第5節 プライドは捨てても金品は捨てない
時間は戻り、本日の夕方。
昔の不良のような服を身に纏い、湾曲した竹刀で男4人をしばいた涼香は、龍崎に向かってこう言った。
「ああ、
「あ?なんだよ、早く言えよ。だったら――――」
と、
(そのかわり)
「そのかわり‥‥‥」
そらきた、と龍崎が顔をしかめる。怖い人が見逃してくれるとき、それは見逃すだけの代償を払うことを意味している。ここを通りたければ通行料を出せ、身ぐるみ全部置いて行け。だが龍崎は、カツアゲされるのだけは今まで阻止してきた。プライドは捨てても金品だけは捨てない。それが
すると
「そのかわり……ヒュドラ君には私に協力してもらうわ。
「……アンタなに言ってんだ。 てかなんだよ協力って?」
「なにって‥‥‥まあ詳しい話は明日にするわ。とにかく一ノ瀬さんに沸いた『カワイガリ』を狩らないとヤバイのよ。だからヒュドラくんは一ノ瀬さんに接近してもらうから。そうね、理想としてはアナタが一ノ瀬さんと恋人関係にでもなって、なんでも話せるような仲になるのが理想ね」
「……まて意味が分からん。なんだ恋人って。てか、用事があるならお前が直接話せよ。俺関係ないだろ」
「それは難しいわね。だって私、ヒュドラくんが通っている……その制服は東南高校だったわね。東南高校の生徒じゃないし、一ノ瀬さんと接点もないもの。なら少しでも関わりがあるアナタのほうが効率的よ。まあ『死ねクズ』って呼ばれているあたり、ロクな関係ではないのでしょうけど」
そんな涼香の態度に龍崎は眼を細め、浮舟涼香の真意を探り始める。いったい何が目的なのだと。いわく浮舟涼香という人間は『スレイヤー』であり、
(意味がわからん)
どこに龍崎焔雄虎という人間の必要性があるのだろうかと。そもそも一ノ瀬などどうでもいいが、なによりこの女に関わるべきではない。間違いなく面倒な事態に巻き込まれてしまうと直観が告げている。だがしかし、涼香から逃げようものならば、竹刀の魔の手が迫る可能性もある。
だからこそ龍崎は、ゆっくりとその場にしゃがみ、額を地面に擦りつけ、本日二度目の土下座を決行する。もうこうなってしまったら、誠心誠意全力謝罪をして浮舟涼香が持つ日本人的な特性に働きかけるしか道がなかった。
「頼む! 俺を見逃してくれ! 面倒ごとは困るんだ! いま学校のクソ教師共から目を付けられていてピンチなんだ! 問題を起こすわけにはいかないんですぅぅぅ!」
と、龍崎は嗚咽交じりにそう言った。肩を小刻みに震わせ、鼻水を啜る音を鳴らす。むろん嘘泣きである。全ては怖い人への対策として身に着けた技を実行しているだけにすぎない。
すると涼香はなにか諭すような口調でこう言った。
「あらそうなの……でも大丈夫よ。面倒ごとになったり、問題になることなんてないから。それは私が保証するわ」
「いや……なんといいますか。無理といいますか。あ! あれですか? アンタは正義のヒーローだから姿を見られちゃまずかったとか!? だったら大丈夫! 絶対に誰にも今日のことは話しませんから! お願いします!家にはまだ幼い妹がいるんですよぉ!」
龍崎はいま以上にワンワン泣きじゃくってみると、涼香が小さく溜息をついた。
「そう‥‥‥なら仕方ないわ」
瞬間、龍崎は頭を上げる。
「……うっ……浮舟さん」
龍崎は感動した。話せばわかってくれる頭のオカシイ女だったのだと。
だが、涼香はニヤリと笑みを浮かべる。
「それでは方法を変えるわ。ヒュドラくんが手伝ってくれないのならアナタの学校に苦情を入れる。『龍崎 焔雄虎という男子生徒が喧嘩してましたよ』ってね。どうかしら? これでやる気が出るでしょう?問題児の龍崎焔雄虎くん」
龍崎は絶句した。土下座の状態のまま涼香を睨み上げる。
「このクソアマぁ!人でなし!クズ!悪魔!鬼!」
龍崎は自身の語彙力の無さを自覚しながらも、低姿勢から全身全霊を込め涼香を罵倒した。生徒指導室から匙を投げられ、赤楚の部屋に連行され、その日のうちに『おたくの生徒さん……一報』が学校にあれば停学にまで話しが進む可能性があった。
だが涼香にとってそんな言葉はどこ吹く風なのか、ニッコリと笑う。
「あら、鬼ってのはいいわね。私の恰好も鬼みたいなものだし。それでは明日の放課後。ヒュドラくんの学校の校門まで向かえに行ってあげるわ。あ、そうだわ。コレ」
涼香はスカートのポケットから鋼色をしたソレを取り出し、足元に落とした。当然のようにゴトンと音がする。
「ソレ、預けておくから明日絶対に持って来てもらえるかしら? というか肌に放さず身に着けておきなさい。でないとヒュドラくんの学校に苦情を入れるわ。ほら手に持って」
涼香は「それではよろしく」とだけ言ってきびつを返し、龍崎の元から去って行く。しかし。
「あ! そうそう! ヒュドラくん!」
と、涼香が声色を猫かぶりに戻してから振り返った。
「このこと誰かに喋ったら……」
グチャッ! と音がした。
龍崎が恐る恐る顔を上げると、涼香の左手で『カワイガリ』が爆ぜていた。そして彼女はそのまま狭い路地を歩いく。
龍崎は歯を食いしばり、去っていく涼香の後ろ姿を睨み付ける。
「クソっ! 人間のクズめ……ク―――」
が、そこで龍崎はあることに気が付き、はっと息を飲む。涼香への恨み節など忘れ去ってしまうほどには、強烈な出来事であった。なぜならそれは、倒れていたハズのオール黒ジャージが、気が付いたときには龍崎の眼の前に立っていたのだ。
(―――やべえ)
だが、龍崎の緊張に反して、オール黒ジャージは、ノロノロとその場から立ち去って行った。龍崎など眼中にないようにして。
龍崎は恐る恐る周囲を見渡して、そこでまたしても一瞬だけ呼吸を忘れる。オール黒ジャージが空けた民家の塀の大穴が完全に塞がっていた。大穴など最初から空いていなかったように。
「…………なんだこれ」
龍崎はそれからしばらくして立ち上がり、頭を抱えながら帰路に着いたのだ。
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