第34話 アナスタシアの狙い
大広間では舞花達が去った後も余興が続いていた。舞花を最初に発見したウルロンは残念賞として千里眼になる魔法のお洒落眼鏡とどんなぼさぼさ頭もサラサラヘアになるシャンプー10本が贈られた。
その後は立食パーティーとなり、給仕人があっという間にテーブに作りたての料理を用意してゆく。フレッシュサラダから手の込んだ創作料理まで王宮の料理人達が腕によりをかけたものばかりだ。そんな和やかな雰囲気の立食パーティーの会場の一角で、アナスタシアは人々に囲まれていた。
「さすがはアナスタシア様特製の『恋に効く弓矢』です。あのガングニールズ将軍をも陥落させるとは」
「是非ともあれを私どもにも作ってもらえませんか??」
「惚れ薬とはまた違うのでしょう? すいぶんと効き目が長いですものね」
アナスタシアに次々と話しかける人々。皆、かつて舞花がガングニールズ将軍にアナスタシア特製の『恋に効く弓矢』を射たという噂話を知っている者達だ。彼らは惚れ薬より効果の長い『恋に効く弓矢』を手に入れようとアナスタシアに殺到していた。アナスタシアはその人々に会釈してから「残念ですが」と肩を竦めた。
「あれは本当に特別なものでして私もそうそうは作れないのですわ」
「そうなのですか……」
一様に残念がる人々、その一人一人にアナスタシアは申し訳ないと謝罪していく。ようやく人々が捌けところでナターニャは師匠のアナスタシアに声を掛けた。
「師匠。あの弓矢はただの弓矢でしたよね?」
一番弟子の鋭いツッコミにアナスタシアはピクリと表情を固め、それからチラッと舌を出しておどけて見せた。
「ナターニャにはばれちゃった?」
「当然です。師匠の術がかかっているにしては、あの2人の接近の仕方はぎこちなく奇妙でした。あれではまるで……」
ナターニャは初めて会った日からの2人の様子を思い返した。
お互いに何とも思っていないような態度とったり、近づいたと思えば拗れたり。そう、あの2人はまるで自然にお互い惹かれ合って恋に落ちたように見えた。アナスタシアの魔法の技術は高いとは言え、ナターニャはあんな効き方をする魔法は見たことが無かった。
「人の心を完全に操る魔法はないわ。生涯の伴侶ぐらい自分で判断して選ぶべきよ」
アナスタシアはクスッと笑う。
「それでただの弓矢にガングニールズ将軍に当たるようにだけ術をかけて、舞花に渡したのですか?もしかして10年前の先見も??」
ナターニャの質問にアナスタシアは何も言わずに口の端を少し持ち上げた。その反応を見て、ナターニャは自分の予想が当たっていることを確信した。
♢♢♢
アナスタシアは10年前、終戦記念の式典で弟のガングニールズとその婚約者の先見をした。そこでガングニールズにこう言ったのだ。
『この男には先の戦争による呪いがかかっている。この男は、愛した女を不幸にする。これは向こう10年続くだろう』
その場に居た誰もが予想しない先見だった。本来であれば結ばれる2人の門出を祝う先見の筈だったからだ。当時はまだ若手魔術師だったナターニャもこの先見には衝撃を受けた。
この先見の言葉を恐れたガングニールズの婚約者の父親である侯爵は、一方的にガングニールズ側を非難してすぐに娘とガングニールズの婚約を破棄した。
そして、ガングニールズ自身は呪いを振りまくのを防ぐために10年にもわたり女性を近づけないようになった。まさに完全なる仕事人間になったのだ。かつては女性に人気があったガングニールズがあんなに外見に気を使わなくなって髭面にぼさぼさの髪になったのもそのころからだ。
一方、婚約を破棄したご令嬢は早々に別の男性と結婚して子をもうけた。出産は先見の時からわずか10ヶ月後のことだ。時期的にあの時にすでにガングニールズ以外とそういう関係になっていたと考えるのが普通だ。
戦争に行って長期の不在中に兵士の恋人や婚約者、妻が不貞を働く。これはありふれた現実だ。しかし、ガングニールズは爵位が上の侯爵家側から強く言われて出兵前に婚約を結んでいて、自分からは解消を申し入れることは出来なかった。もしあそこでアナスタシアがああ言わなければどうなっていたのか?
結婚したガングニールズは新婚早々から自分の妻の不貞行為に悩まされ、挙句の果てに自分の子供でない子供を我が子として育てることになっただろう。妻の不貞を糾弾した場合、妻の実家である侯爵家から睨まれてガングニールズ家及びガングニールズ本人にも不利益が生じる恐れがあったからだ。
つまり、あの場ではガングニールズが悪者になって婚約破棄するのが一番ガングニールズにとってその後の傷が浅かったのだ。
そして、アナスタシアには10年後にガングニールズに春が来ることまで、あの時おぼろげに見えていたのだろう。そして、10年を前に以前よりはっきりと見えてきたマイカという良いお相手を、わざわざ異世界まで喚びに行ったのだ。
♢♢♢
果実酒片手におつまみをつまんでいたアナスタシアはふと思い出したようにナターニャの方へ振り向くと、ニヤリと微笑んだ。この笑い方は良からぬことを企んでいる時の笑い方だ。ナターニャは嫌な予感をビンビンと感じた。
「ねえ、ナターニャ。私、以前から漠然と見えてはいたのだけど、さっきの先見でしっかり見えたのよ」
「何がです?」
ニマニマするアナスタシアの様子からしてしょうも無いものが見えたに違いない。
「マイカとあの子の子供は私と並ぶような魔女になるわ。かなりの力をもつ魔女になることは前からわかってたのよ。でも、私と同格だなんて期待以上ね。だからあの2人には私みたいな子を沢山つくって貰いましょう。将来の魔術研究所はナターニャ所長と魔女になったその子達に任せるわ。それで、私は左うちわで悠々自適な生活を送るのよ。完璧な計画だわ。ホーッホッホッホ」
口に手を寄せて声高々に笑うアナスタシアにナターニャは顔を引き攣らせた。
自分が所長の魔術研究所に小さなアナスタシアが沢山いる? 怖ろしすぎて考えたくも無い。どうかいつか生まれてくる子供達が魔法の技術はアナスタシアに似ても、人を振り回すところまでは似ないで欲しい。切に願うナターニャであった。
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