第12話エリカさんからのお誘い……水着姿を独り占めできるかもしれない
極めて多忙な日々が二週間続いた。夏の暑さも本格的に強くなった。
オムライスの一件以来、妹は俺に笑顔を向けていない。いわゆるいじけている、という態度なのだろう。
なんとしてでも機嫌を直してもらおうと、オムライスを毎日帰宅後に一食分練習している。
自分としては少しはマシな出来になったと思うのだが、自己評価には胸を張れない。
休みの今日でも早起きして、俺はエリカさんのアパートに車を走らせた。
今ではもうエリカさんは、毎朝アパートの駐車場の入り口で待ってくれている。
「おはようございます、エリカさん」
「おはよう」
車を降りると、エリカさんが感情を窺わせない顔で挨拶を返してきた。ランニング用のノースリーブのトップスとショートパンツという身なりで、黒い髪は頭の後ろで縛っている。
あれだな、痩せたから二の腕までも晒す勇気が湧いてきたんだな。
俺はいかがわしい推察を己の内に仕舞いこみ、準備運動で足首を回す。
「あなたが私に提案した酢キャベツ、すごい」
俺と同じく準備運動をするエリカさんが、前触れもなく言った。
「急にどうしたんですか、酢キャベツの感想なんか」
「スルスル体重が落ちてく、履けなくなってたデニムのショートパンツもまた履けるようになった」
「よかったじゃないですか」
エリカさんはあなたのおかげ、とサポート役として嬉しい一言をくれた。
俺は久しい喜びを覚えて、エリカさんと肩を並べて走るすっかり日課になったランニングのため駐車場を出た。
エリカさんの走りは目に見えて、軽そうである。ランニングを始めたばかりのころは俺がペースを合わせていたのを、今ではエリカさんを追いかけるにいたる。
「早いっす、エリカさん」
息を切らして、エリカさんの背中に話しかける。
エリカさんは徐々にスピードを落として、俺の隣まで下がってくる。
「身体が飛べそうに思うほど軽くなった」
「大袈裟、ですよ」
「昔みたいに走るのが楽しい」
そう言って微笑んだ。
昔というのは、陸上部時代のことだろう。
角を曲がる時エリカさんがふいに左の路地を指さした。普段のランニングコースからは外れる。
「今日、休み?」
「ええ、今日と明日は空いてますよ。それがどうかしたんです?」
「ならこっちの道、行く」
「エリカさんが行きたいなら、今日は時間ありますからいいですけど」
俺が同意すると、エリカさんは左の道を進んでいった。
後ろに着いて走っていると、通学路を示す標識が目の端につく。
エリカさんは懐かしい子ども心を誘う遊具の点在する児童公園に入り、隅のベンチに背中を任せるように腰かけた。
「隣、座って」
「なんで公園なんですか。休憩?」
「そう」
エリカさんは頷くと大きく息を吸い、大きく息を吐いた。
「隣に座れば、いんですか?」
「そう」
「わかりました」
俺は腰掛ける。何故俺を隣に座らせたのか、エリカさんの心中は窺えない。
「わざわざベンチに座って休憩することないじゃないですか」
「明日も休み?」
「そうですよ、なんで俺の休日ばかり聞くんです?」
「……」
口を閉じて沈黙する。しばし間が空いてから口を開く。
「行きたい場所がある」
「なんでですか?」
「あなたにお礼がしたい」
「お礼なんていりませんよ。そういうつもりで引き受けていませんから」
エリカさんは小さく横に首を振る。
「お礼しないと気が済まない、それに……」
続く台詞を吟味するような様子で、言葉を切る。
俺を見据える瞳がつと揺れた。
「あなたと二人でプールに行きたい」
「……プール? どうしてまた?」
「グラビアに復活するより先に、あなたに私の水着姿を見てほしいから」
「え、ええ、えええ……俺が見る必要あるんですか?」
「ある」
気が狂ったのだろうか。女性自ら水着姿を見て欲しいと頼むなど、ネタにも聞いたことがない。
しかも恋人関係でもない男女が二人だけで夏のプールとは、どうかしている。
だがエリカさんの表情に、おどけて言ったような雰囲気はない。
「お願い」
「お願いなんて言われても、エリカさんにもグラドルとして世間の対面が」
「行って自信がついたら、次の日からグラビア活動再開する。あなたの目的は私をグラビアに復帰させたいことだった」
「ほんとに復帰します?」
エリカさんは誓う、と真剣な顔で言った。
観念して俺は一つ息を吐いて、
「わかりました、付き合いますよ」
「ありがとう」
エリカさんの頬が嬉しそうに緩んだ。
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