第4節 なんなら鳴いてやるぞ、ワンワン
龍崎は教室の椅子に座り、授業を受けるフリをして、携帯電話を弄っていた。6時間目の世界史の授業である。別段、彼はそこまで不真面目ではない。だが
3日前 帰宅直後
『なあ葵……その……なんだ。ちょっと聞きたいことが……』
『なんか用お兄ちゃん? ご飯ならもうちょっと待って。今から作るから』
『あ……はい。いつもすまん』
2日前 晩御飯にて
『あのさ葵。俺、お前の兄貴だろ?』
『……いきなりなに言っての、お兄ちゃん』
『いやだからな! やっぱり兄妹ってのは、なんだ? 隠し事なんてないよな!』
『別に。私はそんなふう思ってないから大丈夫だよ。お兄ちゃんに隠し事あるし』
『え? なに隠してんのお前』
『私、彼氏いるの』
昨日 朝食の席にて
『……葵。お前彼氏いるってホントなのか? ええ? マジで?』
『ま、冗談だけど。受験生なのに彼氏とか作ってる暇なんてないよね』
『え? あ? なんだよ冗談かよ! やった!』
―――――――了
というメッセージを涼香に送ったところ、その数分後に八割方罵詈雑言で形成されたメッセ時が龍崎に届いた。要約すれば「アナタは馬鹿なのかしら」ということである。そして続け様に、「校門の前で待ってるわ、はーと」とかかれたメッセージが届き、龍崎は舌打ちをした。
と、そこで終業を告げるチャイムが鳴り、HRがあって、放課後へと突入する。
龍崎はしばらく時間を潰してから教室を後にして、下駄箱で靴に履き替え、恐る恐る校門をくぐる。そして周囲を見渡してみると、いた。
涼香は以前と同じようにして、校門横の外壁に背中を預けるようにして立っていた。
「あ、龍崎くんみっけ! 迎えにきたよ!」
と言って涼香は龍崎に歩み寄る。
だが、龍崎は白い目を涼香に向ける。
「……いや、もう犬かぶりやめろよ。『あらヒュドラ君。今日は逃げようとせずにちゃんと来たのね。偉いわ。褒めてあげる。でもここまで無抵抗だとよく躾けられたイヌみたいね』とか言いたいんだろ」
すると涼香は、一瞬だけ眉毛をピクリと動かし、
「えー! なに変なこと言ってるの? あはは! それより早く行こうよ!」
と、龍崎の腕を掴み、そのまま下校する生徒の波に混じり国道沿いまで出てきた。そして彼女は龍崎の腕をパッと話してから
「あらヒュドラ君。今日は逃げようとせずにちゃんと来たのね。偉いわ。褒めてあげる。でもここまで無抵抗だとよく躾けられたイヌみたいね」
と言った。否、言い直した。龍崎の言った言葉そのままに。
が、龍崎はへっと笑う。
「ああそうかい。もう犬でいいよ。なんなら鳴いてやるぞ、ワンワン」
「うわ……キモい」
と涼香は、「うえ~」とばっちいものでも触ったかのようにして、何度か手を払った。
と、そこで涼香が龍崎に顔を向ける。
「さて、それは今後どうするかを考えていきましょう……と、言っても、立って話すことではないでしょうね。ところで、この辺りで美味しいパンケーキを出すお店はないかしら。いまとってもパンケーキが食べたい気分なの。だからパンケーキでも食べながら話しましょうかヒュドラくん」
「……いいけどよ。でもこの辺りにパンケーキを出す店なんてないぞ。それこそ昨日行った『楽しさいっぱい』ぐらいしか」
龍崎はそう言いつつ回りを見渡たす。
このあたりは国道沿いに住宅地が広がる地域。ちょうど郊外と都市部の中間の街並みをなすのがこのあたりの特色であり、そして同時に、それ以外の特色などない。立ち並ぶ店と言えば、チェーン店などの全国どこでも見られる店しかない。
と、そこで涼香は「は?」と眉をひそめる。
「それは嫌。さすがに昨日と同じファミレスに入るなんてつまらないわ。ああ、でもパンケーキが食べたいわ。あつあつのパン生地のとろけるバター、たっぷりメイプルシロップをかけて食べたい」
「浮舟、言っておくがパンケーキ連呼してりゃ可愛い女を演じられるとか思ってるなら大間違いだからな」
と龍崎は言いつつも、
(パンケーキ食べたい)
と思ってしまった。涼香があまりにもパンケーキパンケーキと連呼するために、食べたくなってしまったのだ。
と、そこで龍崎は思い付く。パンケーキがないなら作ればいいじゃん、と。
「あー……だったらウチでパンケーキでも作るか? 葵が時々お菓子作るから材料は揃ってるはずだし、家すぐそこだし。今日は葵も帰ってくるのが遅かったはずだ」
すると涼香はハッと表情を変えて、両腕を胸の前に引き寄せる。
「……え? なにかしら? 私をヒュドラくんの家に引き引きずり込む算段なのかしら? 私の貞操が危ないのかしら? 私は誰にでも身体を許すほど性に奔放ではないのだけれども」
「お前がそう思ってるならそうなんだろ。でもパンケーキは食えるぞ」
「……確かにそうね。パンケーキが食べられるのは大きいわね。分かったわ、じゃあパンケーキを食べにヒュドラ君の家に行きましょう。そして妹さんのことについて話しましょう。さあ早く。特別に私が作ってあげるわ」
涼香は龍崎を置いてけぼりにするようにして、歩を進める。
(俺の家知らねーだろこのポンコツ)
と、龍崎は歩き出した。
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