第7話 笑いごとじゃありません!
仕事終わりの飲み屋にセドラの笑い声が響き渡る。セドラは発泡酒を一気に煽ると堪えきれないと言った様子で再び噴き出した。
「あは、あははっ!それで、マイカの恋に効く弓矢はガングニールズ将軍に見事命中しちゃったわけね!!」
「もうっ!セドラさん、笑いごとじゃないですよ!剣を喉元に突き立てられて、危うく殺されるところだったんですよ!!」
お腹を抱えて大笑いするセドラを舞花はジロリと睨めつけた。あの日、舞花はまさに死の恐怖を味わったのだ。未だに剣先のチクリとする痛みや冷たい感触が蘇り鳥肌ものだ。
「まぁまぁ、いいじゃない。ガングニールズ将軍って昔は凄くモテたらしいわよ?髭を剃るとイケメンだって噂に聞いたことあるわ」
「想像がつかない」
舞花は件のガングニールズ将軍の顔を思い浮かべた。視線だけで人が殺せそうな眼光の鋭さに顔の半分を覆う手入れされてない無精髭。さらに怖さ倍増の古い傷跡……この世界のイケメン基準はいかに金剛力士像に顔が似ているかなのだろうか?
「それに、将軍よ?玉の輿よ??あの歳でまだ独身だと思うわ」
「何歳?」
「うーん。多分40歳いかない位。30代後半の筈よ」
確かに今30歳の舞花とは年齢的には釣り合っているかも知れない。しかし、そう言う問題では無い。考える間もなく、「とにかく、やだ」と舞花は断言した。
──恋に効く道具だと言われて渡された弓矢の矢があなたに刺さっちゃったんです!!
あの日、声を大にしてそう叫んだ舞花に対し、あの場に居た全員が呆気にとられていた。恐らく、その中でも一番呆気にとられていたのは矢が刺さった本人のガングニールズ将軍だった。
北方軍の関係者から連絡を受けたナターニャが舞花を迎えに来て、やっと舞花は不審者では無いとして剣を向けられる恐怖から開放されたのだ。
「マイカ。この腕輪はどうしました?」
ナターニャは舞花の顔を見ると開口一番に腕輪のことを指摘してきた。
「え?アナスタシアさんにナターニャさんから貰った腕輪の効き目が落ちてるからこれも付けとくように言われたから嵌めてるんだよ」
「全く、あの人はでたらめを。マイカ、今すぐ外しなさい」
「え?ちょっと、いたたたた。いたーい!!」
ナターニャは舞花の腕をむんずと掴むと腕輪を無理やり外そうとした。ところが、あれほどすんなり入った筈の腕輪がぴったりと填まって取れる気配が無い。
舞花が痛みで悲鳴を上げるとナターニャも諦めたのか無理やり取ろうとはしなくなったが、小さく舌打ちをした。
「ナターニャ。この腕輪ってなに?」
「迷子防止の腕輪の類似品ではあるんですが、少し違うものです。腕輪をつけた人が会うべき人に会いに行くときに様々な魔法の結界が無効になります。例えば、これを付けておくと戦争で捕虜になった仲間を助けに行くときなどに役に立つのです」
「会うべき人?誰??」
「自分で頼んで貰ったわけじゃ無いんですか?そちらの将軍ですよ」
ナターニャは舞花の後方を指さした。これは嫌な予感がビンビンしてくる。舞花が恐る恐る振り返ると、予想通り先ほど舞花に死の恐怖を味合わせた強面の軍人とバッチリと目が合った。
頼むわけないだろー!!
舞花は心の中で声を大にして叫んだ。頼むわけない!本当に勘弁して欲しいたちの悪い冗談だ。
「ナターニャ。これを射られて俺の防具に刺さってしまったのだが、これは何だ?」
今度はガングニールズ将軍がナターニャに質問した。ナターニャは見せられたハートのついた矢を手に取ると、しげしげとそれを眺めた。
「アナスタシアさんに、彼女特製の『恋に効く弓矢』だって言われて渡されたのです」と舞花もおずおずと補足した。
「師匠特製の恋に効く弓矢?」
ナターニャの眉間に皺が寄る。
「矢先に惚れ薬が塗ってあるわけじゃないのか?」とガングニールズ将軍が聞くと、ナターニャは片手をあげて制止した。
「師匠の特製ならそんなものでは無いでしょう。将軍、あなたは今マイカにときめきを感じますか?」
「全く感じないな」
「ならば惚れ薬では無いのは明白です。むしろ惚れ薬の方が2、3日で効き目が切れるのがわかっているからよかったかも知れません」
目の前の2人は冷静に遣り取りをしているが、今舞花は自分がさり気なくディスられたことを聞き逃さなかった。
全くときめきを感じない?自分が剣を向けたせいで恐怖に震えていた乙女(←30過ぎてるけど)を見ても全く何も感じないと?こっちこそお前のような髭面のむさいおっさんは御免被りたい。絶対に嫌だ!
「どういう効果のものか判らないので暫くはご自身の変化に注意を払って下さい。私も師匠に聞いてみます」
ナターニャは冷静にガングニールズ将軍に注意点を言うと、舞花に帰るように促した。舞花はおずおずとナターニャの後に続く。
大通り沿いの鉄門を出たところでナターニャが振り返ったので舞花も動きを止めた。ナターニャはしげしげと舞花を見つめている。
「マイカはガングニールズ将軍に気があったのですね。まさか師匠に頼み込んで小道具を作って貰うほど思い詰めていらっしゃるとは、全く気が付きませんでした。」
「はい??」
「多くの女性には怖がられている彼に行くとはさすがは異世界出身です。肝が据わっていますね」
舞花はナターニャに微笑まれて思わず顔が引き攣った。
「んなわけ無いでしょー!!」
その日、大通り沿いに舞花の叫び声が響き渡ったのだった。
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