俺の妹が知らぬ間にネットでグラドルやってたんですけど ねくすとすとーりー♡

青キング(Aoking)

第1話人気グラドルのマネージャーって大変だよね

 突然だが就職先の話をしよう。

 高校を卒業し、通学に困らない近辺の大学に進学したわけだ。

 そこで四年間、大した病気やケガもなく平凡な学生ライフを過ごした。

 大学を卒業後はたいてい社会のために何らかの職に就く。

 まあ、稀に大学まで出ておいて後はニート生活というのもいないわけではない。でも俺は真面目に自分で職を選択しようと思った。

 大手モノづくりの工場や本社での勤務、某出版社からの事務職員の求人などなど種々様々の選択肢があったわけだ。

 人生の目標もはっきりしない俺のことだ。もちろん就職先にも悩んだ。

 俺に見合った職業があるのかどうか、挑んでみないとわからない。

 一つ例をあげるが、高校からの友人でくだらないことに力を入れたがる、売れないグラドル好きのやつがいるんだ。そいつはなんと、地元で弁護士の仕事に就いた。世の中はあいつの能力を見抜いていた。有名弁護士の下で今は猛勉強中らしい。

 俺は今、仕事の関係で名古屋に住んでいる。

 じゃあ俺はなんの仕事に就いたのかって? 聞いて驚くな、そして白眼視したまえ。

 __俺の仕事は。

 __それはだな。

 __グラドルである妹のマネージャーだ。

 そうなった経緯は簡単で、マネージャーは信頼できる人がいいと妹の発言が発端だ。ついこの間までは母がマネージャーを務めていたが、デビューから五年と数か月が経ち、人気もかなり出てきたので新しいマネージャーを、と母が辞退。そこで妹は職を探していた俺を無理矢理引き込んだわけだ。


「兄さん、金曜日なんの撮影だっけ?」


 助手席で妹が予定を尋ねてくる。

 幻聴であってほしい。


「無視とか、サイテー」


 俺の妹はすぐにへそを曲げる。これでも妹の働く業界では、今をときめく人気者なのだ。


「兄さん、信号変わった」

「はいはい」


 俺の胸の内の述懐は、信号の切り替わりによって終了した。

 そのまま車を走らせ、ビルの屋内駐車場に乗り入れる。

 空いてるとこに車を駐車し、俺と妹は車を降りた。

 ビルの中へは駐車場内のエレベーターで、入ることができる。

 エレベーターの箱の中で、妹がさっきの話を始める。


「で、金曜はなんの撮影?」


 俺はスーツの胸ポケットから、メモ帳サイズのスケジュール表を取り出して開いた。


「今週の金曜だろ、前回と同じグラビア雑誌の撮影がスタジオであるな」

「またぁ」

「嫌なのか?」


 う~ん、と妹は考え込む。


「兄さんは新米だからわからないと思うけど、この雑誌のカメラマンは撮る写真がありきたりでつまんない写真しかできない」


 そうか、被写体がいくら優秀でもカメラマンが拙劣だといい写真も撮れない、ということか。


「でも、仕事が入るだけでも運がいいと思えよ」

「そんなのわかってる」

「なら、いいが」


 エレベーターの扉が開いた。廊下へ踏み出す。

 俺の脇から、何者かがするりと前に出てくる。


「うわっ」

「木下りくとさん」


 木下陸人とは俺のことである。

 目の前に出てきたきっちりとしたズボンスーツに縁の青い眼鏡をかけた、ОL然とした女性。原 早苗≪はら さなえ≫という社長の右腕だ。歳はたぶん、俺より二、三上くらい。

 彼女は短く切り揃えられたストレートの髪の下から冷ややかな目を、俺に真っすぐ注いでいる。


「なんでしょう、原さん?」

「社長が社長室でお呼びです」

「は、はあ。わかりました」


 俺が頭を下げてたじろぎもありつつ応じると、原さんは用は済んだと言うように身を翻して廊下の向こうへ歩き去った。

 俺は何故か原さんに嫌われている。なにかまずいことをした覚えはないが。


「社長に呼び出されるって、兄さん何か悪いことでもしたの?」


 妹が目を細めて訊いてくる。

 俺は肩をすくめた。


「悪いことなんてしてないんだが」

「ふーん、違う事務所のグラドルに手を出したとか?」


 いわれのない罪跡を口にしないでほしい。プロ野球の試合に出ている選手に、野球したことあるのと訊くぐらいの愚問である。


「あるわけないだろ」

「兄さんにそんな勇気ないよね」


 その言い様はひどい。

 妹は片手を軽く上げて、


「それじゃ私、先に打ち合わせ行ってるね」

「ああ」


 妹とはそこでひとまず別れ、社長室に向った。

 一つ上の階にある社長室は、名前ほどの厳かなものでなくソファが長机を挟んでおかれているだけの部屋だ。

 ドアをノックすると、末次社長の張りのある声が聞こえた。


「どうぞ、お入り」


 俺はゆっくりと押し開け、敷居の前で頭を下げる。


「失礼します」

「座って」


 末次社長は五十歳後半絡みだと思われる女性だ。ベージュのスーツに身を包み、膝に腕をのせ指を合わせて顎を優雅に支えている。この道二十数年の彼女は俺の母親と深く知り合っている。

 ウェーブのかかった短い髪を耳にかきあげて、向かいのソファに俺が座るのを待つ。


「社長、急に呼び出して俺に何かミスでも?」

「そう思う?」


 末次社長は答えを焦らした。

 自覚がないから聞いてるんだけどなぁ。

 肩の辺が無意識に強張る。


「そんなに気を張らなくて大丈夫よ。木下マネージャー、あなたを呼び出したのはりつなちゃんについて意見が欲しくて」

「りつなについてですか、あいつが何かしでかしたんですか?」


 グラドルの失態をフォローするのも、マネジャーの仕事だ。

 不安を感じて訊いてはみたが、社長の微笑を見る限り他の案件ようだ。


「理解したうえで話すけど、あの子って人見知りでしょう?」

「ええ、おっしゃるとおりです」

「りつなちゃんと一緒に仕事をさせたいと思ってる子がいるのよ。その子からはすぐにOKが出たんだけど、りつなちゃんはあなた以外とはほとんど喋らないからマネージャーであるあなたを通した方がいいと考えて」

「一度、一緒に仕事をする子と会わせていただけませんか?」

「いいわ、少し待ってて」


 社長は立ち上がり、ズボンのポケットから携帯電話取り出して誰かと電話を繋げた。

 二言三言会話をして、通話を切る。社長が俺に顔を向けた。


「事務所にいるから、すぐ来るわよ」


 待つこと数分、社長室のドアが外から壊されんばかりに開いた。

 年端も行かない小柄な紺のセーラー服の少女が、ドアも閉めずにツインテールを揺らして歩み寄ってきた。

 

 




 



 






 

 

 

 

 

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