第4話一世を風靡した伝説のグラドルは?

 俺は妹が堺実良のレッスンにインストラクターとして務めて、どこかで指導しているであろう日に、社長から直々に仕事を任された。

 とあるグラドルがアメリカ人である父の実家に帰省したまま事務所に姿を見せないし、音信も不通、しまいには依頼が滞っている始末。

 少し事件性のある仕事だな、と思うものの社長いわく「うちのグラドルの子が街で見かけたって言うの」とのことだ。それが三週間くらい前のことだそうだ。

 件のグラドルについて特徴を尋ねると「地名は覚えてないけどアメリカの田舎出身で日本人とアメリカ人のハーフ」だそうだ。

 さらに訊きもしないのにすすんで「名前はエリカ・ジョンソン、年齢は二十二歳、髪は黒髪、身長は165センチ、公称サイズは95・59・92、見た目はア○○ス・ラムに似てて、ア○○ス・ラム二世とまで称された子よ」といらない情報まで提供してくれた。社長は自分の事務所が抱えるグラドルのプロフィールを欠けることなく記憶しているのかもしれない。

 社長の才媛ぶりはさておいて、面識のないグラドルを探すのに頼りになるエリカ・ジョンソンと仲が良かったというパートナーを社長は差し向けてくれた。

 今はそのパートナーと行動を共にしているのだが、彼女はマスクをつけているのに街中ですごく目立っている。


「りくくん、ダメよお姉さんからそんなに離れて歩いちゃ。男の子ならエスコートしてくれないとぉ」


 俺を弟のように扱う、せんけんたる美人。名を森野 麗華≪もりの れいか≫という。妹のりつなでさえ比ではない、圧力的にたわわなバスト。淑やかなのに悩殺的な婀娜っぽい微笑。醸す大人の妖艶さ。

 彼女が街中を歩けば、その胸だけで注目を浴びる。マスクなど外そうものなら正体が露になり、デートと間違えられた文春砲の餌食だ。

 森野さんは潤った艶やかな唇に指をあて、宙を見上げて何事か考えて言った。


「りくくん、お姉さんはこんな地図だけで街中を歩いててもエリカちゃんは見つからないと思うけど」

「でもですね、目撃情報があったのはこの通りなんですよ。近くの人に聞けば居場所がわかるかもしれないじゃないですか」

「どれどれ、見せて」


 森野さんは俺が両手に広げて持つ社長直筆の簡略な地図を、頭を突き出して覗き込む。

 俺はその頭を押し戻して、地図に打ってある黒点に当たる場所を見回して探す。


「この辺のはずなんですけど」

「酷い、お姉さんに見せてくれない」

「ここの路地から出てくるところを目撃したらしいんですけど」

「りくくん、お姉さんの話聞いてる?」

「とりあえず入ってみましょうか」

「こらっ、りくくん。一人で勝手に事を決めないの」


 執拗にお姉さんぶる森野さんに、俺はついにしびれを切らした。


「静かにしてください、俺の母親そっくりですね」

「お姉さんはまだ、りくくんのお母さんっていう年齢じゃないわ」


 少し不機嫌に森野さんは言った。

 そういう拗ねるような部分も似ている。余談だが、この森野さん実は三十路を越えている。



 その後路地を抜けた先で名前は伏せて、アパートの留守の一部屋以外は聞き込みをしたが、それらしい女性は知らないと実りのある情報発信は得られなかった。

 聞き込みの時よく、どうしてお探しなんです、と訊かれるが、友人です、といなしておいた。

 次にどこを当たればいいか、俺が頭をひねっていると森野さんが提案してきた。


「私、エリカちゃんが通い詰めていたお店知ってるわよ」


 思いがけず俺はその言葉に驚いた。

 希望の持てる有力情報だ。


「それはどこなんです?」

「えーと、店の名前は忘れたけどすぐ近くのゲームセンターだったはずよ」

「わかりました、行ってみましょう」


 エリカ・ジョンソンが足繫く行っていたというゲームセンターは、例の路地から歩いて十分程度。

 店内に入ると薄暗く区画に分けて筐体が置かれている。

 近くにいた若い男の店員に探し人の大まかな外見の特徴を伝え、最近見掛けていないか尋ねると快く教えてくれた。


「近頃はご来店なさってませんけど、似た人ならいつもあのゲームをやっておられましたよ」


 店員が指し示したゲームの筐体のパネルには、ゲームに詳しくない俺でも名前くらいは聞いたことのある、有名格闘ゲームの映像が流れていた。

 店員は問わず語りに、


「そのゲームはアーケード版なんですよ。先月からP○4バージョンも発売されたんです。店長が言ってました」

「そうですか」


 ゲームの事を訊きたいのではないのだ。

 ゲームセンターで判明したのはエリカ・ジョンソンが格ゲー好き、という甚だどうでもいい情報だった。

 俺と森野さんは店を出た。



「どうしましょう、森野さん。行方を知っていそうな人もいない、行きつけの店にも目ぼしい手掛かりはなし、ですよ。どうすれば見つかりますかね?」


 下唇に人差し指をちょこんと触れて、森野さんは考え込む。

 やがて笑顔で手を打ち、案を述べる。


「路地の出入り口で待ち伏せ、したらいいじゃない」

「待ち伏せ、あの路地に。またなんで?」

「アパートの一部屋だけ留守だったじゃない。あそこにエリカちゃん住んでいるとしたら、路地の付近で見掛けたっていうのも頷けるわよ」

 

 うーん、いわんとすることは理解できる。しかし、人目を避けようとして路地に入っただけとも考えられる。

 俺が答えに辿り着けないのを見て取ったのか、森野さんは服を持ち上げる重たそうな胸に手を当てて真剣な顔で言った。


「女の本当の気持ちは、女にしかわからないの。りくくん、私は私の勘を信じる」

「あの部屋にエリカさんが住んでいる、自信があるんですか?」

「ええ、お願い」


 お願い、とまで言われると非常に断りにくい。しかも森野さんは相当勘を信じている。この人にかけてもいいかもしれない。


「りくくんが嫌なら、私だけ待ち伏せするわ」

「わかりました、森野さんの三十数年生きてきた勘を信じます」

「そういう失礼なこと言わなくていいのっ!」


 口が滑った。はは。


 


 



 



 



 


 

 


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