19. 憩い
スーパーからの帰り道、馴染みのホームセンターが目に入った。
「ちょっと、寄って!!」
私はホームセンターを指さして妻に頼んだ。
「何か買い忘れたの?」
妻はハンドルを切りながら聞く。
「送り火焚かなきゃ!!」
「え?そんことやったことないじゃない!!」
妻は私の言葉に驚きながらもホームセンターに入ってくれた。
初めてチャレンジする<おくり火>がまさか自分をおくるためとは夢にも思わなかった。いや、普通誰も思わない。
妻を連れ一緒に店に入る。
何を買えばいいのか全く分かっていないが一通りお盆グッズの揃った特設コーナーがあった。
送り火で燃やすための何とか言う木を買い物カゴに入れ、妻とレジに並ぶ。その時、すぐ脇に置かれた商品を目にした私はそれを手に取り妻の持つ買い物カゴに入れた。
「何、これも買うの?」
少し、あきれる妻に
「いいじゃん!夏休み、夏休み!!」
と私は笑顔で誤魔化した。
*
家に帰ると、子供たちはリビングでテレビを見ながらオヤツを口にしている。
「おっ!終わったんだろうな?」
てっきりまだ、大掃除の最中と思っていた私は少し驚いて聞いた。
「確認してみたら?」
生意気に謙斗が答える。
それを聞いてトイレ、風呂、玄関・・・・・・
確かに大方、指示した所は、大分・・・いやほぼ完璧なまでに綺麗に掃除してあった。
午前中のローペースが嘘の様に、買い物に行っている間にやりきっていた。
コツを掴んだのか、午前中は手を抜いていたのかはわからないが上出来だ。
指示したことをちゃんと終えてることに感心しつつリビングに戻った私は
「小遣いは母ちゃんが後で払うからな。」
と子供たちに言うと母ちゃんに視線を投げた。
「えー!!父ちゃんが言い出したんだから父ちゃんから貰ってよね!」
と迷惑そうに答える妻に
「払ってやりたいけど、俺の財布はもうないから。」
私は残念そうに言った。
「ずるい!」
と返される。
“無いのは財布だけじゃないけどね・・・・・・”
そう思いながら何も言わなかった。
話をはぐらかして私はキッチンに立つ。
「ちょっと、手伝って?」
スーパーで買ってきた物を袋から取り出しながら妻に声をかけた。
普段なら自分ひとりでやるが妻を誘う。
ソファでオブジェになる寸前だったが妻は、さほど嫌そうな顔もせずに横に来てくれた。
玉ねぎ、鶏肉、マッシュルームを切り、塩コショウを振る。
そして隠し味に〇✖△〇を少々。
「へー、〇✖△〇なんて入れるんだ。」
妻も少し驚く。
〇✖△〇とは何かって?教えないから隠し味なのだ。
ガラスのボールに入れて白ワインを入れ、バターを乗せてレンジにかける。
その間にペンネを茹でる。
妻はあまり手を出す余地がないが、使用済みの食器を洗ったりして黙って横で見ている。
ホワイトソースと絡めて皿に盛るとたっぷりチーズを振ってオーブンにかけた。
チーズ嫌いの幸太もこれは喜んで食べる。
自称、チーズ嫌いのくせにピザも食べる。
思い込みだろう、本当はまったく嫌いでは無いようだ。
外はまだ明るく、普段の我が家の夕食時間からは考えられないくらい早い時間の夕食準備。
焼けるまで少し時間がある・・・・・・無駄にしたくない。
「おーい!キャッチボールするぞー!!」
リビングから既にいなくなり、今は二階にいる子供たちに向かって叫んだ。
二人してなかなの面倒くさそうな様子で階段を降りてきた。
私は既に自分の愛用のグローブを着けて玄関で待っていた。
「この暑さの中を?」
「せっかく、部活が休みなのに。」
2人とも思い思いの不満を口にしながらグローブを準備する。
「よし、やるぞ!」
料理が出来るまでそれほど時間はないが、今は少しでも無駄にしたくないという思いから私は一番に玄関を出た。
暑くないとは言わないが昨日までの刺すような日差しや暑さは感じない。
とは言え運動をするには十分不満の上がる暑さだろう。
3人とも家の前の道路に出る。
自慢ではないが我が家はキャッチボールができる程、広い庭ではない。
昔からキャッチボールは家の前の道でしたものだ。
人通りがあまりないのをいいことに。
私の向かい側に二人を立たせ交互に私がボールを受ける。
これが二人が小学生時代からのお決まりのフォーメーションだ。
二人が野球を始めた頃はコーチ気分でそれぞれからのボールを受けては、投げ方だの捕り方だのとあれこれ指示をしていたものだ。
今では一番下手なのは私だが、たまにこうしてキャッチボールに付き合ってくれる。
既に私とやっても得るものなど無いだろうが、ただの私の運動不足解消に付き合ってくれる。
勿論、今日のキャッチボールは運動不足解消のためではない。
“そうは言っても、謙斗が進学してから・・・・・・いや、今年になってからやるのは初めてじゃないか?”
最後のキャッチボールがいつだったか思い起こす間もなく、謙斗が私に向かって投げる。
<ビッシ!!>と音をたて謙斗のボールが慌てて構えた私のグローブに収まる。
やはり随分、久しぶりだ。過去の記憶にはない謙斗のボールの威力がそう思わせる。それに肩も温まっていないうちにいい球を投げる、さすが高校生
高校になってほとんど謙斗の野球姿を目にすることはなかったが、この球が頑張っていることを伝えてくれる。
続いて幸太。
<パシッ!!>
親に似て弱肩だ・・・・・・
しかし、それでも昔受けていた球よりは遥かに速い。
“二人共、随分、成長してるんだな・・・・・・俺の知らないうちに。”
幸太に向かって投げ返す。
「あれー、父ちゃんの球って、こんなに遅かった?」
人が感慨に浸っているというのに、ひどいことを言う。
当然だ、お前たちの体力はまだ上昇中だろうがこっちの体力は既に峠を越えてふもとに向かっているのだから・・・・・・そんなことは自分が一番わかっている。
“父ちゃんが元気だったらお前はこの先もっと弱った俺のボールを目にすることになったんだぞ。”
と不思議な言葉が頭に浮かびつつも
「やかましい、まだ肩があったまってないんだよ。」
と、あったまった所で今投げてる球とあんまり変わる気はしないが適当に言い訳をする。
“消える魔球”ならぬ“消える親父”が投げるすごい大リーグボールを受けているのに歯に絹着せずズケズケと言う幸太。
キャッチボールを続けていると、やることがないのか玄関から妻が出てきた。
「この暑い中よくやるねー。」
感心より呆れているニュアンスで言った。それから腰を下ろして様子を見ている。
こんな風に4人で野球をしているのはいつ以来か。
妻は見ているだけだが同じ空間にいる。
キャッチボールをしながら昨晩の問いが頭をよぎる。
<あなたは生まれ変わってもまた、同じパートナーと結婚しますか?>
という問い。
“俺、もっとこいつらのボールを受けたいな。二人とも、もっともっと速くて力強いボールを投げられるようになるんだろうな・・・・・・そのためにも。」
妻の方をチラリと見た。
“俺、またお前を見つけるよ。”
大学時代、たまにしか行かない学食でたまたま見かけた妻に一目惚れして、たまたま知っていた共通の友達を通じて縁をとりもってもらった。
文字通り“見つけた”相手。
しかし“たま”もあそこまで続けばきっと必然だ。
“今度も必ず見つけるよ。そして今度はもっと長生きするからまた俺と・・・・・・”
そう考えていると、次第に子供のボールがぼやけて見えなくなってきた。
“親父やおふくろ、じいちゃんやばあちゃん、その前の先祖たち・・・・・・
恐らく誰ひとり間違わず同じパートナーを選ぶ。“
なぜかその自信がある。
“だから、もちろん俺も・・・・・・”
そう考えていた矢先、白いボールの影が私の横をすり抜けていく。
「はい、終了―-っ!!!父ちゃんはご飯作りに戻りまーすっ!ボール取ってきてくださーい!」
私は叫んだ。
「は?父ちゃんのエラーだし!」
投げた幸太が言う。
「残念、父ちゃんの守備範囲を大きく外れてました!!」
私の守備範囲が狭いのは認めるが、本当に大きく外れていたかは曇った視界でよくわからなかった。
正直、例え守備範囲内でも、もうどんなスローボールでも取れないくらい目が潤んでいた。
“どうか、このキャッチボールも昨日の釣りも、私が消えた後も家族の記憶の中に残しておいてください。”
誰に言うでもなく私はそう心の中で祈った。
こぼれそうになる涙を悟られないように私は家に入っていった。
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