第5節 うちのお兄ちゃんはダメ人間ですよ?
龍崎は脇を流れていく本棚に並ぶ本を眼にしつつ、店内を適当にプラプラと彷徨っていた。このあたりの本は専門書が多いらしく、本を読まない龍崎にとっては馴染みがない。
葵と合流した龍崎は「買いたい本があるから、『リバーシブル』の本屋に寄らせてくれ。で、その後でお茶でもしよう」と提案して3人は移動を開始。
『リバーシブル』とは東深津駅の地下街から直通しているアウトレットモールであり、ファッションや雑貨、小物のショップ、食事や喫茶店、そして本屋もある。むしろ東深津駅周辺で大きな本屋と言えばリバーシブルにしかない。
3人はリバーシブルの本屋に到着すると、龍崎はこの場所へ導いた手前上、別段欲しくもない本を探すために1人で本屋の中を徘徊するはめになっていた。それからしばらく本屋の中を徘徊し、そのうち「中高生向けコーナー」の棚へと差し掛かり、そこに涼香と葵がいることに気が付く。
『あ、この出版社の参考書、昔使ってました。でも登場するキャラが鬱陶しいので使うの止めましたけど』
『それ私も知ってる! 確か虎みたいなキャラだったよね? でも自分は猫だと思っているとかよく分からい設定ヤツ』
『あ! そうそうそれです!で、ページが進むにつれて猫の姿に変身していくーみたいな!』
という会話を涼香と葵は繰り広げている。
龍崎は参考書などロクに使わない人間であるため、「トラが可哀そうである」ぐらいの感想しかない。
そんな2人の会話を盗み聞きしながら龍崎は本棚の影に隠れる。丁度、涼香と葵の背中と、横顔を見ることができる位置にある本棚だ。本棚のラックにはピンクめいた色の雑誌ばかりであったが、そんなことよりも龍崎の意識は前の2人に向けられていた。
『でも浮舟先輩が勉強もかなりできるなんて思ってなかったです。まさか学年でもトップクラスだなんて』
そんな葵の言葉に龍崎はくそ笑んだ。涼香はうまく勉強関係の話に持ち込めたようだ。このまま行けば、きっとそのうち受験勉強の話になるだろうと思ったからだ。が、しかし。
『葵ちゃん‥‥‥なんかちょっと馬鹿にしてない?』
涼香は葵を軽めに睨む。
(どうしてそうなる!)
龍崎は叫びたくなったが、確かに葵のモノ言いであれば、そのように涼香にとらえられる可能性もあるだと気が付く。
『いや、そういうわけじゃなくてですね。すごいなーと思ってるだけすから』
葵は手を胸の前で振りながら弁明した。
すると涼香は首を傾げる。
『でも上には上がいるよー。大したことないってば』
『あー、でもできる人ってそういう言葉使いますよね。つまり浮舟先輩は出来る人ですね』
葵は涼香を見上げるようにして眺める。尊敬の念か羨望か分からない。が、葵の声は明るいと龍崎は感じた。
すると涼香は、「んー」と唸ってから、
『どうかなー? 確かに私は勉強ができるかもしれないけど‥‥‥それ以外はホント大したことないの。フツーだよフツー』
涼香はなんでもないと言った顔で答える。
が、龍崎は涼香の言葉を聞いて苦笑いを浮かべる。
(お前は普通じゃねーだろ。浮舟)
むしろ一般人からしてみれば、龍崎 焔雄虎にしてみれば、その存在自体が羨ましいのだと。全てにおいて恵まれているだろうと。そしてなによりも浮舟涼香という女は、
『でも涼香さん。美人だしモテるんじゃないですか? いいなー嫉妬しちゃう』
と葵が、龍崎の考えを引き継ぐような言葉を喋った。
涼香は指で髪を撫でる。
『んー別にそんなことは……あ、嘘。ごめん! 一昨日、校舎裏に先輩に呼び出されて告白されたの!』
『え? ホントですか? すっごい! 高校生ってそういうのホントにあるんですね。え? え? どうなったんですか?』
と葵は黄色い声を出す。
『イヤですって断ったよ。だって話したこともなかった人もん。あ、でもその先輩、去り際に『もう校舎裏は古いか』って言ってたのは面白かったね!』
『‥‥‥ああ。そうですか。浮舟先輩‥‥‥あれですね。容赦ないですね』
と言って葵は肩を落とし、そんな様子を見た涼香は苦笑している。
が、そのあたりで龍崎は小さく溜息をつき、焦り出す。話が逸れてしまっているのだ。受験関係の話に入りそうになったらと思えば、いつの間にかガールズトークのような、高校生活の話に逸れているのだ。
涼香に全てを捲かせている龍崎であったが、ついつい涼香の話の持って行きかたに焦れてしまう。
と、そこで葵が顔を上げ、涼香をじっと見る。
すると涼香は、そんな葵の挙動が不思議であったのだろう。
『どうしたの? 葵ちゃん?』
『いや、浮舟先輩ってお兄ちゃんの彼女さん……ですよね? なんでお兄ちゃんが良かったんですか?」
そんな葵の言葉に龍崎は顔を引きつらせながら、立ち尽くす。
(‥‥‥……忘れてた)
涼香と葵が出会った際の誤解を解くのを忘れ、ベッドに押し倒している場面の誤解を解くのを忘れ、めでたく葵の中ではカップルということになっているのだ。
涼香はとアゴに人差し指をあてがい、顔を上に向けた。
『う~ん‥‥‥いろいろとあるけど……』
と、そこで涼香は言葉を区切った。
『相性かな。ヒュドラ君とすごく気があうの』
瞬間、龍崎は「へっ」と笑った。相性の意味を涼香は知らないならしい、と。
するとで葵が「はー」と唸った。
『いや、お兄ちゃんは浮舟先輩の彼氏なんで、悪くは言えないですけど。あれですよ? うちのお兄ちゃんはダメ人間ですよ? クズになり切れない小物ですよ?』
龍崎は妹が下した評価に泣きかける。
しかし涼香は「あはは」と笑った。
『まあクズかもねー。でもさ、なんて言うか龍崎君って裏がないじゃん。フツー心の中に留めとくよねって言葉を言っちゃうし。そこが結構気に入ってるの。私、けっこう裏がある人間だから。あ、それから妹さん思いのところとかいいかも。でも正直、シスコン気味だけどね』
そう涼香が言うと葵は「まあ、お兄ちゃんですからね」とケタケタと笑い出した。
だが龍崎としては首を傾げるしほかなった。彼にしてもれば、気に入られるようことを涼香にはしていないのだ。したこと言えば、涼香を生贄にして怖い人から逃げることぐらいである。そもそも裏がないなど、見当違いもいいところだと龍崎は思っていた。むしろ裏しかない。
と、そこで。
「――――お兄ちゃん‥‥‥ナニしてるの?」
と龍崎は声を掛けられ、ぱっと顔を上げると、そこには葵と涼香の姿があった。ボーっとしている間に見つかってしまったのだろう。
(‥‥‥なんでゴミを見るような目つきなの?)
龍崎は首を傾げる。葵の眼は、虫けらを見るソレであった。軽蔑のような感情が含まれているのだ。
すると今度は涼香が、
「もう~ 龍崎くん! 葵ちゃんの前でそれはマズいって!」
目線でなにかを指し示した。
龍崎が涼香の視線を辿って視線を落とす。すると眼に飛び込んできたのは露出度の高い女性が映った、ピンク色を基調としている雑誌であった。
瞬間、龍崎は周囲を見渡し、そこが大人の花園であることに気が付く。
「違う‥‥‥俺は将来、雑誌の編集者になりたいから勉強のために――」
「お兄ちゃんも男の子だからいいけどさ。彼女の前ではやめなよ。マジキモイから」
涼香の腕に抱き着き「浮舟先輩。そろそろお茶しましょうか」と言って歩き出す葵。そしてそのまま2人は本屋の出入り口に向かう。
そして龍崎は涼香と葵から数メートル離れて、歩き出した。
(これは……不味い)
作戦を、作戦を練り直す必要があった。否、自らアクションを起こそうと龍崎は決めた。
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