第10話妹の苦言にうっぷんが溜まるから、次のオムライスではぎゃふんと言わせてやる
「全然ダメ、べちゃべちゃしてる。ケチャップの水分が抜けきってない」
妹の手厳しいダメ出しに、俺はうんざりと額に手のひらをぶつけた。
始めたのがお昼時だったのだが、今はもう窓の外に夕空が見える。
その間オムライスのみを、ひたすら作り続けて未だに及第点にすら達してはいない。
俺はさすがに嫌気がさして、提案した。
「なあ、今日はもう終わろうぜ。作り方覚えたし、練習すればそのうちできるようになるだろ」
「はあ?」
承知できない、と妹の表情にありありと出ている。
「兄さんがかわいそうなほどに不器用なのは痛感したけど、ここで諦めるっていうの」
「どこなら諦めていいんだ?」
「次一回挑戦したら、満足のいく結果になるかもしれないじゃない」
「その次の一回がいつまで続くのか、きりがないだろ」
俺が鬱陶しく反論すると、妹はちょっと決めかねるように黙って、次にはわかったわよ、とため息混じりで折れた。
しかしすぐに、でもと付け加える。
「最後にもう一回だけ作ってみなさいよ。今度は出来るかもしれないじゃない」
「そう、か。わかったやってみるよ」
瞬間、リビングテーブルに置いてあった俺のスマホが前触れもなく鈍い音を出して震える。
やる気をそがれたような気分で、俺は着信相手を確認する。
今朝連絡先を交換したばかりの、エリカさんからだった。
夕食についてかな、と思いながらメッセージを見ると、読みづらい文が送られていた。
『たいじゅうけいかった』
全文字ひらがなじゃねーか、などと画面に向かってツッコミを入れるのも滑稽なのでよしておいた。
俺はとりあえず、話を持たせようと『それで、なんですか?』と先を促しておくことにした。
数秒で返信がくる。
『はかってみようとおもったすうじにでるのがこわかったからやめた』
____判読するに、測ってみようと思った。数字に出るのが恐かったからやめた。
それではなんのために体重計を買ったのだろうか?
立て続けにメッセージが送られてくる。
『いまなにしてる』
『妹に料理習ってます』
『いもうといたよそうがい』
せっかくだ、女性であるエリカさんならオムライスの美味しい作り方を知っているかもしれない。
『エリカさん、美味しいオムライスの作り方わかります?』
俺も妹も知り得ない術を期待したが、
『おむらいすつくったことない』
と、落胆もやむない答えが返ってきた。
だが思いもかけない文が続いた。
『たまごのおいしいやきかたならわかる』
『どうやるんです?』
『たまごにやさしくする』
『それだけですか』
『あじはかんじょうでさゆうされるから』
『わかりました、卵にに優しくですね』
「ねえ、兄さん。相手だれ?」
妹が訝しげに俺を見据える。
明かしても構わないのだろうか、少し迷う。
「ねえ、聞いてる?」
「本人次第だな、ちょっと待ってくれ」
俺は返信に『妹にエリカさんのこと教えてもらえてもいいですか?』と打った。
二回目瞬きして返ってきた。
『secret』
伏せておけ、という意味で解釈していいのか。でもなんでだろうか?
「誰よ、妹の私に教えられない関係の人なのっ!」
妹はいきり立ち、俺の服の袖を苛々と引っ張る。
「本人の意思で、教えられません」
「なんでよっ、わけぐらい聞かせなさい」
俺は『なんでですか?』とえりかさんにエリカさんに送った。『あなたとのかんけいをしられたくない』
文面だけで捉えると、不倫関係のやりとりに似ていはしないだろうか。
つねづね不思議な人だ。
「知られたくない、だそうだ」
俺は妹に振り向いて、そう伝えた。
妹に眉根を寄せた。
「なによ、感じ悪い人。そんな人との通話は切って料理に戻って兄さん」
「わかったよ」
妹の機嫌を損ねることは、極力避けたい。『一回切ります、それじゃあ』と打ってスマホを元の位置に置いた。
キッチンに舞い戻り、すぐに今日最後のオムライス作りに取り掛かった。
チキンライスの方はまるで進歩なく。ケチャップのボトルを一本使い切ってしまった。
「兄さん、ケチャップ次来る時までに補充しといてよ」
「実は一本、もうあるんだ」
珍しく気の付く俺に、妹は信じられないと言ったように目を瞬かせた。
「なんで?」
「昨日、さっき連絡してた人からマヨネーズと一緒に譲ってくれたんだ」
「なんのためよ?」
「かけない派らしい」
「……まあ、いいわ。そんなことより、審査するわよ」
チキンライスは教え通りにゆかなかったが、上にのせる卵はエリカさんのアドバイスを踏まえて調理を進めた結果、ここまでで最高の出来上がりになった。
卵に優しく、とは正解が示されていないので卵を溶くとき菜箸の使い方に気をつけてみた。力まず撫でるように、と表現しておこう。
完成したオムライスを妹に試食してもらう。
「どうだ?」
「はあ、どういうこと?」
妹は薄い卵だけを手で摘まみ上げて、気泡であいた穴まで見落とさまいと目の近くに寄せた。次には首を傾げる。
「ねえ、兄さん」
「なんだ、またダメ出しか?」
「卵そのものの味が濃く感じるんだけど、なにか作り方変えた?」
「溶くときに力任せにせず、優しく溶いた」
妹がうーん、と考えるように呻って、
「もしかして、あの連絡してた時にアドバイスでももらったの?」
「なんでわかったんだ」
俺は敏く見抜いた妹に、つい驚きを表に出す。
妹の目が鋭く眇められる。
「アドバイスした人、女の人?」
「……それはどうかな」
エリカさん本人から素性の開示について緘口令を敷かれているのだ。性別も明かせない。
けどなんだか、妹の目は咎めるようにさらに鋭くなる。
「もう料理教えてあげない」
「……はあ?」
何故そんな冷たく言い放つのだ。
妹は椅子から腰を上げリビングを出ていく、少し後玄関のドアが音を立てて妹が去ったのを俺に知らせた。
目の端に見えた空は一層夕色を濃くしていた。
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