第13話体調崩してしまったけれど、もしかしたら美味しい出来事が起こるかもしれない

 食事がオムライスばかりになっていたからか、夏バテした。

 今日はエリカさんとプールに行く予定だったのである。

 あけっぴろげに口にはできないが、エリカさんの水着姿を楽しみにしていた。

 それが何だというのだろう、身体の内に潜んでいた食生活の影響が現れでたのである。

 カーテンの隙間から射し込む日光は、天気は快晴と謳っている。

 まことに憎々しい。

 話もしない対象に反感を持ったとして、何になろう? 俺はベッドの上で臥所について夏ばての根本的要因を記憶の中に探っていた。

 その折、ベッドサイドのテーブルに置いていたスマホが鳴り響いた。

 重くだるい腕をスマホに伸ばす。

 エリカさんから着信が来ていた。

 そうだ、行けないことを知らせておかねば。

 ベッドサイドのデジタル時計で現時刻を確認する。

 十時十五分を少し越えていた。

 当初の約束時間は、十時十分だ。とっくに五分過ぎている。

 横這いに寝がえり、文字を打ち込む。

 と、俺の入力より早くエリカさんから返信がくる。


『むかえにいく?』


 はは、集合場所がわからなくなったと思われているらしい。

 遊び心が俺の文字を打つ指を動かした。


『そちらから来てくださるならリムジンをご用意しましょうか?』

『いえどこ?』


 さらりと流された。

 まあ、ふざけてるのは一目でわかるからね。

 立て続けに送られてくる。


『むかえにいくから、ばしょおしえて』

『実は夏バテしたらしくて、具合が良くないんです』

『だいじょうふ? わたしのだいえっとなんかにかかわっててからだこわした?』


 だいじょうぶ、と打つところをだいじょうふ、と濁点を打ち忘れている。

 可愛いところあるな、と不調の身体でも思う。

 俺は自分に責任を感じているエリカさんに、常套の返事を打つ。

『気にしないでエリカさんのせいじゃありませんから、多分毎日一食分をオムライスに差し替えてたことが原因です。それにしてもプールに行けなくて残念です』

 はい、定型文みたい。

 思わぬ返事が返ってきた。


『いま、ひとり?』

『はい』

『あそびにいっていい?』


 普通ドキドキするべきなのだろうが、生憎具合が優れないのである。

 そんな状態で遊びに来られても、なんの接待もできない。

 俺がやむを得ず、お断りの返信をしようとすると、少し趣旨の違う来訪願いが送られてきた。


『みまいにいっていい?』

『見舞いなんて大袈裟ですよ。ただの夏風邪ですから』

『だめ、はやくなおすためにもみまいがひつよう。なつかぜはながびく』


 確かに夏風邪は長引くと、よく聞く。それにしたって、見舞いを必要とするほどの大病でもあるまい。

 だが、俺の考えなどエリカさんには予測もつかないらしい。


『いまから、いく。ばしょ、どこ』

『場所ですか、そもそも一人暮らしの男の部屋に軽々と上がっちゃっていいんですか?』

『わたしはあなたをにへやにあがらせた。だからあなたもわたしをあげていい』


 恥じらいを持ち合わせていないのか? とでも問いたいところだ。

 

『ばしょ、おしえて』

『わかりましたよ』


 俺は周辺の目印になりそうな建物などを織り込んで、自宅の場所を説明した。

 『りょうかい』と返事があった後、しばらく通話は切れた。

 


 約一時間後、インターホンが耳に届いた。

 俺は布団から起き出て、重い体を引きずるように玄関を開けた。

 藍色の前つばのキャップ帽に涼し気な白生地のTシャツ、ボトムにはデニムのショートパンツ。夏場らしい軽装だ。肩からか小ぶりのズック鞄を提げている。

 露な蠱惑的に引き締まった太ももに俺の目は釘付けになる。

 どうやら雄としての俺は元気なようだ。


「エリカさんって、なんかこう意外とアウトドア好きみたいな服着るんですね」

「暑いから」

「噛み合ってない感じがしますけど、まあ入ってください」


 エリカさんを部屋に上がらせた。

 さっきまで寝転がっていたベッドのある部屋に、俺の後について入ってくる。

 俺がベッドの縁に腰かけると、エリカさんは部屋の真ん中でどうすればよいのか惑っている様子で突っ立っていた。

 

「そうか、お茶出しますね」


 エリカさんは横に首を振って、


「いい、飲み物持ってきた」


 そう言って鞄の中にごそごそ手を入れる。

 エリカさんの手にペットボトルが一本、淡白な味で知られるスポーツドリンクが掴まれていた。

 それを俺に差し出す。俺はどうも、と受け取る。


「他に欲しいものあったら言って、買ってくるから」

「すいません、煩わせちゃって」

「そんなことない。あなたに何を買っていこうか、考えるの楽しかった」


 蓋を捻り開けて、口に流し込みながらエリカさんの話を聞く。

 エリカさんは手でTシャツの胸元をはたはたさせて、ぽつりと、


「ここまで来るのに、汗かいた。今日すごく暑い」

「暑いですか、エアコン下げます?」

「いい、それより汗を流したい。シャワー借りていい?」


 ……おい、待て。

 部屋に入って数分でシャワー借りていいなどと訊いてくる女性は、エリカさん以外世にいないんじゃないか?

 それとも何かの、交友戦略?

 俺はむっつりと数秒、沈思した。

 

「いい?」

「エリカさん、シャワー浴びてどうするんですか?」

「どうもしない。汗を流したいだけ」

「もうちょっと恥じらいを持ってください。男性の家に来て、いきなりシャワー浴びたいなんて常識外れですよ」

「あなたなら、構わない、私がシャワー浴びてる時の吐息、戸越しに聞いてても怒らない」


 流し場の戸越しに女性の身体を洗う水音を聞くなんて、エポックな嗜好だ。

 音を楽しむ、音楽家じゃあるまいし。

 エリカさんは答えを口にしない俺に、ずいと顔を接近させる。


「お風呂借りるだけ、今日は一日あなたを看護する代わりにシャワーだけ」

「床を水で汚さないでくださいよ」

「承知」


 エリカさんは小さく敬礼の真似をすると、いそいそとバッグを持って脱衣所に向った。

 エリカさんの安らぐような吐息、俺は聞かないぜ。言い訳になってしまうが、だるくて聞く気力がない。




 

 

  






 

 

  

 


 



 

 

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