第19話濡れそぼる美女

「おーい、ねえちゃん。大丈夫か、生きてるか」

「さすがに死んではないみたいだよ、呼吸があるから」


 両岸の土手を渡して架かる橋の下、学ランを着た中学男子二人が、流れる川から引き上げて横たわせたワンピースの女性に声掛けをしている。


「目ぇ醒めてんなら、返事くらいしてくれ」


 半端な坊主頭の男子が、女性の身体を揺すぶりながら言った。


「あまり、身体を揺らさない方がいいんじゃないかな……たぶん」


 彼の隣で心配そうに女性の上下する胸部を見ている、気弱げな顎の線まである髪の男子が自信なく諭す。

 坊主頭の男子が難色を示す。


「だってよ、この姉ちゃん。水の中を流されてたんだぜ。意識あるかくらい、知っとかねえと心配だろ?」

「そうだけど、救急車を呼んだほうがこのお姉さんのためだと思うよ」

「いいや。この姉ちゃんの胸を見てみろ」


 長髪の男子は言われる前から、胸部は見ている。


「呼吸はしてるみたいだね。もしかしたら寝てるだけなのかも」

「そんなこと知ってら。俺が言いたいのは、この姉ちゃんの胸だよ」

「……胸が規則的に上下してるから、救急車を呼ぶ必要はないってことを言いたいんだろう?」


 中々理解が及ばない長髪の男子の鼻先を、坊主頭の男子は力一杯つまんで引っ張った。

 

「だからよ、この姉ちゃんの胸をよく見てみろ」

「正常に息をしているね」

「バカか! 胸のボリュームを見てみろ、並大抵じゃねーぞ」

「そうなのかい。僕にはわかんないや」


 しれっと笑ってそう返した。

 坊主頭の方がわからせてやろうと、水を一杯に含んではりついた薄いワンピース越しの女性の艶やかな肢体を、会得顔で指さし力説する。


「まず、このスイカのような胸。俺の目ではFは間違いない。そして、このくびれた腰回り。胸の丸みからなぞっていくとその芸術美が、手に取るようにわかる。そしてそして、この計算されたかのような美しい脚線。しかし天性の授かりものではない、努力と忍耐の賜物だな」


 力説を聞き終わると、長髪の男子は一人頷いて言う。


「要するに、このお姉さんはすごいってことなんだね」

「もういい」


 坊主頭は口惜しくも、隣の男子にワンピース女性の身体的美を理解させることを諦めた。

 その時、女性が苦しげに唸った。


「おい、今声出さなかったか?」

「うん、そうみたい」


 女性がゆっくりと目を開ける。期せずして目覚めたワンピースの女性りつなは、自分の横で声がするのをぼうっとしながら聞き取って顔を向けた。

 

「お姉さん、僕の顔が見えますか?」


 長髪の男子がりつなの顔を覗き込むようにして尋ねた。

 りつなは小さく頷いた。

 彼女に尋ねた男子は、よかったと息をつく。


「おい姉ちゃん、なんで川ん中を流れてたんだ。身投げか?」

「ダメだよそんな失礼な質問したら。お姉さんは起きたばっかりなんだ」

「だって気になるじゃん」

「違うよ」


 りつなははっきりとした声で言った。

 男子二人は女性が思いのほか元気なことに目を丸くする。


「なんだ姉ちゃん、ちゃんと喋れるじゃねーか。何よりだな」

「どこか痛いところとか、あります?」

「ないよ」



 りつなは微笑んで答えた。

 坊主頭が気遣ってりつなに聞く。


「姉ちゃん、着替えとかいるか? びしょぬれだぜ」

「あっそうか。あたし、川の中にいたんだった」


 思い出してはにかんだ。

 男子二人は顔を見合わせる。


「あたし着替えなんて持ってないよ」

「そのままだと風邪ひくぜ。しゃーねーな」


 坊主頭は学ランのボタンを上から下へ外していった。学ランを脱いで上半身タンクトップになると、学ランを両手で持って強く二度ほどはためかせる。


「俺の制服貸してやるから、着てろ姉ちゃん」

「いいよ、寒くないから」

「いいから着ろっ!」


 がなりたてて学ランをりつなに投げ遣った。

 投げ遣られたものをキャッチし、りつなはきょとんとと腕に納まった学ランを見つめる。

 

「目の置き場がねえんだよ」

「どういうことだい?」

「どういうことかな?」


 漏れ出た発言の追及にむすっとして、身体を翻らせ坊主頭は橋の下の日陰から日向の土手下に出る。

 長髪の男子が首を傾げる。


「なんでだろう、たかし君いらいらしてる」

「あの子、たかし君って言うんだ」

「どうしたのかな。心配だな」


 土手を昇って道路まで出た坊主頭のたかしは、橋の下の二人を威張るように見下ろして言う。


「着いてこい、今から姉ちゃんの着替えを取りに行くぞ」

「待ってよ、たかし君」


 たかしと協力し川を流れるりつなを助けた中学男子は、急かされて坊主頭に歩み寄っていった。

 りつなも橋の下から出ようとすると、たかしがダメだダメだと大声に叫ぶ。


「それを着てから、あがってこい」


 なんとしてでもりつなに学ランを着させようとする。

 何故あそこまでして、びしょ濡れのワンピースの上に着て欲しいのか。りつなにはわかりかねた。


 


 

  





 

 



 

 


 



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