20. 告白
家に入ると、妻が皿をテーブルに配置する。
それからサラダと、パンをテーブルに置く。
私はオーブンから大皿に盛られ焼きあがったグラタンを取り出した。
マカロニの代わりにペンネを入れてボリュームを出す。
我が家のクリスマス恒例メニューである私のお手製グラタンだ。
テーブルの上に一通り並べ終えると
「よし、飯だぞ!」
と手にしたビールを開けながら、キャッチボールを終えソファでテレビを見ている子供達に声をかけた。
振り返って食卓を見た幸太が叫ぶ!
「やった、グラタン!」
続いて謙斗が言う。
「はー?夏にグラタン?」
もっともな意見だ。
「いいだろ?俺が無性に食べたくなったんだよ。たまにあるだろ?真夏におでんとか真冬にアイス食べたくなること。」
「真夏のおでんは無いかな。」
冷静に謙斗は否定する。
“それは俺もないな。”
言っておいて、私も心の中で謙斗の意見を肯定した。
決して嫌がらせではなく、このメニューにしたのにはちゃんと理由がある。
いつぞや、謙斗が父ちゃんの料理で一番美味いと言っていたことがあったからだ。
もしかしたら空腹から出た適当な言葉だったのかもしれないが、私の記憶にしっかりと刻まれた言葉だった。
妻を横に立たせて一緒に調理したから、少しは妻もレシピを覚えてくれたかも・・・・・・そのために手伝ってもらった。
今の私にはレシピを書いたメモを残すことすら許されないだろうから。
いつもの夕食時間から考えると早すぎる時間だが皆テーブルについた。
食べ始めると、
「アッチーな!!」
謙斗が叫ぶ。
意味は違えどここ二日間よく聞く叫びだ。
「熱くて、食べれない!」
「汗が止まらん!!」
「口の中、火傷した!」
味の賛辞よりも、クレーム多数!
しかし、クレームのわりには皆よく食べる。
私は少し箸をつけるくらいでビールを飲みながらそれを見守った。
昔から、あまり「美味い!美味い!」と言って食べる子供たちではなかった。
ただ、食べるスピードだけが、料理の
判断できない妻だけがいつも
「どう?美味しい?美味しくない?」
と聞いていたが、私は食いっぷりでわかっていた。
今日のグラタンもまずまずのようだ。
*
大皿の中はあっと言う間に空になった。
一番先に食べ終えた謙斗は食器を片付けソファでテレビを見始めた。
最後に食べ終えた幸太もソファへ。
まったく、男の子というやつは調理時間の半分も食事に時間をかけない。
もっと、味を堪能して欲しいものだ。
妻は毎日こんな気持ちなのだろう。
もっとも、それだけ美味かったのだと思うことにしよう。
私は2本目のビールを飲み終えると
「皆、もう一度テーブルに集まってくれ!」
と呼び寄せた。
その時が、すぐそこまで迫っていたから・・・・・・
*
邪魔になるからとテレビを消し、さっきと同じ配置に座り食卓を囲んだ家族を前に
私は
「フーッ」
と大きく深呼吸をした。
皆が何事かと私を見つめる。
「昨日から、父ちゃんの我儘に付き合わせて悪かったな。でも、付き合ってくれてありがとう。実はこれには訳があってな。どうか、今から話す父ちゃんの話をよく聞いてくれ。それから話の途中で突っ込みたくなっても父ちゃんの話が終わるまでは、とりあえず最後までは黙って聞いてくれ。」
全員の頭にクエスチョンマークが浮かんでいるように見える。
しかし、これからする私の話を聞けば更にクエスチョンマークは増えるだろう。
私はゆっくりと事故からのこと、私の身に起きてることを順を追って話した。
「・・・・・・以上が父ちゃんの話だ。」
約束通り、私が話し終えるまで誰も口を挟むことは無かった。
「・・・・・・・つまらんし、嘘だし!」
私が話し終えて少しの間、静寂が続いた後で幸太が真っ先に口をひらいた。
「いまいち、落ちは?」
謙斗が続く。
何故か妻だけはずっと黙っている。
私の説明が下手だったのか、全く信じない。しかし当然の反応だ、予想の範疇。
「笑い話じゃないから落ちは無いよ。まあ、そうだよな?信じられないよな・・・・・・普通。」
立場が逆になって、私が聞く側になったとしても信じないだろう。
「だって、はっきりここにいるし!」
「いるし!」
幸太の言葉に謙斗も
予想された当然のリアクションに私はため息をついた。
「はぁー・・・・・・、でしょーね。」
”仕方ない、最後の手段。これはショッキングだから出来ればやりたくなかったが・・・・・・”
私は黙ったまま、まだ何の反応も示さない妻に声をかけた。
「母ちゃん、スマホある?」
「あ、あるよ。」
そう言うと妻は少し戸惑いながらポケットからスマホを取り出した。
「それで、俺を撮ってみて。」
「何で?」
「いいから、撮ってみて。」
そう頼むと妻は私にスマホを向けた。
カメラを向けられると、この期に及んでついピースしてしまう自分が情けない。
カシャッ!
「撮ったよ、どうするの?」
「ちゃんと撮れているか確認して。」
「お前らも見てみろ。」
子供たちも妻の後ろからスマホを覗き込む。
・・・・・・今にも聞こえて来そうな妻や子供たちの悲鳴・・・・・・悲鳴。
「・・・・・・あれ?」
「で?これがどうしたの?」
妻が私に聞いてくる。
「え、これがって、写ってないだろ?」
「撮れてるよ、ちゃんとか、わからないけど。ねえ?」
妻が子供たちに向かって同意を
子供たちもそれを見て
「んな、馬鹿な!」
「ほら」
妻がスマホの画面を私の方に向け近づけて見せる。
“一昨日の私の見た写真は見間違い?”
“カメラの故障?操作ミス?”
“全てのことが思い違いだったのか?”
“俺は死んでない?!”
妻の向けるスマホの画面が目に入るまで沢山の嬉しい期待が頭の中に思い浮かぶ。
ドキドキしながら、画面を覗く。
“・・・・・・いない、どう見てもただの部屋の中の写真だ。”
画面には誰もいないリビングが写っているだけだ。私のいないこのテーブルとイスがあるだけだ。
「え?ここに俺、写ってる?」
「はぁー?まだ言ってるの?」
謙斗が面倒くさそうに答える。
「いるよ、写ってるよ。え、見えないの?」
妻が驚いて聞く。
少し考えた・・・・・・原因は?理由は?
“・・・・・・そうか、家族だからか!”
もとよりこいつらは今の私のことが見えている。
だから、今撮った写真の中にも俺が見えるわけだ。
もし、ここに他人がいたら冷静にジャッジしてくれただろうが、
しかし、それでは、そもそも私のことも見えないから・・・・・・
“あー、面倒くさい。”
「見えるよ。写ってる・・・・・・。」
つい、適当に話を合わせてしまった。
この手を封じられると次の手が思いつかない。
文字通り、みんなを信用させることができる“最後の手段”だったのに。
「ごめん、父ちゃんの妄想だ、事故で頭でも打ったのかもな。」
「つまらんし!」
幸太が馬鹿にしたように言った。
謙斗は何も言わないが少し怒った様子だ。
妻だけが心配そうに私を見る。
そんな目で見られることは滅多になかった。
私はチラリとリビングの壁にある時計を見ると
「悪かった!よし、冗談はこれくらいにして花火するぞ!」
私はそう言うとテーブルの横に隠してあった、
さっきホームセンターで最後に買い足した花火を袋から出して見せた。
「ジャーン!花火セットーッ!・・・・・・」
無反応の子供たち・・・・・・こらこら、のび太でも、もう少し喜ぶところだ。
無理もない。たった今面白くもないというより、どちらかと言えばたちの悪い冗談を聞かされたばかりだ。
おまけに打ち上げなどない、子供向けの手持ち花火のセット
中学生と、高校生には物足りないであろう子供向けの花火。
案の定、見ている子供たちの目は輝いていない。
子供たちのリアクションの薄さと、寒いボケにこっちが赤面してしまう。
「悪かったって!気を取り直して花火しようぜ!!」
私は子供たちのご機嫌をとりつつ、親指を立て外を指した。
「は?まだ全然、明るいんですけど!」
謙斗が外を見ながら、異を唱える。
「今からやれば丁度いいんだよ!」
「何に丁度いいの?それにショボイのしか無いんだけど。」
「うるさい!!みんな表に出ろ!父ちゃんにもプランがあるんだよ!」
昨日の釣り同様、ゴリ押し!
いや逆切れか、もう理由など浮かばない。
強引に準備をさせた。
「おくり火はどうするの?」
買ってきた送り火用の何やらの木を見て妻が聞く。
「花火の後でやるよ。」
“やる時間があればね。”
私は答えた。
子供たちが靴をはき玄関を出ようとしたその時、
“プルルルル”
リビングで電話が鳴る。
おふくろ以外の相手なら私が出ても話せない・・・・・・。
迷っていたら妻が受話器を取った。
「・・・はい、・・・・・・はいそうです。・・・・・・はい・・・・・・え?・・・・・・いえ、そんなはずはありません。」
私は少し離れて玄関から電話の会話を聞いていた。
「・・・・・・いえ、何かの間違いです!だって、ここにいますから!・・・・・・違います!・・・・・・いい加減にしてください!!」
最後は妻にしては珍しく声を荒げて電話を切った。
「どうしたの?」
リビングから出てきた妻に私は聞いた。
「何でもない、間違い電話。」
妻は少し興奮したのか赤らめた顔で答えた。
「そう。」
言いながら、妻の電話の対応を聞いていた私には見当がついていた。
どこからの電話か、何の用件かも。
いよいよ、時間が迫っている気がした。
「ごめん、ちょっと待ってて。」
私は洗面所に行って冷たい水で顔を洗った。それから鏡を見て少し乱れている・・・・・・他人から見てもわからないような髪型の乱れを直した。
「よし。」
鏡に映る自分を見つめて呟いた。
「最後はできる限りかっこよく。」
いよいよ迫る”その時”を前に覚悟を決めた。
その時、鏡の脇に妻の口紅が見えた。
私は遊び心半分、期待半分で口紅をとり鏡に文字を書いた。
歌の歌詞なんかによくあるルージュで書かれた・・・・・・的なのがよぎって、少し洒落っ気で口紅を鏡に走らせた。
”どうせ、消えてしまうんだろうけどね・・・・・・。”
玄関に戻ると深刻な顔をしてこっちを見ながら妻が立っていた。
「さあ、行こう。」
私は靴を履くと妻の肩を軽く叩いて、先に庭に出た子供たちの所に向かった。
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