第13話 やっぱ、バーベキューにはマシュマロでしょ

 歩く度にかしゃん、かしゃんと小瓶が揺れてぶつかり合う音がした。舞花はそれらが割れないように慎重に歩く。今日も回復薬100本を持って、北方軍の施設に納品に来たのだ。

 既に何回か納品しに来たことがあるので見慣れてきた廊下を歩いていると、「マイカ」と後ろから声を掛けられて舞花は振り向いた。声を掛けてきたのは藍色の髪と碧い瞳の青年の兵士で、年の頃は20代半ば位に見える。目が合うと、「回復薬の納品?」と、にこっと人懐っこい笑みを浮かべて聞いてきた。


「そうです。ガングニールズ将軍の執務室まで届けに行きます」


 舞花は知らない兵士から親しげに話し掛けられて戸惑ったものの、相手が北方軍の黒い制服をきっちりと着込んでいたので警戒を解いて笑顔で答えた。


「重いだろ?手伝うよ」


 青年は断る間もなく舞花の手元からひょいっと回復薬の箱を受け取った。


「えっと、ありがとうございます」


「エルクだよ」


「はい?」


「俺の名前。エルクって言うんだ」


 青年はまたにこっと微笑んだ。舞花は「はぁ」と気の抜けた返事をした。エルクは気にとめる様子も無く回復薬を持ったままガングニールズ将軍の部屋へ向かって歩き出したので、舞花も慌ててそれを追いかける。


「エルクさん。勤務中なのに余計な仕事をさせてしまってすみません」


「いいよ、俺がやりたくてやってるんだ。マイカには助けて貰った恩があるしね。この前は倒れるまで魔力を貰っちゃって悪かった。ガングニールズ将軍にこっぴどく怒られたよ」とエルクは苦笑いして肩を竦めた。それを聞いて、舞花はようやくこの青年が自分が魔力枯渇を起こしたときに治癒していた患者さんだと気付いた。


「あの時はご迷惑をおかけしました。私が未熟で自分の魔力の残量をきちんと認識出来ていなかったんです」


 舞花はあの時のことを思い出してシュンとして謝罪した。エルクは魔法治癒師である舞花が失神してさぞかし驚いただろう。


「あれは確かに驚いたな」とエルクはその時の事を思い出したのかくすっと笑った。「だけど、マイカが謝ることじゃ無い。将軍が凄い剣幕で怒ってさ、そっちの方が大変だった」


 舞花はあの日、ガングニールズ将軍から舞花をきちんと見ていなかったことに対して謝罪されたことを思い出した。あの人はなぜ魔法治癒師に対してあんなに過保護なのだろう?昔なにかあったのだろうか??

 そんなことを考えていると、あっという間に将軍の部屋の前にたどり着いてしまった。


「ありがとうございます、エルクさん。ここまでで大丈夫です」


 舞花はガングニールズ将軍の執務室の扉の前でエルクにお礼を言った。エルクはなにか言いたげに逡巡してから、「うん。じゃあ、また」と手を振って去って行った。




「こんにちは。薬の納品に来ました!」


 舞花が扉をノックして中に入ると、ガングニールズ将軍はいつものように執務室机に向かって座って作業しているところだった。舞花が扉をあけて入室してきたので、書類に向けていた視線をゆっくりと上げた。


「今、誰かと一緒だったか?」


 ガングニールズ将軍にそう聞かれて、舞花は首をかしげた。


「今?ああ。廊下でたまたま会ったエルクさんが荷物を運ぶのを手伝って下さったんです。すっかり元気そうでよかったです」


 舞花は笑顔で先ほどエルクにたまたま出くわしたことを話した。


「あいつか……」


 ガングニールズ将軍は呟くように言うと、荷物を受け取るために椅子から立ち上がった。服の上からでも逞しい体付きがわかり、相変わらず筋肉フェチの舞花の心をくすぐるいい体をしている。思わずすりすりしたくなる誘惑にかられるから抑えるのが大変だ。

 そして、今日もいつものように受け取り際に「ご苦労だった」と舞花に労いの言葉をかけてきた。舞花はその様子をじっと見つめた。やっぱり口元が一瞬だけ緩んでいる気がする。


「ガングニールズ将軍はひげを剃らないんですか?」


「ひげ?面倒だから気にしてない。式典の時は仕方がないから剃るがな」


 ガングニールズ将軍は少し戸惑ったような目をして、そう答えた。


 ひげが無ければもっと表情が分かり易いのに、と舞花は残念に思った。それに、ひげが無いガングニールズ将軍の顔を舞花自身が見てみたいという気もした。しかし、本人が手入れが面倒くさいというひげを他人が無理やり剃らせる訳にもいかない。


「なぜだ?」


 舞花のがっかりとした表情を見たせいか探るような目つきで見つめられ、舞花は慌てて「なんでも無いんです」と誤魔化した。

 自分は一体何を考えていたのだろうと顔が赤面してくるのを感じる。そして、要件は終わったからと足早に北方軍の施設を後にしたのだった。



 仕事を終えた舞花は魔術師用の寮に戻ると、いつものようにアナスタシア特製の魔法の小箱に入ったスマートフォンを確認した。いくつかのダイレクトメールと共に、惟子からのメッセージが届いていた。


『誠さんに聞いたら、舞花にどうかなっていう人が何人かいるみたいだよ。今度バーベキュー企画するから来てよ。舞花も良い御縁があるといいね♡』


 そういえばすっかり忘れていたが、惟子と最後に会ったときに、誰いい人が居たら紹介してくれるように彼氏さんにお願いしてくれると言っていた気がする。きっと本当に彼氏さんに聞いてくれたのだろうな、と舞花は思った。


『ありがとう。日にち決まったら教えて。楽しみにしとく♡』


 舞花は当たり障りのない返信を打つと、スマホを箱の中に戻して送信ボタンを押した。

 バーベキューは久しぶりだからたのしみだ。そしてバーベキューと言えば外せないのはマシュマロだ。中がふんわりと蕩けるのが絶品である。絶対に忘れないように買いにいこう、と心に決めた。

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