第18話夏の川に心揺られて
りつなは兄が自分の知らないグラドルのマネージャーになる、という宣告を兄本人から受けてその日は無意識のうちに仕事をこなした。
何故無意識だったのかは、宣告がとてつもない衝撃だったからだろう。頭の中は空白そのもの。
そうして、彼女は次の日である今日を迎えた。
なんとなく仕事をボイコットしようと思った。
朝いつもの時間に起きて、洗面台で鏡に映った自分の顔を見た。
目の周りが赤く腫れていた。
彼女は自分の顔が滑稽だと思った。
パジャマのまま、朝の食卓についた。
そのまま椅子の上でうとうとしてしまった。朝食を食べている夢だった。もう食べた気分になって、テーブルを離れた。空腹は少しも感じなかった。
何をすればいいか、思いつかなかった。かといって二度寝するのは感覚的に躊躇われた。だからテレビでもつけることにした。
朝のニュース番組がやっていた。別段面白いわけでもなかった。
ニュース番組を見終わった。テレビはつけたままにしておいた。
カーテンを開けていないことに気付いて、ベッドに上がり開けた。
陽は弱かった。それでも微かに眩しかった。
テレビの画面に顔をよく見るタレントが、定食を食べていた。急にお腹が空いた、パジャマを脱いでワンピースに着替えて外出することにした。
街を歩き始めてから気付いたけど、髪の毛の寝癖を直していなかった。けど面倒に思ったから、ほうっておいた。
商店街の老舗感漂う定食屋で、話したことも見たこともないその店の厨房のオヤジから、気まぐれにころころメニューが変わりそうな定食を食らった。美味しいのか美味しくないのか、どうでもよかったけど案外美味しかった。
消えた空腹感と達せられない満腹感。何度もいいから、時間を潰したかった。何かで充足を得たかった。
所持金は五千円とちょっと。買いたいものもない。
商店街内のケーキの美味しいカフェに入った。
久しぶりにケーキを食べた。三つも食べた。食べ過ぎた。イチゴもチョコもキャラメルも三つとも甘かった。
だからブラックでコーヒーを注文した。口の中が毒素に侵されたかと思ったくらい苦かった。そういえば、ブラックなんて一度も飲んだことなかった。こんな苦みを味わうのはもうしたくないと思った。
適当に時間を使ってからカフェを出て、商店街を抜けて、川沿いの土手を歩いた。
鋭い日射しに、着ているワンピースがへばりついてしまいそうだった。
土手を降りた。対岸が目を細めなくてもはっきり観察できるほどの川が臨める。
芝を漁って、指先につまめる石ころを気もなく探した。
見合った石ころを手のひらに持った。川の縁に立って、石ころを持つ腕を後ろに引いた。
引いた腕を振ったら、石ころが川の内に沈んでいった。
なんでかは知らないが、石ころが川の内に沈んでいった。
さっきまで手にあった石ころが、手を離れたらすぐに川の内に沈んでいった。
傾きかけた太陽の光に照らされて美しい川面に、つい今まで存在を実感できていた石ころが美しい川面に魅入って、離れた瞬間から目に見えなくなった。
触れたみたいに、涙が胸をついて出てきた。
したくもないのにしゃくりあげて、暑さを持った頬に熱い涙が伝っていく。
この涙はどういう感情の涙なのかな、と知ってるくせに自問した。
涙を拭おうと、屈んで川の水を両手に掬い取った。
冷たかった。夏の暑さには気持ちいい。
思いがけず川に入りたくなった。
ワンピースの裾を腿の中ほどまでたくし上げて、縁から川に踏み入れた。
やっぱり冷たかった。全身浸かりたくなった。
ワンピースの裾から手をどかし、川の真ん中まで歩いた。
川はそんなに深くなかった。腰より少し高いくらいで動きに合わさって水紋が広がっている。
ごつごつした川底に手をついて、足を伸ばした。
水の中をゆっくり流れたら、さらに気持ちいいのかな。
上体を支えている手を、身体の横につけた。
川の上にふわりと浮いた。
気持ちがいい、と心から感じた。
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