第2話グラドルの卵を育成するのも事務所には大事らしい
少女は値踏みするように俺を睨み、やがて片方の頬を吊り上げて笑った。
「堺 実良≪さかい みら≫だ、よろしくな。おめーりつなってやつのマネージャーだろ?」
「まあ、そうだけど。なんでわかったんだ?」
「へへっ、芸歴十四年だかんな。そんぐらいの見分けはつく」
「お前、中学生だよな? それで芸歴十四年?」
「おめー、信じてねーだろ」
信じろ、というほうが難しい。
俺は正式な答えを求めて、社長を振り向く。
「この子、ほんとに芸歴十四年なんですか?」
「本当の事。中学生だけど、芸歴長いの」
「そうだぜ、ゼロ歳から芸能界でやってんだぜ」
ゼロ歳! 赤子の頃から芸能かよ。親の顔が見てみたい。
少女は俺より背が低いくせに、威張り腐った態度で腕組みする。
「おめーみてーね、新入りマネージャーとは経験がちげーんだよ」
「実良ちゃんはね。ゼロ歳にCMでデビューして、三歳からは子役、十歳からはモデル。芸歴で数えたらかなり古参メンバー」
「へっ、そうおだてんなシャチョー」
社長との仲も良さげで。芸歴の長さを感じさせる。
堺実良はそれでな、と話題を変えて再び俺を見る。
「それでよ新入りマネ、あたしがここに来た理由わかってんだろ。さっさと話し合い進めようぜ」
「ちょっと待って、俺まだ君がここに来た理由を把握してないんだが?」
「ったく、察しろよクソマネ」
クソとはなんだ、クソとは。芸歴が長いだけの中学生が威張りやがって。俺は大学まできちんと出た大人だぞ。
軽んじられた俺のとげとげし始めた内心を社長は積年の慧眼で見て取ったのか、堺実良に厳しい視線を送った。
「堺実良さん、人の前では腰は低くと習いませんでしたか」
突然の威厳に満ちた声に、堺実良は怯えたように肩を震わせた。
唇をうにゅうにゅ動かして、
「ご、ごめんなさい」
「よろしい」
輝く芸能街道を歩んできた堺実良も、社長には毛ほども手向けできないらしい。
このツインテに見下す発言をされた場合は、一言一句明瞭に社長にチクろう。
「木下マネージャー、本題に入りますけどよろしい?」
「はい、いつでも」
社長が呼んだツインテ少女が登場する前の話に戻ると、堺実良は社長の横に腰を落ち着けた。
「まず仕事の内容を簡単に説明すると、この子のグラビア挑戦のためにインストラクターをりつなちゃんにやってもらいたいの」
「あいつが教える側ですか、出来ますかね」
「りつなってやつ、十六歳からグラビアやってんだろ。ちょうどいいじゃねーか」
「グラビアではりつなさんはあなたより先輩ですよ。『さん』をつけなさい」
「ごめんなさい」
しゅんと堺実良は肩をすぼめた。
間合いをとるための咳ばらいを社長は一つすると、両手の指を組み合わせてその上に顎をのせる。
「りつなちゃんがデビューしたての時にもインストラクター短期間専属でつけたんだけど、その子がりつなちゃんの才能に嫉妬しちゃってね。わざと間違ったことを教えてたのよ、それでもりつなちゃんは自己主張が弱いから逆らわなかったの。けどあなたのお母さんがいたからすぐにインストラクター側の悪意が露呈して助かった、という話もあるくらいだからインストラクターの人選には慎重にならざるを得ないの」
「自己主張が弱い? 俺に対しては容赦なく罵倒しますよ」
「あなたは特別よ、りつなちゃんも気を許してる」
あいつが俺に気を許してる、というのか。それならばもう少し優しくしてほしいもんだ。
「要点は伝えたけど、内容に気になるところはある?」
「いいえ、ありません」
「じゃあもう行っていいわ。打ち合せでしょ」
「それじゃあ、失礼します」
俺は立ち上がり、社長室を後にした。
俺が急いで打ち合わせの部屋に入ると、長机を挟んで見知った三十代そこそこの雑誌関係者の男の人と対峙していた妹が振り向いて唇を尖らせた。
「遅い、社長と何を話してたの?」
「仕事の話だ。後で教えるよ。それより、打ち合わせはどこまで進んだ?」
「ほとんど終わった。いなくても終わってたよ」
いつもの不機嫌でぷいと顔を背ける。
対している雑誌関係者の男の人が、苦笑いを浮かべる。
「まあまあ、木下りつなさん。そうマネージャーさんを厳しくしないであげてください」
「ふん、マネジメントの学もないのに気取ってるんだもん」
自分が人の意思を無下にして、マネージャーに仕立てたくせに。
「それでマネージャーさん、今回は大人っぽい水着でいきますのでよろしいです?」
「大人っぽい暗色系のタンキニとかパレオとか?」
「よくわかりましたね。その推理力は異常ですよ」
そう言われてもあんまり嬉しくない。
はは、男の人は笑い、
「若いのにここまで鋭いマネージャーは、いませんよ。これで仕事初めて一か月は馬鹿げてる」
「単なる変態です」
妹が即座に言葉を返す。
単なる変態か、なら特異な変態はどんなだろう。
男の人は椅子から腰を上げた。
「マネージャーさん、企画の紙に目を通しといてください。僕は帰りますんで」
「はい、わかりました」
妹とも一言交わすと、俺の横を通り過ぎ部屋を出ていった。
ドアが閉まると、妹が不意に言った。
「カメラマン変わるって」
「そうか、お前からしたら嬉しいことだろ?」
「あれより酷い写真を撮る人だったら、困りものだよね」
「別に前の人も酷いってことはないだろ」
「何かこう新しいポーズとか、してみたいじゃない」
「例えばどんな?」
「さあ、私もわかんないけど」
妹は首を左右に振った。
りつなが望む新しいポーズとは、あったとしたらどんな格好なのだろう。
俺にも想像ができそうにない。
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