第23話 夜這いをしたと誤解されました
舞花は周囲を見渡した。
大きな部屋は床に落ち着いた色合いの絨毯が敷き詰められていて、足元はふかふかとしている。魔法灯が部屋にはついているもの、今は点灯しておらず部屋全体が薄暗い。部屋の脇には小さなソファーやローテーブルのセット、中央には一度も見たことが無いような巨大な天蓋付きベッドが置かれている。はっきり言って生活感はゼロだ。とりあえず、先ほどまでいた魔術研究所のアナスタシアの執務室で無いことだけは確かなようだ。
舞花はその状況からすぐにこの場所の予想を立てた。
これはもしかして、どこかの大金持ちの家の一室では無かろうか?
とんでもない場所に飛ばされたものである。このままでは舞花が不法侵入罪で掴まってしまう。散々飲んだ酒の酔いも一気に冷めた。
「どうしよう……」
オロオロとあたりを見渡すも解決策が見当たらない。その時、自分の腕に填まる腕飾りがキラリと光ったのが目に入り、舞花ははっと閃いた。
舞花の腕に填まるのは障害無くガングニールズ将軍に会いに行ける効果を持つ魔法の腕輪だ。と言うことは、今ここで舞花がガングニールズ将軍に会いたいと願えば、とりあえずはガングニールズ将軍の所までは無事に辿り着けるのではないだろうか?
舞花は藁にも縋る思いで腕輪に手を添えて『ガングニールズ将軍に会いに行きたい』と願いをかける。すると、腕輪が僅かに温かくなった気がした。
しばらくして暗闇に目が慣れてくると、部屋には同じような扉が全部で3方向についているのがわかった。
どっちにいこう……
舞花は散々迷ってからそのうちの一つの扉を開ける。扉の向こうをそっと窺うと、そこは先ほどとは違うがまた大きな部屋だった。魔法の腕輪の効果なのか、そこには誰も居なかった。
やっぱりここはどこかのお金持ちのお屋敷なのね。
舞花はまわりを見渡して確信する。
この部屋もとても大きく、立派なリビングソファーのセットがドンと置かれている。壁際にはサイドボードや本棚やクローゼット、ドレッサーなどが揃えてあった。
舞花は本棚に近づいて中をのぞいたが、外から見える範囲では何も入っていない。そして壁を見渡すと、この部屋にも3つの扉がある。一つは舞花が入ってきた扉だ。
まるで迷路みたい……
まわりを見渡して舞花は心細さを感じた。散々迷った挙げ句に今度は入ってきた扉とは直角についている扉を開ける。
「あ、廊下だ」
扉の先は廊下だった。左右には3つずつ扉が並んでいて、舞花はその3つの扉のうちの一番端の扉から出てきた。廊下には前後にも一つずつ扉が付いている。恐らくこの前後の扉のどちらかが出口に繋がっていると思った舞花はその一つのドアノブに手を掛けた。
「なんで?開かない……」
その廊下で舞花は途方に暮れた。開けようとした前後の扉は両方ともロックが掛かっていて開かないのだ。舞花は屋敷から外にも出たいのに、うんともすんとも反応しない。
仕方なく出てきた方とは反対側の3つの扉のドアノブを順番に回してゆくが、やはり開かない。1周まわって先ほど出てきた部屋の2つ隣の部屋でようやくカチャリと音がして扉は開いた。
舞花が中に入り部屋を見渡した。
さっきと似ているものの少し雰囲気の違うこの部屋にはいくらかの生活感がある。本棚には沢山の魔法の本と兵法に関する本が並び、娯楽小説は一切無い。サイドボードにはボトルに入った蒸留酒とグラスが並んでいる。
大きなソファの肘掛けには黒い布が無雑作に掛かっていた。舞花がそれを持ち上げると、ずっしりと重い。よくよく見ると、黒い布には金色のボタンと同じく金色のふさふさの肩章が付いている。
あれ?これって……
舞花がそう気付いたときに、扉がキィっと開く音がして舞花は慌てて黒い布のように見えた軍服をソファに戻した。
「誰かいるのか?」
低く鋭い声がして部屋の主が中に入ってくる。
「え!?」
探るような鋭い目をして部屋の扉の前に立つガングニールズ将軍と目が合い、舞花の心臓は止まるのでは無いかと思うほど飛び跳ねた。
「マイカか?」
眉間に皺を寄せたガングニールズ将軍はゆっくりと舞花に近づいてくる。後ずさりする舞花はあっという間に距離をつめられて壁際に追い込また。背中にトンっと壁が当たり、舞花は動きを止めた。
見上げると、舞花を見下ろすガングニールズ将軍は切なげに目を細めた。あっと言う間に両手を大きな片手でまとめて上に抑えつけられる。
近くに寄ったガングニールズ将軍からはプーンと強いアルコールの香りがした。
「なぜここに居る?」
「え…っと、あの……」
答えられない舞花にガングニールズ将軍はふっと笑った。
「侵入者は身体検査をしないといけないな」
空いている大きな片手が優しく体のラインをなぞっていく。言葉とは裏腹にとても優しい触れ方に、舞花は大きく身を捩った。
「何も持ってない」
「そうか。では、夜に男の部屋に一人で訪ねてくるというのはそういう意味だな?」
ガングニールズ将軍は小さく笑った。
「お前の願いを叶えよう」
次の瞬間、言い返そうとした舞花の抵抗は呆気なく封じられた。唇をあついもので塞がれたのだ。
物凄い力で身体を拘束されてうんともすんとも抜け出せない。舌を絡める濃厚なキスと優しく身体中を撫でる大きな手。角度を変えながら何度も繰り返されるそれに、舞花は脳天が痺れるような快感を感じた。
濃厚なキスはまるで自分がこの人に愛されていると錯覚を覚えそうになる。無意識のうちに、舞花はガングニールズ将軍の広い背中に手を回していた。
「マイカ……」
やっと両手と唇を解放されたと思ったら、力強く抱きしめられた。ぐぐもった声と熱い吐息を耳元に感じ、続けて首筋に熱い熱が落とされる。舞花は自分からガングニールズ将軍の頭を両手で抱きしめた。
「ガングニールズ将軍」
舞花はガングニールズ将軍の頭を抱きしめたまま、その名を呼ぶ。やはり自分はこの人が好きだと思った。
「リークだ」
「え?」
「俺の名前はリークだ」
ガングニールズ将軍はほんの少しだけ顔を上げると茶色い双眸で舞花を見つめる。
「リーク?」
舞花がその名を呼ぶと、ガングニールズ将軍は今まで見たことが無いような蕩ける笑みを浮かべた。そしてまた落とされる熱いキス……
と、次の瞬間、舞花は腕から何かが滑り落ちるような感触と再びまわりの空間がぐにゃりと歪むのを感じた。体に触れる温もりが消え、ゆっくりと開いた視界に映るのは魔術研究所のアナスタシアの部屋の風景だ。目の前のアナスタシアは憮然とした表情をしている。
「全くあの子、とんだ盛りの付いた野獣だね。全然話し合いになってないじゃ無いか」
アナスタシアは眉を顰めて渋い顔をしている。
「まあ、10年も仕事一徹ですからね。落ち着くところに落ち着きそうだったからいいんじゃないですか?」
横に居るナターニャはすまし顔で答えている。
「あら。じゃあ戻さなきゃよかったかしら?」
ポンと一つ手を叩くアナスタシア。
「今頃さぞかし悶々とされているかと」と真顔で頷くナターニャ。
パチッと目があったアナスタシアの手がこちらに伸びてくるのを見て舞花はハッとする。
「やめーい!!」
ブチ切れた舞花の怒鳴り声が夜の魔術研究所に響き渡った。
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