7. 対面


我が家から実家までは歩いて1キロ弱くらい。


あまり近すぎてもと、妻の気持ちを配慮して実家から少し距離をあけて

家を建てた。


それでも、暇さえあれば野菜や、お菓子を持って孫の顔を見に来る。


元気で何よりといえばそうなんだが。


ちょっと、確かめたいこともあったから実家に行くのは好都合だ。


すっかり保険のことなど忘れて家族で家を出る。


玄関を一歩出ると刺すような日差しが照りつける。


残暑という言葉では到底片付けられない暑さを感じる。


雲一つない快晴の空を見上げ目を細める。


「アッチーな!」


私は思わず、声をもらした。


「お前、よくこんな中、野球できるな?」


真っ黒に焼けた幸太を見て感心する。


「だって、屋内スポーツじゃないじゃん。」


もっともだ。しかし、そういう知恵問答の話をしたいんじゃない。会話は終了してしまった。


道々、「アッチーな!」を呟きながら4人で歩く。


昔は、もっといろいろ話しながら歩いたものだ。


思春期の子供とはこうも無口なものか。


謙斗に至ってはヘッドホンで音楽を聞きながら歩いている。


少しは私のオヤジギャグでも聞いて涼しくなればよいものを・・・・・・


実家までの道のりを3分の2程歩いたろうか?


ここに来るまでに今日は妙にお年寄りばかりとすれ違う。


いや、すれ違うばかりではない。通り過ぎる家々の庭や軒先にやけに老人が多い気がする。


もともと、若者の多い町ではない。町に限らず、やれIターンだUターンだと必死になってピーアールを行って若者の地元への定着を促す県だ。若者より老人が多いのは今に始まったことではないが今日は特にそんな気がする。


何より今日はそのお年寄りたちと目が合う。


適当に会釈して過ぎるが、妙にみんなニコニコして私を見る。そして、その顔ぶれのほぼ全員と言っていいくらい面識がない。知らない老人たちだ。


「なんか、今日はやけにお年寄りが多くないか?」


振り返って、後ろを歩く妻に話しかける。


「そう?いつもこんなもんじゃない?」


額に汗をにじませ既に疲れた様子で妻が答える。


「そうだっけ・・・・・・。」


道路を挟んで反対の歩道に犬の散歩をしているおじいさんがいる。


その様子を見て、ふと朝会った老人を思い出す。


「ねぇ、よくうちの前を朝に散歩していたおじいさん。あの太ったコーギーに散歩させられていた・・・・・・あれって、誰だっけ?」


「太ったコーギー?・・・・・・あぁ、石田さんとこのおじいさん?」


「そうだ、石田さんだ!」


我が家の何件か先の。


昔は子供の野球のために早起きしていたからよく朝に顔を会わせたものだが、少年野球が終わって私が早起きから遠ざかりすっかり顔を会わさなくなった。


「でも、あのおじいさんも犬ももう亡くなったよ。」


「え?」


聞き返しながら、胸のひっかかりが取れた感じがした。


あのおじいさんを見たときの違和感はこれだ。


「言ったよね?今年の冬に交通事故でって、その後、すぐに犬も亡くなって。

きっとおじいさんを追って行ったんだろうって近所で話題になってたって。」


確かに聞いた気がする。


近所の話題なんて大抵は晩飯の酔っ払った最中に妻が話すからぼんやりとしか覚えてない。


それでも、かすかにそれが記憶にあったのだろう。


あのおじいさんを、犬を見たときの違和感。


「他にコーギー連れて散歩しているおじいさんなんて見ない?」


「さあ?」


犬にうとい我が家だが、さすがにコーギーくらい見分けがつく。


やはり妻の知る限りいない。


だとすると、見間違いでなければ朝のあれは石田のじいさんだ。


それ以前にあのじいさんとコーギーのセットは私もあのワンセットしか知らない。


それにあそこまで太ったコーギーもそんなにはいないだろう。


モヤモヤする。私が見た者は、私が見た人は?


しかし、不思議な出会いはそれだけでは終わらなかった。





もう間もなく到着というところまで来たとき、実家の隣で玄関の植木に水をやるおじいさんがいた。


ステテコ姿にランニングシャツ。石田のじいさん同様に髪はない。典型的なおじいさんスタイル。


そのおじいさんもこれまですれ違ってきた老人たち同様に、私に気がつくとこちらを見て微笑んだ。


「えっ。」


私は足を止めた。これまで同様ではない。


このおじいさんはこれまでの老人たちとは違う。


「何で?」


石田のじいさんが亡くなったのは聞いた話だ。だけど、目の前にいるじいさんは聞いた話どころではない。私はこのじいさんの・・・・・・水谷のじいさんの葬式に出たからだ。


「水谷さん・・・・・・?」


呟く私を見て老人は変わらず微笑んでいる。


代わりに妻が応えた。


「どうしたの?行かないの?」


「あのおじいさん、俺が高校の時に・・・・・・。」


私は本人を目の前に“死んだはず”という言葉を出すのをためらった。


「ん?おじいさんて、どこの?」


妻が辺りをキョロキョロと見渡す。


「え?」


おじいさんを目の前に変な質問をする妻だ。


まさかお前にはこのおさんがおさんにでも見えるのか?!


「いや、そこの。」


私は目の前の老人を小さく指して小声で言った。


「ん、ん?何処に。」


なんだ、このコントは!いや、妻はそんなことをする人ではない。


見えないのだ、この目の前の老人が。


いや、私だけが見えるのだろう、咄嗟とっさに石田のじいさんのことが頭をよぎった。


瞬時にきっかけも、何となく見当がついた。


事故って頭がおかしくなったと誤解されたくないから私は


「あ、ごめん。見間違えた。」


と歩き始めた。


「何と?」


妻が妻には見えない老人のいるあたりを見ながら不思議そうに首をかしげた。


どうやら、いや、多分だが私は昨日の事故の体験後から死者が見えるのではないだろうか。


断定するのは早いだろうか?しかしきっかっけはそれ以外に考えられないし、事故より前にそんな経験をしたことはない。


今日はたまたま幽霊をよく見る日なのだろうか?


“んな、アホな。”


心の中で自分の考えに突っ込んだ。


私は実家の前に来たとき、実家の縁側を見て一瞬足を止めたが、そのまま先に実家に入っていった子供達の後に続いた。


“やっぱり”


と呟きながら。





昔ながらの開き戸の玄関扉を開けると


「お邪魔しまーっす!!」


子供たちが言葉とは裏腹に靴を脱ぎ散らかして上がる。


その靴を揃え直しながら


「お邪魔します。」


と妻が玄関をあがる。


続いて


「ただいま」


と私も家に上がる。


玄関からすぐ横の扉を開けリビングに入る。


少し息が苦しく感じるくらいの部屋の温度だ。


「あ、ようこそね!今、そうめんで上がるから、待っていてね!」


おふくろが台所から声をかける。


“おいおい、作りすぎたそうめんはどこへ行った・・・・・・”


などと、思うのはいつものことか。


「えーまだなの、腹へったー!」


言うやいなや幸太は座ってテレビを着ける。


“おまえも、〈えー、そうめん!〉はどこへ行った・・・・・・”


幸太はすぐにチャンネルを高校野球にあわせる。


「お!ほら予想通り〇×高校が勝ってる」


謙斗が自慢気に言うと


「そんなん、俺でも予想できるし」


幸太が負けじと追随ついずいする。


「どう?どう?」


妻も画面に見入る。


妻は元々野球の “ 野 ” の字くらいしか知らない人であった。


しかし子供たち、兄弟二人が野球を始め、徐々にルールを覚えて楽しさを知り、今では子供と高校野球を観戦するまでに成長した。


一昨年前までは子供の野球で一年中、野球漬けの日々だった。


単身赴任の私は週末帰るたびに子供たちと野球をしていた。


正直、週末は平日の仕事よりも過酷だった。


親はコーチや手伝いで駆り出される。


上級生の親とはどんなスポーツでもそんなものだろう。


願う成績は得られなかったが、充実していた。


家族がひとつにまとまっていた。


もしかしたら家族が最も同じ道を歩いていた時間だったかもしれない。


しかし、中学になり親の介入が減ると、私の子供たちへの野球熱も随分冷めた。


とりあえず、がんばってくれれば。好きなことを伸び伸びやってくれれば。


私は子供の野球に関しては親馬鹿でもなければ節穴の目でもないつもりだ。


多くの子供が小さい頃、野球をやっていれば “ プロ野球選手 ”


サッカーをやっていれば “ Jリーガー ”


将来の夢をそう描く子供も、それを願う親も多いだろう。


しかし、必ずチームに一人くらいいる天才を見つけ


“あの子がいれば優勝できるかも!”


“あの子がいるなら上位に行けるかも!”


といつの間にか他力本願になり


知らぬ間に息子にいい思い出を作りたい!いい成績を残してあげたい!に変わり


天才と凡人の違いを目の当たりにさせられる。


正直な話、我が家もそれだ。


そして長男、謙斗のチームにいた天才くんですらも強豪校の有象無象の集団に入れば、いつの間にかその輝きもくすむことを知り、強豪とは無縁の高校で趣味程度の軟式野球部に入った我が子に少し安堵していた。


もっとも、親がこんな考えの家からプロ野球選手は出ないのだろう。


そういう意味では妻も私も早くから先見の明があったのか


それとも、ダメな親だったのか。


しかしながら、今の所は外に出しても恥ずかしくない息子に育っている・・・・・・つもりだ。


確かめたいことがあった私は野球を観ている子供たちを残し、客間に向かった。


客間のふすまを開けると縁側に人がいる。


縁側は程よい日陰になり開けた窓は網戸になっている。


その網戸の前に白いTシャツに短パンで寝転ってる人。


庭を眺めながら左肘を床について右手でうちわをあおいで寝転がっている。



“親父。・・・・・・やっぱり。”



横にラジオが置いてあるが音は出ていない。


縁側の網戸から少し風が入ってくる。


夏のいつもの親父の姿。


私は庭に向かっての寝転がっている親父の後ろに座った。


「外から見えたよ。やっぱり・・・・・・ここにいたんだ。」


親父は聞こえているのか聞こえてないのか、黙ってうちわで自分に風を送っている。


「昨日はありがとう。親父だろ?」


相変わらず自分を仰ぐ親父に話しかける。


「親父のおかけで帰ってれた。ありがとう・・・・・・でも、何でポートピアだったんだろうね?」


黙ったままの親父。


「聞こえてんのかよ?まぁ、いいか。」


うちはをパタパタと仰ぐ親父を見ながら、私は少し微笑んだ。


それから立ち上がり、客間にある仏壇に手を合わせる。


数秒ほど丁寧に手を合わせ、仏壇の上を見上げる。


そこには笑顔で、気のせいか私に向かって笑っているように見える親父の写真があった。


視線を仏壇にやると、親父の大切にしていた腕時計。


私と兄貴と弟。


親父が退職した記念に兄弟3人から贈った腕時計が供えられている。


そう、これだ。


昨晩、私を導いてくれた。


川を渡ろうとしていた私を引っ張り戻どしてくれた男の腕についていた時計・・・・・・


振り返って見ると相変わらず庭を見て横になっている親父がいる。


今朝の石田のじいさんや、先ほどの水谷のじいさん、そして恐らくここに来るまでの何人かの老人もそうだろう、立て続けに出会った幽霊、いやとうに亡くなられた方々、それらと会ったから取り乱すこともなく、落ち着いて受け入れられる。


この信じられない光景、状況を。


それでも、家に入る前に外から縁側で寝ている親父を見つけたときは少しは驚いたが。


「父ちゃーん、ごはんだよー!」


リビングから幸太の声がする。


「まだいるんだろ?明日また来るよ。」


相変わらず素直になれない、仕事でいつも家にいなかったこともあり昔からあまり会話はしなかった。


孫ができてようやく我が家に足を運ぶようになったが


孫の話題ばかりで、親父と二人で会話したことはあまり記憶にない。


そのままである。


こんな状況になっても、何を話していいかわからない。


親父が生きてる時に素直になれなかった自分を後悔したはずなのに結局何も変わらない。


部屋を出る前に親父に向かって軽く頭をさげる。


もちろん、見えてないことを知って。


ふすまを閉めてリビングにもどった。


”何故、明日もいると思ったのだろう”


自分で言った言葉を少し不思議に感じた。


リビングは窓を開け放ったおかげで先ほどの息のつまりそうな暑さはもう無くなっていた。


「どうしたの?」


妻が聞く。


少し赤くなった目を悟られたくない私はすぐにテレビに目をやる。


「別に、どっちが勝ってる?」


正直、何処 対 何処の試合かも知らないが


無理やり話をそらした。




「そろそろ、帰る?野球も終わったよ。」


恐ろしいまでに茹でられた大量のそうめんを腹に入れ満腹感から横になってウトウトしていた私は妻に起こされた。


「あ、そう。んじゃ、帰るか」


台所で作業しているおふくろに向かって


「ご馳走さま、明日も来るよ。でも、明日はもう少し茹でる量を減らしてね。」


「あら、もう帰るの。じゃあ、明日も沢山食べにおいでね。」


全く聞いてない。それにそうめんのメニューすら否定しない。盆休みが長ければどれだけ太ることやら。


子供の頃は夏休み中、ほぼ毎日こんな感じだった。


よく太らなかったな・・・・・・


それだけ子供の頃は遊びまくって体を動かしていたということか。


勉強そっちのけで遊びまくっていたことも、あながち間違いではなかったというわけか。



などと感じながらお腹をさすった。


私は帰り際にもう一度、客間を覗いた。


さっきと同じ場所、同じ格好で親父が寝ている。


私は心の中で


“明日、また来ます。”


そう呟くとふすまを閉めた。


「何してるの?」


妻が聞く。


「いや、何でもない。さぁ、帰ろう」


私は玄関でつま先だけ靴に足を入れるとそのまま外に出た。


外に出ると来た時と同様に暑い日差しが顔を刺す。いや来た時よりも暑い日差しの気がする。


「アッチーな!!」


私が言う前に幸太が叫ぶ。


私の気持ちを幸太が代弁してくれる。


4人で実家を後にして来た道を戻る。


相変わらず庭先や玄関先で老人が私に微笑む。


もう、疑問はない。


しかし・・・・・・問題がある。


私には本当の老人と、その・・・偽物にせものと言う言い方は失礼か。


要するに生きてる人と亡くなられた人の区別がつかない。


皆あまりにも鮮明で自然だ。


よくある幽霊の話と違ってはっきりと足もあるし、透けてもいない。


“見極め方か・・・・・・”


この先のこともあるから違いをみつけなくては


この先・・・・・しかし、私はこの先、一生こんな風に幽霊を目にして生きていくのか?


それはそれで大変だ。それに世の中、幽霊はこんなにも多く町にいる・・・・・・いや、いらっしゃるものなのか!?うまくすればすごい能力かもしれないが、ことによってはすごく面倒くさい能力を身につけてしまったのかもしれない。


”問題山積みだがうまく付き合っていかなくてはいけないな・・・・・・。”




などと、わずかな期待と大きな不安を抱きながら歩いていると途中にあるコンビニの前にさしかかった。


「アイス食べたい!」


幸太がコンビニを見ながら言う。


「買って行く?」


妻も続く。


「よし、んじゃ、食べようか。」


この炎天下、わずかな距離とはいえ皆汗だくだ。


”他に買いたい物もあるし。”



先頭に立って私はコンビニのドアの前に立つ。


・・・・・・開かない。


自動ドアが開かない。


すぐ後ろから来た幸太が


「どうしたの?」


と声をかけながら私に追いついて来る。


「いや、ドアが・・・・・・」


言ってる途中でドアが開く。


そのまま私の言葉も聞こえていないのか幸太達は店に入っていった。


「?」


私だけ?自動ドアの上のセンサーを見上げ首をかしげながら後に続く。


子供達と妻は店の奥のアイス売り場であれでもないこれでもないと品定めしている。黙ってついて来た謙斗も品定めに余念がない。


私は迷わず


「やっぱり、これでしょ」


と小さい頃から馴染みあるアイスキャンディー


< デブデブくん >


を妻の買い物かごに入れると、ドリンクコーナーに向かう。


ガラス戸を開けると第3のビールに手を伸ばして、一旦手を止めた。


その手をビールに方向転換して500mlを2本取る。


” 生還祝いだからな ”


それくらいの贅沢は有りかとビールを選ぶ。


レジでアイスを精算中の妻の後ろからビールをカウンターに置く。


「えーっ!」


その“えーっ”はどういう意味なのか。


“昼間から?”なのか


“第3のビールではなく、ガチのビール?”なのか


それとも”350mlではなく500ml!”なのか


真意はわからんが


「まあ、まあ。」


となだめて横に立つ。


店員がバーコードリーダーをアイスと今並べたビールにあてる。


ピッ、


「画面のタッチをお願いします。」


私はレジ画面に手を伸ばし指先で触れる。


ちょっと昔までは俺が二十歳以下に見えるんか?


などと心の中で呟きながらタッチしていた画面。


最近は何の不満も抱かず先回りして画面にタッチする準備までするほど当たり前になった年齢確認。


”・・・・・・あれ?・・・・・・反応しない。”


指先で2,3回画面をつつくが反応しない。


「何やってんの?」


横で見ていた妻が手を伸ばして画面を触る。


「ありがとうございます」


画面は即座にきりかわる。


「〇×円になります。」


私は、後はお願いしますという意味で妻の肩をポンと叩くと


今まさに、店を出ようとする子供たちに続いて外に出た。


もし、この時一人で店を出ようとしていれば、さすがに気がついたかもしれない


2度あることは3度あるでは済まされない違和感に・・・・・・

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