第16話 バーベキュー合コンです

 良く晴れた絶好の行楽日和のこの日、舞花は都心沿岸部にあるとあるバーベキュー施設に向かっていた。


 都心の駅前ありながらも本格的なバーベキューが手ぶらで楽しめると人気のこの施設は大型テントが最初から設営されており、バーベキューの材料も全てバーベキュー施設で用意してくれる。

 飲み物も注文すればバーベキュー施設でビールサーバーで購入出来るという至れり尽くせり具合だ。舞花も友達と何回か来たことがあった。


「あ、これ買っていこうかな」


 持ち込み可だけれど全て事前に準備されているから特に何も買う必要は無い。けれど、コンビニでマシュマロを見つけた舞花は焼きマシュマロを今度こそやりたくて、一袋だけそれを買っていく。


 久しぶりの電車の乗り換えに手間取って待ち合わせを少し過ぎてしまった。駅に到着してホームでスマホを弄っていると、惟子からメッセージが届いていた。


『改札口出て左の大通り沿いにいるよ』


 言われた通りに改札口を出て左に進むと、何組かの男女グループがおり、その中の一つに惟子がいた。惟子は舞花に気付くと「こっちこっち!」と笑顔で手を振った。


「遅れて申し訳ありません。はじめまして。日下ひさがり舞花まいかです」


 惟子以外が全員初対面の舞花は遅れたことへの謝罪と、とりあえず自己紹介をする。惟子と一緒にいたのは惟子の会社の同僚の女性のようで、男性は惟子の彼氏の誠さんとその友人が2人。全員嫌な顔ひとつせずに「よろしく」と言ってくれて、舞花はひとまずホッとした。


 全員で向かった駅前のバーベキュー場では自然な流れで女性三人はお野菜を切る係になった。3人がかりだと切るものあっという間だ。


「あとはこれだけだから私やっておくよ」


 舞花は最後に残った玉ねぎを一つ手にもって惟子とその同僚の美紀さんに先にお野菜を焼いておくようにお願いした。テントの中で1人で野菜を切りはじめたときに、中に入って来た男性から声を掛けられた。


「日下さん、大丈夫?」


 舞花はテントの入り口の声の方へ顔を向けた。短く切り揃えられた黒髪の清潔感のある男性がこちらを見つめている。たしか、名前は菊池きくちと名乗っていた気がする。


「はい。もう終わります」


 舞花が半分に切ったたまねぎを見せて微笑むと、菊池は表情を和らげて隣に来た。


「日下さんは普段どんな仕事をしているの?」


「事務員なんです。経理処理とかいろんな申請書の処理をしてますよ」


 あと、魔女のまねごとを少しだけ。と舞花は心の中でだけ補足する。『日下』と名字で呼ばれるのは久しぶりなのでちょっと新鮮に感じる。


「そうなんだ。俺は田向と同じ会社で営業やってる」と菊池は舞花に笑いかけた。『田向』とは惟子の彼氏の誠さんの名字だ。


「あ、なんとなくわかります」


「え?そう??」


「うん。だって凄く爽やかですから」と舞花は言った。


 事実、菊池は爽やかなスポーツマンタイプで、営業マンに向いていそうに見えた。スーツをカチッと着込めば誠実そうに見えてお客さまへの印象もよさそうだ。舞花の褒め言葉に菊池は目を見開くと、「ありがとう」と嬉しそうにはにかんだ。


「菊池さんはなにかスポーツをしているんですか?」


「うん。ランニングが趣味なんだ。週末は近所を2、30キロ位走るかな。平日の夜に走ることもあるけど、翌日に響くからせいぜい5キロ」


「2、30キロも!凄いですね。5キロでもすごいですよ」


舞花は本当に驚いた。舞花が銀行に勤めていた時は、毎日疲れ切っていて家に帰ったらバタンキューだった。そこから5キロも走るなんて超人的だ。


「日下さんは走らない?」


「私、運動能力ゼロなんですよ」


「趣味のランニングは運動能力関係ないよ。1、2キロから始めればいいと思う。もしやるなら、ランニングの道具を買いに行くの付き合うよ」


「本当ですか?」


「もちろん」と菊池は微笑んだ。そして、野菜を洗ったりしたせいで濡れた舞花の手元を見て「今は無理そうだから、後でLiWe交換しよう」と提案してきた。


 野菜を切り終えた舞花がスライスオニオンを持って外に出ると、他のメンバーが火をおこして肉を焼きはじめていた。焼かれているのは勿論、最初からカットされて人数分が用意されていた輸入牛肉だ。


 舞花は後ろを振り向いた。目に入るのは事前に設営された大型テントに椅子やテーブル。テントの天井には雰囲気作りの為のランタンがぶら下がっている。

 テントの脇には大量の練炭が準備され、目の前には綺麗に清掃された大きなバーベキューグリルが設置されていた。

 それぞれのテントの合間を係員さんが巡回し、わからないことがあれば係の人が一から丁寧に教えてくれる。


「うーん。何かが物足りない」と舞花は小さな声で独り言ちた。


 男性達が紙皿にサーブしてくれたちょっぴり固めのお肉とカットしたグリル野菜は備え付けの焼肉のタレをつけて食べると、舞花のよく知るホッとする味がした。


 これこそが都会っ子の舞花の知るバーベキューである。しかし、北方軍のバーベキュー、もとい、野営での自炊訓練に参加した舞花には何かが物足りなく感じた。クロコダイルもどきの固い肉と怪しげな紫色の果実の甘酸っぱさが恋しく感じる。


「マシュマロ買って来たんです。焼きませんか?」


「お、いいねー」

「やろう、やろう」


 肉と野菜がすっかり無くなった頃、舞花は買ってきたマシュマロを袋から出し、一つずつ串に刺していく。しばらく焼いて少し表面に焼き目がついた頃に一口囓ると、中が溶けていてびよーんと伸びた。やっぱり美味しい。

 一袋だけ買っておいたマシュマロはあっと言う間に無くなってしまった。


「日下さん。LiWe教えて」


 帰り際、菊池から声を掛けられた舞花はスマートフォンをガサゴソと鞄から取り出した。お互いにスマートフォンを見ながら友達登録すると、ポロリーンと音がして友達追加の通知が表示された。


「今度連絡する」


 菊池から笑顔でそう言われ、いくら色恋沙汰に鈍い舞花でも何となく察する。もしや自分は今、この人の中で彼女候補として急浮上しているのではなかろうか?


「はい。今日はありがとうございました」


 舞花はあたりさわりのない返事を笑顔で返してその場を後にした。


 一人になった舞花は今日出会った菊池のことを思い浮かべた。身長は170センチくらい、短く切られた髪や優しそうな目元は爽やかで清潔感があり、いわゆる好青年だ。

 勤務先は誠さんと一緒と言っていたからそれなりに名の知れたメーカーであり、収入も悪くはないだろう。スポーツをしているだけあって体も締まっていそうだった。


 惟子が誠さんに頼んで探し出しただけあって、菊池は舞花の好みに的確に当てはまっていた。いつもの舞花だったら大喜びで浮かれていたこと間違いない。


 すごく良い人なんだけどね……


 すごく良い人そうなのはわかる。菊池も舞花も30歳を過ぎたいい大人だ。おそらく1回、多くても数回のデートを経て問題がなければそういう関係に発展するだろう。しかし、何となく舞花のなかですっきりとしないものが広がった。


 帰り際、コンビニに立ち寄った舞花はマシュマロを2袋かごにいれてレジへと向かった。自分用とガングニールズ将軍へのお土産用だ。

 レジに並びながらマシュマロの袋を見ていたら、舞花の頭に溶けたマシュマロがヒゲに絡み付いてべとべとになるガングニールズ将軍の姿が浮かぶ。


 ひげを剃らせる理由になるかも……


 舞花は商品棚に戻ると、マシュマロの袋をあと2つ追加した。

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