12. 少女


昨日同様、お腹いっぱいにそうめんを詰め込んだ私の意識は知らぬ間に飛んでいた。


霊になっても満腹になると睡魔に襲われるのだろうか、それとも生前の習慣がそうさせたのだろうか。いずれにしても私はリビングで眠りに落ちていた。


その間、子供たちも昨日同様、高校野球を見ながら歓声を上げていた。


丁度、観ていた試合が終った頃だろうか?


勝利監督のインタビューの場面で私は目を覚まし、体を起こすと実家の物置に向かった。


物置の扉を開けると隅の方に数本の釣り竿が立てかけられている。


もう、何年も使っていない釣り竿だ。


竿を確認し、そのすぐ手前にある釣りの道具箱を開けると私は品定めを始めた。


「これと、これと・・・・・・あ、これも。あとは・・・・・・足りない分は買うか。」


実家にある釣り道具を一通りあさり、有る物、無い物の見当をつけた。


必要な物をかかえ物置を出た私はそれらを玄関に並べた。


「かーちゃん!!」


玄関から妻を呼ぶ。


「何?」


「釣具屋に行こう!」


「本当に釣り行くの?」


玄関に並べられた釣り具を目の当たりにしても、まだ疑っているようだ。


「行くよ、付き合って!!」


「ホント、どうしたの急に・・・・・・。」


そう言いながら、やや面倒くさそうに財布を取りにリビングに戻る。


普段は単身赴任の身、たまの連休に言う私のわがままに目をつむってくれたのか、内心では、この企画をまんざらでもないと思っているのか、それ以上は何も言わずに財布の入ったハンドバッグを手にげて出て来た。


正直、“お金渡すから1人で行ってきて!”と言われたときの言葉を準備していなかったからありがたい。


実際、釣具屋はここから信号2つ向こうのすぐ近く、歩くのに苦も無い距離だからだろう。


渋々ではあるが妻は釣具屋に一緒に行ってくれるようだ。


何といっても私は一人では買い物も出来ないだ。


買い物どころか自動ドアも開かないから店内にも入れない。家族以外に存在を認めてもらえない自分・・・・・・信じがたいが今の自分はそういう存在だ。


玄関を出るとまだ14時くらいということもあり肌を刺す暑さは健在だ。


暑さと眩しさに顔をしかめていると、家の前の細い道路に浮き輪を持った3人の女の子たちが通りがかった。


「あ、幸太のお母さん。」


その中の一人の子が丁度玄関から出て来た妻を見て言った。


「こんにちは!」


とたんに、他の子達が口を揃えて挨拶をする。


「あ、こんにちは。海に行くの?いい天気だものね、気をつけてね。」


妻も笑顔で言葉を返した。


実家の前のこの細い道をまっすぐ300メートルも行けば海水浴場がある。そこへ行くのだろう。


“「幸太のお母さん」か・・・・・・他には誰か見えませんか?”


まぁ、見えていたとしても私が幸太の父親だとはわからないだろうが。


単身赴任で普段はこの土地にいない私の認知度など知れている。


「じゃ、行こっか。まだ、暑いね。」


渋々の様子だったはずの妻の方が先に歩き出した。


その時、さっきの女の子達の一員と思われる女の子が一人これまた浮き輪を抱えて後から走って来た。


何かの理由で遅れて、先に行った仲間たちを追いかけているのだろう。


その子も私の先を歩く妻を幸太の母親と知っていたらしく、妻の顔を見ると足を止めて


「あ、こんにちは。」


と挨拶をして妻の横を通り過ぎた。


妻が有名なのか、幸太が有名なのか、なんとも狭い町だ。


「こんにちは。」


女の子が私の横を軽く頭を下げて通り過ぎて行った。


「あ、こんにちは・・・・・・えっ?」


思わず挨拶を返したが私は驚いて振り返った。


視線の先には今挨拶をした女の子が前のグループを追っていく・・・・・・以外に誰もいない。


見回してみるが妻以外に誰も見えない。


「俺に言ったの?・・・・・・見えたの?」


不思議な出来事にしばし呆然としていたが、先を歩く妻が小さくなってきたため慌てて追いかけた。


「ねえ、今の子。後から走って来た子。」


妻に追いつくと訪ねた。


「あぁ、石田さんの所のお子さんよ。あやさんだったかな?幸太と同じクラスだから知ってるの。」


「石田?あのコーギーの娘?」


「違うよ、お孫さん。」


それ以前に大分、質問の内容がおかしいと思うが、妻は私の求めた解答をくれた。


またもや出て来た “石田” の名前。今度は生きてる方だが、あの子には私が見えたのだろうか?


まわりには他に人も霊もいなかったから、おそらく私に向けられた挨拶だろうが・・・・・・いや、霊はおかしいか。


しかし、考えてもしょうがない。何より確かめるすべも時間も今の私にはない。


そう、今は “釣り” なのだ。






家から信号二つ向こうにある釣り具屋へ、たった少しの散歩だが妻と歩くことも、もうそうはない。


しかし、ただ黙々と歩く。


昔は歩きながらもいろいろ話したものだ。


今では何を話したらいいのか。


そもそも別に話題もない。


でも、そんな気を使わなくていい存在。


“それが夫婦なのかな。”


しかし、いろいろ物思いにふける間もなく釣具屋に着いた。


店内にはお盆でもやはり何人か客がいる。お盆だから殺生を控えるという我が家の考えは古いのだろうか。もっとも今日はその禁を破るのだが。


妻に買い物カゴを持たせ、店内を物色する。


私はキス釣り用の仕掛けを手にしてふと、考えた。


この店内の客や店員に私は見えていないのだろう。でも、見えてないのなら、今こうして私が手に持っている商品はどう映っているのだろうか?


もしかして見えてないのならこのまま持って出たらどうなるのだろう?


“・・・・・・なんちゃって。”


死んでから犯した罪のせいで地獄行きになったなんてシャレになってない。別に天国に行けるとは約束されてないがここでの行動が元で行き先が変更されては困る。それに妻の目の前で窃盗など・・・・・・。考えただけでも罪な気がして「ごめんなさい」と心の中で誰に向けてかわからないが謝った。


でも、実際この人たちに私が接触したらどうなるのだろう?ぶつからない?擦りぬける?


疑問が溢れ出すが、正解を知るのが怖い。試す勇気も出てこない。


あれこれ、考えながらも、私は極力人のいない通路を選んで買い物をした。


ただ、自分が認識されない事実を再確認するのが怖かった。


とりあえず必要なものは見つかった。


狙う獲物の仕掛けを3つカゴに入れる。あとは餌のゴカイを買うだけだ。


餌の入った水槽を気持ち悪そうに見る妻にゴカイを指差し 


「これ買っといて。」


と 頼む。


“なんせ、俺の声は届かないから・・・・・・”


店を出ると15時くらいか。


まだ、暑い日差しが照りつける。


「どうしたの、急に釣りなんて?」


帰り道になって、ようやく妻が疑問を投げかける、もっともな質問だ。


「ん?あぁ、昔さ・・・・・・」


私も理由を切り出す。


「昔、謙斗を連れてアジ釣り行ったろ?」


「えぇ、謙斗がまだ小学校の2、3年生の頃だったよね?」


「そう、あの時さ、アジ釣りなら誰でも釣れるから!とか言って連れって行って全然釣れなかっただろ?」


「そうだったね、謙斗少し寂しそうだったよね?」


「いや、寂しそうだったよ。あれが、あの時の謙斗の顔が俺のトラウマになってさ。あれ以来、謙斗や幸太を連れて釣りに行けなかった。俺にはあれが心残りでさ、でも、いつか一緒にもう一回釣りをしてみたかった。」


適当につけた理由ではなく本当のことだ。


謙斗がまだ小さい頃、テレビでやっている釣り番組を指差して


「僕もやりたい!」


と目を輝かせて言っている謙斗の要望に応えて家族で意気揚々と釣りに行った。


小さな子供でも釣り竿さえ持っていれば釣れるような簡単な釣りだと妻に説明してアジ釣りを選んだ。


しかし結局、1匹も釣れずに寂しそうに釣竿で海面をパシャ、パシャと叩く謙斗の姿がトラウマになっていたのは本当だ。幸太が生まれてからもあの顔を見たくないあまり、家族で釣りには出かけていない。


「で、今日なの?よりによってお盆に?」


妻が不思議そうに聞いてくる。


「まぁ、そう固いこと言わず。俺の夏休みは明日までなんだから。」


「あれ、明後日までじゃなかった?」


「ん?そうだった。でも、まぁ付き合ってよ!」


「いいけど。お盆にね・・・・・・ばち当たらないかな?」


「大丈夫でしょ、これ以上大きいのはもう当たらないでしょ。」


「何のこと?」


妻が不思議そうに眉間にシワを寄せる。


「いや、何でもない。」


“これくらいの願いは大目に見てもらえるでしょ!


もう、すでに結構デカイ、ばちが当たっているのだから。”


とは、流石に言えない。

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