3章 舞花、恋をする

第14話 舞花、野営訓練に参加する①

「マイカは休みの日は何してるの?」


 たまたま出くわしたエルクに屈託のない笑顔でそんなことを聞かれ、舞花はうーんと考えこんだ。最近エルクとは会えば立ち話する仲なのだ。


「えーっと、アナスタシアさんに頼んで元の世界に帰ることが多いです」と舞花は少し考えて答えた。


 舞花がこちらで生活し始めてすでに3ヶ月以上が経っており、その間に何回か休日があった。舞花は魔術研究所のお仕事が休みの日は決まって、アナスタシアにお願いして元の世界に帰ることが多かった。


 元の世界に帰る際は惟子に会うか、実家に帰るか、独り暮らしの自宅の片付けをしている。つい先日、家賃が勿体ないのでようやく独り暮らししていた部屋を引き払って、必要最低限のものだけを月2000円の小さなレンタルスペースに異動させた。舞花は割と倹約家だったので貯金はあるが、それでも限りが有るのだから出費は少ない方がいい。


「元の世界に帰らないといけない理由があるの?」


「いえ、そういう訳では無いんですけど。友達に会ったり、独り暮らししていた自宅の整理をしたりしていました」


「ふーん。友達とは何をするの?」とエルクは次々と興味津々に聞いてくる。


「食事に行ってお喋りすることが多いですよ。あ、今度友達がバーベキューを企画するらしくって誘って貰う予定なんです。すごく楽しみで!」と舞花は笑顔で教えてあげた。


「バーベキュー?何それ??」


 不思議そうな顔をするエルクに、舞花は自然の中で焚き火のようなものをしてご飯を作り、それをみんなで食べて愉しむのだと教えた。


「マイカはそういうのが好きなんだね。女の子なのに珍しいな。それなら俺ら得意だよ」とエルクは笑顔を浮かべた。そして「次の休みに何人か誘って行こう」と言った。


「いいんですか?行きます!」と舞花は目を輝かせた。バーベキューは何回行ったって楽しいから大歓迎だ。


「任せといて。俺たち散々訓練してるから」


 訓練してる?と少し疑問に思ったものの、舞花はまあいいかと流して笑顔で約束した。まさかあんなに本格的なサバイバル体験をさせられるとはこの時は夢にも思わなかったのだ。


「そのかわり、お願いがあるんだけど……」


「お願い?」


 ごにょごにょと言いにくそうにするエルクから話を聞き出すと、舞花は目を輝かせた。


 そうかそうか、そう言うことですか。青春だねぇと、思わず顔がにやける。舞花はエルクのお願いをもちろん喜んで引き受けた。






 エルクと約束の日、舞花は待ち合わせした北方軍の施設入口の鉄の門の前にノンシャと共に向かった。


 そう。何をかくそう、エルクのお願いはバーベキューに魔術研究所の同僚のノンシャを誘って欲しいというものだったのだ。

 魔術研究所の一員であるノンシャは三つ編みにまとめた髪にそばかすのある可愛らしい魔女で、舞花とともにいつも魔法治癒師として北方軍の訓練に参加していた。正確な歳は知らないけれど多分20代半ば位で、これまた20代半ばと覚しきエルクとは年齢的にも釣り合う。


 ──魔法治癒師をする魔女に想いを寄せる若手兵士。バーベキューをきっかけに2人は急接近──


 これは舞花の大好物のいわゆる胸キュンシチュエーションというやつだ。これだけで小一時間ほどは妄想出来そうだ。今日は若い2人に大いに盛り上がってもらおうではないか。


 舞花達が北方軍の鉄門の前に着いたとき、エルクは既に到着していて、北方軍の隊員仲間とジープカーの準備をしていた。どうやらバーベキュー場にはジープカーで行くようだ。


「エルクさん!」


 舞花に声を掛けられたエルクはこちらに振り向く。舞花の後ろにいるノンシャに気付くと慌てた様子でやって来て、ちゃっかりと自分のジープカーにノンシャを案内していた。

 ノンシャに続いて同じジープカーに乗り込もうとした舞花は「あ、マイカはこっちだよ」と外から声を掛けられて足を止めた。


 「マイカはこっち。こっちに乗って」と別のジープカーの脇に立って呼びかけていたのはスデリファン副将軍だった。


「あれ?スデリファン副将軍も行くんですか?」


「俺のことはフィンでいいってば。マイカはこの車に乗って」とスデリファン副将軍が指さしたジープカーには、予想外のお方が乗っていた。


「あれ?ガングニールズ将軍まで??」


 驚いて素っ頓狂な声をあげた舞花をガングニールズ将軍はジロリと見た。


「エルクがお前達を連れて森に自主訓練に行くと言うからだ。何かあったら大変だからな」と腕を組んで難しい顔をしている。


 自主訓練?バーベキューじゃ無いの??


 喉元まで出かかった質問はとても言い出せる雰囲気では無く、舞花はおずおずと同じジープカーの後部座席に腰を下ろした。チラリと横を窺うと、ガングニールズ将軍はいつものような険しい顔で真っ直ぐに前を見据えている。


 何か楽しい話題はなかろうか……そうだ!


「焼きマシュマロが好きなのに、買いに行く機会が無かったんです。ガングニールズ将軍は焼きマシュマロは好きですか?」


 それなりにの狭い空間での沈黙は精神的にやられる。この状況を打開するため、舞花はガングニールズ将軍に世間話を振った。バーベキューと言えばマシュマロである。


「マシュマロ?」


 ガングニールズ将軍は舞花の方に向き、怪訝な顔をした。


「こっちには無いですか?白くてこれぐらいの大きさで、ふわふわしてて甘いお菓子です」


 舞花は人差し指と親指で○を作ってガングニールズ将軍にその大きさを見せる。中にジャムとかチョコとか、何かが入るっていることもあると教えた。


「餅か?」


「うーん。お餅とは違って、もっとフニフニです。でも、外側はすべすべなんです」


 うまいこと説明しようと思ったが、舞花の語彙力ではこれ以上どう説明すればいいのかわからない。散々頑張ったがうまく説明できないので、舞花は説明することを諦めた。


「今度向こうに帰ったら、将軍に異世界土産に買ってきますね」


 舞花が笑顔でそう言うと、ガングニールズ将軍は驚いた顔をした後に目元を和らげてはにかんだ。


「そうか」


 正確にはひげが邪魔でよく見えなかったが、とにかく舞花にははにかんだように見えたのだ。強面の将軍も異世界土産には興味があるらしい。


 その後、再びジープカーの中に沈黙が広がる。何か楽しい話題はないかと考えこむ舞花に対し、先に口を開いたのは意外にもガングニールズ将軍の方だった。


「アナスタシアの下で働くのは大変では無いか?あいつは昔からまわりを振り回すからな」


 舞花は心配そうにするガングニールズ将軍に首を振って見せた。


「たしかに悪戯好きですよね。ナターニャさんが大変そうです。私は概ねよくして貰ってます」


 舞花はたびたびアナスタシアが仕掛ける悪戯の尻拭いに奔走するナターニャの姿を思い浮かべてクスクスと笑った。


「そう言えば」と舞花はポンと手を叩く。「この前、アナスタシアさんが貴族の方に毛生え薬を納品したんです。その中の一本にアナスタシアさんが悪戯してて。なんだと思います?」


 舞花の質問に、ガングニールズ将軍は考えるようにあごひげを撫でた。


「そうだな。あいつのことだから、全身に毛が生える薬、髪型がおかしなことになる薬、もしくは髪の毛が部屋の端から端よりも長くなる薬のどれかだろうな」


「凄い!なんでわかったんですか!?」


 舞花はガングニールズ将軍がすぐに言い当てたので驚いた。つい先日、まさにそんな出来事があったのだ。


 ♢♢♢


 その日、舞花はアナスタシアに言い付けられて10本の毛生え薬を納品しに行った。行き先は王宮の外れの一角で多くの貴族達が利用する共用スペースだ。


「毛生え薬10本納品です」


「おお、やっと来たか」と喜んで寄ってきた貴族のおっさん連中は揃いも揃って寒そうな頭をしている。いわゆる毛生え薬の共同購入である。

 男性の髪の毛は世界の垣根を超えた共通の問題なのだな、と舞花は薬に群がるおっさんを見ながらしみじみと思った。


「なるほど。これが国王陛下御用達の毛生え薬か」とおっさんの一人が瓶を手に取る。


「待て。一本違うのがあるぞ」


「なんだこれは?特別仕様だと??」


 おっさん連中が色めき立つ。納品した中に一本だけ『特別仕様』と書かれた薬が混じっていたのだ。


「特別仕様だと?よし、それはわしが貰おう」


 一際ギラギラに着飾ったおっさんが前に出た。全部の指に大きな宝石をして、首にはお宮参りの赤ん坊がするみたいな襟巻きがついている。想像上の成金貴族を具現化したような見た目のてっぺんには申し訳程度の寂しい髪が生えている。まわりのおっさん貴族連中が一瞬で黙ったのできっと偉い人なのだろう。


「アナスタシアの特別仕様の毛生え薬か。1年も待ったんだからさぞかし効くのであろうな。どれどれ……」


 そして、おっさんは迷うこと無く一気にその特別仕様毛生え薬を飲み干した。次の瞬間、もくもくもくと煙が立ち……


 ツルツルのおっさんの頭が一瞬にしてアフロヘアになったのだ!


 鈍く光る寒そうな頭が一瞬にしてモサモサのアフロ。あの時は本当に驚いた。飲んだ本人が1番驚いていたが。周囲の一同が唖然としていた。


 しかも、そこに謀ったかのように現れたアナスタシアとナターニャ。アナスタシアは悪びれる様子も無くこう言った。


「まぁ、侯爵。もしかして特別仕様のものを使われたのかしら?沢山毛が生えたでしょう?お似合いですわ」


 そして妖艶に微笑むアナスタシアの隣でピクリと片眉を上げたナターニャ。ハッとしたまわりのおっさん達も我に返り、その場にいた全員が成金スタイルのおっさんのアフロヘアを褒めちぎる。


「お似合いでございます!」

「見事なふさふさ具合です」


「そ、そうか?そうであろう??ハッハッハ」


 今まさにこの瞬間、流行最先端のヘアスタイルが生まれたわけである。舞花は笑いを堪えすぎて、翌日おなかとほっぺたの筋肉痛に苦しむ羽目になった。


 ♢♢♢


「……って事があったんですよ」


「いかにもあいつらしいな」とガングニールズ将軍は苦虫をかみつぶしたような顔で呟いた。ちなみにガングニールズ将軍はおひげ同様に髪もふさふさである。


「ガングニールズ将軍はアナスタシアさんと仲良しなんですか?貴族の皆さまも薬の納品は数ヶ月待ちなのに、ガングニールズ将軍の回復薬の要請はすぐにとおりますよね?」と舞花はふと疑問に思った。


 アナスタシアの魔術研究所の薬は大人気なのでその納品要請はひっきりなしだ。多くの場合が数ヶ月待ち、長いと1年待ちもザラだ。それなのに、ガングニールズ将軍の要請はいつもすぐに通る。


 アナスタシアはよくガングニールズ将軍のことを『バカ将軍』とか『仕事バカ』とかひどい言いようなのに、ガングニールズ将軍は特に怒る様子もない。対するガングニールズ将軍もアナスタシアを『あいつ』とか『やつ』呼ばりしているがアナスタシアは気にして無さそうである。

 これはもしかすると実はとっても仲の良い友達特典なのだろうか、と舞花は思った。


「ん?まぁ、腐れ縁だ」と小さく答えるガングニールズ将軍の声はちょっと嫌そうだった。そして、「あいつに何かされたら俺に相談しろ」と真顔で言われたのだった。

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