第30話 かくれんぼ

 舞花は自分のまわりを見渡した。鬱蒼と生い茂るや樹林で日の光が遮られてあたりは薄暗く、時折獣の遠吠えのような鳴き声が聞こえる。しかも、せっかく作って貰ったガラスの靴が片方無い。


 どうしよう・・・


 不安から思わず自分の体を抱きしめた。すると、カサリと音がして一枚の紙がハラハラと足下に落ちた。舞花はさっとしゃがんでその紙を拾い上げる。


『マイカへ

 今回の余興は隠れんぼです!マイカが隠れ役よ。マイカを見つけてそこから連れだして、ガラスの靴を履かせた人が優勝です。誰が捜して連れだしてくれるかしらね?それはこれからのお楽しみ♡

                        アナスタシアより』


 紙を見た瞬間、文字通り目が点になった。隠れんぼ?隠れ役??


「マジですか」


 舞花はその紙を見て独りごちる。どうやら自分は式典の余興の隠れんぼの隠れ役に任命されたらしい。隠れんぼと言うことはあの場に居た何人もの人達が舞花を探しに来てくれるということだ。

 舞花は悩んだ。誰かが探しに来てくれると言うことはこのままここに待機するべきか。それともこんな場所に一人で居るのは怖いから自分から帰り道を探すべきか。でも、靴が片方無いから無闇に歩くと足を傷付けるかも知れない。


 舞花はもう一度自分の周囲を見渡した。


 鬱蒼と生い茂る密林は以前にエルクに誘われて行った野営訓練の場所に似ている。しかし、今回は魔法のジープカーも無ければ火も無いし、北方軍の人たちも一人も居ない。舞花は一人っきりなのだ。

 すぐわきには大きな大木が生えており、その根元には人が隠れられる大きさの穴があいていて、せり出した根は椅子にするにはちょうど良さそうに見える。

 どうしようかと考え込んでいると遠くから獣の遠吠えがまた聞こえてきて舞花は身震いした。


「まさか、人を襲う獣とか出てこないよね??」


 思わず口に出た質問に答えるものはもちろん誰もいない。アナスタシアからのメモが何か変化しないかと見守ったが、それも何もおこらなかった。


 その時、ガサガサッと物音がして舞花は飛び上がった。


「ななな、なに??」


 縮こまって恐る恐る後ろを振り返ると、そのにはいつの間にか奇妙な鳥が居た。ハトのような頭にダチョウのような長い首、体のサイズ的にはアヒル位で全体的にピンク色をしている。

 その鳥は舞花の近くに寄ると目をパチパチッとしばたいてから「テッテッテッテッタ」と鳴いた。公園で食べこぼしのお菓子を狙うハトのように舞花の周りをクルクルと回っている。


「おいでっ!」


 人間、不安なときは温もりを求めるものである。例えそれが鳥であっても生き物の温もりが近くに居るのと居ないのは大違い。必死に呼びかける舞花に鳥は首を何回か傾げてから「テッテ」と鳴きながら寄ってきた。その不思議な鳥が近くに来て、舞花はちょっとだけ安心したのだった。


「なんかね、私、隠れんぼの隠れ役らしいのよ。お前も一緒に隠れてようよ」

「テッテッタ」


「そうなのよ。びっくりでしょ?」

「テッテ」


「誰が最初に来るかな?」

「テテッタ」


「私、結婚するって言われたよ」

「テテッ」


「相手が居ないんだけどどういうことかな?」

「テッテッタ」


「あ、もしかしたらお見合いかな?」

「テテッテタ」


「ガングニールズ将軍が居なかったけどなんでだろ?」

「テッテタ」


「あそこに婚約者さんも居たのかな?」

「テテッ」


「それにしてもあの軍人さんめちゃくちゃ格好良かったね」

「テッテ」


 そしてその森の一角で、舞花と鳥の互いに一方通行のやり取りはいつまでも続いたのだった。



 ♢♢♢



 一方その頃、終戦10周年の記念式典が行われていた王宮の広間ではまだ人々が事態を把握しきれずにざわめいていた。アナスタシアは構うこと無く壇上から人々を見下ろす。


「今回の余興の隠れんぼの隠れ役は先ほどの美女よ。彼女を無事に捜し出してここに連れ帰り、このガラスの靴をはかせてあげた人が優勝」


 アナスタシアは舞花が落としたガラスの靴の片方を高々と上に掲げて見せた。ガラスの靴は魔法灯の光りを浴びてキラキラと光り輝いている。


「見つけ出すのが大変でしょうから大ヒントよ。先ほどの美女はこの魔法の扉の先の北の森に居るわ。森には至る所に魔法のコンパスが置かれている。コンパスの指さす方向に美女が居るから、捜すときの参考にしてね」


 アナスタシアは壁ぎわに大きな魔法の扉、自分の目の前に森に置かれているのと同じだというコンパスを出現させた。扉は両開きの大きなもので、木製で精緻な彫刻が施されている。コンパスは両腕で丸を作った大きさで、ハートを象かたどった矢印がついていた。


「制限時間はこの時計の砂がすべて下に落ちるまで。つまりは1時間以内ね」


 アナスタシアが手をかざすと、今度は彼女の目の前には身長程もある大きな砂時計が現れた。砂は全て上にあり、さらさらと下に流れ落ちて始める。


「最後に、見事に美女を捜し出した人には素敵なプレゼントがあるわ」


 そしてアナスタシアは会場をぐるりと見渡してにっこりと微笑んだ。


「はい。始め!」


 その掛け声と同時に人々が一斉に魔法の扉へと群がる。

 一昨年の異空間脱出ゲームの際の賞品は塩や砂糖を使用しないのに好みの味を引き出す魔法の調味料100本と魔法のランニングマシン、昨年の花火の色当てクイズの賞品はマイナス5歳肌を実現する魔女の美容液100本と魔法の美顔器のセットだった。どちらもアナスタシア特製の魔法の道具で買えば目玉が飛び出る額のものだ。

 だが、なによりも特筆すべきは毎回優勝者が必要とするものが賞品になっていることだ。一昨年の万能調味料を勝ち取った伯爵は糖尿病と高血圧に悩んでいたし、去年美容液を勝ち取った婦人は目尻の皺とほうれい線に悩んでいた。今年はどんな賞品なのか、勝利すれば必ず自分に役立つものに違いないと否が応でも人々の期待も高まる。

 アナスタシアは一斉に舞花捜しに向かった人々を満足げに見守った。そのアナスタシアの元に一番弟子のナターニャは歩み寄る。


「誰がマイカをここに連れ帰るか、おわかりなのでしょう?」


 近づいてきた一番弟子の問いかけにアナスタシアは目を細めた。


「ええ。もちろん」

「まどろっこしい事をされますね」


 アナスタシアの最も優れた魔法の技術の一つは先見だ。アナスタシアにはこの先の近い将来が見えている。当然、この余興の優勝者だってわかっているはずなのだ。

「あら」とアナスタシアは目を輝かせる。「まどろっこしいから楽しいんじゃない?」


 そしてこの隠れんぼの勝者が誰なのか、楽しみで堪らないと言った様子でクスクスと笑った。




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