5章 明かされる真実

第27話 招待状が届きました

 事務仕事をしていた舞花は、その日大量に魔術研究所に届いた上質な封筒に目を白黒させた。配達係の人が持ってきたのはいつもとは比べものにならないほどの大量の封筒。目の前の大きな箱に溢れんばかりに入っている。


「なんだろ? これ」


 筋力増強魔法を自らにかけてとりあえずは自席にそれを運び込む。舞花は段ボールようなその箱に入れられた封筒を一通手に取った。表面には魔出研究所で働く所員の一人の名前が書かれている。

 アイボリー色の上質紙の封筒の表面にはエンボス加工が施され、王家の刻印が入っている。裏返すと赤い封蝋が施され、紙の枠には金色の塗料が塗られていた。何やらとても高級なお手紙であることは確かだ。

 他の封筒も一通一通に宛名が記載されており、ざっと100通くらいはありそうだ。舞花はそれを届けやすいようにフロア毎に分けて並べていった。


「マイカ、手伝おうか?」


 作業を始めてすぐに声をかけられて頭をあげると瓶底メガネのウルロンがいた。たまたま魔法薬の許可申請を出しに来たところだったようだ。ウルロンはその封筒の多さを見て、思わず手伝いを申し出てくれたのだ。


「え? でも、忙しくないですか?」

「平気平気。今ちょうどきりがいいから」

「じゃあ、お願いしていいですか?」


 舞花は有難くその申し出を受け入れて、2人は黙々と作業を始めた。魔術研究所は全部で3フロアーに別れていて各階に研究室がある。その各フロアーの研究室毎に封筒の束を分けるのだ。


「これマイカ宛だよ」


 仕分け途中にウルロンから一通の封筒を差し出され、舞花はそれを受け取った。表面には確かに舞花の名前が書かれている。


───────────


魔術研究所 


 所長付 初級魔術師 


      マイカ殿


───────────


「これ、私宛?」

「うん。マイカはうちに一人しかいないよ」


 舞花の質問にウルロンは瓶底メガネをくいっと上げて頷いた。舞花は封筒の宛名に視線を落とす。自分は『所長付 初級魔術師』という役職だったのだのかと今さらながら舞花は知った。表には他の封筒と同じくエンボス加工の王家の刻印が施され、裏面は封蝋により閉じられている。


「あ、こっちはウルロンくん宛だよ」

「本当ですね」


 今度は舞花が束の中からそれを見つける。ウルロンにも『魔術研究所 14級魔術師 ウルロン殿』と書かれた封筒が来ていた。魔術師が何級まであるのかは知らないが、舞花よりずっとベテランなのは間違いない。ウルロンに届いた封筒も舞花が受け取ったものと同じだった。


「なんだろうね、これ? みんなに来てるね」


 舞花はその封筒の1通をペラペラと振りながら仕分けた封筒の山を見る。封筒はその量から判断するに魔術研究所の所員全員に来ていそうだった。


「多分、今度の終戦10年の記念式典の招待状だよ」


 ウルロンは封筒の山を見ながらのんびりと答える。その答えに舞花は眉を寄せた。

 終戦10年の記念式典。たしかそれは、過日にガングニールズ将軍の婚約者が来ると若い兵士が立ち話をしていた件の式典ではなかっただろうか?

 舞花は自分に届いた封筒の封を開けた。中には厚い二つ折りのカードが入っており、ウルロンの言うとおり終戦10周年記念式典に招待する旨が書かれている。参加不参加を聞く返信用カードはなく、来ることを前提に出されているようだ。


「それって行かなきゃ駄目なの?」


 駄目で元々、舞花はとりあえずウルロンに聞いてみる。


「国王陛下のご招待だからね。それに、この招待状は入場チケットのようなもので、参加者は既にアナスタシア様から連絡されてるはずだよ」


 ウルロンの答えに舞花はぐっと言葉に詰まった。つまりは、やっぱり行かなきゃだめなようである。


 終戦10周年の記念式典か・・・


 舞花は心の中で大きくため息をはいた。


 行けば、ガングニールズ将軍とその婚約者の仲むつまじい様子を見せつけられるかも知れない。


 どんな人なんだろう?


 舞花はその見知らぬ女性を思い浮かべる。会いたくないと思う一方で、自分が完膚なきまでに打ち負かされたその婚約者という女性をひと目見てみたい気もした。


 数年間続いた戦争から帰ったら結婚するつもりだったのだから、おそらく2人が婚約したのは戦争が始まる前だ。それは十数年も前と言うことになる。


 この世界の貴族令嬢は10代で結婚することも普通なようなので、もしかしたら年の頃は舞花と同じかちょっと上くらいの年頃かもしれないと舞花は思った。


「アナスタシア様は毎年式典で先見をするし、余興も披露するから、VIPなんだよ。それで魔術研究所の所員はみんな招待されるんだ。あとは貴族階級とか、軍関係者とか、高位の文官とか」


 ウルロンは舞花の考える事など露知らぬ様子で例年の記念式典の様子を教えてくれた。舞花は一度も行ったことがないが、王宮の大ホールというのは数千人規模のパーティーが可能な広さだという。そこでは記念式典と立食パーティーを行うようなのだが、パーティーのメインイベントの一つはアナスタシアの先見と余興らしい。


「誰の先見をするの?」

「必ずするのは王族の人達だね。あとは色々だよ。アナスタシア様がその場で対象者を選ぶんだ」

「ふーん、そうなんだ」


 舞花が魔術研究所で働いている範囲で知る限り、アナスタシアの先見の依頼はあいかわらずの大人気だ。毎日数件ずつコンスタントに依頼が舞い込んでくる状況である。


 しかも、最近知ったのだが、依頼者は目玉が飛び出るような高額を要求されるらしい。その目玉が飛び出るような高額を支払ってでもアナスタシアに先見して貰いたいという人が後を絶たないのだ。


 舞花が初めてアナスタシアと出会ったときを思い出した。あの時、アナスタシアは舞花と惟子にその場ですぐ、しかも無償で先見をした。あんなことはこの世界ではまず無いと言っていい。


「余興は何を?」

「年によって違うよ。去年は魔法で作った打ち上げ花火とその色当てクイズだったけど、一昨年はアナスタシア様の作った異空間からの脱出ゲームだった」

「去年は打ち上げ花火で一昨年は脱出ゲーム??」


 打ち上げ花火はまだ良いとして、脱出ゲームは式典の余興にありなのか? 流石はアナスタシアだ。やることなすことに脈絡が無くて全く想像がつかない。


「終わったね。手分けして届けよう」


 ウルロンは最後の1枚になった封筒をポンと端っこの封筒の山に乗せると、よいしょと立ち上がった。


「僕が自分の研究室のある2階をまわるから、舞花は3階と1階お願いしていい?」

「もちろんです。ありがとうございました」


 舞花は笑顔で頷くと、ウルロンにお礼を言った。先に1階から回り、それが終わってから3階に向かう。最後は所長の執務室であるアナスタシアの部屋だった。


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