第20話舐める棒
たかしを先頭に同市内のタワーマンションに連れてこられた、気弱げな男子とりつな。
気弱げな男子のろくはタワーマンションの入り口前でたかしを非難するように見る。
「僕の家があるマンションだよ。たかし君、何を考えているんだい」
「そりゃお前。この姉ちゃんの着替えを借りるんだよ」
「女性の服を求めてなんで僕の家なのさ」
「いつだったか忘れたが、お前の姉ちゃん渡米(とごめ)してんだろ」
「とべいだよ。とごめじゃ『研ぐ米』を訛らせたみたいになるだろう」
「え、そうなのか」
たかしは『とごめ』を意識して訛らせ言ってみた。納得いかないようで眉をしかめる。
「なんねーぞ、とごめ」
「訛らせてもとごめにはならないよ」
りつなは男子二人のバカな会話を聞いて、実際に諳んじてみる。
「とぐこめ、とぐぅこめ、とごぅめ。とごめよりも、とごぅめの方が近いかも」
「僕にはとごめ論争をする気はありません」
つまらなそうにろくは言った。
三人は共同体でもあったかのように、揃って黙した。
程なくして、ろくの案内の下マンションの一室に足を踏み入れた。
「着替えはその部屋のタンスとクローゼットにあるから、姉さんのだけど」
廊下の右のドアを指さして、ろくがりつなに言った。
「好きに選んでいいの?」
りつなが尋ねると、ろくは言いにくそうにする。
「僕の姉さん普段引きこもりだから、地味な服しか持ってないんだよ。選ぶ程数もないし」
「貸してもらえる立場だから、贅沢は言わないよ」
「それとお姉さん。お風呂沸かしときますね。入りたいですよね?」
「うん、お言葉に甘えて入る。ありがとう」
りつなは礼を言って、ろくの姉の部屋で着替えを繕うことにした。
クローゼットをスライドして開けると、ファッションにはずぼらなのだろう安物の半袖Tシャツといろんなズボンがあった。
悩む必要のない具合に組み合わせの少ない、クローゼットの衣服のレパートリーに溜息をついた。
渋々といった顔で、りつなは服を選びワンピースの裾に手をかける。まくるようにしてお腹まで出したところで、大いに赤面し脱ぎかけたワンピースを下ろした。
ついグラビアの癖が出てしまった。
恥ずかしさに数秒眉間に皴をつくったが、気を取り直して早業で借り物の服に着替えた。
その時、リビング方からろくが声をかける。
「お姉さん、着替え決まりました?」
「決まったよ、お風呂湧けたのかな?」
「後五分らしいですけど、入っちゃっても問題ないです」
「それなら入るけど、タオルとかどこにあるのかな?」
「ああ、後で僕が持っていきますから。気にしなくていいですよ」
「それと脱いだ服、どうすればいいかな?」
「タオル持っていくとき、洗濯機の上に置いといてください。急いで乾かしますんで」
「わかった。じゃあ入るね」
「お風呂の場所わかります?」
「大丈夫。わかるよ」
りつなは廊下の右にある洗面と洗濯の併用できるスペースで脱衣し、浴室に入った。
「広いお風呂だった」
脱衣所から出てきたりつなは、真っ先にリビングに向けてそう言った。
ろくが彼女にスティックアイスを差し出す。
「お姉さんも食べます?」
「ありがと、何から何まで気が利くわね」
笑顔で受け取り、小口を開けて食んだ。滑らかに唇が動き、棒状の氷菓子を焦れったく歯で噛み切ると、口から抜いた。
「すごい冷たいね。でも美味しい」
「やっぱり夏のお風呂上りは、アイスに限りますよ」
「わかるよ、それ。せっかく身体を綺麗に洗っても、暑くてすぐに汗ばむんだよ」
朗らかな二人の会話を聞いているのか聞いていないのか、テレビの載っているサイドボードの真向かいのソファに腰を落ち着けているたかしが、鼻の穴を大きく広げて目を白黒させている。彼の目は液晶テレビに反射して映るりつなの姿を捉えていた。詳述すれば、りつなの口辺の運動を下心をもって観察している。
「たかし君も食べるかい?」
ろくが訊くと、たかしは夢から醒めたばかりのようなぼんやりとした心地で友人を見返った。
ろくの横で、りつなが婀娜に棒状の氷菓子を咥えた。一男子中学生を興奮させている当人に、色っぽい自覚はないようだが。
たかしは俄かにピンとした直立で立ち上がった。
「ろく、トイレ借りるぞ」
「わかった」
ろくから許しを得ると、俯き加減に二人の横を駆け抜けて廊下のトイレに飛び込むようにして入った。
りつながトイレの戸を見つめて、首を傾げる。
「ギリギリまで堪えてたのかな?」
「トイレの我慢は身体に毒なのに」
「そうねぇ、同感」
お互い名乗り合ってもいないのに、妙に通じ合うりつなとろくは哀れみの視線をトイレの戸越しに男子へ注いでいた。
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