3. 目覚め


「うっ、寒っ!」


肌寒さを感じ、私はゆっくりと目を開けた。


しかし、目を開けたはずなのに真っ暗だ。


徐々に目の焦点が合ってくる。


暗闇の中で小さいながらも大小無数の白い光の点が見える。


その周りには幾つもの色濃いはっきりとした影がある。


その色濃い影はゆらゆらと揺れ、その中に動かない白い光の点が多数見える。


その光の点が木々の葉の影の間から除く星だと気がつくまで少し時間がかかった。


どうやら、私は木々の葉の間から星空を見上げているようだ。


光の正体が星だと気がついても私はそのまま暫くぼーっと空を見つめていた。


私は大の字に寝転がって夜空を見上げている。


”私はなぜ、ここに?いや、そもそもここは何処どこ?どうして寝転がっている?”


少しづつ脳が働きはじめた。


仰向けの状態で空を見上げながら、様々な疑問が浮かぶ。


“そう言えばホタルは?ポートピアは?”


ゆっくりとこれまでいた世界の記憶が思い出されてきた。


さっきまで見ていた光景とはあまりに違う場所にいる自分に戸惑いながら私は、ゆっくりと頭をあげて辺りを見渡す。


暗い中に少し目が慣れてきたおかげで、星明かりでもうっすらと辺りが見える。


蛍の光もなければ、どう見てもさっきまで賑わっていた博覧会場が夜を迎えた感じでもない。勿論、さっき私の手を掴んだおっさんもいない。隠れていなければだが・・・・・・。


2転、3転する周りの光景に混乱した。


「ここは何処?・・・・・・林・・・・・・の中?」


見渡すと沢山の木々の影が浮かぶ。


その影に囲まれた中で私は横たわっていた。


私はゆっくりと体を起こし座り込んだ。


体を起こして気がついたが私の寝ていた所は随分と傾斜のようだ。


足元より頭の位置が随分高い。


私は林の中の急斜面に寝ていたようだ。


足元には暗闇で先の見えない斜面が続いている。


角度を間違えたら転がって行っていたであろうが運よく斜面に沿って転がらない角度で寝ていたようだ。


それにしてもホタルのいる川から、ポートピア、そして今度は夜の林、一体何がどうなっているのやら。


「今までのことは夢だったのか?これは・・・・・・今度は現実だよな。」


考えてみたら今は8月だ、蛍などもういないはず。


そもそも川を渡っていたと思ったら急に博覧会場に変わるとか、そういうありえない現象自体が夢だという証拠だ。


なら、今は?今だってその博覧会場から急に夜の林になったわけだ。今も十分あり得ない現象の途中だ。毎度、毎度怪しい光に包まれて別の世界に行く。今度もいつ何時なんどき光に包まれるかわからない。さっきみたいにまた手の中が光だすかもしれない。


“手?・・・・・・手の中!”


私はさっき男に何かを握らされそれが何か確認しようと手を覗いて光に包まれたことを思い出した。


偶然なのか何かを握らされたままなのか今も私の左手はグーを握ったままだ。


私は握られた左拳を星明りで見えるギリギリのところまで顔の近くによせた。


それから、いつ光出してもいいように少し目を細めながら、警戒しながらゆっくりと手を開いていった。


半分ほど手を広げても何事も起きなかった。私は思い切って大きく掌を開き覗きこんだ。


「ふーっ、でしょーね。」


緊張が解けると同時に何も無い掌を見て私は呟いた。


何となく予感はしていた。そもそも、何かを握っている感じはしていなかった。


”やっぱり夢だったんだよな。”


今こうしている間も感じる夜の林の肌寒さが今を現実だと感じさせていた。少し前までは川の水に入っても冷たさなんて感じていなかった。


つまり、もうさっきのようなことは起こらないと、何となく感じていた。


“でも、さっきのポートピアではたしかに手の中に何かを握らされた感触があった。あれは何だったのだろう。妙にリアルに感触を覚えている。”


私はもう一度何もない左手の掌を眺めた。


それからもう一度、あたりの様子を確かめる。


周囲は見渡す限りの木々で覆われ、斜面であることからも林というよりは森という印象か。


星の明かり以外、光は見えない。


さっきまでの夢の中とはまるで違う地形、光景。


しかし、やはり先ほどより今の方が現実味を感じる。


とりあえず立ち上がろうと地面に手をつくと


グッショリと濡れた地面に手を滑らせた。


「おっと!」


手をついた地面は沢山の水を含んで湿っている。


いや、地面だけではない。


私の服もズボンも湿っている。


むしろ、それが少し乾いてきている感じすらする。


濡れている自分に気が付くと更に寒さを感じる。


「だから寒いのか。でも、何で俺濡れているの?」


体を擦り、湿った服を確かめながら呟く。


8月とはいえ森の中、さらに濡れた自分に気が付くと急に寒さが増した気がする。


それとさっきから、いや起きた時から辺りにわずかに異臭がする。


煙?いや、それ以外に何かの焦げたにお


焚き火なんかの匂いとも違う。


ゴムの焼けるような嫌な匂い。


およそ森の中の香りと似つかわしくない匂い。


絶対にマイナスイオンの出てない匂い。


匂いの原因も気になるが、まず自分が何故ここに?そもそもここは何処なのかが気になる。それをまず解決せねば。


ゆっくりと、濡れた斜面を転ばぬように立ち上がる。


まるで随分、久々に立つかのように膝が震える。


私は震える膝を手で押さえゆっくりと立ち上がった。


何とか立てる。それから転げ落ちないようにヘッピリ腰のまま片や手首を回したり首を左右に曲げたりした。


“よし、どこも痛くない!”


体の何処にも痛みは感じない、ちゃんと動かせる。よくは見えないが大きな怪我はしてないようだ・・・・・・たぶん。


まだ膝の震えは残っているが、恐る恐る傾斜の下の方を覗き込むように見るがやはり真っ暗で何も見えない。


目を細めてもただの土手なのか、その先は崖なのかそれとも渓谷なのか視界の先には漆黒の闇が続いているだけでどうなっているのかわからない。


立ち上がった所で、再度辺りを見渡す。


すると、座っているときには見えなかったが斜面の上の方に小さく明かりが見える。


ぼんやりとだが小さなオレンジ色の明かりがある。


白い星の光とは別の色の光。


「何の光かな?”」


私は斜面を転ばぬようゆっくりと登り始めた、光を目指して。


震える膝を手で抑えながらゆっくりと。


ときおり、滑りそうになるが膝をつき、手をつきゆっくり上がる。


たっぷりと水を含んだ地面は一度滑ったら一気に傾斜を転がり落ちそうだ。


私はいつの間にか四つん這いになって登っていた。


漆黒の斜面の下に広がる暗闇に飲み込まれないように。


今の自分の行動が正解かはわからない、


しかし人は暗闇の中では光を目指して進むものだ、自然に。


その先がどうなっているのか分からない漆黒の闇が広がる下の方より明かりの見える上に登る。同じ状況なら100人中100人全員そうするであろう。


さっきまでは蛍の光の中を歩いていたかと思えば、今度は暗闇の中を歩いている。


“また、どこかで誰かに手でも掴まれるのかな”と考えた。


しかし、さっきまでの出来事は私の夢だろう。どう考えても現実味がない。


今、必死で斜面を登るこの情景と明らかに違う気がする。


なにせこっちは寒さも感じられれば、斜面を登るのに努力がいる、転がり落ちたらどうしようという身の危険も感じる。


今の状況の方がずっと現実的だ。


何故こんな努力を強いられているかさっぱり分からないが。


登りながら、さっきまでの夢の中の出来事が頭をよぎる。


“さっきまでは、水の中に浸かっていても冷たさを感じなかった気がする。大体、深さもわからない川の中に泳げない自分がよく入っていったものだ。私の知っている〈私〉ならそんな冒険は絶対にやらない。今は転がり落ちないように必死で這いつくばって登っているのに。・・・・・・それにしても、夢の割にはよく覚えているな”


私は夢を見ても目を覚ました時にはどんな内容の夢だったのかなんて大抵は覚えていない。


覚えていたとしても結構、断片的なものだ。


その割にさっきの出来事、夢は最初から最後までしっかり覚えている。


“何で今更、ポートピア?”とも思ったが夢の内容なんて何をきっかけに見るかわからないものだ。コントロールできるものでもないし勿論、心当たりなんてない。


何一つ回答を出せない疑問を頭の中に巡らせながらも、進んで行くうちにオレンジ色の光の正体に近づいてきた。


「外灯?」


光の正体はオレンジ色の光を放つ1本の外灯だった。


街灯の明かりの下にガードレールらしきものが見える。


“道がある”!


何故あそこに寝転がっていたのかはわからないが遭難そうなんという一つの選択肢は消えた気がした。


這いつくばりながら、気持ち急ぎながらそれでも滑らぬように注意して斜面を登りきった。


外灯までたどり着くと、思ったとおり道路に出られた。


白く塗られたペンキが所々はげてサビがかった1本の外灯は数匹のを周りに連れて、ぼんやりと辺りを照らす。


その光に照らされた道に出て見渡す・・・・・・山の中の道。


対向車がきても十分すれ違えそうな道幅はある峠道だ。


しかし、右を見ても左を見ても他に光はなく、車の来そうな気配はない。


実際、今私が必死に斜面を登っている間も車らしきものが通過した気配はなかった。


辺りには虫の声しか聞こえないところが一層の静寂を感じさせる。


しかし、見覚えがある道。


・・・・・・少し思い出してきた。


忘れていた記憶がもどり始めた。


記憶喪失は大袈裟だが、ここが何処で何故自分があんな所に寝ていたのかという抜けていた記憶の断片が徐々に思い出されてきた。


私は左手を頭に当てクシャっと髪を掴んで思い返した。




「そうか・・・・・・、俺は・・・・・・。」



ため息にも似た声と同時に全ての記憶が蘇ってきた。

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