り方が色々と便利なだけよ。それに……こんな私を見せるのは……ヒュドラくんぐらいしかいないもの」
と、視線を地面に向けて、身体をよじる涼香。表情と仕草は猫かぶりの浮舟涼香そのものであったが、言葉遣いだけはぶっきらぼうなままである。
龍崎はそんな涼香を見てなにを思うわけでもなく、チッと舌打ちをする。
「なー、浮舟さんよぉ。昨日も言ったけど見逃してくれねえかな? あーなんだ? 靴の裏でも何でも舐めるからよ。なんなら足の裏でも直接舐めるからよ。指の隙間まで舐めるからよ。……あ、どうだ? キモチワルイだろ。こんな変態が真横にいたらお前の貞操があぶねーぜ。わかったらとっとと俺を開放しろ」
「あら別にいいわよ。私、靴の裏を舐められる経験も、足の指の隙間を舐められる経験もなんてないけれど、それでもヒュドラくんがどうしても舐めたいというのなら仕方ないわね。舐めるといいわ。ほら。早く。ぺろぺろ舐めなさいな。犬みたいに」
「……え? え? マジで言ってんの? 今の自分で言って引いたぐらいなだけど……」
「別に私は引いたりしないわ。ヒュドラ君が女の子の足の臭いフェチでもかまわないもの。だってかのナポレオンも体臭フェチだったと言うじゃない。愛人をお風呂に入れずに抱いたそうよ。てことはヒュドラ君、アナタ案外将来は偉大になるのかしらね。だって歴史上の人物と同じ性癖ということでしょう。ああ、いまの内にヒュドラ君にプロポーズしておこうかしら。玉の輿に乗るというやつね。ヒュドラ君……結婚しましょう」
「なんでだよ! お前マジで頭どうにかしてんぞ!」
「ほら、唇にキスはさすがに気持ち悪いけれど、足先なら構わないわ。ほら」
と、涼香は右脚を上げ、ローファーの底を龍崎に向けた。
すると龍崎は顔を引きつらせる。さすがに足の指の隙間など舐めたくはない。
しばらく2人はジッと見つめ合っていたが、龍崎はついに根負けして「ごめんさい」と謝ると、涼香はスッと右脚を下した。
(……ダメだ、勝てねぇ)
龍崎はそう思い、無駄な抵抗を辞めることを決意する。こうなってしまえば、できるだけ、なんとか、全てを穏便に済ませるしかない。
と、そこで涼香は咳払いをして仕切り直すようにして、姿勢を正した。
「……まあお喋りはこのあたりにして。とりあえず
涼香に強めにそう言われて龍崎は、渋々ながらも一ノ瀬に関する情報を思い出した。
「……ぐらいだな」
龍崎は自分が持っている
「なんだかヒュドラくんの僻みが入っている気がすのだけれど……まあいいわ。というより、一ノ瀬さんと一度も話したことがないのね。その様子じゃ」
「そりゃそうだろ。一ノ瀬は最近よく言う……とっぷ……とっぷ……トップスカート?」
「トップカーストと言いたいのかしら。ま、なるほどね」
涼香そう言って顎に手を宛がい、黙り込んだ。
しかし龍崎にはこの情報が限界であった。一ノ瀬と話したことなど一度もなく、一ノ瀬の周囲にいる友人知人連中とも話したことがない。また龍崎は、一ノ瀬に関する噂を積極的に聞きに行く人間でもないのである。
「で、どうする? 俺もう帰っていい?」
と、そう言って龍崎が通学用カバンを背負い直すと、涼香は「はあ?」と首を突き出した。
「ダメに決まってるでしょ。これじゃ役に立たないわ。……あ、そうだ。一ノ瀬さんって何か部活動に入っていたりするのかしら?」
「はあ……部活」
龍崎は額に右手をあてがい、記憶を辿る……までもなく思い出す。というより昨日、赤楚からそんな話を聞いていたのだ。
「あー、えっと『自己援助同好会』……だった気がする」
「自己援助‥‥‥なにそれ?」
「ボランティア部かなんかが元々の部活で。それが今じゃ『自分の辛い体験を話して傷の舐め合いをしましょう』って感じの活動をしてるらしい」
「……ヒュドラ君の偏見が入っているみたいだけれど……でもホントにあるのね。そんな変な部活。漫画とかアニメみたいね」
「まあ‥‥…そうだよな。ヘンな部活だよな」
と、龍崎は苦笑いを浮かべ、涼香の言葉に同意した。ヘンテコ名前の活動が不明の部活動は漫画やアニメの中だけであると、東南高校に入学するまでは思っていた。だが、実際にヘンテコな名前で活動内容が不明の部活動は存在していたのだ。それが自己援助同好会である。他にも東南高校には壁新聞部がない代わりに、天井新聞部と床新聞部が存在するなど、ヘンテコな部活動に関する噂がまことしやかに囁かれているが真偽のほどは定かではない。
そこで涼香は右手をスカートのポケットに突っ込み、中を探り始める。
「ふうん……ま、都合がいいわね。それと、最後に一つ聞きたいのだけど‥‥‥ヒュドラくんの高校って全校生徒は何人ぐらいかしら」
「あー……全校生徒? えっと、一学年六クラス。一クラスが約四十人。三学年あるから‥‥‥」
「約720人ね。なら‥‥‥たぶんバレないわ」
と言って涼香は、スカートのポケットに突っ込んでいた右手を抜いた。右手には赤いテープのようなモノが握られており、それを右拳に巻き付けてから眼前に構えた。
龍崎は首を突き出すようにして涼香を見る。昨日、涼香が見せたヘンテコな服を纏う前のあの動作であったからだ。
「なあ、なにしてんだソレ」
「気にしなくていいわ。私、一瞬だけ燃えるから騒がないで」
瞬間、涼香の身体から紫色の焔が沸き起こった。それから彼女は眼前に構えていた右手を、斜め下に向かって振り下ろす。紫色の焔が四散するようにして消失し、火の粉が宙に舞った。そして後に残ったのは、東南高校の女子制服に身を包んだ涼香涼香の姿だった。
「……は?」
龍崎の口が半開きになった。人間が燃えたと思ったら一瞬で衣装がチェンジするなどありえない。まるで魔法ではないか。
「浮舟。お前それ……」
そんな龍崎の声を無視するようにして、涼香は制服の布地を手で掴み、パタパタと動かした。
「あら、結構カワイイのね。東南高校の制服。やはりブレザータイプもいいわ」
そう言ってから涼香は続けざまに口を開いた。
「それでは行きましょうかヒュドラくん。私、東南高校の中を知らないから『自己援助同好会』の活動場所まで案内をお願いね」
涼香は案内をお願いしている立場であるにも関わらず、先陣を切って歩き出す。
そんな涼香の背中を数秒見ていた龍崎は、はっとした顔になり、あわてて後を追う。
「待て待て待て!なんでウチの高校に入ろうとしてんだ! そもそもその制服はなんだ!」
「だから昨日言ったでしょ? 私は一ノ瀬さんに会うのよ。もちろん、ヒュドラくんもね」
そして龍崎も、再び東南高校の校門を跨いだ。
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