第15話 舞花、野営訓練に参加する②

 魔力タンクを燃料に動くという元の世界で言うところのジープカーに揺られること2時間。舞花が連れてこられたのは鬱蒼と生い茂るジャングルの中だった。

 見渡す限り頭上には背の高い木々が生い茂り、足元にも低木や草が茂っている。あたりは日の光が届かないため昼間なのに少し薄暗い。そして、周辺からは不気味な生き物の鳴き声のようなものが聞こえた。


「ここでバーベキューするんですか?」


 外に出たら最後、遭難しそうな場所である。思わず舞花が隣にいるガングニールズ将軍に聞くと、ガングニールズ将軍は首をかしげてこう言った。


「バーベキューとはなんだ?俺はエルクから魔法治癒師同伴で野営での自炊訓練をすると聞いたぞ??」


 野営での自炊訓練ですと?


 確かに『自然の中で焚き火のようなものをしてご飯を作り、それをみんなで食べる』ことに間違いはない。しかし、これは舞花が想定していたバーベキューなるものとはだいぶ違っている。舞花は引き攣りそうになる顔の表情筋を必死に抑えつけた。


 あ、ノンシャ!!


 舞花はノンシャを楽しい会があると言って連れ出してきた。こんな過酷な場所に連れて来てしまって、ノンシャが怒ったらどうしよう。エルクまでもがノンシャに嫌われたら大変だ。

 ジープカーを降りた舞花が慌ててノンシャを探すと、件の2人は既に外にいた。本人達はすっかりと打ち解けたようで、いい雰囲気でお喋りしている。ノンシャは見た目に寄らずアウトドアがいける口のようだ。


「よし。いつものようにまず隊を3班に分けるぞ。野営設営班、食料調達班、警備班だ。野営設営班は……」


 手慣れた様子でガングニールズ将軍が指示を出し始めると、部下の兵士達も素早く散らばって作業にかかる。一番この中で場慣れしていないであろう舞花はただ突っ立ってその様子を眺めていた。


「マイカ。俺は食料調達班だけど、一緒に行く?それともここに残って待ってる?」


 エルクが突っ立つ舞花に気付き、気を遣って声を掛けてきた。ノンシャも一緒にいるので付いて行くようだ。


「この森はそんなに危険な魔獣も出ないよ」


 エルクは笑顔でそう言うが、食料調達ってつまりは狩りをしてくるってことかな?と舞花は思った。生き物を殺す現場を見るのはちょっと怖い。


「ここで待ってます」


「そう?じゃあ、美味しいのとってくるよ」とエルクは笑顔で手を振って他の隊員とノンシャを伴って狩りに向かった。


 そして待っている舞花の周囲では着々と設営班がテントを設営している。さっきまで鬱蒼と茂っていた草木はいつの間に伐採されたのか消え去り、平地が出来ていた。そこにジープの荷台から下ろしたテントを設営するのだ。


 その作業を見ているとき、舞花はふといいことを思いついた。ナターニャと練習した要領で自らに筋力増強の魔法をかける。そして、「手伝います!」と意気揚々と申し出た。


「なに?軍人でもない、ましてや女がやることでは無い。休んでろ」と指揮をしていたガングニールズ将軍は眉を寄せる。


「そうだよ。マイカは見てて良いよ」とスデリファン副将軍も無理やり座らせようとする。


「大丈夫です。今、覚えたての筋力増強の魔法を使ったんで私すごく力持ちですよ!それに、こんなことになったのは私がバーベキューの話をエルクさんにしたせいですし」


 舞花が笑顔で力こぶを作ってみせると、2人は目を丸くした。


「調子に乗るとまた魔力涸渇になるぞ?」とガングニールズ将軍は諭してきた。


「大丈夫です!良いもの貰ったんで」と舞花はアナスタシア特製の魔法ゲージを2人に見せた。緑色の線が透明の棒の満タンまで伸びている。


「この線が私の魔力の残量なんです。ほら、まだ魔力は沢山残ってます」


「マイカは本当に面白いよね。この突き抜けた感じがリークとよく合うと思うんだけどなぁ」とスデリファン副将軍はケラケラと笑った。すぐ横にいるガングニールズ将軍は絶対に聞こえているはずなのに聞こえないふりをしている。


「そうですか?」


「ああ、そう思うよ」と言い、スデリファン副将軍は声を小さくひそめた。「お二人さん、なにか進展はないの?」


「一ミリたりともありません」


 釣られるように舞花も小さな声で眉をひそめて耳打ちすると、スデリファン副将軍はそれはそれは残念そうな顔をした。


「おい。やるからにはちゃんと働け」


 低い声で注意されて舞花とスデリファン副将軍は慌てて仕事に取り掛かる。我らの将軍はサボりに厳しいお方なのだ。


 テントの杭打ちだとか、火をおこす場所の石集めだとか、簡単な作業にだけ舞花は参加を許された。それでも舞花にとってはだいぶ過酷である。

 作業すること1時間強、あっという間に完成した野営用の大型テント群に圧倒されていると、「おーい」とエルクの声がした。よく見るとエルクは巨大なクロコダイルに角が生えたような謎の生物を他の隊員と協力しながら運んでいる。


「わぁ、それを仕留めたんですか?」


「そう。俺が仕留めた」とエルクは得意気に言った。


「凄かったわよ。マイカも来れば良かったのに」とノンシャも横で興奮気味だ。


 どうやら意中の彼女にいいところ見せられたようだ。良かったねぇ、と舞花は結婚相談所の仲介人のおばちゃんのような気持ちになって2人を見守る。


 食料調達班がとってきた2メートル位ある巨大クロコダイルもどきはこれまたあっという間にさばかれでスライス肉にされた。

 それをガングニールズ将軍が攻撃系の魔法でおこした火であっという間に大きくなった焚き火で焼くと、ジュウジュウと香ばしい音と香りが辺りに漂った。


「ガングニールズ将軍って魔法が上手ですよね」


 舞花は前々から思っていたが、ガングニールズ将軍は魔術師でもないのに魔法が得意なようで、色々な魔法をよく使う。他の隊員も使うことはあるが、圧倒的にガングニールズ将軍は頻度がも高ければバリエーションも多い。

 舞花が見たことがある限りでも火・水・雷・風と色々と使っていた。普段から防御壁を纏っているとも聞いた。

 でも、そんなガングニールズ将軍も舞花でも使える治癒魔法は使えないらしい。魔法には色々と適正があるようだ。


「そりゃあそうだよ。リークは優秀な魔術師家系だからね。だって……」とスデリファン副将軍が何かを話し出したところで、「フィン」と怖い顔でガングニールズ将軍が話を遮った。


 男の人って家のことを聞かれるのを嫌がる人って多いよね、と舞花も特に追及はしなかった。


 串刺しの肉が焼き上がると舞花とノンシャにもエルクから一つずつ手渡された。恐る恐る口に運ぶと、少しかたいが鳥肉のような味わいがした。


「あ、美味しい!エルクさん、美味しいよ!」


 驚いた舞花はこのクロコダイルもどきを仕留めたエルクにこの感動を伝えた。


「美味しいですね」とノンシャも喜んでいる。


 エルクはその様子を見て少し照れ臭そうに「よかったです」とはにかんだ。


 密林で獲物を仕留めた若い兵士がそれを想いを寄せる魔法治癒師にプレゼント。


 舞花はハッとした。これはいわゆる愛の給餌行動と言うやつではないか?給餌されているノンシャも満更では無さそうである。これはいい感じなのでは、と舞花は思わずにまにましてしまう。


「こっちの実も美味しいぞ」


 その時、隣にいたガングニールズ将軍に舞花は紫色の果実を手渡された。


 舞花は自分の手に乗せられたそれをまじまじと見つめる。

 見た目は紫色の楕円形をしていて、表面には桃のような細かい毛が沢山生えている。所々に小さな突起があり、手触りは固い。要するに、舞花が食べたことがない怪しげな見た目の果物である。舞花はチラリと横を見上げた。


 み、見てる……


 手渡してきたガングニールズ将軍はこっちをジッと見ている。これは食べない訳にはいかないでは無いか。

 舞花は恐る恐るそれを口にした。グロテスクな見た目とは裏腹に、甘酸っぱい味が口に広がる。その果実は酸っぱめの林檎のような食感と味がして、とても美味しかった。


「美味しい!!」


「そうか」


 舞花がパクパクとそれを食べ始めると、ガングニールズ将軍は舞花を見つめて微笑んだ。否。微笑んだように見えた。

 隣のスデリファン副将軍がこっちを見ながらニマニマしているのはアホらしいくらいに分かり易いのに、目の前の将軍は表情がやっぱり読み取りにくい。


「ガングニールズ将軍!ひげ剃らないの?」


「お前はやけに俺のひげに拘るな」


 詰め寄る舞花にガングニールズ将軍は戸惑い気味だ。


 舞花は心底ひげが邪魔に思えた。口元の表情を見るのにもじゃもじゃのひげが邪魔すぎるのだ。今すぐ剃るべきである。断固として剃ることを主張する。

 そんな舞花の心の内を知ってか知らずか、ガングニールズ将軍は肩を竦めて「毎日剃るのが面倒くさいんだよ」と呟いた。舞花ががっくりと項垂れたのは言うまでもない。



 初めてのバーベキューと言う名の簡易的な野営訓練に、筋力増強魔法の副作用もあり、舞花は自分でも気づかないうちにすっかりと疲れてしまったようだ。帰りのジープカーの中ではいつの間にかぐっすりと眠り込んでしまった。


 ジープカーの中では大きな熊にほっぺたをふにふにと触られると猫のひげが生えてくるというおかしな夢をみた。


「ひ、ひげが……」


「またひげか。なんでそんなにひげが気になるんだ?」


 呆れたように呟く低いその声は、いつになく優しく聞こえた。

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