1章 舞花、異世界へ行く

第3話 全ては占いから始まった

 それは遡ること数週間前のこと。舞花は友人の惟子とイタリアンレストランでくだをまいていた。


「聞いてよ-。この前合コンに来てた商社マンの奴、自分から飲み直しに行こうって誘ったくせにこっちの年齢聞いたら急にそわそわしだしてさ。挙げ句に、急な仕事で会社に戻らないととか言いだしやがったんだよ」

「あー、あるある。もう、会社の後輩達の誘う合コンには行かないよね。人を獲物を狙う野獣扱いして失礼しちゃうよ。『先輩もいい人が出来ると良いなって思って、どうですか~♡』とか可愛い子ぶって言ってるけど、行ってみたら相手が全員20代半ばの年下ってさー。要は若い自分らの引き立て役が欲しいだけでしょ。ああ言うのなんて言うんだっけ、フジヤマ女子?」

「違う違う、マウンティング女子! フジヤマ女子って何よそれ? 『私は日本一よ!』みたいな?」

「いや、あの子達は実はその位思ってるかも。思い出しても腹が立つ……、くっそー!! 自分だってあと6年もすれば三十路のくせに!」

「あははっ。『フジヤマ女子』って! あははははっ。あー、おかしい。はい、飲んで飲んでー!」


 惟子は豪快に笑って舞花の空になったワイングラスにシャルドネを注いだ。グラスに並々と注がれた薄いベージュの透き通ったそれを2、3回クルリとグラスの中で回し、舞花はグイッと一気に飲み干す。


 惟子と舞花は大学時代からの友人だ。18歳で出会ったのだから、もうかれこれ12年の付き合いになる。舞花の周りは割と身を固めるのが早い子が多く、20代半ばから1人、また1人と結婚していった。早い子は既に子どもが生まれ母親になっている。

 元々仲良しとはいえ、12年もの月日が流れると独身組や結婚組、バリキャリ組やゆるい職場の派遣組など生活スタイルがそれぞれ分かれてきて、どうしてもだんだんと会う回数も減ってくる。

 そんな中で惟子と舞花は貴重なご近所の彼氏無し独女仲間として、こうして月に2回程度は一緒に飲みに行き愚痴を言いあう仲なのだ。今日も2人は深夜近くまでくだを巻いていた。


「あ、占いやってるよ。見て貰おうよ」

「えー、占い?」


 駅への帰り道、惟子は道端にひっそりと置かれた簡易パーティション占いコーナーを発見して舞花を呼び止めた。惟子の視線の先にあるのは灰色の簡易パーテーションとそこに置かれたテーブルと椅子。そして、そこに座っていた占い師のお姉さんはやたらとセクシーな人だった。推定年齢35歳。まだまだおばさんじゃ無いよ、お姉さんだよ。

 真っ黒なケープを纏っていて、頭にも真っ黒なショールを被っている。ショール越しに見える波打つ艶やかな髪の毛はやっぱり黒。そして、お姉さんの前には水晶では無くて、石皿に入った水が置かれていた。


「すいませーん。これって占いですか?」


 惟子は酔いも手伝って、お姉さんに親しげに話しかけた。


「占いよりもっと確実なものよ。あなたのだいたいの運命と、近い将来を言い当てるわ」


 お姉さんは真っ赤な紅が塗られた口を綺麗な三日月の形にしてにっこりと微笑んだ。


「へえ! 未来予知みたいな!? 私たち見て貰えますか?」

「ええ、もちろんよ」


 それを聞いた惟子は目の前にあった椅子に勝手に座り、矢継ぎ早に質問を始めた。


「じゃあ、私たち結婚できますか? 相手はどんな人になります? 仕事はこれからも順調ですか?」


 身を乗り出す惟子に対して、お姉さんは口元に人差し指を一本押し当てた。そして、「焦らないで。ちゃんと見るから」と微笑んだ。


「まずあなた。お名前は?」

元田惟子もとだゆいこです」


 お姉さんはまず、惟子に名前を聞いた。惟子が名前を答えるとお姉さんは一つ頷いて、何かをブツブツと呟きながら、石皿の上の空を両手でかざすように何度も撫で上げた。


「あなたはもうすぐ恋に落ちるわ。」

「マジですか?!」


 惟子はズイっと大きく身を乗り出した。舞花も横から身を乗り出して水面を覗いたけれど、特に何も映っていない。


「ええ。近いうちに北の方向に仕事で出掛ける用事が出来るわ。そこの宿で1人の男性に出会って深い関係になる」とお姉さんは水面を見ながら流暢に話し続ける。惟子は「ほうほう」と頷きながら続きを促した。


「そして、彼との燃え上がる恋に身を焦がししてのめり込むのよ。数ヶ月もすると新しい命を授かるわ。それをきっかけに彼と結婚して、それなりに幸せに暮らすわよ」

「なんと! ダブルハッピーってやつですか!」


 惟子は占いの結果を聞いてフンと鼻息を荒くして興奮気味に立ち上がった。私ったらもうすぐ大恋愛しちゃうわ、とニマニマしながら浮かれている。相手がどんな男性か一切聞いていないのに、この浮かれようは流石は酔っ払いだ。


「次はあなたよ」


 お姉さんに今度は自分が座るように促されて舞花は一瞬戸惑った。でも、せっかくだからまあいいかと思い直して椅子に腰を下ろした。お姉さんが意味ありげに目を細めたので、舞花は首をかしげた。


「お名前は?」

日下舞花ひさがりまいかです。」


 お姉さんは先ほどのように石皿の水に手をかざした。目の前で見ててもやっぱり水面には何も変化はない。


「あなたはもうすぐ仕事で失敗するわ。」

「ふぇ!?」


「お金の計算をする仕事をしてる?」

「はい! すごい、なんでわかるの?!」


 舞花は中堅銀行の投資信託部門にいる。お客様からお預かりしたお金で金融商品の買付をして資産を増やす手伝いをするのだ。それを知っている惟子も思わずといった様子で舞花の後ろから身を乗り出してきた。


「近日中に商品の売買をするときに、桁を間違えるわ。買おうとしたのは『新・世界10大資産アロケーション』というものよ。それでお客さまに多大な大損害を与えて会社の信用を傷つけるわ。そのあとは閑職に移動して、山あり谷ありで何とか定年まで勤務するわね。結婚は……しないんじゃ無いかしら?」

「ええ!!」


 にっこりと笑顔でそう言いきった占い師のお姉さんの顔を見て舞花は言葉を失った。客商売だというのに、なんとまあ失礼な事ばかりを言ってくる占い師だろうか。気性の荒い人だったら機嫌を損ねて暴れかねないほどに酷い予言だ。


「そんなあなたに助け舟よ。もし、運命を変えたかったらもう一度私を訪ねて来なさい。悪いようにはしないわ」


 茫然自失状態の舞花に対し、占い師のお姉さんはにっこりと頬笑みかけると、「今日のところはこんなものかしら」と片付けを始めた。


「お幾らですか?」

「お代はいらないわ。私も面白いものを見たいから。期待しているのよ」


 お姉さんはそういうと、血のように真っ赤な唇の端を持ち上げる。惟子と舞花は顔を見合わせ、お姉さんにお礼を言うと占いコーナーを後にしたのだった。


「お代が要らないなんて太っ腹な占い師さんだったねー」と惟子が駅に向かいながら呟いた。舞花もそれに頷いてみせた。


「実は素人さんなんじゃない?」

「えー。私は当たって欲しいな。運命の恋。ダブルハッピーだよ!!」


 惟子は胸の前で手を組んで上機嫌でおどけて見せてきた。舞花はその様子に思わず苦笑した。


「私は当たったら困るよ。だっていいこと何もなかったよ?」

「確かに。舞花は散々だったねー」


「惟子。仕事で北に行くなら出張でしょ? 仕事しろよー!」

「しますします。めちゃめちゃします! でも、ご褒美があってもいいでしょ」


 惟子はあっけらかんとそう言い放ち、ケラケラと楽し気に笑ったのだった。 

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