第12話 神様は神様と出会う
鼻くそ太郎は、大人しくナッシーに抱かれたまま、その肩にあごを乗せて目を瞑っている。翔太には見向きもしない。
小さな声で、ナッシーと鼻くそ太郎が話している。
『して、そなたが見た社はどんなじゃった?』
『小さいニャ。木で出来てて、古くてボロボロだったニャ』
『ふむ、当時から既にボロボロじゃったのか』
七海たちは林の中をフェンスと平行に歩いていった。特に目指す場所があるわけでは無いが、祠があるとすれば林の奥よりは手前だろうと、ここは皆の意見が一致した。
フェンスの外はギリギリ車が一台通れるくらいの細い道路で、学校と雑木林に両側を挟まれている。一本道で突き当りは民家の塀だ。なぜこんな道があるのか、七海は以前から不思議だった。全く意味がないように思うのだ。
ブロック塀の向こうに体育館を見ながら進んでゆく。ふと妙なものに気が付いた。体育館の真ん中あたりの塀には、門柱のような物が二本あって間をブロックで塞いであったのだ。以前はここに裏門があったようだ。
七海たちは立ち止まった。
「こんなところに裏門? しかも狭っ!」
門跡は、今の正門の横にある通用口みたいな感じだ。今は壁になっているとはいえ、行き止まりになっている道に面して、どうしてこんなものを作ったのかと首を傾げた。
「……これ、要らないよね」
「うん、要らねえなあ。だから塞いだんだろうけど」
「いつ頃塞いだんだろう」
「うーん、体育館建てた時じゃね? 門使わねえから、気にせずここにどどーんと建てたんだろうな。そういや、今の新校舎に建て替える時に、学校の敷地広げたんじゃなかったっけ?」
「あ、そっか、ブロック塀も門跡から先はちょっと色違うもんね。前は門の辺りまでが学校だったのかな?」
「……ん? ってことは、そこが角ってことか?」
「あ、もしかして……もともとは一本道じゃなくて、そこにも道があった?」
二人は目を見合わせ、なるほどと頷きあった。
フェンスと学校のブロック塀に挟まれた道は、おそらくこの地点でもう一本の道と直角に枝分かれしていたのだろう。ここは以前は丁字路だったのだ。
「丁」の二画目にあたる道を潰して、学校の敷地を広げたのだとすれば、それまではこの門もきっと利用されていたのだろう。そして体育館を建てるにあたり不要となって塞いだのだ。
二人は学校側を向いて丁字路説を話し合っていたが、ナッシーは反対の林側を向いて腕組みをしていた。
思案気な顔で、少し窪んだ地面を見つめている。
『うーむ……』
「何かあるの?」
振り返った七海が声をかけても、ナッシーは窪地の底の草むらをじっと見つめるばかりだ。フェンスから、二メートルくらい離れた場所だ。草がボウボウに生えている。
どうしたと翔太も振り返ると、ナッシーは少し窪んだあたりをすっと指さした。
『ほれ翔太、見て参れ』
ナチュラルに命令されて、思わず二歩三歩進んでしまった翔太だったが、ふと我に返って「命令すんな!」と一応文句を言ってから、草むらをかき分けていった。
程なくして、翔太が大声を上げた。
「マジか! あったぞ、祠だ! 思いっきり壊れてるけど!」
『あったか!』
「え! 凄い、本当にあったんだ!」
雑木林はほとんど学校の陰になっているから、こんな見えにくところにあるはずが無いと思っていたのだが、祠は本当にあったのだ。
七海も急いで行こうとするが、翔太はちょっと待てと制する。そして急いで、ナイフで草を払ってゆくのだった。
七海は、ハッと後ろを振り返った。その窪みは塞がれた門の前あたりだ。壊れた祠の跡は、今は無い丁字の交差地点に面していたのだ。
「そっか、初めはちゃんと見える所にあったんだ……」
「……でもすぐ忘れられ、学校の陰になり、おまけにフェンスで囲まれたってことか」
元の場所からあまり遠くなく、ちゃんとお参りもできる場所に移転していたのに、そのかいも無く小さな祠の存在は忘れられてしまったようだ。
多分フェンスは、生徒が雑木林に入らないように作ったのだろうし、行き止まりの道も不要だから扉で塞いだのだろうが、これで完璧に祠は忘れられてしまったのだ。
誰にも祀られていない、壊れた祠。
もしかして、ここで祀られていたのは本当にナッシーなのかもしれないと、七海の胸がドキドキとしてきた。
『それは良いから、翔太早う草を刈れ! 草を刈れ!』
興奮気味に、ナッシーがギャンギャン喚く。
ムッとしながらも翔太が言われた通り草を刈ってゆくと、横倒しになっている祠が見えてきた。屋根は取れてしまっている。すぐ横に平らな岩があり、恐らくこの上に乗せられていたのがずり落ちてしまったのだろう。
ナッシーがひょこひょこと歩いてゆき、壊れた祠の周りをまわった。
割れて泥のついた陶器のお椀や花挿しなんかも落ちていた。長い間誰もお参りに来ず、放っておかれたのは確かだ。
『ふむ、粗末にされたもんじゃのぉ……』
ナッシーはしゃがんで、壊れて落ちた屋根を覗き込んだ。少し悲し気な声だった。さっきまでの興奮が嘘のように鎮まっている。
七海は、ナッシーの名前が見つかるかもと期待に胸をふくらませながら、祠をくまなく観察するナッシーを見つめた。
翔太が草刈りを続けながら、ニターと笑う。
「良かったじゃないか。お前ん家、見つかってさ! これで七海んちに居候しなくても済むよな!」
でっへっへと悪者笑いをする翔太に、ムキッと眉を吊り上げてナッシーは蹴りをいれる。俺も俺もと、鼻くそ太郎も便乗して翔太のズボンを引っ掻いた。
『違う! わしはもっと、こう立派なお社に祀られておった! ……に違いない』
「忘れてるくせに……」
七海は思わず苦笑してしまう。
まずは、この祠に祀られていたのがナッシーかどうかを確かめてみなければならない。七海は外れてしまった祠の扉の一枚を手に取った。
「ねえ、ナッシー。懐かしい匂いする? ここがナッシーのいた場所?」
『違うな。他人の残り香がするからのぉ。今はおらんが』
え? っと板を落としそうになる七海だった。
これで名前が分ると思ったのに、あっさり違うなんて言わないで欲しい。もっと良く匂いを嗅いでみるべきではないだろうか。
「そ、そんなこと無いかもよ? もっと入念に調べてみたら? ナッシーの祠なんじゃないの」
『調べた。じゃから、わしのではない事がはっきり分った』
「……そ、そうなんだ」
がっくりと肩を落とす七海だった。
「……で、その祠には神様、いないの?」
『うむ、おらんようじゃ。何も言ってこんからなあ』
ナッシーも一緒に木切れを拾った。割れた額縁のようなものを手に取り、泥を払うと、墨で何か字が書いてあるように見えた。薄くて消えかかり、七海からは何と書いてあるのかよく見えない。
『祀る者が居なくなって、神もどこか別の所に行ったか、消えてしまったか……』
「ここにいるじゃん? お前んちだろ?」
翔太がまたからかう。
ナッシーはムキーっと歯を向いて、石を投げつけた。神様のくせに全く神様らしくなく、翔太とじゃれ合っているようにしか見えない。
『ここにおったのは水神じゃ!』
ナッシーは手にした木切れを掲げて見せた。そして、指で消えかけた文字を示す。
『ほれ、「竜」の字があるじゃろ!』
昔、この近くに湧き水などの水源か、水路があったのだろうとナッシーは言った。農業用のため池だったかもしれない。その頃は、今よりもっと田畑が多かっただろうから。
作物を育てる田畑に必要な水が枯れないように、水の神様が祀られていたのだろうというのだ。竜は、水にまつわる神様なのだそうだ。
「本当にここじゃないの? ナッシーがその竜のつく水神って可能性はないの?」
『わしの社だったら、もっとこうビビビッとくるはずなんじゃ。それが無い』
七海は食い下がって訪ねてみたが、ナッシーは肩をすくめて首を振る。
そして板の文字を見つめてため息をついた。ちょっと泣きそうな顔になっていた。
『消え去りし水神……か』
今は、ため池も水路も無い。必要が無くなったからなのか、水脈が枯れたのか。
神様が居なくなったから祠は忘れられたのか、忘れられたから神様が居なくなったのか。
なんにせよ、祠は壊れ神様はもういない。
なんとなく、ナッシーの状況にも似ているようで、寂しいというか不安になって来る。ナッシーが帰るべき社も、こんな風に人々忘れられ放置されているのかもしれないのだから。この祠は、ナッシーの末路を表わしているような気さえする。
『哀れじゃのぉ……』
ナッシーは、憂鬱そうに指で「竜」の文字をそっとなぞった。
と、いきなりナッシーが仰け反った。
『うが!?』
『哀れと申すな! 下賎の輩!』
ポンと、「竜」の文字から小さな小さな人型のモノが飛び出してきたのだ。そして飛び出た勢いのまま、ナッシーの鼻先にドロップキックをかましていた。
『我は竜神! 竜神とは尊きもの故、如何なる境遇であろうとも、憐れまれる筋合いは無いことを知れ! ………って、何、笑ろてんねん、このボケェ!』
ペタッと尻もちをついてヘラヘラしているナッシーの鼻を、その小っちゃいのがポカスカ殴っている。でも、手のひらに乗るくらいのサイズなので、あまり痛そうではない。というか、ナッシーは思い切り笑っている。
いきなりの神様出現に、七海が驚いてアワアワ言いながら翔太の側に寄ると、鼻くそ太郎も毛を逆立てて、足に纏わりついてきた。
その小っちゃいのは、自分を竜神だと言っているが、七海の第一印象としては鬼退治に失敗して落ちぶれた一寸法師といった感じだった。途中から何故か関西弁っぽくなっているし、ナッシーと同じく神様の威厳は皆無だ。
ナッシーはむぎゅっとその一寸法師、いや竜神を片手で掴んだ。
『消えとらんかったか!』
『あったりまえじゃぁ! 掴むな、ゴラァ!』
小さい身体のわりに威勢のいい竜神を、ナッシーは嬉しそうに見つめていた。
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