第10話 久しぶりの日本食はタイ風で

 舞花は仕事が終わり、魔術師用の寮に戻るとアナスタシアに作って貰った特製の小さな木箱を開けた。この小箱は異世界でもスマートフォンの電波が届く上に、充電も出来るというまさに夢のような一品だ。アナスタシア特製で、この世に一つしか無い。

 舞花が中からスマートフォンを取り出すと、メッセージがきたことを示す緑色のランプが点滅していた。


『舞花! 最近飲んでないからさみしいよー!! 来週の夜どっか空いてる? 積もる話が沢山よ♪』


 舞花は思わず口元を緩めた。LiWeの差出人は予想通り惟子だ。舞花は手帳を取り出すと、仕事のスケジュールを確認した。来週は木曜日が舞花の休日だの予定だ。


 よし、この日はアナスタシアさんに頼んでもとの世界に戻して貰おう!


 そう決めた舞花は素早く惟子に返事を打ち込み、スマートフォンを元の木箱の中に入れて送信ボタンを押した。

 もとの世界に戻るのは久しぶりだ。何を食べに行こうかと舞花はご機嫌で検索を始める。箱に入れたままだと操作しにくいから今度改善して貰おう。



 ♢♢♢



「マイカ、こっちお願い」

「はい。ただいま!」


 本日、舞花は初めて魔法治癒師として訓練演習に参加していた。色々と噂には聞いていたものの、北方軍の実演訓練と言うのは舞花の予想以上に過酷だった。所々には馬の代わりに使用する一人又は2人乗りの小型戦車のような乗り物もある。そして、剣や弓矢、銃の他にも魔法による攻撃もする。

 実戦を意識して訓練するから、怪我が後を絶たないし、怪我していない皆さんも疲労困憊ひろうこんぱいで治癒のお願いがひっきりなしだ。


 舞花はそんな中、アナスタシアの弟子の魔法治癒師達と伴に初めて魔法治癒にあたっていた。ただ単に手を添えて魔力を流し込むイメージをするだけなのだか、初めてのことでてんやわんや状態だ。それでも何度もナターニャに特訓して貰った甲斐があって、舞花は順調に兵士達を治癒していた。


「マイカ、まだ大丈夫?」

「大丈夫です」


 三つ編み髪がトレンドマークのノンシャに聞かれ、舞花は笑顔で答えた。少し疲れたような気もしたが、まわりの皆さんが働きっぱなしなのだから自分だけ休む訳にもいかない。


「本当に? 無理だと思ったら言ってね」

「はいっ!」


 舞花は笑顔を作ってノンシャに返事をした。その元気な様子に安心したのか、ノンシャもまた仕事に戻った。


 恐らくこの日舞花が治癒に当たった兵士は10人程。足を捻った人や打撲傷の人が中心だ。暫くすると、舞花は頭上から声を掛けられて顔を上げた。


「マイカ、いま治癒に当たっている人間で終わりにしろ。今日はもうお終いにするんだ」


 いつの間にかガングニールズ将軍が舞花の後ろに立っている。相変わらず強面の鋭い視線で舞花を見下ろしていた。


「あ、隊長。お疲れさまです。まだ怪我してる方が居ますが?」

「もう大丈夫だ。回復薬もある。ご苦労だった」


 それだけ言うと、ガングニールズ将軍はくるりと踵を返して舞花の元から去って行った。何となく突き放すような言い方に少しムッとしたが、舞花は気を取り直すと今治療に当たっている人の治療に専念し始めた。


 慣れないことしたから疲れたかも……


 舞花は帰り支度をしながらそんなことを考えていた。まだ夕方だというのにやけに眠い。今ベッドがあったら3秒で眠る自信がある。


「マイカ、ぎりぎりだね。危なかった!」


 舞花を見るなり目を丸くしたノンシャにそう言われ、舞花は首を傾げた。


「何がぎりぎりで危なかったの?」

「魔力だよ! 自分で調整したんじゃ無いの? 魔力枯渇起こすぎりぎりまで減ってるよ」


 ノンシャに驚いたように言われ、舞花は逆に驚いた。魔力枯渇ぎりぎり? 全く気付かなかった。確かに体が怠くて異様に眠いが、単に慣れない仕事をしたせいだと思っていた。


「……全然気が付いてなかったです」

「そうなの? とにかく、ぎりぎりでも保ってるからよかった。あと一人治癒してたら気を失って倒れてた所だよ」 


 あと一人治癒してたら倒れてた? ノンシャにそう言われ、舞花はハッとした。


『マイカ、いま治癒に当たっている人間で終わりにしろ。今日はもうお終いにするんだ』


 さっきのあれって、もしかして……


 舞花は真相を確かめようと慌ててまわりを見渡したが、探し人の姿は既に見えなくなっていた。



 ♢♢♢



 楽しみにしていた惟子との約束の木曜日はあっという間にやって来た。舞花は惟子と事前リサーチした人気のタイ料理屋で待ち合わせした。

 適当に注文した料理にはどれも大量のパクチーがのっている。前にテレビで見た話では、本場の人はこんなにパクチーを使わないらしい。どうやら、これは日本独自文化だとか。ということは、これはタイ料理と言うよりはタイ風日本料理なのだな、と舞花は思った。アナスタシアの世界の食事はどれも薄味なので、久しぶりのスパイスの効いた料理はとても美味しく感じた。


 料理を挟んで舞花の向かいに座る惟子は新しい恋人との旅行計画楽しそうに話している。きっと、とても仲良くしているのだろうなと舞花は思った。


「……でね、今度2人で旅行に行こうと思ってさ。休みを長く合わせるのは大変だから、やっぱり近場で箱根か伊豆かなぁ。それが北上して軽井沢とか? どう思う??」


 きらきらと目を輝かせて惟子は舞花を見つめているが、こういう場合、人は概して意見を求めているのではなく共感と同意を求めている。


「どこもいいところだよね。惟子と彼が行きたいところにしなよ」

「うーん。じゃあ、アウトレットで買い物も出来る軽井沢かな。贅沢して高級旅館取っちゃおうかな」


 惟子は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。どうやらこの答えで正解だったようだ。


「舞花にもお土産買ってくるね。確か軽井沢ってジャムが有名だよね?」

「ジャムいいね! よろしく」


 舞花は昔、家族で軽井沢旅行に行ったときに購入したいちごのジャムを思い浮かべた。スーパーのジャムとは違い、いちごの実がごろごろとそのまま入っていてとても美味しかったのだ。焼き立てパンにのせたらさぞかし絶品だろう。そんなことを考えていると、惟子の声で現実に引き戻された。


「舞花の仕事はどう? 転職したでしょ?」

「あ、うん。前に見て貰った占い師のお姉さんいたでしょ? あの人の下で事務員してる」


 舞花は当たり障りの無いような返事を返した。アナスタシアの下で事務員をしているのは本当だ。


「へぇ。占い師だけじゃ無くて事務員も居るなんて、大っきな占い師派遣会社なんだね。だからあんなに当たったんだ」と惟子は納得したように言った。

「で、そこにいい人はいた?」

「いい人? みんないい人だよ」

「違う違う! 舞花の気になる人は居ないの?」


 あ、そう言う意味か、と舞花は納得した。気になる人……


 なぜがその時、舞花の脳裏には髭面の金剛力士が浮かんだ。舞花は慌ててその人影を脳裏から追い出した。


「うーん、わかんない」

「そっかぁ。私、誠さんにいい人居たら舞花に紹介してって頼んでおくね」


 『誠さん』とは、惟子の彼の名前らしい。惟子は舞花に良いご縁がないことにがっかりしたのも束の間、とても良いことを思い付いたと目を輝かせたのだった。

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