22. エピローグ



-----10年後の8月13日----



快晴。


空には雲一つない青空が広がっている。


いや、正確には一筋の飛行機雲が青い空に一直線の白い線を描いている。


その空からは容赦ない日差しが照りつけアスファルトから上がる陽炎かげろうによって地面の景色を波立たせている。


ここはとある田舎の、小さな山の上にある小さなお寺の墓地。


その墓地の中でも坂の上の少し高い所にある一つの墓の前にひと組の男女がいた。


「こんな、感じかな?」


男の方が墓の両側に供えた花束の左右のバランスを見ながら呟いた。


その時、


「ういっーす、久しぶり!兄貴。」


黒いTシャツにジーンズの若い男が、坂を上がって来て先に墓前にいた男女に声をかける。


「あ、それから義姉ねえさ・・・あやさん、久しぶり!」


「わざわざ、言い直して間違った方を選ぶな!」


謙斗が幸太に言った。


「いや、だって同級生をお義姉さんて呼ぶの抵抗あるでしょ?」


幸太が顔をしかめて言う。


「同級生だろうが、下級生だろうが俺の妻はお前の義姉さんなんだよ!」


半笑いで謙斗が幸太に注意した。


「まあ、そうなんだけど。まだ慣れなくて、そのうちね!」


「ったく!」


謙斗の横に立つ女性は・・・あやは綺麗な二重の目を細めてクスクスと笑いながら二人のやり取りを見ていた。


「今日もアッチーね?」


幸太が雲一つない快晴の空を見上げ


Tシャツをパタパタさせて体に風を送る。


それから、置いてあるバケツからヒシャクで水をすくうと墓石の上にかけた。


パシャ、パシャと音を立てて墓石の上から水が滴り落ちる。


「はいよ、父ちゃんもアッチーだろ?」


そう言いながら2回、3回と幸太は墓に水をかけた。


「仕事、順調みたいだな?でも、忙しくても“YOU TUBER”なんて家でも出来んだろ?もっと、顔出せよ、母さんに。」


謙斗が幸太に言った。


「お、偏見!まあ、いろいろやることあるんだよ、これでも。それに、俺楽しいんだ、この仕事・・・・・・・何より見られてるからね真面目にやってるよ。」


幸太が空を見上げ少し真顔で言った。


「そうか・・・・・・しかし、それなりの大学出てYOU TUBERとは。父さんだったら・・・・・・お前らしいって、笑ってるか。」


「でしょーね。」


幸太が今度は笑顔を浮かべてお墓の方に視線を向ける。


謙斗が線香に火を点け墓前に立て、手を合せた。


続いて、幸太、最後にあやも線香を供えて合掌する。


「あれから10年か・・・・・・」


あやが手を合わせているその後ろで、ポツリと謙斗が呟く。


「そうだね。」


幸太も頷きながら口にする。


「今でも、夢だったのかな?って思う時があるよ。」


謙斗が言うと


「夢じゃないよ。俺はたしかに父ちゃんと釣りをしたし花火もした。


あの時・・・・・・10年前のお盆に父ちゃんは間違いなく一緒にいたよ。」


幸太はきっぱりと答えた。


「そうだな・・・・・・いた。たしかに、いたな。」


謙斗は、その答えを待っていたかのように幸太の言葉を肯定した。


「実際、鏡使いにくかったよね、考えなしの父ちゃんのせいで。書くならもっとはじに書けよって感じだったよね。」


「父さんもまさか俺たちがあの文字を消さずに鏡を使い続けるとは思ってなかったんだろ。」


「消せないよ・・・・・・。しばらくあの鏡見る度に母ちゃん泣いていたよね。」


“母ちゃんだろ。”


謙斗は思ったが口には出さなかった。


「見ろよ、兄貴。」


幸太が笑顔で線香を指さした。


幸太の指差す方を見た謙斗も微笑みながら言う。


「さみしがり屋で、目立ちたがり屋の父さんらしいな。」


「兄貴が夢とか言うからだぞ。」


「そうだな。ごめんね、父さん。」


二人が見つめる線香の煙が明らかに1本だけ逆方向に流れている。


「あの、横で必死に煙を吹いているのかもよ?」


「浮かぶわ!」


幸太が笑いながら突っ込む。


その時、幸太のスマホから音がする。


「あ、ちょっと、ごめん!」


幸太が目をこすりながら、少しお墓から離れて電話に出た。


「もしもし?・・・・・・うん。今、父ちゃんの墓参り。

・・・・・・そう、兄貴とあやさんも一緒。・・・・・・え、またーっ?

・・・・・・わかったよ、・・・・・・え?そういうことは長男の方に頼んでよ。はいはい、一緒に行くよ。」


そう言って幸太は電話を切った。


幸太は振り返って謙斗たちに叫ぶ。


「兄貴!母ちゃんがそうめん沢山作りすぎたから早く来いって!

それから、迎え火焚いてくれって!あと、花火も買ってきてくれって!」


「またかよ!うちの悪しき伝統だな、そうめんで子供を釣れると思っている。大体俺たちをいくつだと思っているんだ。あやは引き継ぐなよ!それにまだ昼だぞ、迎え火って・・・・・・花火も?今年も送り火を花火でするつもりか。あんなんで本当に父さんあっちに帰れているのか?」


謙斗はあきれながら言うと、墓のある坂道を降りて幸太の方に歩いていく。


「いいんじゃないの。あれで母ちゃん、父ちゃんのことを思い出しているんだと思うよ。」


そう言って幸太は微笑んだ。


「そうなのかな・・・・・・それと、どうせまだ茹でてないんだよな、そうめん。」


謙斗は幸太に向かって話しかけながら歩いていく。


「それも、我が家の伝統! あれ? 義姉さ・・・あやさんは?」


「だから、わざわざ言い直さなくて・・・・・・。」


言いながら謙斗は振り返った。


二人の見つめる先に深く、そして長く頭を下げるあやの姿があった。


「命の恩人にはやけに丁寧だね?」


幸太が感心しながら言う。


「あぁ、あやだけの恩人じゃないからな。」


「そうだね、二人も助けたんだもんね・・・・・・家族を。」


幸太が何故か得意げに言う。


「すごい・・・父さんだったよ。」


謙斗は坂の上のお墓の方を見つめながら呟く。


「だね。・・・・・・ところで、あの日のことあやさんと話したことある?」


幸太が突然聞いた。


「いや、溺れたことは話したことあるけど、あの日の親父のことは話したことないかな。」


「そう・・・・・・俺も人には話したことない。どうせ、信じちゃもらえないし。

・・・・・・でも、姉さんは分かっているだろうし、今も見えてるんじゃない?」


「ん?」


謙斗は幸太の言っている意味が分からず不思議そうに幸太を見る。


「だって、見てみなよ。義姉さんの頭下げている方向・・・・・・


あっちにお墓ないよ。」


謙斗がお墓に目を向けるとたしかにあやのお辞儀している方向はお墓の少し横だった。墓石も何もない方向に向かってお辞儀をしている。


「いいな、あやは父さん見えるんだ。」


謙斗が羨ましそうに言う。


「霊感あるの?」


「いや、そんな話は聞いたことないな。」


「じゃあ、あの子が見せているのかな?」


「かもな・・・・・・。あやーっ、行くよーっ!」


謙斗が叫んだ。


あやはゆっくりと頭を上げると


少し大きくなった、お腹を摩りながらお墓の石段を降りた。


石段を下りたあやは、もう一度振り返り、お墓の方に笑顔で軽く頭を下げた。


「ほら、やっぱり見えるんだよ、義姉さんには。・・・・・・奇跡だね、父ちゃんが現れたのも、義姉さんが助かったのも・・・・・・。」


幸太が言った。


それを黙って聞きながら、謙斗はポケットから車のキーを取り出した。


キーには所々に焦げ跡の付いた写真入りのキーホルダーがついている。



きっかけは、このキーホルダーだった。



-----3年前-----


「あの、落とされましたよ。」


「え?!」


謙斗の前に一人の女性が車のキーを差し出した。


それを見て謙斗は慌てて自分のポケットを探った。


「あれ、この写真。幸太のお父さん?・・・・・・じゃあ、幸太のお兄さんですか?」


女性は車のキーからぶら下がったキーホルダーに付いた写真を見て尋ねた。


「えっ!?」


謙斗はさっきより大きな声で驚いた。


「私、昔、幸太くんのお父さんに海で溺れている所を助けられたんですよ。あ、お兄さんも一緒でしたよね。」


謙斗は驚いたまま声も出ず立ちつくしていた。


「違いました?」


女性は再びキーホルダーの中の写真を見つめて首をかしげた。


初めて出会う家族以外でキーホルダーの中の人物が見える人に驚いていた。高校時代から友人たちに何故ただの椅子の写真を入れているのか?と聞かれても「別に、意味はないよ。」とはぐらかしてきた。


ただの椅子の写真ではない。


謙斗にはその椅子に座る父の姿が見えていた。しかし、誰にも説明したことはなかった。


示し合わせたわけではないが謙斗も幸太もあの夏のあのお盆の出来事を誰にも話さなかった。話したところで信じてもらえないだろうし、何よりあの出来事を否定されたくなかったから。


でも、この女性はキーホルダーの中の父が見えている。あの日の出来事を、あの日の父を知っている。


「あっ、そうです父です。・・・・・・私の父です。」


謙斗は笑顔で答えた。


女性も笑顔で謙斗にキーホルダーの付いた車のキーを手渡した。



----------父が作ったきっかけ







手の中にあるキーホルダーについた写真を見つめて謙斗も呟いた。


「あぁ、父さんが、俺達に・・・・・・・家族におこした奇跡だ。」


キーホルダーの中には少し首元のたるんだ黒いTシャツを着て真顔でピースサインをする父の写真が入っていた。


あやが、こっちを見て笑顔で坂をおりてくる。


「んじゃ、父ちゃんを迎えに帰りますか!?あ、それから、お盆明けたら今年も勝負ね!」


そう言うと幸太は歩き出した。


「お、キス釣りか、いいよ!返り討ちだ!」


謙斗は少し赤くなった目から溢れてくるものがこぼれないように空を見上げた。


いつの間にかさっきの飛行機雲も消え、吸い込まれそうな青一色の空が広がる。


あたりにはセミの鳴き声が響いている。


今年も暑いお盆になりそうだ。



-----完-----


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おくり火  ~ ある家族におきた奇跡 ~ @keiji0902

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