21. おくり火



妻を誘って玄関を出た。


なるほど、クレームが出るわけだ、外は西日でまだまだ明るい。


庭にまわると謙斗はバケツに水を入れている。


幸太は既に花火の袋をあけて一番長い花火を手に持っていた。


“おいおい、ショボイと言っていたお前は何処に・・・・・・何のかんの言いながらお前はまだ子供だな。”


微笑みながら、準備したロウソクを地面にたてライターで火を点ける。


我先にと幸太が、続いて謙斗が手に持った花火に火を点ける。


パチパチと音をたて赤や緑や青色に花火が変化していく。


「明るいから、全然綺麗じゃないんですけど・・・・・・」


手に持った花火から繰り出される多彩な火花を眺めながら謙斗がぼやく。


流石にそれには私も返す言葉もない。


「ほら、お前もやれよ?」


私は黙ったままの妻に近寄り適当に選んだ花火を1本差し出した。


ずっと黙っていた妻がようやく口を開いた。


花火に夢中の子供たちには聞こえない声で。


「さっきの電話、警察からだった・・・・・・」


予想通りの言葉に私は表情を変えず黙って聞く。


妻は私の方ではなく花火をしている子供たちの方を見ながら話した。いや、子供たちのことも目に入っていない、ただその方向を、遠くを見ているようだ。


「○△峠で事故があって。崖下で炎上した車が発見されて。その中に焼死体があって・・・・・・。」


妻の言葉がつまった。


今度は妻は私の方を見ながら続きを話し出した。


「・・・・・・まだはっきりとは言えないけど。焼死体の手の中に子供の写真の入ったキーホルダーが握られていて、中の写真が燃えずに残っていたって。

他は全部燃えちゃっていて、車のナンバーしかまだ手がかりないけど、状況から考えて・・・・・・ご主人の可能性が高いって。」


今度は私が視線を子供たちの方に向けて妻の言葉を黙って聞いていた。


「・・・・・・ムカツクよね、失礼だよね?大体、あなたここにいるのに意味わからないよね。」


妻は声を押し殺したように呟いた。


「ああ、そうだね。・・・・・・俺はここにいるのに。」


視線を変えることなく、私は自分に言い聞かせるように応えた。


また、黙りこんでしまった妻の肩をポンと叩くと


「さあ、お前も一緒にやろう?」


目を真っ赤にした妻が見えたがそれには触れず花火を差し出した。


何本目かの花火に火を点ける子供たちに続いて、私も適当に選んだ花火に


ロウソクの火を当てた。


シューッという音とともに赤い火花が散った。


“そっか、ポートピアの夢の中で親父が俺に握らせた物はあのキーホルダーだったのか。でも、なんでキーホルダーを?”


果たして親父の霊がそうさせたのか、無意識にそれに手を伸ばしたのかはわからないが子供たちの写真を握りしめて逝くとは・・・・・


“俺もなかなかいきな死に方をするな。“


花火を見つめながら私は変な所に感心していた。


その時、


「キー、キキーッ!」


きの悪そうなブレーキ音をさせ、我が家のへいの向こう側の道に一台の自転車が止った。


低い塀ゆえ、庭で花火をしているのも道の方から丸見えなのである。


自転車に乗った男がこっちに向かって、


いや、子供たちに向かって声をかける。


「おう、謙斗!幸太!久しぶり!」


玉岡さんだ。


子供たちの小学生時代の野球の監督。


「あ、ご無沙汰してます、奥さん。」


続いて妻に気づいて挨拶する。


「ちわーっす!!」


子供たちは声を揃えて挨拶をする。


私も


「こんばんは、お久しぶりです!」


と言って頭を下げた。


勿論、私のことなど見えていないのを承知で。


「そうだ、<こんにちは>だ!


まだ、こんにちはの時間だぞ!お前達こんな明るい時間に花火して楽しいか?」


監督時代と変わらずズカズカと物を言う人だ。


「だって・・・・・・。」


昨年までの監督に反論を渋る幸太が私を見る。


私は幸太を見ながら“ベーッ”と舌を出した。


答えも聞かず玉岡さんは話し続ける。


「いい色に焼けてるな幸太、謙斗お前もがんばってるか?」


「はい」


謙斗は久々の対面で緊張しているようだ。


「ところで、父ちゃんはどうした?車も無いし、お盆も仕事で帰れなかったか?さみしいな!」


その瞬間二人の花火を持つ手が止った。


いや、動きの全てが止った。


「じゃあ、父ちゃんによろしくな!今度、飲もうって伝えといてくれ!あ、それとちゃんと毎日バット振れよ!」


そう言うと“じゃあね”と片手を上げ重そうにペダルを踏んで去っていった。


「いや、ここにいるんですけど。」


ぽつりと突っ込む私に子供たちはリアクションがない。


「まいったな・・・・・・決定的だな・・・・・・。」


私は引きつった笑みを浮かべ呟く。


“しかし、逆に良かったのかも。監督、ファインプレー!”


心の中で監督に感謝した。


「な、これで信じ・・・・・・」


言いかけた瞬間、妻が花火を落として、しゃがみ込んで両手で顔を覆う。


謙斗はしゃがみ込む妻を見て、今度は私をじっと見る。


幸太は火の点いた花火を持ったまま下を向いて固まっている。


私の予想を遥かに上回る妻の突然のリアクションに私も言葉を失った。


しばしの沈黙が続き、最初に口を開いたのは謙斗だった。


「グルだしっ!監督もグルだしっ!父ちゃん、手がこみすぎだよ!」


謙斗はまだ疑ってるようだ。


私は謙斗の目を見て黙ったまま、首を横に振った。


性格的に、そういう冗談に付き合う監督ではないのは指導を受けてきたお前たちの方がよく知っているはずだ。


「あ!煙だよ!!花火の煙で父ちゃんのこと見えなかったんだよ、監督!」


謙斗がまた声を上げる。


さすがにたった2、3本の花火から上がる煙にそんな力がないことくらいわかっているらしく謙斗の苦しいこじつけに誰も賛同してくれない。


その横では地面を見つめたままの幸太の足元が


ポトリ、ポトリと落ちる水滴で地面の土の色が変わっていく。


幸太の手に握られた花火はとっくに消えて一筋の煙だけ上がっている。


しかし、火のついていた時以上にしっかりと強く握り締めている。


花火を握り締めたその手は少し震えているようだ。


”納得したのかな?でも幸太、少し認めんの早くない?”


そう、言いたかったが小さく震える幸太を見て既に私の涙腺るいせんは崩壊していた。


「ごめん。・・・ごめんな。」


「は!?意味わからんし、何、謝ってんの?」


見ると苦しい推理を展開していた謙斗も涙を流しながら言い返している。


妻は両手で顔を押さえしゃがみ込んだままだ。


妻の落とした花火も既に消えて一筋の細い煙を上げていた。


「幸太、こっちを見ろ。父ちゃんに顔を見せろ。」


下を向く幸太に静かに、そして強く言った。


目を真っ赤にして頬に沢山の涙を流しながらゆっくりと幸太は私を見た。


“愛おしい”


それ以外の感情が浮かばなかった。


私は幸太の頭を撫でようと伸ばした手を見て、息を呑んだ。


それを見た幸太の真っ赤になった目が大きく見開かれた。


私の右手が・・・・・・けている?


自分の掌を見ると、私の手を通してその先の景色が見える。


手の向こうに幸太が見える。


足元を見ると足も透けている。


恐らく、子供たちから見たら私の全てが・・・・・・


徐々に消えゆく我が身に変な話だが少し安心していた。というより思っていた消え方で良かったとすら感じていた。流石にナスの精霊馬が迎えに来るなんて思っていなかったが何の前触れもなくパッ消えるのは嫌だなと思っていたから。


選択肢があるわけではないがの消え方で良かった。


でも、悲しいことには変わりない。


「・・・・・・残念ながら予想通り。どうやら時間だ。」


私は苦笑いをしながら話した。


透けてゆく手で構わず私は幸太の髪をクシャクシャっと撫でた。


さわれた。


その感触、汗で少し湿った髪の毛の感触が手を伝う。


幸太は何も言わずに、しゃっくりを繰り返しながら私を見つめる。


しゃがみこんだ妻を見ながら、


「みんな、立って。父ちゃんを見てくれるか?」


命令というより、お願いの口調で話しかけた。


ゆっくりと妻も立ち上がり私を見る。


私の大好きだったUSJでの写真の笑顔とは程遠い、涙でくしゃくしゃの顔をした3人が私の前に並ぶ。


それは恐らく私もだろう。


まず、妻を見つめた。


「お前、夕べ、起きていただろ?聞いていただろ?」


妻はゆっくりと頷く。


妻の寝息の様子から何となく寝たフリの気がしていた。


それも、計算して告げた言葉だった。


私は微笑みを浮かべ、


「逆になっちゃったね、俺がお前に幸せにしてもらった。俺が幸せにするとか、嘘になっちゃってごめんね。本当に、俺と一緒になってくれてありがとう。」


それから謙斗をみた。


謙斗もしゃっくりが止まらなくなっている。


「お前は昔から優しい子だ、だけど父ちゃんがいないからっって何でも独りでがんばるなよ。幸太と助け合っていきなさい。謙斗、父ちゃんを、父ちゃんにしてくれてありがとね。母ちゃんを頼むね。」


沢山言いたいことがあるが見る見る薄く、消えていく自分の体から残り時間を計算しながら話す。


全てを飲み込んでくれたかは分からないが、


謙斗は真っ赤な目で私の目を見ながら黙って頷いた。


“いつの間にか立派な男の顔つきになったな、これなら安心だよ。”


そう思いながら幸太を見る。


一言も喋らず、ただ口を真一文字に結ぶ幸太に言った。


「幸太、お前はこれからまだまだ沢山のものを見て沢山の経験をする。そこから、ゆっくりやりたいことを探して、いつか何か夢中になれることを見つけなさい。アドバイスはしてやれないけど、お前が何をやるのかあっちで楽しみに見ているよ。」


私は人差し指で空を指した。


今まで口を結んでいた幸太が震える声でようやく話し始めた。


「・・・ヒッ、ヒッ。ずるいよ、父ちゃんは。父ちゃんだけ知ってたんだろ?

いなくなるって知ってたんだろ?自分のやりたいことばっかり・・・・・・・俺だってやりたいことも、もっと話したいこともいっぱいあったのに・・・・・・また、釣りしようって言ったじゃないか。俺だって、俺だって。」


私は嗚咽しそうになるのを手を強くにぎり奥歯を噛んでこらえた。


しかし、聞きながら、もはや前が見えない。


涙のせいで全ての景色が歪んで、ぼやける。


声も出せない。


でも、精一杯がんばって、声を絞り出した。


「みんな、ありがとう。それと、だ・・」


最後の方は口パクになってしまった。


そして最後の言葉を言い切ることなく私は消えた。


この場がなければ家族に生涯言わなかったであろう言葉の途中で。


私が消えた瞬間にまるで蛍の光の様に緑の小さな光が空に登っていくのが3人の目に見えた。


幸太はその光を掴もうと思わず手を伸ばしたが光は既に手の届かない所まで登っていた。


よく見ると我が家だけではなく辺り一帯の家から沢山の緑の光が空に向かって上がってゆくのが3人には見えた。


この夜、どれだけの人が見ることがあったであろうか。薄暗くなった夜空に無数の光が集まりまるで川の流れのように同じ方向に向かって流れてゆくのを。


後に残ったのは私の立っていた地面にできた水滴の跡と、そして


何故か消えずに残った洗面所の鏡に口紅で大きく書かれた<大好きだよ!>の文字だった。


花火による私への“おくり火”が終った。


私が家族と過ごす最後の時間が終わった。



・・・・・・しかし、私は知らなかった。


もしかしたら、私を連れ戻した親父ですら知らなかったのかもしれない、もちろん石田のじいさんさえも。


私がに現れた本当の理由を、意味を・・・・・繋いだ絆を。

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