第21話 話が違う!

 その日の夜、舞花はセドラを誘ってまたもや飲んでいた。


 店員さんが持ってきた今日何杯目かわからないお酒をぐびぐびと豪快に飲み干し、舞花はドンッとグラスをテーブルに置く。


「うぅ、セドラ! 失恋した!」

「だから、まだそうとは限らないでしょう?」


 頬杖をついて舞花を見つめるセドラも少々呆れ顔だ。このやり取りも本日何回目かわからないほど繰り返している。


 前回一緒に飲んだときには『自分の気持ちがわからない』などと言っていことを完全に棚に上げて、舞花はセドラに泣きついた。セドラがいつの間にこんなに話が進展したのかと困惑するのも無理は無いことだった。


「うわぁーん、セドラー! だって、10年間も一人の女性を想ってるんだよ? 10年よ?? 完敗だよ!」

「うーん。その話本当かなぁ?」


 セドラは舞花の話がにわかには信じがたく、うーんと腕を組む。


 ガングニールズ将軍に10年も思い続けたお相手がいる。そんな噂は弁当配達で長年軍の施設を出入りしているセドラですら一度も耳にしたことが無かった。

 そんなお相手がいればどこかしらで噂になりそうだし、何よりも、何かと舞花とガングニールズ将軍の進展を気にしてセドラから舞花の様子を聞きだそうとするスデリファン副将軍が教えてくれそうなものだ。

 それなのに、そんな話は一度も聞いたことがない。


「本人から聞いた訳じゃ無いんでしょ? マイカの勘違いかも知れないわ」

「でも、若い兵士さんが話してたんだよ。ガングニールズ将軍には婚約者が居たって!」


 セドラは肩を竦めた。


 将軍に上り詰めるほどの男なのだから、婚約者の話くらいは一度や二度起こってもおかしくはない。

 今のもじゃもじゃのひげで覆われた熊のような姿からは想像もつかないが、実はハンサムで若いころはとてももてたと聞いたこともある。

 そもそも、あの歳まで独身で残っていることが奇跡的なのだ。


「でも、今日のお昼にスデリファン副将軍と話したときはそんな話してなかったわよ?」

「セドラ、今日スデリファン副将軍と話したの?」


 そういえば今日の昼間にすれ違ったスデリファン副将軍は弁当を抱えていた。その時になにか話したのだろうか?


「ええ。マイカとガングニールズ将軍の話も出たけど、そんな話はひと言も言わなかったわ」とセドラは断言した。

「実はね、今日の昼にこの前マイカから聞いた話をスデリファン副将軍に話したの。スデリファン副将軍、マイカにガングニールズ将軍以外の男の人の影があるって知って凄くショックを受けてた。だから、その話は違うと思うの」

「でも、スデリファン副将軍は婚約者のことを知らなかったのかも」


 セドラは必死に元気付けようとするが、舞花もなかなか卑屈になった態度を改めようとはしない。


「うーん。でも、スデリファン副将軍とガングニールズ将軍って凄く仲が良いわよね? 知らないなんて、そんなことってある? スデリファン副将軍はむしろ、マイカとガングニールズ将軍の事を応援してる素振りだったわよ?」

「ふーん」


 セドラの並べる慰めの言葉も今の舞花にはなんの救いにもならなかった。スデリファン副将軍が応援しようが、現にガングニールズ将軍には『婚約者』なるものがいるのだ。ズーンと重い空気が舞花を包み込む。


「えーっと、ほら。マイカの射った恋に効く矢はガングニールズ将軍に命中したんでしょ? アナスタシアさんは国一番の魔女なのよ? アナスタシアさん特製の恋に効く矢なんだから、絶対に効くわよ。ね?」


 せめてもの慰めにと、最後にセドラがかけたその言葉を聞いた舞花はガバッと起き上がった。


「そうよ! そう言えば私、アナスタシアさん特製の『恋に効く弓矢』をガングニールズ将軍に命中させたんだった! なんで効かないのか聞いてくる!!」


 そうと決まれば飲んでる場合ではない。舞花はすぐに立ち上がった。


「え? マイカ?? ちょっと」


 突如立ち上がった舞花にセドラは目を丸くする。

 セドラが止める間もなく、舞花はあっという間に店を出てアナスタシアの元に向かったのだった。


 舞花が息を切らせて魔術研究所に戻ると、研究所の灯りはまだついていて窓から見える光は煌々としていた。

 舞花は魔術研究所の扉を開けると迷うこと無くアナスタシアの執務室へと向かう。バシンと勢いよく扉をあけると、アナスタシアは一番弟子のナターニャと2人でなにかを話し込んでいるところだった。


「アナスタシアさん!」

「あら、マイカ。ちょうど良かった」


 突如現れた舞花にアナスタシアは驚く気配も無くにっこりと微笑んだ。


「衣装を決めようと思って。どれがいいかしら?」


 アナスタシアは手元にあった衣装デザインのカタログのような冊子を舞花に見せてきた。

 結婚式の衣装直しで着るような華やかな色合いの豪華なドレスが沢山載っている。どこかのパーティーにでも行くのだろうか。

 しかし、あいにく舞花は今、アナスタシアのためにパーティー用のドレスを見立てるような気分では無かった。


「なんでアナスタシアさん特製の『恋に効く弓矢』は効かないの? 私失恋しちゃったよ!」


 舞花はアナスタシアの見せてきたカタログを完全に無視してアナスタシアに詰め寄った。アナスタシアは目を丸くしている。


「失恋? なんかの間違いじゃ無いかしら?? それより衣装よ。仕立てに2週間かかるんだから」


 アナスタシアは首を傾げてそう言うと、気を取り直したようにもう一度手元のカタログを舞花に見せてきた。

 これなんか似合いそうだけどどう? と赤いドレスを指さして勝手に話を進めている。


「2週間位どうでも良いんです! 将軍に10年も好きな人が居るなんて聞いてないよ!」


 舞花は涙目でアナスタシアを睨み据えた。そして、そこでアナスタシアはようやく舞花と目を合わせた。


「着飾った姿を見せてあの子を驚かせようと思ってたのだけど、それどころじゃなさそうね。やっと自覚したと思ったらここまで拗らせるなんて、ある意味凄いわ」


 手にしていたカタログをぱたんと閉じると、頬に手をあてて感心している。


「本当に。しかも本人達は大真面目なのが凄いです」とナターニャも横で頷いている。


「マイカ。少し話し合ってらっしゃい」


 そう言うとアナスタシアは舞花の額に手をあてた。

 まわりの空間がぐにゃりと歪み、次の瞬間、舞花は見知らぬ場所へと飛ばされていたのだった。

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