第22話 神様は見つけた

 ナッシーは「神とはな」と真面目な顔でポツポツと話し始めた。


 神はいたる所にいる。この雑木林にも、石の神に木の神、花の神に風の神、無数の神々がいて、七海たちを取り囲んでいるのだ。姿も声もないが、確かに存在しているのだ。

 社で祀られている神だけが神ではない。

 そして、社や依り代を捨てて祭神であることを辞め、自然の中に帰っていくことも、神として在り方の一つなのだ。

 人に忘れられると神は消えてしまう、と初めは簡略して説明したが、実際にはそう単純なことではない。石が石として在る限り、木が木として在る限り、その神は静かにそこに在り続ける。

 反面、ミィさんと語ったように、古い神は形を変えたり消えたりもするし、新しい神も生まれてくる。


 人に祀られて得る神様パワーとは、人と交流するための力で、奇跡を授けたり、願いを叶えてあげたりするためのものなのだ。人型になれたり人と会話ができるのも、交流を目的にしているからだ。

 これとは別に、自然界からもパワーを得ることができることは、ミィさんが言った通りだ。ミィさんは水の流れから力を貰い、水流そのものになる道を選んだのだから。

 人と関われるナッシーと、目に見えない無数の神々とは、在り方が違うということなのだという。先ほどまではナッシーと同じ存在だったミィさんは、祀られること無き数多の石の神や木の神と同じになったのだ。


『祀られることだけが全てではないからの。何の為に存在しているかが大事なのじゃ』


 呟くナッシーの顔が暗いのは気のせいではないだろう。

 祀られること無き神様は無数に存在しているし、ミィさんも祭神を止めはしたが存在は消えてはいない。

 それでもナッシーが、神様パワーが無くなると自分は消滅しまう言ったのは、彼の場合何の為に存在しているか、自分が何者かが分からないせいなのだ。

 石でもなく木でもなく、花でも風でもなく、なにものでもないものは存在していられないのだ。

 きっとナッシーは人々の中で神として在り続けたいのだろうな、と七海は思うのだった。昔は社で祭神として祀られていたからこそ。

 そして最後の台詞はミィさんの行動を説明しつつも、自分のことも重ねているのかもしれないと思った。

 祀られることだけが全てではない。

 それは自分に言い聞かせているようで、まるであきらめのようにも聞こえて、七海は不安になる。


「いつかナッシーもミィさんみたいに、また旅に出ちゃったりするの?」

『……もう旅は飽きた』


 寂しそうにナッシーは笑う。千年も旅してきたんだから、これ以上は勘弁してくれといった顔だ。

 でも、名前を思い出しても、社が無くなってたりご神体が傷ついてたりしたら、ミィさんのように在り方を変える選択をしなければならないかもしれない。

 ナッシーも自分の側からいなくなってしまうかもしれないと思うと、七海は寂しくてたまらなくなる。


「じゃあ、ずっとこの町に居るといいよ」

『そうじゃな。七海が祀ってくれるなら、ずっとここにいたい』


 少し不安げな顔で、ナッシーは七海を見上げていた。見捨てないでくれと、すがるような表情だ。ついさっきまで、大人びた顔で神様について語っていたというのに。


「もちろんよ。私はナッシーの巫女なんでしょ」


 七海が笑いながら頷くと、ナッシーは目を真っ赤に潤ませた。ひしっと足に抱きついてくる。すんすんと鼻をすすりながら呟く。


『そうじゃ、そうじゃ。七海はわしの巫女じゃもんな……』


 泣きべそかいて、足にしがみ付いてくるなんて、神様のくせにもう本当に幼稚園児としか思えない。だけど、それだからこそ、愛おしく思えてしまう。護ってあげなきゃ、助けてあげなきゃと。

 ミィさんを見送った時は、落ち着いているようにみえたけど、内心はすごく複雑で、我が身を彼に重ねて不安になっていたのだろう。

 七海が翔太に困ったねと笑ってみせると、彼も肩をすくめて苦笑を浮べた。そして、ナッシーの前にしゃがみ込み、頭を指でつんつんと突くのだった。


「しょぼくれてんじゃねえよ。お前はさ、七海や俺と縁の巡り合わせで、今一緒に居るんだろ。俺らとの出会いには意味があるってことだろ」

『翔太……』

「だからさあ、もっと前向きにいこうぜ! ミィさんが言ったように、なんで七海にはお前が見えたのか、そこにポイント絞ればいいんだし」


 ニカっと笑う翔太は、ポジティブの塊だと思う。手のひらをナッシー向けて、さあさあとハイタッチを催促していた。

 ナッシーもフフっと笑う。パンと良い音を響かせてタッチをすると、目をコシコシこすってから、ナッシーも二カッと満面の笑みを浮かべた。

 翔太のポジティブは伝染するらしい。


『そうじゃな。翔太の言う通りじゃ。なぜわしと七海が運命の絆で結ばれているのかを探ってみようかの』

「いや、運命の絆とかって、なんか違うような……」

『……ということで、急いで帰ろう』

「なんで急に?」

『直に雨が降る』


 ナッシーが空を見上げたのにつられて、七海と翔太も見上げた。木々の間から、空が見えている。雲はあるものの、雨など降るのだろうか首をかしげたくなるようないいお天気だ。

 ナッシーは両手を広げて七海に抱っこを要求し、更に言った。


『ミィのヤツの置き土産かもな。ほらほら一雨くるぞ』

「マジかよ……」


 翔太が嫌そうな顔で呟いた瞬間、本当にポツリと雫が落ちてきた。突然曇ってきて、そして一気に本降りになったのだった。

 七海たちは悲鳴をあげて雑木林を走り、フェンスをよじ登る。ナッシーは翔太に荷物みたいに担がれて、七海に抱っこされたいのじゃと不満げに足をバタつかせていた。

 必死で自転車に辿りついた時にはもうずぶ濡れだった。


「もうやだ! なんなの、この雨は!」


 空を見上げるともう薄明るくて、すぐに止みそうな感じではある。とりあえず学校隣の公園に走り、東屋に逃げ込んだ。

 七海と翔太が、濡れてブツブツ文句を言っている横で、全く濡れてないナッシーがにこやかに笑っていた。


『な? わしの言うた通りじゃろ。雨の降り始めを予言できるのじゃ!』


 えっへんと、威張っていた。

 しょんぼりしていたかと思えば、コロッと機嫌がよくなって、ナッシーは変わりやすいお天気みたいだなと七海は笑った。

 そして五分ほどで雨は止み、日差しが戻ってきた。


「はあ、やれやれだな……あ! 七海、七海!」


 東屋からでて空を見上げていた翔太が、後ろ手においでおいでして七海を呼んだ。


「どうしたの?」

「ほら! 虹!」

「あ、ホントだ! きれい……」


 空に大きな虹がかかっていた。校舎に少し隠れていたけど、円の四分の一くらい虹がくっきりと空に描かれていたのだ。

 虹を見るのは久しぶりだったし、こんな鮮やかなのは初めてだと、七海は驚き感動していた。

 不意に七海の手がきゅっと握られた。見ると、ナッシーが目をまん丸にして虹を見、そして七海を見つめていた。ポカンと口を空けて、唇を震わせていた。

 ナッシーも虹に感動しているのかもしれない。


「すごいね。これもミィさんの置き土産なのかな?」

『…………』

「うん、そうかもな……なんかすげー神々しいっていうの? こんなはっきりした虹見たの、俺初めてかも」

「私も……」


 ナッシーが増々ぎゅうっと手を握ってきた。そして、どうしたというのか、また足にしがみついてきた。


『あ、あ、七海……七海。そうか、そういう事じゃったのか……。七海じゃったのか……』


 ナッシーの声がかすれて震えていた。身体も小刻みに震えていた。

 さっき、不安そうにくっついてきた時よりも、なんだかナッシーは切羽詰まっているというか、動揺しまくっているというか、どうにも普通の様子ではなかった。

 七海はナッシーの頭をよしよしと撫でながら、問いかける。


「どうしたの? 私がなんなの?」


 ナッシーがゆっくりと顔をあげた。

 彼は泣きながら笑っていた。


『分ったのじゃ。見えたのじゃ……』


 何のことかと首をかしげて、七海と翔太は顔を見合わせた。


『わしが生まれた時のことを……』


 ポロポロと涙を流しながら、ナッシーは増々七海に縋りつく。

 七海と翔太は、ハッと息を呑む。突然だけど、ナッシーは身の上にまつわることを思い出したのだと。

 すると、ナッシーの身体が光りはじめた。いや、光に包まれたという感じかもしれない。ミィさんが竜の姿に戻った時のように、柔らかな光に包まれたのだ。

 キラキラと輝いて、ナッシーが震えるように動く度に虹のように自在に色を変えなながら、ひかりは強くなってゆく。


「おい! どうしたんだ!」


 翔太が驚いてナッシーに手を伸ばした。

 白い光の中で小さな人影が動いているが、翔太の手は彼にまで届かない。何故か跳ね返されていた。


「ナッシー!? もしかして、生まれた時のこと思い出したの?」


 光に包まれた人影が、微かに頷いたような気がした。

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