第29話 記念式典に参列します
終戦10周年記念式典の日はあっという間にやってきた。
「変じゃないかな?」
「お似合いですよ。とても美しいです」
鏡の前で不安げな舞花に、いつものように澄まし顔でナターニャは声をかける。舞花はその言葉を聞いてはにかんだ。
鏡に映るのはアナスタシアが作った真っ赤なドレスに見を包んだ舞花の姿。ドレスは結婚式で花嫁がきるようなAラインの豪華なもので、生地は光を受けて赤から虹色に輝く。この日の為にわざわざアナスタシアが直々に魔法で仕立てて用意したものだ。
このドレスを初めて見たとき、舞花はあまりの豪華さにこんなものは着れないと固辞した。しかし、「パーティーに身内がみすぼらしい格好でいったら私が困るのよ」と前と同じことを言われて、舞花も観念したのだ。
そして、今日は髪の毛のセットとお化粧はナターニャに魔法でやって貰った。自分では出来ないような凝ったフルアップの髪形はこのドレスにとてもよく似合っていたし、お化粧も精緻でいつもより数段綺麗に見える。我ながら馬子にも衣装だわ、と舞花は心の中でこっそりと自画自賛した。
慣れないドレスは動きにくい。けれど、舞花も乙女の端くれだ。お姫様のようなドレスを着て実は浮かれていた。そして極めつけに、足元に光るのはガラスの靴。まるでおとぎ話のようなそれも、アナスタシアが魔法で作って用意してくれた。硬くて歩きにくいと思いきや、舞花に合わせて作られたそれはまるで革の靴のようにフィットしたし、固い地面を歩いても不思議と衝撃も無かった。
──マイカの世界でお姫さまがガラスの靴を履いているのを見たの。
この靴を渡すときにそう嬉しそうに語っていたアナスタシア。一体どこを見て回ってそういう場面に出くわしたのかは全くもって謎だが、舞花の為に用意してくれたのは明らかだ。
「ふふっ、なんかシンデレラみたい」
キラキラと光るガラスの靴と虹色に光る魔法で仕立てたドレスを見て、舞花は一人微笑んだ。
「そろそろ行きましょう、アナスタシア様」
「そうね、行くわよマイカ」
アナスタシアとナターニャに促されて舞花は「はい」と返事して立ち上がった。
2人の後について辿り着いたの王宮の広間は元の世界のときに写真でみたヨーロッパ諸国の宮殿のような豪華な内装、小学校の体育館3つ分はありそうな大空間、そこにひしめく人・人・人!
ビックサイトの人気イベントの時のような状況に、舞花は人前なのも忘れてポカンと口を開けて呆けてしまった。
「す、凄い人ですね……」
「国王陛下主催だから。さあ、行くわよ」
広間の中を颯爽と歩き出したアナスタシアとナターニャを舞花は慌てて追いかけた。後ろを歩いているとアナスタシアは次々と着飾った人々に声をかけられる。
「先日頂いた魔法薬、すばらしい効き目でしたわ」
「先見して頂いたとおり、事業が順調に進んでいます」
「魔術研究所で開発した魔法の冷房機には本当に驚きました」
人々が口にするのは一様にアナスタシアへの感謝と賞賛の言葉。舞花はそれを見ていて、アナスタシアが凄い大魔女なのだと改めて知らしめられた。
「ナターニャさん。アナスタシアさんって凄い人なんですね」
舞花の言葉に、ナターニャはどこかの貴族に声をかけられて笑顔で対応するアナスタシアを見ながら頷いた。
「師匠の魔女としての才能は本当にすばらしいですよ。他に類を見ない、まさに別格ですね」
そして少し間を置いて、「イタズラ好きなのが玉に瑕ですが」と付け加えた。確かにアナスタシアのイタズラ好きに付き合わされるナターニャは大変そうだと舞花も苦笑する。
終戦10周年の記念式典ではまず国王陛下が開会の挨拶をして、先の戦争での犠牲者への追悼を行った。その後、国王陛下と何人かの貴族や文官達が未来への抱負と誓いを立てる。
次にこの国の軍事部門の最高指揮者である大将軍と4人の将軍による国防の宣誓を行い、最後に皇太子殿下による閉会の挨拶でしめられた。
時間にして1時間も無い。この間、舞花はホールから壇上の式を見ながら違和感を覚えた。
あれ? ガングニールズ将軍がいない??
舞台の端にスデリファン副将軍はいるのに、ガングニールズ将軍がいないのだ。
壇上には黒い軍服に沢山の勲章をつけた軍人が何人かおり、その中でも最も目だつマントを付けているのは先ほど代表宣誓した大将軍だ。その両脇に2人ずつ、計4人の各方面の将軍らしき人達が立っている。けれども、そこにガングニールズ将軍はいない。
どうしたんだろう?
もう一度壇上を見たが、あのもじゃもしゃの熊のような目立った男が何処にもいない。舞花はガングニールズ将軍に何かがあったのかも知れないと心配になった。
「師匠の先見が始まりますよ」
ナターニャに声を掛けられて舞花は顔を上げる。いつの間にか壇上にはアナスタシアがおり、王族の人々の先見を始めていた。
「国王陛下はつつがなく国務を遂行され、この先1年も平和が続きます」
アナスタシアの言葉に参列者達が歓声を上げ、国王陛下は満足げに頷いた。
「皇太子殿下に置かれましては、怪我の相が出ておりますのでこの1ヶ月は狩猟はお控え下さい」
皇太子殿下はそれを聞くとしっかりと頷き、「では暫く狩猟はお控えよう」と言った。
王族ですら耳を傾ける先見を舞花も固唾をのんで見守る。王族の最後の一人が終わると、アナスタシアは壇上から広間を見渡した。王族以外の先見の対象者を物色しているのだ。例年、これは2、3人だと聞いている。
「本日の先見の対象は……」
アナスタシアが指をパチンと鳴らすとスポットライトが光り、まずはピシッとアイロンのきいた黒い礼服を着込んだ青年が照らされた。青年は自分が選ばれるとは思っていなかったようで、目を丸くしている。
まわりの人達に促されて青年がおずおずと舞台に上がるとアナスタシアは声高々に叫んだ。
「この青年は魔法石の鉱脈を探し当てて巨額の富を築く。西の方向に行きなさい。かの地で虹色の小石を見つけたらその先の山を切り拓くのです。道は開けます」
再び会場にどよめきがおき、その後辺りは歓声に包まれた。だれもがその青年を羨望の眼差しで見つめている。渦中の青年は頬を紅潮させて堪えきれない笑みを洩らしている。
アナスタシアは興奮に包まれる会場の人々を再び眺めると、パチンと指をならした。その瞬間、舞花は眩しさを感じて手で目の上を覆った。ゆっくりと目を開けると、誰もが舞花に注目している。
「次はあなたよ」
壇上のアナスタシアは真っ直ぐに舞花を見つめて呼びかけている。なんと舞花はスポットライトに照らし出されていたのだ。
「わ、私??」
予想外の人選に舞花は素っ頓狂な声を上げた。アナスタシアにこちらに来るようにと再び促されて、舞花はナターニャに助けを求めた。目があったナターニャも澄ましたまま頷いたので行けと言うことのようだ。
皆の注目が集まる中、ゆっくりと壇上へと上がる。緊張から少し顔が強張った。上がったついでに壇上に居る人々を見渡してガングニールズ将軍を捜したがやはり見あたらない。
その代わりと言ってはなんだか、めちゃくちゃ舞花のタイプの体格のいい軍人さんとバッチリと目があった。
短く切り揃えられた茶色い髪に真っ直ぐな眉と鋭い目つき。スッと通った鼻筋、薄い唇、そして2メートル近くありそうな体は軍服の上からも筋肉質なのを感じさせる。
勲章の数と肩章から判断して、どっかの方面の将軍だ。その軍人さんは舞花から見るとアナスタシアの後方の壇上の壁ぎわにおり、舞花と目が合うと驚いたように目を瞠った。
か、かっこいい!!
かっこいい。この一言に尽きる。まさに舞花の好みを具現化している。舞花は思わず見惚れそうになったがアナスタシアに呼ばれてなんとか我に返り、慌ててそちらを向いた。アナスタシアは舞花を見て満足げに頷いた。
「あなたは結婚の相が出てる。近いうちに幸せな結婚をするわ」
その言葉にアナスタシアのずっと後ろに居た軍人さんの表情がピクリと動いた気がした。アナスタシアは更に続ける。
「彼に呼ばれてその胸に飛び込んだら最後、2度と逃れられない絆で結ばれる」
まわりでは恋愛話が大好きな若い年頃の女性の歓声が湧き起こったが、舞花は言っていることが良く判らず眉寄せた。
「近いうちに結婚? 彼に呼ばれてその胸に飛び込んだら??」
結婚どころか、舞花には今現在恋人すら居ない。相手が居ないのにどうやって結婚するのか。
さらに『彼に呼ばれてその胸に飛び込んだら最後、2度と逃れられない絆で結ばれる』と言うのも意味不明だ。まだ見ぬ恋人のことが好きになりすぎてもう離れられないという比喩だろうか。
怪訝な表情をする舞花にアナスタシアは妖艶に微笑んだ。舞花の疑問に答える事無く更に続ける。
「そして……」
そう言いながらアナスタシアの片手が舞花に近づいてくる。次の瞬間、舞花の姿は忽然と消えた。
「今回の余興は隠れんぼよ!」
突然のことに会場にどよめきが起きる。まさか先見が余興にそのまま繋がっているとはだれも想像していなかった。一方その頃、深い森の中に一人飛ばされていた舞花はあたりを見渡してがっくりと項垂れた。
「……ここ何処よ?」
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