第11話 神様は雑木林を行く
『なーぜ、わしが翔太に呼び出されねばならんのじゃ! 翔太の方が、わしの所に参拝に来るのが筋であろうが!』
「まあまあ、いいじゃないの」
『よくない! なぜならわしは神様じゃから!』
昼前に翔太から電話があり、今すぐ学校に集合、といきなり言われた。
一緒に行こうよと返事すると、もう翔太は学校の前にいると言うのだ。そして、飲み物なくなったし、ちょっと腹減ってきたから軽食も一緒にもって来て、などと図々しく注文もつけてきた。
なんで学校に居るのか聞いても、とにかく水をくれ干からびて死ぬ、なんて言って電話を切ってしまった。
パシリ扱いに七海もムッとするが、もしかしたら猫又から何か情報を聞き出してのことかもしれないと、文句を言うナッシーを宥めたのだった。
七海はちびっ子の神様を自転車の前かごに乗せ、翔太が待っている学校に向かった。こういう時、ナッシーが他の人に見えないというのは便利だ。
途中でコンビニに寄り、ジュースを三本と二人分のサンドイッチと菓子パンを買う。ついでに翔太が好きなカルパスも。
炎天下の中、自転車で走ること十五分。二人が通う中学校をが見えてきた。今日はどの部活も休みらしく校庭に人影は無い。
そして校門の前に、大きなリュックを背負った翔太と猫又の鼻くそ太郎がいた。思い切り手を振っている。
七海が到着すると、翔太はこっちこっちと案内を始めた。七海に貰ったジュースをがぶ飲みしながら、学校の角を曲がる。鼻くそ太郎は、マロンちゃんと遊びたかったのにと不満げな顔でブツブツ言いながら付いてきた。
突き当りは雑木林だ。昔、林だったところを切り開いて、学校を建てたらしい。だから今でも、学校の裏手には木々が生い茂っている。
「ねえ翔太、なんなのよ一体」
「鼻くそが若い頃、この辺でちっこい祠を見たような気がするって言うんだよ」
『なに! 祠とな?!』
ナッシーがいきなり大声を出して、前かごの中で立ち上がった。「わしの? もしかしてわしの?」と自分を指さし、翔太と七海を交互に見て、目をキラキラさせている。
昨日、翔太は鼻くそ太郎から色々と聞き出してくれていたのだ。しかも有力情報の予感ありで、七海の顔も明るくなる。
学校を囲むブロック塀沿いに進み、行き止まりになったところで、自転車を止めた。網のフェンスがあってその奥が雑木林だ。
学校のブロック塀と雑木林を囲むフェンスの間にも細い道路があるのだが、薄暗くて危ないからだろうか、背の高い門扉で閉じられ施錠されている。「立ち入り禁止」とでかでかと書かれていた。
翔太はフェンスをガシガシとゆすって、二カッと笑う。
「確かめに、いっちょ入ってみよう」
「え? どうやって?」
「フェンス乗り越えるにきまってんだろ」
「ええぇぇ? やだー!」
『ウニャー。だから違うって言ってるのに……なんでニャンの話を聞かないのニャ』
鼻くそ太郎が、溜息まじりで言った。物凄く面倒くさそうで嫌そうな顔をしている。
『どういう事じゃ。祠を見たんじゃないのか?』
『見たのは見たのニャ。でも昔は林はもっと大きくて、学校はなくて、田んぼがいっぱいで、祠は遠くからでも見える所にあったニャ。林の中じゃなかったニャ』
「ということは、もしかして今学校が建ってる場所しかも正門の方にあったってこと?」
『多分、そうニャ』
『と、とり壊されてしまったのかぁ?! うああぁぁ……』
ナッシーの顔が、ムンクの「叫び」みたいになってしまった。
これは大変だとナッシーと顔を見合わせた。だが、その小さな祠がナッシーのものとは限らないのだが。
「いや、学校建てる時に絶対に祠をどっかに移転させてるって。うちの学校、たしか創立六十年くらいだろ。鼻くそはかなり若い時に見たって言ってたし、年代は合うだろ? いくら小っちゃい祠でも、問答無用で壊したりしないと思うぞ」
『そうじゃ! 翔太の言う通りじゃ! うん、壊したりはせん! 近頃では都市開発などで移転を余儀なくされる神社も少なくないからのう』
「でも、移転させたんだとしても、こんなフェンスの向こうの誰も行けないようなとこに移転させる? お参りに行けないよ?」
「あのなぁ、フェンスは後から作ったに決まってるだろ。お前、まじでバカじゃね?」
翔太は、こんな簡単な事をなんで説明されなきゃ分からないんだと、バカにしきった顔をしている。
ムキッと七海は歯をむいた。
「でもさでもさ、この林の中とは限らないじゃない? もっと別のとこかもしれないじゃないの。学校の中とかさ!」
ちょっとムキになって言い返した。
ビルの屋上に鳥居があるのを不思議に思ったことがあったが、あれは元々その場所に神社があって、ビルを建てる時に屋上に移転させたものだったんだと、今やっと分った。
それなら、昔あったという祠は学校の屋上にあるかもしれない。
「学校の敷地中や周辺で祠なんか見たこと無いし、そんでも一応、自転車で走り回って探してみたぞ。でも無かった」
「屋上は?」
「航空写真で見たけど無かった」
スマホを振り振りして、得意げな顔をするので、なんだか悔しくなる。
「だから場所を移動して、この林の中に祠を持って来たって可能性は高い、だろ?」
そして翔太は、もうフェンスによじ登ろうとしていた。
言ってる事は分かるが、なんとなく七海は納得がいかない。こんな林の中じゃなくて、もっとお参りしやすい所に移すんじゃないだろうかと思うのだ。
翔太が半分くらい上っているフェンスには、思いっきり「立ち入り禁止」と書いた看板がついている。七海が納得できない理由は大半は、この看板のせいでもある。
『神社に移転して、末社として祀られることもあるぞ。ほれ、見たことはないか。本殿以外に小さな祠があったりするじゃろ?』
「あるある! そっちの方が可能性高そう! 神社巡りした方がいいんじゃない?」
「なんでだよ! ここまで来てんだから、こっちが先だろ!」
翔太はトンと飛び降りてきて、ぐずる七海の手を引っ張った。
「ほら! 行くぞ!」
『そうじゃ、そうじゃ。まずはここを探してみようぞ!』
「ちょっとやめてよ、やだー!」
「なんで!」
「だって、私スカート!」
翔太はきょとんと首をかしげた。
そして七海のスカートをまじまじと見てから、へえお前でも気にするんだ、と笑って手を離した。
そのにやけた顔を見ると、なんだか無性に腹が立って恥ずかしくて、七海は翔太の足を蹴っ飛ばした。
『ぐずぐずするでない。二人とも早う来い! これは一筋の光明じゃ!』
気が付くと、大張り切りのナッシーがもうフェンスの向こう側にいた。
七海はため息をついた。
結局、七海も翔太に続いてフェンスをよじ登ることになってしまった。翔太に絶対見るな、向こう向いてろと念を押したのはもちろんだ。
薄暗い雑木林の中を、下生えの草を踏み分けながら、木々の間を歩いてゆく。
そもそもが立ち入り禁止となっている場所だから、手入れなんてされているはずもなく荒れ放題だ。
翔太は先にどんどんと行ってしまうのだが、そのおかげで草が踏まれ小枝が払われて少し歩きやすくなった。それでも七海のむき出しの足は、草にこすれて擦り傷が幾つもついてしまうのだが。
翔太は振り返り、歩くスピードが上がらない七海の足を見て、チッと舌を打った。
別に文句なんて言わずに黙って歩いていたのに、なんで舌打ちされなきゃいけないんだと、七海はキッと睨み返した。
「何よ」
「……待っとけばよかったのに」
「はぁあ! 来いって言ったの誰よ!」
「うっせーなあ」
翔太は、リュックから十徳ナイフを取りだした。そして、細かい枝葉を払い、前より一層下草を踏みしめるようにして歩いた。一応、気遣っているようだ。
「……なんでナイフ持ち歩いてんの」
「別にいいだろ」
「そんなの、スッと出してくるなんて、危ないヤツ」
「父ちゃんに貰ったんだよ! かっこいいだろ!」
『くふふ、可愛いのぉ。少年が素直でないのは、いつの時代も同じじゃなぁ。七海の足に傷が付くのが心配なら、おぶってやればいいのにそれもできん。異性が気になるお年頃とな。いやぁ、青い青い』
ナッシーがニヘラと笑うと、前を向いたままの翔太の肩がビクンと跳ねた。
翔太と七海に挟まれた真ん中を、ナッシーは鼻くそ太郎を抱っこして歩いている。
つい見た目に騙されてしまうが、こいつは本当は千歳以上のオッサンなのだという事を忘れてはならないようだ。
とにかく、冷やかすのは止めて欲しいし、翔太も耳を赤くしないで欲しい。二人はただの幼馴染なのだ。おんぶもしなくていい。
翔太は大声を張り上げ、更に勢いよくナイフで枝を落としていった。
「うるせー、そんなんじゃねぇって! おい鼻くそ、お前が猫又になった話、こいつらにもしてやれよ!」
「そうそう! 聞きたかったんだ。今六十歳過ぎてるって言ってたけど、いつ猫又になったの?!」
なんだか照れくさくて、話題変えなくてはやってられなかった。
ナッシーの肩越しに、いきなり話を振られた鼻くそ太郎がピクンと耳と立てて七海を見つめた。
『……確か十七か八歳くらいの時に、猫又になってしまったのニャ』
鼻くそ太郎の声は、心なしか寂しそうだった。
猫又になりたくてなった訳ではないようだ。
『多分、ニャンを可愛がってくれたご主人が死んでしまったからなのニャ』
鼻くそ太郎は、昔は普通の飼い猫だったそうだ。
長年可愛がってくれた飼い主が、ある日突然、事故で死んでしまい、そのショックで家出してしまったのだ。
しかし一か月程経って、気を持ち直して戻って来てみると、飼い主の家族は誰もいなくて家はもぬけの殻になっていた。
鼻くそ太郎は大好きな飼い主を亡くし、家族も失くし、家も失くし、悲しくて辛くて苦しくてたまらなかった。
そして、自分を捨ててどこかに行ってしまった家族に、猛烈に怒って怒って何日も鳴き続けたそうだ。誰も居ない家で、何も食べず飲まず毎日ただ鳴き続け、ふらふらになっても鳴くのを止めなかった。そのうち意識がもうろうとして動けなくなった。
それなのにどうしてまだ生きているんだろう、と不思議に思った時には尻尾が二つに裂けて、猫又になってしまっていたのだという。
鼻くそ太郎はナッシーの肩に鼻をこすり付けて、フニャンと小さく鳴いた。
彼の身の上話を聞いて、七海もしんみりしてしまった。妖怪に変化してしまう程の悲しみや苦しみは、言葉で語るよりももっと深くて痛々しいものなのじゃないかと感じた。
ただ、鼻くそ太郎は自分は捨てられたのだと言ったが、飼い主の家族にはそんなつもりは無かったんじゃないかと思う。
なかなか帰ってこないし、既に高齢だったし、もしかしたら死んでしまったと思われたのじゃないだろうか。猫は死期を悟ると姿を消す、なんてことも聞いた事ある。飼い主家族もそう思ったんじゃないかと。
真相はともかく、鼻くそ太郎はこの時から一人ぼっちになってしまい、辛くて悲しくてやりきれない日々を過ごすことになってしまったのだ。
七海は、黙って草を踏みしめて歩いていった。
鼻くそ太郎は、今でも死んでしまった飼い主のことが大好きで、その飼い主が付けてくれた名前をとても自慢に思っているんだそうだ。それなのに、勝手に鼻くそ呼ばわりしてきた翔太なんかには、自分の超絶カッコいい名前は絶対に教えてやらないのだと、ツンとしていた。
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