第8話 舞花、治癒魔法の練習をする

 舞花は練習台になってくれているウルロンの肩に手を添えると、意識を集中させて魔力を流し込むイメージを膨らませた。

 魔力とは一流と呼ばれる魔術師でない限りは目で認識することは出来ない。なので、今の舞花には勿論魔力自体を見ることは出来ない。あくまでも流し込むイメージをするのである。


「あ、肩が軽くなりました。効いているかも」


 舞花が手を添えていたウルロンがハッとしたように目を見開く。そして、コキコキと首を左右にゆっくり振ってから肩をくるくるっと回したのを見て舞花は目を輝かせた。


「本当?本当に効いてる??」


「はい。明らかに肩こりが軽減されました」


「やったー!」


 舞花は思わず両手を上げて万歳のポーズをした。初めて自分の治癒魔法が上手くいったのだから喜ばずにはいられない。指導していたナターニャも頷いているので、どうやら彼女的にも合格点らしい。


 この世界の治癒魔法は大きく分けて二種類ある。


 一つ目は治癒魔法師が自身の魔力を治癒対象者に流し込んで相手の治癒能力を回復させる方法。これは、比較的簡単に習得できるが治癒魔法師の魔力が大きく奪われる欠点があり、魔力が高い魔術師しか使えない。またその原理上、大けがなどをした相手を何人も立て続けに治癒するのは困難である。

 二つ目は治癒魔法師が治癒対象者の魔力に干渉して自己治癒力をあげさせるというもの。これは治癒魔法師の魔力を殆ど消費しない代わりに高度な技術力が必要になる。一つ目の治癒魔法を習得した治癒魔法師が次のステップに進むために習得するものだ。


 なので、舞花が今練習しているのは当然ながら前者の自身の魔力を分け与えるタイプの治癒方法だった。そして訓練を初めて1ヶ月弱、早くも舞花はウルロンの肩こりの治療に成功したのである。


「このタイプの治癒方法は治癒対象者に触れる面積は広ければ広いほど魔力を流し込める面積が増えるので治癒時間は短くなります。手を添える場合は指先だけでなくて手のひら全体を患部に添えて下さい」


 大喜びする舞花に対し、ナターニャはいつものポーカーフェイスで淡々と説明をしてきた。


「手のひら全体ね。了解です」と舞花は敬礼ポーズで了解を示す。


「あと、マイカは自身の魔力量をまだ自分で把握できていないので調子に乗って治癒して回らないで下さい。師匠が目を付けただけあってマイカの魔力量はとても高いのですが、それでも限界があります。やりすぎると逆に自分が魔力枯渇を起こして倒れます」


「えっと、魔力枯渇って起こす前に前兆はあるんですか?」


「だんだんと体が怠くなってきます。限界までくると気絶してしまいますから気を付けて下さいね」


 ナターニャは舞花に釘を刺したので、舞花は頷いて見せた。治癒している治癒魔法師が倒れたら周りに大迷惑をかけることは舞花にも容易に想像できる。そして、「今日はここまで」というナターニャの掛け声によりこの日の舞花の治癒魔法の練習は終わったのだった。




 治癒魔法の練習が終わった後、舞花が魔術研究所の自席に戻ると机の上には新たな事務処理の書類とともに小さな小瓶が沢山詰まった箱が置いてあった。箱の上には手紙が置かれている。



『マイカへ


頼まれていた回復薬です。これを北方軍のガングニールズ将軍のところに届けておいてね♡


アナスタシアより』


 舞花は手紙を読んで眉をひそめた。

 小瓶を一本持ち上げると、中にはオレンジ色の液体が入っている。確かに先日ガングニールズ将軍から回復薬の納品と治癒魔法師の派遣要請の書面が届いていた。これがその納品する回復薬なのだろうか。


「なんでまた私が?」


 舞花はついこの前にも何だかんだとアナスタシアに用事を言いつけられて北方軍の施設に行ったばかりだ。それを思い出した舞花はついつい独り言ちる。すると、手元の手紙の文字がふわりふわりと消えてゆき、代わりに新しい文章が浮かび上がった。


『だって、みんな忙しいのよ(´・ω・`)

それに、マイカは彼のところまでフリーパスだからちょうどいいでしょ?』


 舞花は驚いて目を擦った。もう一度見返したが、確かにそう書かれている。

 なんと、これはただの置手紙ではなくて会話のできる手紙のようだ。元の世界でいうところのチャットのようなものだろうか?こんな魔法の手紙をよこすとは流石は国一番の大魔女だ。


 しかし、舞花はそこで、ちょっと待てと思った。そもそもなぜ舞花がガングニールズ将軍のところに行くのにフリーパス状態なのか?それはほかでもなくアナスタシアがおかしな腕輪を渡してきて、それを嵌めたからである。


 あの恐怖体験の日、魔術研究所に戻ってきた舞花はすぐにアナスタシアに腕輪を外してくれと頼みに行った。ところがアナスタシアは首をかしげてこう言ったのだ。


「腕輪を外す?うーんとね、それはまだ外れる時期じゃ無いわ」


「外れる時期じゃない?期間があるの??」


「そう。だから、外せないわ」


 アナスタシアは悪びれる様子も無く、あっけらかんとした様子で微笑んだ。馬鹿を言うなと開いた口がふさがらないとはまさにこのことである。舞花はすぐにナターニャに泣き付きに行った。


「ナターニャさーん。腕輪外して!!」


 しかしナターニャは申し訳なさそうに眉尻を下げてこう言った。


「申し訳ないのですが、師匠の術がかかったものを今の私のレベルで解除するのは無理なんです」


 そして舞花の腕には今日もアナスタシア特製の銀の腕輪がキラリと光る。本当にふざけた話である。

 舞花はもう一度置手紙に視線を落とした。


「パソコンじゃ無いのになんで絵文字??」


 舞花が思わず呟くと、またふわりふわりと文字が変わる


『マイカの世界で覚えたの。かわいいでしょ?(∩´∀`∩)』


「・・・」


 もうこれ以上は何も言うまい。そして舞花は無言で手紙ののった箱を両手で抱えると、すたすたと北方軍の施設へと向かったのだった。




♢♢♢





「お、マイカ!こんにちは」


「こんにちは、ジェイさん!」


「あれ、マイカ。将軍ならあっちだよ」


「こんにちは、ルイさん。ありがとうございます」


 次々に声を掛けてくる人々に舞花は丁寧に返事をする。北方軍で舞花はちょっとした人気者であり、有名人だった。

 理由は簡単だ。誰もが恐れるガングニールズ将軍に公衆の面前で熱烈アプローチ(?)をした女勇者として彼の部下達から尊敬の眼差しを受けているのだ。


「おっ、マイカじゃ無いか。リークに用事かな?」


 舞花は正面から来た眉目秀麗の長身の軍人に声を掛けられて足を止めた。淡い金髪と碧眼のこの人はガングニールズ将軍の右腕のスデリファン副将軍だ。因みにリークと言うのはガングニールズ将軍の愛称らしいが、どこをどうもじってガングニールズがリークになったのかは舞花の知らぬところだ。そして、知りたいとも思わない。


「こんにちは、スデリファンさん。ちょうど良かった。これを隊長に届けて頂けますか?」


 舞花が箱を差し出すとスデリファン副将軍は箱の中身を覗き込んだ。


「回復薬だね。せっかくだから部屋まで一緒に行こう。リークも居るはずだ」


「いえ、私は遠慮しておきます」


「そんなこと言わずに。さぁさぁ、行こう」


 柔らかい王子様スマイルの筈なのに有無を言わさない迫力で微笑まれ、舞花はうぐっと黙って大人しく後に付いて行ったのだった。


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